17話 お望みなら……
レイグが部屋を出て行ってから、二時間ほどが経過しただろうか。
そろそろ時間帯は深夜にさしかかってきている。
今日は、レイグの用意してくれたこの部屋に泊まる流れになったわけだが――
「……いや、ほんと凄いな。この部屋……」
思わず、そんな独り言を漏らしてしまう。
豪華なベッドに、大きな窓。ふかふかのソファに腰かけながら月光に照らされた蝋燭を見つめると、自分が異世界に来たことを改めて実感する。
この世界は文明も進んでいるようで、部屋の奥の浴室には、しっかりとしたシャワーと大きな浴槽が備えられていた。
それが科学によって動いているのか、それとも魔法で動いているのか俺には分からないが――ともかく、日本にいた頃に住んでいたものより快適だったことはたしかだ。
しかも、着心地の良いふわふわの寝具まで備わっている。
異世界に来てから三日、仕事で着ていたスーツでサバイバルをしていたのも相まって、まさに天国だ。
「ただいま戻りました……ユウ様」
「ん。……あ、あぁ……」
ソファでまどろんでいると、シエルの声がきこえてきた。
どうやら、シエルも風呂に入り終えたらしい。
「あはは……こんな柔らかな寝巻、初めてきました……本当に天国みたいです……」
「そうだな……」
ソファの隣に座ってくるシエル。
……物凄くいい匂いがする。少し濡れた髪に赤くなった顔。
まさか、風呂上りの女の子をこんな間近で見ることになろうとは……
その後、会話もなく、十分ほど俺達はソファの上で過ごす。
互いに何も言葉を発しない。特に話題もない。
デクシアに来る前までは周囲を警戒する必要があったので、そうなるのがむしろ自然という雰囲気があったが――この天国のような部屋でお互い無言というのは、気まずく感じてしまう。
ここにきて、日本にいた頃の異性慣れしてない感じが出てきてしまうとは……
「あのさ――」
「……はい?」
気まずさに耐えられなくなってシエルに話しかける。
すると、シエルは不思議そうに首を傾げて俺のことを見つめてきた。
「その……ごめんね。俺……後先考えてなかったからさ……」
「え? なんのことですか?」
きょとんとした顔で即答するシエル。
「いや……ゴンベルドンのこととか。俺、シエルに何も言わないで勝手に色々やっちゃったからさ……それがちょっと申し訳なくて……」
間違ったことをしたとは思わない。
だが、もうちょっとスマートなやり方があったような気もする。
奴隷紋に苦しめられていた時のシエルの叫び声――それが、俺の頭にこびりついている。
もしも、奴隷紋を消せることにもっと早く気づいていれば、ゴンベルドンとトラブルを起こさずにシエルを助けることができたかもしれない。
シエルとの別れから目を背けたくて、無意識のうちに問題を先送りにしてしまったことのツケが、シエルの苦痛だとしたら……
「えいっ」
「っ――!?」
そんなことを考えている時だった。
シエルが、優しく俺の額を小突いてくる。
――デコピンだ。
「ユウ様、私に謝ってくるの、禁止です」
「え……な、なんで……」
「なんでもです。次謝ったら、これやります」
「…………」
そこまで言われて、ようやく俺は、シエルが昨日の俺の真似をしていることに気づいた。
俺の目をまっすぐ見つめながら、シエルは穏やかな笑みを浮かべて話し続ける。
「奴隷紋の裁きを受けたとき……私は、自分の心と向き合うことができました。ユウ様と一緒にいたい……これが私の意思であり……心からの願いです。私は本当に救われた……だから、貴方にそんな顔をしてほしくないです」
「シエル……」
「それに――貴方は私に名前をくれた。それだけじゃなくて、私と一緒にいたいと……」
ふと、シエルの手が俺の手に重なる。
濡れているせいだろうか。シエルの銀髪は、いつも以上に月光を美しく反射しているように見える。
そんな彼女に、思わず見惚れていると、急にシエルが表情を鋭くさせた。
「あ……ユウ様、大変恐縮なのですが……これだけは確かめておいていいですか……? ゴンベルドン様が仰っていたことなんですけど……」
「う、うん……いいよ。どうしたの?」
その迫力に、思わず唾を飲み込んでしまう。
すると、シエルは声を震わせながら言葉を続けてきた。
「ユウ様は……本当に私にべた惚れ……なのですか?」
「っ――!?」
――何を言っているんだ?
絶句している俺に対し、シエルはうわずった声をあげる。
「ご、ごめんなさい……答えにくいですよね……でも、もしあの言葉が本当だったらって思うと……私っ――!」
そう言いながら、俺の手をぎゅっと握りしめてくるシエル。
変な薬でも飲んだかのように動悸が高まっていく。
頭がうまく回らない。喉にものを詰められたかのように、言葉が何も出てこない。
「私は……戦闘奴隷でした。戦闘奴隷は優秀でなければ生き残れない。そして、優秀な戦闘奴隷は、異性と交配して子孫を残すことを命じられます。だから、性のことについて、知識として勉強をしたことはあります」
仕方ないですよね――と言外に俺をフォローするように苦笑しながら、シエルが話す。
だが、その言葉の内容は、俺にとってかなり衝撃的なものだった。
「勉強……? まさかっ――」
「私は、交配奴隷候補になる程度には試験で結果を残しました。だから、将来のために実際に『現場』を見せられたこともあります。私は容姿が醜かったので『実技』の勉強まではさせられませんでしたが」
「…………」
容姿が醜いというのは、おそらく傷のせいだろう。
今の――というより、本来のシエルの顔がとてつもなく可愛らしいものであることは、ゴンベルドンの言葉も証明している。
だが、シエルはその言葉を何度も、何年も言われてきたのだろう。
それがはっきりと分かるほど、シエルの声には重みがある。
「でも……その……男女が何をどうするかというのは……一応、一通りは見ましたからっ! 経験はないですけど……やり方はわかります! だから、ユウ様がお望みなら……その……対応できると思います……!」
――今、俺は何を言われているんだ……?
「シエル……意味、分かってるの……?」




