16話 どうかな
レイグに案内されたのは、今まで俺がみたことのないような豪華な宿屋だった。
ゴンベルドンの屋敷ほど大きくはないものの、重要人物が訪れる施設だということは簡単に察することができる。
宿屋というからには、もっと庶民的なものだと思っていたのだが――少し恐縮してしまう。
宿屋の従業員は、シエルに対してやや冷ややかな目線を向けていたが、レイグと一緒にいるせいだろう。特に何も言うこともなく部屋に案内してくれた。
「す、すごい部屋……」
部屋に入った瞬間、シエルが感嘆の声を漏らす。
若干怯えたように体を震わせている。
この貴族が住んでいそうな部屋の雰囲気に完全に気圧されてしまっているようだ。
「では、改めて名乗ろう。私はここより西の安全地帯――アルミードが領主、レイグ・エルレッドだ」
そんなシエルをよそに、レイグはソファに腰かけて淡々と話し始める。
「朱谷 悠です。よろしくお願いします……」
「どうした? 座ってくれたまえ。君達のためにとった部屋だぞ。ぜひともリラックスしてほしい」
一瞬、シエルと目があった。
腰かけるのにも恐縮してしまいそうな見事なソファ。
とはいえ、せっかくの厚意を無駄にする方が失礼だろう。
姿勢を正してソファに腰かける。
「それにしてもアカヤ・ユウか……ユウというファミリーネームは珍しいな」
「あ、いえ。俺の故郷はファーストネームを後にいう文化だったので……こちらに合わせるとユウ・アカヤってことになりますね」
「えっ――そうだったのですか!?」
と、シエルが頓狂な声を出す。
「え……どうしたの? そんなに驚くことかな?」
「私、貴方のことをファーストネームで、ずっと……!? 申し訳ございません! いきなり馴れ馴れしくしてしまって……アカヤ様!」
そう言いながら何度も頭を下げてくるシエル。
そのコミカルな様子に、思わず苦笑してしまう。
「いやいや……今更だろ。ていうか、ここでいきなり呼び方かえられるのは寂しいって」
「う、あ……そうなのですか……では、ユウ様で……うぅ……」
真っ赤になりながら俯くシエル。
そんなシエルを見ると、レイグは僅かに口角をあげながら話しかけてきた。
「君はゴンベルドンの奴隷だね? いや、だった――という方が正確なのかな」
「え……? そうですけど……」
「そうか。本来なら君には奴隷呪術を受けなおしてもらうのだが。……君は、彼と一緒にいたいのだろう? 邪魔をするのは野暮だということぐらいは分かる」
「ええっ――!? うあ……あ……」
「はは、照れるな照れるな。素晴らしい青春じゃないか」
口ごもるシエルを見てからからと笑うレイグ。
その言葉から察するに、レイグはシエルがそう叫んでいた時から俺達の様子をみていたということだろうか。
――シエルが、奴隷紋に苦しんでいる時も?
その状況で止めに入らなかったということは――どこまで信用すればいいのだろう。
と、そんなことを考えていると、レイグは俺に視線を移してきた。
「そう警戒しないでくれ。私も困惑していたのだよ。ゴンベルドンのレベルは102と記録されている。この大陸でレベル100を超える実力を持つ者は殆どいないからね。まさかあんな展開になるとは思っておらず……つい、呆気にとられてしまったのさ。すまなかったね」
……俺はそんなに分かりやすい人間なのだろうか。
それとも、彼の洞察力が非常に高いということか。
どちらにせよ、ここまで真摯な表情を演技で出来るのであれば、もう感服するしかない。
「……分かりました。それより、これからのことをお伺いしたいのですが」
俺がそう言うと、レイグは嬉しそうに微笑みながら答えてくる。
「そうか。では、単調直入にいおう。さっき言ったことと重なるが、君達には私と共にローダンに向かってほしい」
「ローダンというのは……?」
「うむ。地図を見せた方が分かりやすいか」
言葉通り、レイグは懐から地図を取り出すと、それを目の前のテーブルに置いた。
地図に記載されている文字は日本語ではない。
だが――不思議と、その文字がどのような意味を持っているのか、感覚で理解できてしまう。女神がくれた恩恵なのだろうか。
「ここを東に向かって三日ほど進むと、ローダンという安全地帯にたどり着く。そこをさらに東に向かうと、ガルダーザ山脈があり、その先は魔界だ」
「魔界……?」
「なに? ユウ君は魔界も知らないのか」
「……すいません」
「ふむ……まぁ構わないさ。何か事情があるのだろう。元奴隷の君は――聞くまでもないか。あのゴンベルドンが戦闘奴隷にしっかりとした教育をするはずがない」
レイグの言葉に、シエルは苦笑しながら頷く。
そのまま、申し訳なさそうに口を開くシエル。
「……あの、シエルです」
「ん?」
「シエルです……ユウ様が、名前をつけてくれたんです……私に……」
声を震わせながら、まっすぐとレイグを見つめるシエル。
すると、レイグはふっと脱力したように微笑んだ。
「……そうか。そう言えば、君の名前をきいていなかったね。すまなかった。よろしくたのむよ、シエル君」
「……!」
レイグの言葉に、目を丸くするシエル。
「はは、君から名乗ってくれたのだ。そう驚いた顔をしなくてもいいだろう。君が名前を欲しているのなら、それで呼ぶのが礼儀だと考えたのだがね」
「……ありがとうございます。嬉しく思います」
嬉しい――というより、ほっとした様子でため息をつくシエル。
それを横に俺を見てくるレイグの視線が、若干からかうようなものになっているのが気になるが……まぁ、そういうユーモアもある人なのだと受け取っておこう。
「話を戻そう。魔界とはその名の通り、魔物に支配された領域のことだ。我ら人族が淘汰されて久しく――もはや人が住めるところではない。この大陸は、既に8割以上が魔界となっている」
「えっ……」
そのレイグの言葉をきいて、あの女神が言っていた言葉を思い出す。
『ここは終わりよ……どうせ滅びる世界。そこであんたは生きることになるの。最悪ね』
この世界に来てから、ガラ・ドーラも瞬殺できたし特に気に留めていなかったのだが――人の住めない地域が8割近くもあるとなると、その言葉も現実味が出てくるというものだ。
「人族が住める領域は年々狭まってきているが……それでも、このガルダーザ山脈は人族にとって防壁としての役割を担い続けている。山脈付近の街には、それぞれ結界を張るための魔術師が配置されており、山脈そのものを結界とすることで魔物の侵入を阻んでいるのだ」
「へー……凄いですね……」
地図には南北に連なる山が記載されている。
その山脈が事実上、魔界と人族の国境のような役割を担っているということか。
「だが、最近になって魔術師の一人が調子を崩しているようなのだ。その魔術師が配置されている安全地帯……ローダン近くで、魔物が侵攻してきているという情報がある。このままでは山脈を魔物に突破されるおそれがあるため、西の安全地帯にも救援要請がきたというわけだ」
ローダンに一番近い街は、デクシア――つまり、ここだ。
だが、ゴンベルドンはその救援要請をスルーしていた。
そのため、更に西に存在するアルミードに救援要請がきたということか。
「……それで、実際に俺はどうすればいいのですか?」
「……正直なところ、ローダンの具体的な状況はまだ伝わってきていない。おそらく、ガルダーザ山脈に出向き、侵攻してきた魔物を迎撃してもらうことになるだろう」
「戦闘になることは覚悟しておけ――ということですね」
「そうなるな。もっとも、君達に責任を押し付ける気は毛頭ない。私が統括するアルミード騎士団が率先して戦うことになるだろう」
なるほど。
だが、幸いにも戦闘において俺に不安要素はないはずだ。
戦いをすることで報酬を得ることができるというのであれば、シエルのためにも断る理由はない。
「どうかな。シエル……俺はやってみようと思うんだけど」
「はい。私も同感です。ユウ様ほどではないにせよ、戦闘なら私も貢献できるかと」
シエルにしては珍しい、自信満々な表情。
たしかに、デクシアにたどり着くまでの間の戦闘で、シエルが魔物にひけをとることはなかった。
ガラ・ドーラはともかく、並大抵の魔物では彼女の相手にはならないだろう。
「シエル君は戦闘奴隷だったようだね。レベルは?」
「85です。適性クラスは剣士です」
「ほぅ……さすがに高レベルだな。では、ユウ君のレベルは?」
「……え、レベルですか?」
と、思わず変な声が出てしまった。
この世界にレベルの概念があるのはさっきまでの会話で分かっていたが――そういえば、自分のレベルはいくつなのだろう。
ゲームだとステータス画面が出てくるのだが、それらしきものは確認できない。
「自分のレベルを知らないのか?」
「えぇ……どうやったら分かるんですか?」
「普通は、鑑定士にみてもらうのですが……」
そこで言葉を詰まらせるシエル。
俺への詮索をしてしまうことを避けているのだろうか。
言外に、そのことについては触れないでくれと訴えるような視線をレイグに向けている。
「まぁいい。少なくともゴンベルドンを圧倒したことから考えるに、レベルは100をゆうに超えていることは間違いない。ぜひとも力を貸してほしい。少なくとも、衣食住に困らない生活は提供できるだろう」
「そうですか……ありがとうございます」
どうあれ、悪い話ではなさそうだ。
レイグも俺のことをそこまで詮索してこないし、良い距離感は保てている気がする。
このまま信頼関係が深まれば、シエルと一緒に生活するに困らない安定収入を得られるかもしれない。
「今日は、私がテントを提供しよう。その恰好だと、あまり休めていないのだろう? 今日はここでゆっくり休んでくれたまえ」
「分かりました。では、お言葉に甘えさせていただきますね」
俺がそう答えると、レイグは嬉しそうに微笑みかけてくれた。




