12話 獣人族風情が
ゴンベルドンの屋敷の門に来てから、一時間が経過しただろうか。
俺とシエルは、使用人と思われる人に声をかけてから、ずっと扉の前で待たされていた。
途中、そのことでシエルが何度も謝ってきたが、シエルと二人でいることに苦痛があるはずがない。
日が完全に落ち、屋敷内の光だけが俺達を照らした頃、ようやくそれらしき声が扉の奥から聞こえてきた。
「あー……だりぃ。なんで俺が直々に対応しなきゃいけねえんだ」
「申し訳ございません。ただ、決死隊の生還者というのは過去に例がなく……」
「あー、分かった、分かった。何度もいうな。めんどくせぇ……あぁ、俺が対応している間に、側室の女を片付けておけ」
「片づけ……ですか?」
「遊びで拷問しただけで失神しやがったんだ。尿まで漏らしやがって……きたねぇから放り投げといた。適当に回復させておけ」
「は。かしこまりました」
「あぁ、掃除は丁寧にやれよ。次の女と遊ぶときに気分が下がったら困る」
「心得ております」
――なんだ、この会話は。
聞いているだけで気分が悪くなってくる。
シエルは何も言わず扉を見つめているが、もうシエルを連れて逃げ出したくなってきた。
「あ? なんだ、お前か? 決死隊の生還者とかいうのは」
気だるそうな、それでもよくとおる野太い声と共に現れたのは、2メートルもありそうな大男だった。
豪勢な鎧に、派手な毛皮のマント。逆立つ髪に真っ赤なバンダナ。
見た目から判断すると年齢は三十半ばといったところだろうか。
筋肉質な体形にごつごつとした濃い顔――よく言えばワイルドなダンディ、悪くいえばヤクザのおっさんみたいな感じだろう。
「ゴンベルドン様、お手を煩わせてしまい大変申し訳ございません。巨竜ガラ・ドーラにつきまして、ご報告したいことがございます。どうかお時間をいただけないでしょうか」
そう言いながらシエルが深く頭を下げる。
なるほど、この男がゴンベルドンか。
たしかに、こういっちゃなんだが、見た目からして権力がありそうな雰囲気に満ち溢れている。
「あー、分かったからさっさと顔をあげろ……むっ!?」
と、シエルが頭をあげた瞬間、ゴンベルドンの目の色が変わった。
「なんだお前。本当に決死隊か?」
「はい。ゴンベルドン様の奴隷として、ガラ・ドーラの誘導任務についておりました」
「はー……そうかい。こんな良い見た目の女を見落とすとはな。俺もヤキが回ったか」
「はぁ……」
ニタリと不気味に微笑むゴンベルドンに、シエルはひきつった笑みを返す。
「おい、お前。俺の奴隷なんだよな?」
「はい。戦闘奴隷として、お仕えしております。それで、ガラ・ドーラのことなのですが――」
「あー、いい。そんなことより……うん。いいな。この顔なら、俺が相手してやってもいい」
「……? どういうことですか」
「喜べ。今夜から、お前を俺の側室にしてやる。こい」
「えっ――お、お待ちくださいっ!」
シエルの肩を掴もうとしたゴンベルドンの手をかわし、シエルが俺の後ろに隠れるように移動する。
「なんだお前、俺がこいと言ってるんだ。きこえてなかっ――」
「そうじゃなくてっ! まず、ガラ・ドーラのっ……」
「あぁっ!? 今は俺が話してるだろうが!!」
「っ――!?」
びくり、と体を震わせるシエル。
そんな彼女を見て、頭に日本にいた頃の上司の顔が浮かんできた。
話をきかずにとにかく怒鳴り新人を虐め倒す、年功序列にあぐらをかいたおっさん達。
俺も会社にいた頃は、今のシエルのようにびくびくして顔色をうかがうことしかできなかった。
だが――これもあの女神がくれた力なのだろうか。
自分でも驚くぐらい、ゴンベルドンの態度を冷静に見つめている自分がいた。
「……申し訳ございません。ただ、この方は……」
「そんなことはどうでもいい。最近、側室のメスどもが体を壊しやがってイライラしてんだ。まずはてめぇで発散してやる。おら、こい」
「まっ、待ってください! それより――!」
「獣人族風情が俺の言葉を遮るんじゃねえ!!!」
「申し訳ございません、申し訳ございません……! わた、私は……でも、あの……ユウ様の生活のお話が……」
「いいからこいっ!! てめぇは俺の奴隷なんだろうが!!」
「っ――!?」
ふと、ゴンベルドンが拳を振り上げるのを見て、思わず体が動いた。
その拳がシエルに突き出された瞬間に、彼の手首をつかんでそれをおさえる。
「なんだ、お前」
とてつもなく気の抜けたゴンベルドンの声。
今までずっとここにいたのに、初めて俺に気づいたような声だ。
「あんたさ。今、シエルのこと殴ろうとしたろ? あんたの人柄を見るために黙ってたけど……さすがにもう見てらんないかなって」
「は? シエル? なんだそれは」
「ユウ様……」
俺のことを心配そうに見つめてくるシエル。
そう――話の筋が通っていようがなかろうが、立場が上の者の言葉は絶対。それは日本だけじゃなく、この世界でも同じこと。
だから、俺が彼にたてつくことは、俺のためにならない。
もしかしたら、シエルは本気でそう思っているのかもしれない。
それはおかしなことではない。俺だって、日本にいた頃は本気でそう思っていたからだ。
でも――力がある今なら違う。
「なんだお前、その奴隷と何か関係あんのか? 言っておくが、そいつは俺の物だぞ。女を狙うなら他にいけ。俺の邪魔をするな」
「随分とむしがいいな。あんた、シエルのこと知ってすらいなかったくせに」
「だから誰だよそのシエルってのは。あぁ!?」
ヤクザのように威圧的に問いかけてくるゴンベルドン。
――なぜか、笑い出しそうになってしまう。
見た目は物凄く怖いのに、まるで小さな子供が必死になって悪ぶっているような感覚しかわいてこないのだ。逆に可愛らしいとさえ思ってしまう。
日本にいた頃ではありえないような感覚。
やはり、なにか精神に作用するような能力を女神から与えられたのかもしれない。
「……名前」
と、自分の感覚に驚いて言葉を詰まらせていると、シエルがおそるおそる声をあげてきた。
俺が沈黙していた意味を勘違いしたのだろうか。シエルは、俺を護るようにゴンベルドンと俺の間に入り込んでくる。
「私の名前……です。つけてくれたんです。ユウ様が……」
「は?」
その言葉に、頓狂な声を出すゴンベルドン。
数秒程沈黙した後、彼は大声で笑いはじめた。
「あっははははっ! なんだお前、獣人族に名前なんかつけてんのか? 面白いガキだな」
「……そう? 面白いなんて今まで言われたことなかったからなぁ。自信になるよ」
そう俺が言葉を返すと、ゴンベルドンは露骨に嫌な顔をする。
「……おい。俺は領主だぞ。てめぇみたいなクソガキ、どうとでもなるんだぞ?」
「そっか、それは怖いな」
「さっきからその口調はなんだ? なめてんのか? 殺すぞ、ガキ」
そう言いながら、ゴンベルドンは腰に携えていた剣を抜く。
この暗い中でもぎらりと光る刀身は、まるでゴンベルドンの殺意を代弁しているかのようだった。
だが――
「あんたさ、シエルのこと捨てただろ」
「は……?」
「決死隊のこと、話をきいたよ。シエルのこと、捨て駒にしたみたいだな」
「あん? それの何が悪い。俺の物をどうしようが俺の勝手だろうが」
ゴンベルドンが心底呆れたような顔を向けてくる。
予想通りの反応。だが、それをきくと胸にうじでもわいたかのような不快感がこみあげてきた。
吐き気に近い感覚をなんとかおさえて、言葉を返す。
「……シエルは物じゃない。人だ」
「はっ! くだらねぇことほざいてんじゃねぇ!! もう飽きたんだよ、死んどけっ!!」
と、ゴンベルドンが俺の首にむかって刀を突き付けてきた。
シエルが青ざめた顔で叫ぶ。
「ユウ様っ! あぶな――」




