30話 落ち着きたまえっ!
ガルダーザ山脈の中で、見えている限り一番高い山――そこに俺達は登ることになった。
レイグいわく、その山は結界を維持するにおいて重要な場所なのだとか。
詳しいことはきかなかったが、人が登れるように最低限整備され、いくつか拠点となる場所もあるらしい。
だが、その山道はとてつもなく険しいものだった。
何度も繰り返される急な坂。
幅1メートルもないような山道なのに、すぐ隣は崖といってもいいほどの急斜面。
下の方は霧がかかっておりよく分からないが――少なくとも地球の人間なら足を滑らせたら即死するような高さであることは間違いない。
それなのに、不思議と恐怖感が全くわいてこない。
やはり、肉体的な部分だけではなく、精神的な部分でもブーストがかかっているようだ。
これがあの女神の恩恵なのだとしたら、やはり一度ぐらいはお礼を言いたいものなのだが――まぁ、会うことはできないのだろう。なんたって、神なのだから。
そんなことを考えながら、レイグと共に先頭を歩いていると……
「なっ――これはっ――!?」
ふと、目の前に奇妙な光景が広がった。
ある点を境に、まるで絵具を塗られたかのように登山道が金色に変化しているのだ。
それは道だけではなく、周囲の土や木にも広がっていて――
「なるほど黄金の道か……」
こんな異様な光景を前にしても、レイグは全く動揺していない。
どういうことかとレイグに視線を移すと、彼は察したように俺に話しかけてくれた。
「ここを出る前にローダンの騎士団達から話をきいていてね。血濡れの剣士と共に、金の魔物に襲われたと……」
「金の魔物ですか……」
魔物どころか、目の前の光景全てが金に染まってしまっているのだが――これはいかに。
眩しくなるぐらいの金一色に、シエルとリリィも怪訝な表情を見せている。
「あああああああっ! なんだあれはっ!!」
と、後ろの方から男の大声が聞こえてきた。
どうやら騎士団の一人が悲鳴をあげているらしい。
何事かと振り返ってみると、次々に騎士団の男達が声を荒げて騒ぎ出す。
「あれは……まさかっ……」
「竜だ……竜だああああああっ!!」
「竜――?」
騎士団の男達が見上げる先は――この山の山頂近くの空だった。
そこには、たしかに騎士団達がいうとおり、黄金の竜が飛翔している姿があった。
ここからだとかなり遠いが、たしかにそのシルエットは竜そのものだ。
「バカな……ローダン騎士団からも、竜が発見されたなどという報告は……」
呆気にとられながらその姿を見つめるレイグ。
「レイグ様! 撤退しましょうっ! 竜となると――我々ではっ!!」
「っ――」
ざわつく騎士団達を前に、レイグは唇をかみしめる。
だが、すぐに凛とした表情になると、騎士団達に向かって高らかに声をあげた。
「皆の者っ! 落ち着きたまえっ!! かの竜は、遥か上――この山の頂付近を飛行しているにすぎないっ! むしろ、ここで騒いだ方が、竜に気づかれる可能性が高くなるというものだっ!!」
その言葉で、騎士団達がシンと静まり返る。
「我々の任務は、新たな結界師がローダンにたどり着くまで時間を稼ぐことだ! この山を踏破することではないっ!! 次の拠点まで距離は近い。守りに徹すれば、我らの実力で十分に任務は達成できるっ!!」
レイグがそう言うと、今まで動揺していた騎士団達の表情が、一気に戦士のものへと変わっていく。
一瞬でここまで彼らの士気を高めるとは――それだけ、彼が皆に慕われているということなのだろう。
「すまないね、ユウ君……我が騎士団も、決して弱くはないのだが……竜となると……」
再び歩を進めてから少し経つと、レイグが申し訳なさそうに俺に話しかけてきた。
別に俺は全然気にしていないのだが――彼らのリーダーとして色々と思うところがあるのだろう。
「やっぱり、竜は強いんですか」
ふと、気になってそうきいてみると、レイグは驚いたように目を丸くする。
だが、すぐに苦笑して俺の質問に答えてくれた。
「……そうだな。少なくとも成体の竜であれば、どのような種類であれレベル150以上の力があるとみて間違いない。魔物の中でも間違いなく最強種といえる」
「なるほど……」
あの竜はガラ・ドーラよりも強いのだろうか。
この距離から見つめているだけではなんとも分からないが――獰猛に地を這い谷を進んでいたガラ・ドーラとは対照的に、あの竜は優雅に空を飛翔している。
「百年以上も前のことだが――セレン様はミラ・エルツという白竜をこの地に封印されたことがあるときいている。だが、あの竜は……」
「金色……ですね。偶然でしょうか?」
そうは聞いてみたものの、なんとなくそうではないことは察していた。
周囲が黄金に染められていることと――全身を金で輝かせるあの竜が無関係だと考えることの方が不自然だろう。
レイグもゆっくりと首を振り、言葉を続ける。
「……違うだろうな。だが、少なくとも今はこちらに向かってくる様子はなさそうだ。ともかく、次の拠点に行き、結界具が正常に作動しているか確認しなくてはならない。この様子だと、ノーダメージではなさそうだ……急がなくては」
「分かりました。リリィ、頑張ってついていきま――」
「ユウ様――戦闘準備を」
ふと、シエルが耳をぴんと立てて剣を構えた。
普段のシエルからは考えられないほど鋭い声に、皆の表情に緊張がはしる。
「……レイグ様、拠点まであとどのぐらいかかりますか」
「もうこの先すぐだが……まさか……」
「魔物の群れです。向こうはこちらに気づいています。この先で襲撃の用意を――」
登山道は、俺達の十メートルほど先で右側にカーブしている。
この狭い道で、魔物達が待ち伏せをしているというのだろうか。
「む……私にはうまく気配を感じることができないが……すぐ先にいるのか?」
「はい。気配隠匿に優れた魔物なのかもしれません。この距離まで気配を感じることができなかったのは初めてです」
そう言って唇をかみしめるシエル。
もしかして、かなりの難敵なのだろうか。
この黄金に染まった光景が既に普通ではないのだが――そう言われると俺も少し緊張してしまう。
「ユウ様、私と共に先陣を切りましょう。相手の数は正確に把握で来ていませんが……私達なら」




