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1話 せいぜい頑張って

「殺人だ! 殺人だあああああああっ!!」


 その悲鳴は、本当に唐突に俺の耳にとびこんできた。

 仕事帰りの気怠い時間帯、早く家に帰りたいと考えながら呆然と電車に立ち尽くしていた俺――朱谷 悠は、何が起きたか分からずに周囲を見渡す。


「けっへへへ! 殺す! 殺してやる!! 幸せそうなヤツは、俺が全員殺してやるうう!!」


 妙に甲高い男の声が電車内に響く。

 悲鳴と共に、逃げ纏う人々。


「いやあああああああああっ! やめてっ! やめてえええええええ」


 ふと、聞いたこともないような凄まじい女性の悲鳴が、すぐそばから聞こえてきた。

 声の方向に慌てて振り返る。

 お腹の大きな女性と、よれよれのコートを羽織り刃物を持った男の姿が目に飛び込んできた。



 ――なんだ、これ……



 現実感が沸かない。

 ついさっきまで、社会の歯車として淡々とルーチンを繰り返すだけの、平凡な毎日を過ごしていたのに。

 それなのに、なんで、こんな映画のワンシーンのような異常事態に、俺が――


「あぁあああああ!? なんだてめぇ!! 邪魔すんなあああああああ!!」


 次に聞こえてきたのは、男の怒号だった。

 少し遅れて、その原因が俺にあることに気づく。


「あ、えっと……」


 我ながら、本当にバカだと思う。

 気づけば、俺は、男の腕を掴んでいた。


「助けて、助けてくださいっ!!」


 お腹の大きな女性――妊婦だろうか。

 その人は、俺を突き飛ばして一心不乱に逃げ出していく。


「うるせぇえええええ! 死ねええええええええっ!!」


 熱い。

 一瞬遅れて、感じたこともない痛みに気づく。


「ぐぉっ――がっ……」


 口に何かものがたまる。

 感じたことのない吐き気とともにそれを外へ。


 ――血だ。


 視線を下におろすと、俺の腹部には、ナイフがどっぷりと刺さっていた。



「う、そ……」



 方向感覚が分からなくなる。

 視界が一気に暗くなる。



 ――あぁ、せめて童貞ぐらい、捨てたかったな……



 唐突に訪れた死。

 人生の走馬灯というのは――所詮は迷信だったらしい。

 俺の意識は、あっけなく闇に落とされた。



 †



「あー……また転生者、来たの? めんどくさいなぁ……」


 声が聞こえる。

 年端もいかないような、あどけない少女の声が。


「ここは……?」


 ゆっくりと目を開く。

 真っ先に視界に飛び込んできたのは、蒼い壁だ。

 水色の線路が、まるで機械の回路のような模様となって奇妙に刻まれている。

 そんな無機質な部屋の中に、俺は大の字になって寝ているのだと気づいた。


「えーっと……朱谷 悠君で、間違いないわね」

「あ、はい……」


 少女の声が、俺の名前を呼んでいる。

 体を起こすと、大きなソファに寝そべる少女の姿が目に入った。


 金髪の長い髪に小柄な体。

 この無機質な部屋にぴったりの、なんの飾り気もない灰色のローブ。

 見た目は十代半ばといった感じか。なんともロリロリしい美少女だ。


「覚えていない? あんた、死んだのよ。通り魔に殺されて」

「え……」


 そんな愛らしい見た目とかけはなれた、気怠そうな声で少女が俺に話しかけてくる。

 その言葉で、さっきまでの出来事が鮮明に脳裏によぎってきた。


「夢……じゃない、ですよね?」

「残念だけど現実よ。もっと残念なことをいえば……あんた、無駄死にしたわ」


 そう言いながら嘲笑するようにハハッと笑う少女。


「あんたがかばった妊婦さんも、あの通り魔に殺された。他の乗客は、襲われた人を見捨てて逃げ出したみたいね」

「……そうですか」

「あんた、馬鹿よね。自分に特別な力があるとでも思ってたの?」

「そんなことは……」

「それならなんで? あの妊婦も、あんたのことを見捨てて逃げ出したわ。かばう価値なんて、本当にあったの?」


 少女はそう質問してくるが……正直なところ、どうでもよかった。

 仕事ではミスばかり、誰からも無能無能と罵られ、友人もいない。

どうせ未練も何もない人生だ。終わってしまったのであれば、もうどうでもいい。


「はぁ……ま、いいわ。そんなあんたでも特別になれるところ、あるみたいだし。そこで前世の無念は晴らしてちょうだい」

「え……?」

「異世界転移よ。きいたことない? 『地球』って星の『日本人』って種族は、適正があるってきいてるんだけど」

「なんだって……?」


 ――よくラノベとかでやってる、アレか……?


 そうなってくると話は変わってくるんですけども。


「ここに魂がやってきたってことは、あんたに転移の資質があったってことだから。せいぜい頑張って。えーっと……転移先は……っ!?」


 ふと、少女の顔色が一変する。

 何事かと思って少女を見つめていると、彼女は張り詰めた声をぼやきはじめた。


「アルカターナ……ははっ、今更こんなとこ……なんで……?」

「どうしたんですか?」

「…………」


 言葉を詰まらせたまま黙りこくる少女。

 しばらくすると、少女は自嘲するように笑いながら俺に話しかけてきた。


「……あんたも不運ね。手遅れの世界にとばされるなんて」

「え?」

「ここは終わりよ……どうせ滅びる世界。そこであんたは生きることになるの。最悪ね」


 嫌味っぽく口元をあげる少女。

 だが――なぜだろう。

 俺には、その表情が――


「……あの。どうして、そんな悲しそうな顔……してるんですか?」

「は?」

「大丈夫ですか? なんか、助けを求めてるような顔、してたから……」


 そう俺が言うと、少女はキッと目を鋭くさせた。


「――っさいわね!! あたしは女神なのよ? 凡人以下の人間が――きやすくすんなっ!」


 グサリ、と胸を刺されたような感覚になる。

 美少女に本気で嫌われる経験がここまで辛いものだとは。


「ま……誰も守れずに死んだあんたには、お似合いの世界よ。せいぜい頑張って。あたしの仕事はここまでだから」


 そう言いながら手を前にかざす少女。 

 すると、俺の足元から白い光が放たれた。


「え、ちょっ――」

「……遅すぎるのよ。今更、期待なんかさせないで……」


 何がなんだか分からない――

 そんな混乱の中で、白の光が俺をつつむ。

 その中で聞こえてきたのは、少女のあしらうような声。


「――さよなら」


 それは、俺が楽しんでいた異世界転生の物語の登場人物のものとは違って――

 あまりにも冷ややかな声だった。


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