19話 んっ……
「え――あっ」
気が付くと、シエルの顔が、鼻が触れ合えるぐらいまで近づいていた。
驚いて、一瞬シエルから顔を反らす。
きょとんと首を傾げるシエル。
「あ、あれ……? 好きあう男女は……その……最初に唇を触れ合わせるって……ち、違いました……?」
「あ、あぁ……いや……そうだね……」
――マジっすか……
彼女いない歴=年齢の俺にとって、それはまさにファンタジーなのだが。
……まぁ、でも、この状況が既にファンタジーか。
「あの……私、経験がなくて……気持ちよくなかったら……ごめんなさい……」
そう言いながら、シエルが目を閉じる。
そして――
「んっ――っ!?」
最初は、何がなんだか分からなかった。
ただ、目を閉じたシエルの顔が目の前にあって――唇が塞がれていることに気づく。
「んくっ……んっ……」
息をのみこむようにのどを鳴らすシエル。
少し辛そうに眉をひそめて、俺の頭に手をまわしてきた。
「な、なんですか……これ……こんなに……んむっ……」
だんだんと、自分の感覚を整理することができてくるようになった。
――柔らかい。少し動くだけで崩れてしまうのではないかと思うほどだ。
少し力が入っているのか、小刻みに震えている。
「はーっ……んっ、んぅ……あ……」
一度離して、再びシエルが唇を触れさせてくる。
おそるおそる彼女の背に手をまわすと、シエルがそのままのしかかるように乗りかかってきた。
「ユウ様……ユウ様っ……」
ソファの上で、ごろりと上半身が寝かされる。
そのまま覆いかぶさってくるシエル。
「好きですっ――大好きっ……んぅっ――!」
「ちょっ――んっ――!?」
ぎゅうぎゅうと、シエルが自分の顔を押し付けてくる。
少し体が歪んだ体勢になっていて辛い。
足をソファの上に乗せると、待っていましたと言わんばかりにシエルが俺に跨ってきた。
「ぷはっ――んくっ、んぅ……」
一瞬の息継ぎを挟んで、もう一度唇を塞いでくるシエル。
だんだんとシエルの呼吸が荒くなっていく。
「ごめんなさい……すごく、凄く心地よくて……わ、私だけ……あ、う……」
言葉とは裏腹に、シエルは妖艶に微笑んでいた。
その眼光は、獲物を狩る時の肉食動物のそれを彷彿とさせる。
それでいて、とてつもなく蠱惑的だ。
シエルの口から漏れてくる吐息が、甘く――そして熱く、俺のことを刺激してくる。
「はーっ……はーっ……ユウ様、ユウ様っ……はーっ……あぁっ……!」
――そういえば、猫って肉食動物なんだっけ。
囁くように俺を求めるシエルの声をきいていると、どんどん思考力が鈍ってくる。
それにしても、なんか雰囲気が違うような――
「な、なぁ……シエル、だいじょ――んっ!?」
「んぐっ……むっ……」
一瞬、口を開いた隙を突かれた。
脳を貫かれるような刺激に、眩暈のような感覚がはしる。
温かく、柔らかく、ねっとりとした感触。
口の中に入ってきた異物。それがシエルの舌だと気づくまで、数秒の時間を要した。
「んむっ――んんううううううっ! れぅ……んくっ、んぷっ……」
俺はシエルに捕食されているのではないか――そんな錯覚を感じるほど、シエルの舌使いは荒々しい。
貪るように唇を押し付けてくるシエル。
かたく瞑った目からは、何粒もの涙が零れ落ちている。
「んくっ――ユ……ゆうひゃま……んれっ、んむうううっ!?」
「ん、んっ……ぐっ……シエルッ……」
「好き……一緒に……一緒にいさせてくらひゃい……んくっ、んっ……」
「わ、分かった……呼吸が……一度、離――シエルッ……」
「んっ、んっ……! んむっ、れうっ……うぅっ――!」
体全体をこすりつけるように力強く抱きしめてくるシエル。
口の中に押し込むように出された舌が、唾液を絡み取りながら歯をくすぐってくる。
未だかつて感じたことのない快感と興奮。
あまりに未知の領域すぎて、異世界転移とか関係なく現実感が消えていく。
「んっ……んくっ……う……きゅぅぅ……」
――と、その瞬間だった。
なんの前触れもなく、シエルの体がずっしりと俺に重みを与えてきた。
「――え?」
同時に、シエルの動きがぴったりと止まる。
あれだけ俺を貪っていた彼女の舌も、時々痙攣するように動きはするが大人しくなってしまった。
「ん……ぷはっ。シエル……どうしたの?」
「…………」
とりあえず口を離してシエルの体を揺らしてみる。
……返事がない。
まるで死体のように、シエルはぐったりとしたまま動かない。
「シエル? おい……シエル?」
「あ、あぅぅ……うぅうう……」
体を起こそうとすると、シエルがうなされたような声をあげながら俺に抱き着いてきた。
――離れるなということだろうか。
とりあえず様子を見て、シエルの顔を覗き込んでみる。
「……すぅ……んむ……」
さっきまでの勢いはどこへやら。
シエルは、優しい寝息をたてて眠り込んでしまっていた。
「……もしかして、気絶したのか?」
こういうことは、シエルも経験がないと言っていた。
本能的に色々動いてみたら体がついてこなかった――おそらく、そんなところだろう。
貪るようなキスのせいで呼吸もうまくできていなかった。興奮のせいもあるだろうが、俺も息が荒くなってしまっている。
「すーっ……んっ…………ゆう……さま…………」
ふと、シエルを見てみると、その頬は面白いぐらいにだらしなく緩んでいた。
思わず、くすりと笑ってしまう。
同時に、シエルのことを愛しく思う気持ちがあふれてきた。
「おやすみ。シエル――」
†
「うあああああああああああっ!!」
ふと、耳をつんざくような悲鳴で目が覚めた。
いつの間にか、俺は眠っていたようだ。
「私……私! 何やって……うああああああっ!!」
陽は昇り、朝になっているのが確認できる。
耳を貫く悲鳴には似合わない、爽やかな朝だ。
「ごめんなさいっ!! ごめんなさい、ごめんなさいっ!! うえええええええっ……」
確認するまでもなく、悲鳴の正体はシエルの声だ。
下から聞こえてくる。
体を起こすと、シエルが土下座をしていた。
「わた……私……訳が分からなくなって……あ、あんなこと……!」
……いや、土下座というより、ただただ悶絶しているというべきか。
シエルは自分を痛めつけるように床に額を押し付けている。
もしかしなくとも、その原因は、昨日の情熱的な――
「あはは。気にするなって。その……すごくよかったよ」
「うっ――ほ、ほんとですか……」
「あぁ」
そうは言ってみたものの、シエルの視線は疑いの色が消えていない。
どうせ、また自分を気遣って……とでも思っているのだろう。
それなら――
「シエル」
「んっ――!?」
昨日のお返しというわけではないが、自分からシエルにキスをしてみる。
すると――
「……んきゅう」
変な声をあげて、シエルがぐったりと寄りかかってきた。
「え……? シエル?」
「…………」
反応がない。
息はしているから生きているのはたしかなのだろうが――
「嘘だろ……なんで気絶……?」
まぁ――何事も、慣れが肝心ということだろう。
ぐったりとしたシエルをソファに寝かせて、背伸びをする。
「……これからよろしくな。シエル」
「すぅ……んっ……」
俺の声に、シエルの愛らしい寝息が、少しだけ反応したような気がした。
※ミッドナイトノベルで追加シーン含め連載予定。
実際に掲載する時には告知します。




