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28話 ……ついてきたい?

 ローダンを出発し東に向かうこと数時間。

 馬車に揺られる中で、ふとシエルが声をあげた。


「ん……血の臭いがしますね」

「えぇっ!? 血ですか!?」


 俺を挟んで、リリィが少し強張った顔でシエルに話しかける。

 ――俺は特にそんな臭いを感じない。

 戦闘能力と五感の鋭さは関係がないようだ。


「はい。人の血の臭いです。おそらく、ローダンの騎士団員のものかと。そろそろ目的地に着くのかもしれません」

「でも血って――騎士団でも勝てない魔物が……?」

「どうかな。戦闘は行われていないみたいだけど」


 周囲からも特に騎士団の声はなく、特に変わったことはない。

 だが、シエルの表情は硬い。いつでも戦闘に移れるように、蛇腹剣の柄に手を当てている。



「……着いたようですね。降りましょう」



 妙な緊張感の漂う中、馬車がゆっくりと停車した。

 シエルの言う通り、どうやら目的地にたどり着いたらしい。

 他の騎士団達が馬車から降りる時の、鎧がこすれる金属の音が聞こえてきた。


「わぁっ――綺麗ですねっ! あれがガルダーザ山脈の大結界ですかっ!!」


 シエルに続いて馬車から降りると、後ろからリリィが感嘆の声をあげてきた。


「ん、たしかに……」


 俺達がいる場所は、まさに山のふもとだ。

 圧倒的な迫力の山々が連なっていく景色は、とても雄大で美しい。

 しかも、その山々を包み込むように、うっすらとオーロラ状の光の幕が輝いている。

 あの結界をセレンが維持しているというのは、どういう仕組みなのか――想像もつかない。


「それはともかく……なんか血の臭いがするな」


 幻想的で美しい光景には似合わない、頭につんとくる鉄の臭い。

 ざわざわとした人の声の中に混じったうめき声。

 近くには小屋があり、その中からうめき声が特に強くきこえてくる。

 どうやら怪我をした人がいるようだ。他の騎士団達は小屋の中に入っていっているし、俺達もその方向にとりあえず向かってみるとするか――



「かーっ!! てやんでぃ! このオレ様を甘くみるなぃ! あれしきのことで、撤退なんざしてたまるかぃ!!」



 と思った矢先、違う方向から妙に甲高い声が響いてきた。

 ぴくんと耳を立てて真っ先にシエルが振り返る。


「……冷静になれ。君はともかく、他の団員達は疲弊しきっているじゃないか」


 レイグだ。

 どうやら、さっきの声の主と話しているらしい。


「しゃーっ、っぺ! なめんじゃねぇよお坊ちゃん! オレ様は泣く子も黙るローダン騎士団の特攻番長よ! 血濡れの剣士なんていう小娘にひけをとるなんてありえねぇっ!!」


 ――着ている鎧は、ファンタジー世界として真っ先に連想できるような西洋っぽい鎧なのだが。

 あまりに似合わないその男の喋り方に呆気にとられてしまう。


「君の実力を疑わっているわけではない。だが、騎士団たるもの無謀な行動は慎むべきだ。我々は人々を護らなければならないのだから」

「しゃらくせぇっ! 矜持に準じてこその騎士よっ! 剣で負けたとなっちゃあ、ただでは帰れねぇっ!! 特に、あいつは隊長様の仇なんでぃっ!! ここでひいちゃあ、男がすたるだろうがぃっ!!」

「むむ……」


 なかなか気難しそうな男を相手に表情を濁らせるレイグ。

 そういえば、血濡れの剣士に騎士団で最も強い男が血濡れの剣士に殺されたとセレンが言っていたっけ。


「あの……大丈夫ですか?」


 とはいえ、黙って突っ立っているわけにもいかない。

 そう声をかけると、レイグは少し表情を明るくして俺の方に振り返ってきた。


「おぉ、ユウ君にシエル君。早速だが話をきいてくれないか」

「いいですけど……」

「なんだこの若造どもは! ここは漢の戦場でぃっ! ケツの青いガキがくる場所じゃねぇっ! けぇりなっ!!」


 俺達の姿を見るや否や、その男はむすっとした表情であさっての方向を向いてしまう。

 しゃべり方とは違って、見た目はとてつもなく普通だ。日本でそこらへんにいそうな、地味な顔つきの、普通すぎる四十歳ぐらいの男だ。

 あまりにも普通すぎるというか、見慣れた顔つきすぎて、鎧を着ているのがコスプレに見えてしまう。


「わぁー……! なんか、凄くかっこいい話し方ですねっ!!」


 ふと、リリィが感嘆の声をあげながら男に近づいた。

 すると、男は一歩下がってリリィを睨みつける。


「……ん? なんだいてめぇは。そんなちっこい体で、何をするつもりなんでぃ」

「リリィ、騎士を目指してますっ! だから、騎士団の方々は憧れなんですっ!」

「ん……そ、そうなのかぃ?」

「はいっ! それに――リリィ、ビビッときました。その話し方……他の騎士団の人とは違いますねっ!!」

「んなっ――」


 男の顔がみるみるうちに赤くなる。

 すると――


「かーっ!! てやんでぃっ!! 小娘ごときの世辞で、このオレ様を黙らせよぅというてめぇの算段、そうはいかねぇっ!!」

「…………」


 なんて分かりやすい照れ方なのだろう。

 だが、こういう態度は十代の女の子がやるから需要があるのであって、江戸っ子みたいな喋り方をする奇妙なおっさんがしても残念ながらため息しか出てこない。


「見ての通りだ、ユウ君。どうやら、ローダン騎士団は既に壊滅状態らしい。とても戦闘ができる状況じゃない」


 ふと、レイグが淡々とした声で俺に話しかけてきた。

 どうやら、この男と話をすすめることを諦めたらしい。


「てめぇっ! オレ様の話をききやが――」

「どうやら、セレン様の仰っていた『血濡れの剣士』が現れたようで、ローダンの騎士団はなんとかここまで逃げ切ったようだ。このあたりは、まだ結界の効力が強い方だが……セレン様の魔力は日に日に弱くなっている。ここにいても、いつ襲われるか分からないな」

「血濡れの剣士は魔物なんですか?」

「分からないが、少なくとも結界の最終ラインを超えてきたことはないようだ。今のところはな。血濡れの剣士も気になるが、ガルダーザ山脈の向こうは魔界で、強力な魔物がはびこっている。そういった魔物も掃討しなければならない」

「なるほど……」


 この山にどれだけの魔物がいるか分からないが、そんな重要な作戦をアルミード騎士団だけでやっていいのだろうか。

 ――多分、そうではないのだろう。だから、ローダンはデクシアに救援要請を出していたわけだし。

 ゴンベルドンはそれなりに強いみたいだから、首輪をつけてでも連れてきてやればよかったかもしれない。


「おいっ! どういうことだぃ、このオレ様を無視するたぁ――喧嘩売るなら、買ってやるわぃ、てやんでぃっ!!」

「わぁっ! かっこいいっ!! 今の、居合ですか? リリィ、初めてみましたっ!」

「なっ――ち、近づくねぃっ!!」


 ――妙なしゃべり方の男がリリィにおさえこまれている。

 俺でも女の子慣れしていないのが分かる態度だ。妙に親近感がわいてしまう。

 まぁ、俺もあんなにキラキラした眼差しを向けられたら恥ずかしくなるし、きょどらない自信がないので、何も言わないでおこう。


「凄い速さですっ! もう一回見せて下さいっ!! お願いしますっ!!」

「て、てやんでぃっ! てやんでぃ!! 小娘ごときが――生意気いうねぃっ!! てやんでーーーいっ!! てやん……でぃ……」


 ふと、男はその場に倒れ込んでしまった。

 一瞬ぎょっとしたが、どうやらただ気絶だけらしい。

 その原因は、疲労にあったのかリリィにあったのか――おそらく、両方……いや、後者寄りか。


「え? ちょっ――ど、どうしたんですかぁ!?」


 困惑の表情を浮かべるリリィに、レイグがため息をつきながら肩を軽く叩く。


「……よくやった、リリィ。こういうタイプは女に免疫がないのだな。私も勉強になった」

「? どういうことですか?」

「む……いや、なんでもない。まぁ、お前もそろそろ成人するしな。うむ……大人になったということか」


 レイグは複雑な顔でリリィと倒れた男のことを見つめている。

 まぁ――このことは触れないでおこう。

 四十そこらの純情な男が、リリィの無邪気な色気に惑わされて気絶した現実を今のリリィに伝えるのは酷な気がする。


「とっ――ともかく。まずはここを拠点にして安全を確保しなければ。魔物の侵攻は、結界の最終ラインにまで及んでいるようだ……おそらく、すぐに戦闘になるぞ。状況はセレン様の予想以上に悪い。準備をしておいてくれ」

「かしこまりました。本日はよろしくお願いいたします」


 レイグの言葉を受けて、綺麗にお辞儀をするシエル。

 これもゴンベルドンに叩き込まれたことなのだろうか。その雰囲気はまさに軍人といった鋭いものだ。


「それとリリィ、お前はここで待機だ。怪我をしている者の手当にあたれ」

「えっ――?」


 リリィの口からこぼれる、悲しそうな声。

 ゆっくりと首を横に振って言葉を続けるレイグ。


「昨日も言っただろう。ここから先は、お前を護る余裕はない。拠点を護ることも重要な仕事だ」

「分かりました……」


 口ではそう言っているものの、リリィは肩を大きく落としている。

 そんな彼女の様子を見ていると、どこか胸にズキリとくるものがあった。


「……ついてきたい?」

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