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20話 ペインインデュア

 俺とシエルは、レイグに案内されて馬車に乗ることになった。

 俺達が乗っている馬車は、臨時に用意されたものらしく、レイグの騎士団達が乗っている他の馬車よりもかなり小さい。

 屋形も小さく、シエルと二人だけで乗ってもかなり狭く感じるぐらいだ。


 ――暇だな……


 デクシアを出てから数時間が経っただろうか。

 代り映えのない景色を呆然と見つめ続けるのも飽きてきた。

 まぁ、シエルと二人だけで屋形でぼーっとするのは、悪い気分ではない。


 ――それにしても、シエルって、何着ても可愛いよな……


 ふと、シエルの服を見てそんなことを思う。

 デクシアに到着するまでに俺達が着ていた服は、ボロ雑巾のようにぐちゃぐちゃになってしまっていた。そこで、レイグが新たに服を用意してくれたのだが――これがまた、なかなかに良いデザインをしているのだ。


 シエルが今着ている服は、軍服のようなデザインのドレスだった。

 ……いや、軍服のようなというよりも、これはおそらく、軍服そのものなのだろう。


 黒を基調した、ゴシックで可愛らしい雰囲気と戦う者としての凛とした威厳を兼ね備えたクールなデザインの上着とスカート。

 フリルの入ったシャツと首元を飾る白いリボンが、さりげなく飾り気を主張している。

 まったく、この世界のデザイナーには頭が下がる思いだ。


 一方の俺は、特に飾り気もない黒コートなのだが……スーツよりも、断然着心地がいい。

 日本にいた頃も、おしゃれは下手な方だったし、全身黒ずくめで出歩くことは日常茶飯事だった。かえってこのぐらいの方が落ち着くというものだ。


「………………」


 しかし、シエルは何を考えているのだろう。

 馬車にのってからというものの――シエルは俺の隣でずっと無言を貫いている。しかも真顔で。 

 なんの話題も提供できない俺のコミュ力も問題だとは思うが、こうも真剣な表情で無言を貫かれると緊張してしまう。


「あのー……シエル……?」

「…………」


 呼びかけても返事がない。そして、それは今に始まったことではない。

 馬車にのってから数時間、シエルは全くの無反応だった。

 このシーンだけ見れば明らかに嫌われていると思うのだが――でも、昨日の今日であんなことをしていたのに、そんな急に嫌われるものなのだろうか。

 ――というか、思い出したら軽く鳥肌が立ってきた。唇の感触に、煽情的な視線……振り返ってみると、割ととんでもないことをしたような気がする。


「すーっ……」


 と、シエルから聞こえてきた小さな呼吸音で我に返った。


「すーっ……はーっ……」


少し汗をかきながら、ぴしっと背筋を伸ばして座るシエル。

目を瞑り、瞑想でもしているかのように淡々と深呼吸をしている。


「シエル……どうしたの?」

「すー……はー……すー……」


 やはり、呼びかけに答えない。

 とはいえ、さすがに雰囲気が尋常ではない。さすがに心配になってきた。


「シエル、本当に大丈夫か? 体調でも悪いの?」

「ひぃっ!?」


 ふと、俺が触れた瞬間、シエルが大きくのけぞりながら頓狂な声をあげた。

 その仰々しい反応に、びくりと体が震えてしまう。


「……ど、どうかしましたか? いきなり……」

「いきなりって……シエルこそどうしたんだよ」

「……え? え? あ……あはは……」


 悪戯がばれた子供のように、ぎこちなく笑いながら視線を逸らすシエル。

 そのまま、肩に力をいれた感じで縮こまり俯いてしまう。


「何もないですよ……別に……うっ……」


 やはり、明らかに変だ。

 風邪でもひいているかのように、呼吸が荒く、顔も赤い。


「おいおい……だいじょ――」

「大丈夫です。問題ありません」

「でも、ふらふらしてないか? 体に無理がかかっているんじゃ――」

「大丈夫です。問題ありませ……」


 ぐらり、とシエルの体が揺れる。

 その直後、シエルは、ばったりと倒れるように俺に寄りかかってきた。


「――ちょっ、シエルッ!?」

「うっ……うぅううっ…………」


 若干、涙声になりながら、シエルは体を起こそうともがく。

 だが、うまく力が入らないのか、シエルはさらに体勢を崩してしまった。

 丁度、俺が膝枕をしているような体勢になる。


「……ご、ごめんなさいっ……今、起きあがりま――」

「ゆっくりしなよ。シエルとこうしてると、俺も落ち着くし……」

「ぅ……」


 俺がそう言うと、シエルは俺の膝に手を振れて、そっと目を閉じた。

 シエルの猫耳がぺたりと垂れているのが愛らしい。猫を抱っこしている気分だ。

 気が付くと、自然に俺はシエルの髪を撫でていた。


「ぅ……あぅ……」

「あ、ごめん。嫌だった?」


 ふと、シエルが体をよじらせるのに気づき、そう声をかける。

 何も言わず首を横に振るシエル。

 それならいいかと、再びシエルの頭を撫でようとすると――


「も、もうダメっ……」


 シエルが、がばりと体を起こしてきた。

 俺の肩に手をかけて、詰め寄ってくるシエル。


「シエル……?」

「ごめんなさい……私、忘れられない……です……」

「は?」


 こつん、とシエルの額が俺の額にくっつく。

 首の後ろに回るシエルの手。


「貴方の……く、唇の感触が……頭から離れなくてっ……!! 他のことがなんも考えられないんですっ――!! ずっと……ずっとっ!!」

「えっ――シエル!?」


 その仕草の意味に気づいた瞬間、俺は反射的にシエルから体を離してしまった。

 屋形の中には俺とシエルの二人しかいない。だが、壁のすぐ向こうには御者がいる。

 こんなところでシエルの求めに応じたら――


 と、シエルが若干顔を青ざめながら俺から離れていく。


「ご、ごめんなさい……はしたないまねを……その、落ち着きます……すーっ……はーっ……」


 壁にかけてある蛇腹剣の柄を掴んで、そこに額を押し付けるシエル。

 ――なんだかよく分からないが、シエルがそんなふうに感じてくれていることが少し嬉しい。


「あ、あのさ……じゃあ、俺からしようか……」

「えっ……?」


 驚きと――そして、期待に満ちた輝きを目に浮かべるシエル。


「昨日はほら……ずっとされっぱなしだっただろ。だから今度は俺から……」

「あ……う……うぇ……?」

「一応事前に断っておけば気絶しないかなって……」

「そうです……ね……じゃあ……えっと……」


 そっと目を閉じてシエルが顔を僅かに突き出してくる。

 そんなシエルに、俺は――



「魔物だーっ!! 魔物だーっ!!」



 その瞬間、馬車の外から男達の声が聞こえてきた。

 続いて聞こえてきたのは馬の声。そして、他の騎士団達が武器を構える鉄の音だ。


「…………」


 滅茶苦茶タイミングが悪い。

 とはいえ、俺達はレイグに雇われた身だ。戦いには出たほうがいいだろう。

 そう思ってシエルから体を離すと――


「――ペインインデュアアアアアアアアッ!!」


 唐突に、シエルがそう叫びながら屋形の壁に自分の頭を打ち付けた。

 その行動に目を見開いていると、シエルがゆっくりと振り返ってにこりと笑う。


「……大丈夫です。今のは、苦痛に対する耐性を付与するスキルです。だから、大丈夫です」

「いやいや、絶対違うだろ……それ……」


 何故だか分からないが、俺は確信していた。

 ペインインデュアは、こういう状況の時に使うものではないと。

 それを証明するように、シエルの目はどこか虚ろだ。


「大丈夫です……だ、大丈夫……大丈夫……」

「あー、もうっ!! シエル、気絶するなよっ!!」

「――んぐっ!?」


 無理矢理、唇を奪う。

 腕の中で、一瞬、背がピンと伸びた。

 少しずつ力が抜け、俺に寄りかかってくる。


「ん、む……う……」


 ちろりと俺の唇に舌を這わすシエル。

 それに俺も答えると、シエルはぎゅっと俺のことを抱きしめてきた。


「…………大丈夫です」

「そ、そうか」


 しばらくして唇を離すと、物凄く凛とした表情のシエルが目の前にいた。

 ――僅かに口から唾液が垂れているのはふれないでおこう。多分、そのうち自分で気づくと思うから。

 

「ユウ様のお手を煩わすほどのことではありません! 私が全て倒してみせますっ!!」

「お、おう……よろしくなっ……!」


 そう意気込むシエルの表情は、今まで見た中で一番晴れやかなものだった。


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