27話 オールアナライズ
セレンと別れた後、俺とシエルは、レイグが用意してくれた部屋へと移動した。
今日は、リリィはレイグと一緒の部屋で寝るようだ。
まぁ――明日のことも含め、色々と話すことがあるのだろう。
ローダンの道中に比べ、強力な魔物が出るようだし。
久しぶりにシエルと二人きりの時間を過ごすことになる。
「血濡れの剣士かぁ……なんかありそうだよなぁ……」
浴室からきこえてくる僅かなシャワーの音をききながら、ふとそんなことを呟く。
既に俺はシャワーを浴び終えていて――なんか変な雰囲気になっているような気もするがスルーだ。今は明日のことを考えなければ。
「そういえば……俺のレベルって調べられるのかな……」
ふと、頭にそんなことがよぎる。
今のところ、戦闘で全く苦戦したことはないのだが――かといって油断しすぎるのもどうだろう。
何か自分に弱点があるのなら、それは知っておかなければならないだろうし……純粋に気になってしまう。
リリィのレベルも調べられたし、あのスキルは自分に使うこともできたりしないだろうか。
「オールアナライズ」
そう俺が言った瞬間、目の前に光の幕が現れた。
リリィの時と同じだ。見た目はただの光なのに、それが文字として意味を成すことが直感的に分かってしまう。
とりあえず、一番光が強い部分に目を向けてみると――
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名前 ユウ・アカヤ
性別 男 年齢 無 レベル 無
適性クラス 無
適性スキル 無
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「……は?」
思わず、変な声が出た。
――なんだよ。『無』って。特に年齢が無なんてありえないだろう。
適性クラスやスキルも『無』とあるが……それなら、なぜ俺は色々なスキルを使うことができるのか。
もしかしたら他の場所にそれらしきことが書いてあるかもしれない。
そう思って光の幕の端の方へ視線を移してみると――
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●女神エルナの残留思念
ユウ・アカヤの転生に使われたエルナの魔力に宿った残留思念。
エルナが過去に抱いた強い思念が刻まれている。
ユウ・アカヤの能力には影響なし。五十時間後に消滅。
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……なんだこれ。俺の鑑定情報ではなさそうなのだが。
エルナというのは最初に出会ったあの女神のことだろうか。
俺のことを鑑定してこの情報が出てきたということは、今の俺にエルナの思念が宿っているということか……?
これだけ見ていても意味が分からない。
すると、俺が見つめていた光の色が変化した。――どうやら、その残留思念の中身が情報として記録されているらしい。
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●女神エルナの期待
「……遅すぎるのよ。今更、期待なんかさせないで……」
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光の部分を見つめていると、なぜかその情報が声となって俺の頭に響いてきた。
この台詞は……たしか、俺があの女神と別れる間際にきいたものだ。
やはり、彼女の名前はエルナというらしい。
さらにその光を見つめていくと、色々な声が見えて――聞こえてきた。
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●女神エルナの驚愕
「え……アルカターナに適性のある人間……?」
「ほんとにきたの……? 嘘でしょ……?」
●女神エルナの絶望
「あぁ……あたし、なんで女神なんかに……」
「もう……どうでも、いい……あたしには、どうせ……」
●女神エルナの懇願
「なんでダメなのよ! どうせ転生者を送るならっ――!」
「あたしは女神なんでしょ!? それぐらいの裁量よこしなさいよ!」
「もう誰でもいいじゃないっ! 転生者なんて――転生者なんてっ! どうせ前世で何もできなかった――クズのくせにぃいいいいいいいいいっ!!」
●女神エルナの焦燥
「まだアルカターナに適性のある人間が来ないの?」
「時間がないの……! もうっ――!!」
「あぁっ――! 死んじゃうっ――! 皆が、皆がっ――!!」
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――なるほど。
状況がよく分からないが……多分、だんだんと過去にさかのぼっているのだろうとは予想できる。
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●女神エルナの意欲
「よく来たわねっ! あたしは女神エルナ様よっ!!」
「……あ、あれ? 誰でも転生させていいわけじゃないの?」
「世界への適性……? むぅ、仕方ないわね……でも、こんなことで……!」
●英雄エルナの転生
「あたしが……女神……? はは、おじさん、何言ってんの……?」
「そっか……異世界の転生者って強いんだ……それならっ……!!」
「いいわっ! それがあたしにできることなら――今度こそっ!!」
●英雄エルナの敗北
「そんな……あたしじゃ……か、勝てないっ……」
「かっ――あっ――」
●英雄エルナの信念
「任せてっ! あたし、皆を笑顔にしてみせるからっ!!」
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最後にたどり着いた彼女の声は、あの時であった女神のものとは思えないほど明るく、強い意思のこもったものだった。
これ以上のエルナに関する記録はない。光の幕の別部分を見てみても――過去に俺が就職していた会社の名前や、小中高の名前が乗っているだけで、何も目新しいものがない。まるで履歴書を眺めているようだ。
「エルナ――」
この記録によれば、エルナは転生して女神になったようだ。
もともとは、エルナは普通の人間だったということか。
でも、世界をうまく救えなくて絶望していた……?
そういえば、女神と出会ったとき、なにか助けを求めるような表情をしていたような――
「……ユウ様?」
ふと、シエルの声で我に返る。
「あっ――シエル。おかえり」
「はい……お隣、失礼します」
俺が座っているソファ以外にもソファはあるのだが――さりげなくちょこんと俺の隣に座ってくるところがシエルの可愛いところだ。
薄い色のネグリジェに、肩にかけたオレンジのタオル。
少し濡れた銀髪がタオルにしっとりとくっついている。
初めて会ったときのあのボロボロのワンピースとは、やはり着心地が全然違うのだろう。未だに、シエルは着心地の良いものをきると、そわそわとした動作になる。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「え? 何が?」
「お顔が……少々、暗く見えたので……」
――そんなふうに見えてしまったのだろうか。
別に思い悩んでいたというわけではないのだが。
「いや……ちょっと、顔見知りのことを思い出しててさ」
「顔見知り……?」
「まぁ、たいしたことじゃないよ。多分、もう会えないと思うし。殆ど会話したこともない人のことだからさ」
そう――俺には、彼女に会うための手段がない。
彼女の過去を断片的に知ったからといって、俺が彼女に何かできるわけでもない。
あの時、彼女が見せていた辛そうな表情の意味も――ただ想像することしか、俺にはできない。
「あの……ユウ様。あまり……背負い込まないでくださいね」
「え?」
ふと、唐突に話しかけてきたシエル。
その意味が分からず首を傾げていると、シエルはそっと俺の頬を触れてきた。
「ユウ様は……優しすぎるのです。だから、少し心配です」
「どういうこと?」
「リリィさんのことです」
シエルにしては珍しい、きっぱりとした、語気の強い声。
それに驚いていると、シエルはふっと表情を緩めて言葉を続ける。
「もしも、うまくいかなくても……ユウ様に責任はありません。ユウ様は、神様じゃないのですから」
「シエル……」
――少し恥ずかしい。
なんか自分のことがシエルに見透かされているようだ。
それにしても――神様、か。
たしかに俺は神様じゃない。
でも、エルナは――
「……はは、シエルも優しすぎるよ。俺のこと言えないぜ」
と、言葉を詰まらせていると、シエルが心配そうに俺の顔をのぞきこんできた。
思わずくすりと笑みがこぼれる。どれだけ真剣に俺のことを考えていたら、そんな顔ができるのか。
「……そうですか?」
「あぁ……シエルは優しくて……なんか、理想の女の子だなって……」
「あ……ぅ……」
――あれ?
何を言っているんだ、俺は。
こんな雰囲気にさせるつもりなんて、なかったと思っていたような気がしていたのに。
「……あの」
シエルがゆっくりと口を開く。
少しこもった声。
溶けるように垂れた猫耳。
それを見て、俺は――
「……キス、する?」
我ながらずるい質問だ。
本当は、俺の方がしたいくせに。
でも――
「んっ――」
シエルは何も答えない。
でも、その代わりに――
「…………」
あぁ、明日は、頑張ろう……




