29話 頑張りますっ!!
「えっ――」
俺の言葉に、きょとんとした顔を見せるリリィ。
――なんでそんなことを言ったんだろう。
自分自身でもよく分からない。
だが、リリィの表情を見ていると、そう言わなければならない気がするのだ。
「俺の感覚が正しければ……リリィを護るぐらいの余裕はあるからさ」
「む……だがな……」
言葉を詰まらせ俺のことを見つめてくるレイグ。
まぁ――気持ちは痛いほどに分かる。
レイグだって本当はリリィの気持ちを尊重したいはずだ。
それができないから、仕方なく――そして、娘を心配する父として、リリィを連れて行かないのは当たり前の判断だろう。
だが――
「例えば、こんな回復魔法も使えますよ。――ヒールウィンド」
一つ、実力を見せることも兼ねて、俺は頭に浮かんできたその言葉を口にする。
すると、俺の足元から魔法陣が出現し、そこからエメラルドグリーンの光が風のように周囲へ舞っていった。
「これはっ――!?」
レイグが息をのむ音がきこえてくる。
誰に教わったわけではないが直感的に理解できる。このスキルは、広範囲に同時にヒールをかける上位スキルだ。
「お、おぉっ――!? な、なんだ……?」
「傷が……治っている……?」
俺がスキルを使い終わると、周囲の騎士団がざわつきはじめた。
うめき声は消え、驚きと困惑の声で空気が満たされていく。
それを見て呆気にとられるレイグ。
「戦闘ってだけなら……多分、なんでもできますよ。リリィが傷を負っても治せるし、そもそも傷を負わないように護ることだって」
頭に浮かぶスキルの名前。
――やはり、そうだ。俺が何をしたいかを明確に思えば、それを実現するための効果を持つスキルの名前が頭に浮かんでくる。
「ダメージディポート」
そうスキルの名前を口にすると、俺の手から糸のような光がリリィに向かって放たれた。
その光は、リリィの体を繭のように包み込んでいく。
「これは……修道士の最上位スキルッ……!」
驚愕の声をあげるレイグ。
シエルも唖然とした表情で俺のことを見つめている。
オールアナライズの結果によれば、俺に適性スキルはない。
だが――やはり、俺はダブルクラスなどではない。
おそらく、この世界に存在する全てのスキルを使うことができる。
それならば――
「一緒に行こうよ。リリィ。君も戦いたいんだろ?」
「それは――」
リリィの方に手をさしのべると、彼女は気まずそうに言葉を詰まらせた。
「……ユウ君」
困り切った顔で俺に話しかけてくるレイグ。
――当然だろう。リリィはレイグの娘なのだ。
実力が足りていないのに死地につれていこうなんて、許さないのが普通だろう。
「ごめんなさい。でも……やっぱり、足手まといだってあしらわれるのは辛いですよ」
日本にいたころ――俺は、決して有能な人間ではなかった。
何をやっても平凡以下なことしかできず、他者からは見下され、期待もされず。
次第には空気のような存在になっていく。
レイグは、リリィに対してそんなことはしないだろう。
それでも――今のリリィが抱くやるせなさは、どこか自分の過去と重なるようで無視できない。
――ふと、シエルが心配そうに俺を見つめてくるのが目に入った。
『もしも、うまくいかなくても……ユウ様に責任はありません。ユウ様は、神様じゃないのですから』
たしかにそうだ。
でも、俺はどうやら、あの女神から力を授かったらしい。
それなら、一人の女の子の悩みぐらい――解決しようとしたっていいじゃないか。
俺はそんな人間になれることに憧れていたのだから。力を与えられたのなら、平凡であることを言い訳にして自分の理想を曲げるなんて、そっちの方が許されないだろう。
「大丈夫ですよ。こう言っちゃあなんですけど……多分、俺とシエルはここの騎士団より強いです。彼らでも逃げ切れたのなら俺達だって無事に帰ることはできる」
「でも、リリィは……その……」
俺の言葉に、顔を伏せるリリィ。
だが、この問題は決して避けては通れない問題だ。
リリィが今後、戦うことを仕事としていくなら、いつか決断しなければいけないことだ。
「リリィが目指すのはレベル100だ。普通のやり方じゃたどり着けないよ」
「えっ――」
ふと、目を丸くするリリィ。
無邪気で、純粋な瞳だ。
そんな彼女に、現実を叩きつけるのは心が痛むが――
「ちなみに、シエルは今まで何人もの相手と命のやりとりをしてきた。そのシエルですらレベル85なんだ。……分かるよな?」
「…………」
無言でシエルに視線を移すリリィ。
リリィは、今のシエルより強くならなければ、まともにスキルを使うことができない。
その目標は、ただ純粋に努力を続けるだけでは達成することはできない。
なにか――チートのようなものが必要だ。
「お父さんに言われたからここで待機するというのなら――君は戦う仕事を諦めた方がいいと思う。そもそも、お父さんは君に死ぬ危険のある仕事をしてほしくないはずだから」
「っ――!」
と、俺の言葉をきくと、リリィは一気に表情を暗くした。
ゆっくりとレイグに視線を移し、申し訳なさそうに声を漏らす。
「そう……ですよね……お母さんは……」
「リリィ……」
その無言のやりとりにどんな想いがあるのか――俺には想像することしかできない。
リリィのお母さんが亡くなった時の悲しみは、どれほど痛かったのか――
ただ、その苦々しい表情が全てを物語っている。
「お父さん……でも、それを言うならリリィだってお父さんに戦いなんてやってほしくないです。お兄さんも言っていました。領主なのに、前線に出るなんて間違っているって……」
「む……」
「でも、リリィは地位に関係なく戦うお父さんを尊敬していますっ! だから、リリィだって――!」
「…………」
リリィは最後まで言葉を言わなかった。
――言えなかったのだろう。レイグの思いやりは、リリィに伝わっていただろうから。
しかし、リリィの本気もまた、レイグに伝わったはずだ。
「……まったく。恨むよ、ユウ君」
一つ、大きくため息をついて俺を見るレイグ。
どこか諦めたような――それでいて、少し嬉しそうな笑顔だ。
「分かった。好きにしなさい。だが……私と――そしてユウ君の指示には必ず従うように」
リリィに向けられた言葉だが――それは、俺にも向けられているような気がした。
そう……こう言ってしまった以上、俺にはリリィを護る責任がある。
でも、そのプレッシャーすら、どこか嬉しく感じてしまう自分がいた。
「はいっ!! リリィ、頑張りますっ!!」
その清らかな笑顔に見合った報われ方をしてほしい。
そんなことを考えながら、俺はガルダーザ山脈にかけられている結界を見上げた。




