9話
説明会です
「こんにちは。横良いですか?」
遥が突如かけられた声に振り向くとそこに入学式の日に一度、アキラに付いていった先で出会った少女、楠香織が以前と変わらずニコニコと笑いながら立っていた。
「えっと、確か楠さん……でしたっけ?」
「ピンポーン! 正解でーす!」
「えっと、はい。大丈夫ですよ」
幸い遥の横の席は未だ人が座っていない。
誰かと見る約束もしていない上、一度だけとはいえ顔見知りの誘いを理由もなく断るのも悪いと思い遥は了承の返事を返す。
「ありがとうございまーす。一緒に見る相手が居なくて寂しかったんですよー。あら、アキラちゃんはもうステージについてるんですね」
遥は知らないが、遥の横の席に人がいないのは偶然ではなかった。
香織がアキラの頼みを受けた後、遥の席を確認して横の席を空席にするように工作していたのである。
勿論、香織はそんなことをおくびにも出さず、先程あったアキラとの話し合いなど無かったかのような偶然感を演出することも忘れない。
「そうですね。後は相手の人が来るのを待つだけです」
スタジアムの中央にせっちされたステージを見ると既にその中央付近にアキラが立っていた。
以前不良達を倒したときと同じように眼鏡を掛け、その両手には黒い革手袋をはめている。
両目を閉じ、手を組んでいるその姿は精神集中しているように見えた。
「私、フィンブルの試合見るの初めてなんですよね」
「あぁー。それはなんと言うか……なんと言いましょうか……」
「塚川さんの試合って面白くないんですか?」
「えぇーっと。私は好きなんですけど。確かに面白くないという意見も聞いたことは有りますね」
頬を掻きながら取り繕うな言葉を話す香織に遥は首を傾げる。
「アキラちゃんの試合って勝つのは前提として対戦相手が分かれば試合内容まで分かっちゃうんですよね」
「……? と言うと? どういうことなんですか?」
「アキラちゃんのレプリカって、対戦相手と同じ魔法を使えるっていうレプリカなんですけど、対戦相手が近接戦闘を主軸に戦う人だと近づいて一発殴って、多くて二発殴って終了ですし、遠距離攻撃を主軸に戦う人だと魔法を撃ち合って一方的に撃ち勝つのでスカッとした戦いが見たいって人には人気なんですけど。そうじゃない人には塩試合製造機なんて揶揄されてたりするんです。……あっ、ちなみに私はですね。泥仕合製造機って揶揄されてましたぁ」
「……あれ、確か塚川さんって連勝って」
「そうですよー。全部同じ勝ちかたでーす。まぁ、中学二年の夏ごろより前は違う戦い方でしたけどね」
「えっと、楠さんも?」
「はい! バッチリ負けましたー!」
ピースサインを出しながら笑顔を絶やさない彼女になんと声を掛けたものか遥が言葉に迷っていると、
「あっ、でも、私は殴られていませんからね? 腕を掴まれたのでギブアップしたんです」
それは、訂正するほどの情報だったのだろうか。遥はますます言葉を失う。
「……フィンブルってギブアップ有りなんですね」
「まぁ、レプリカによる魔法を使った競技スポーツなんて言ってますけど、実態は格闘技の方が近いですからねぇ」
「それだと勝敗はボクシングとかみたいに10カウントとかが主流なんですか?」
「10カウントも有りますよ。明確に狙ってるのはアキラちゃんくらいですけど」
「じゃぁ、メインの勝ち方じゃないんですね」
「そうですねぇ。メインはレプリカの破損狙いでしょうか。大会によって破損の割合が変わるんですけど。四峰祭だと勝負中にレプリカが七割破損したら敗北になります。知多学園の序列戦も同様ですね」
「破損率って見れるんですか?」
「見れますよー。あれを見てください」
香織に指差された方を見ると、遥達が座る観客席からステージを挟んで反対側の観客席上部に巨大なモニターがあった。
改めて会場内を見回して見るとどこの席からでもみれるように、東西南北四ヶ所に同じように設置されているようだ。
そのモニターの右半分にアキラの名前と顔写真、その下に100%と数字が映し出されていた。
「アキラちゃんの写真の下の数字がレプリカの耐久値です。事前に登録したレプリカと連動していて、戦闘中にレプリカにダメージを与えると耐久値が減少します。トータルで七割耐久値を減少させる。つまり、破損させると勝利になりますね」
「他にも有るんですか?」
「そーですねー。先程私が言ったギブアップでしょうか。まぁ、これは言わずもがなした方が負けるんですけどねぇ。あとは……場外負けでしょうか」
「場外負け?」
「はい。フィンブルは見ての通り円形ステージ上で行われます。ちなみに直径は百メートルですね。スタートはお互い三十メートルの距離を取って戦闘開始なんですけど……まぁ、それはここではどーでも良いですねー。で、ステージ外に落ちたら二十秒以内にステージに戻ってこないと敗北になります」
「なるほど。結構あるんですか?」
「遠距離攻撃を主軸に戦う方は結構狙ってたりしますよ。アキラちゃんや私はしたこともされたこともないですけど。だから見るとそんな勝ち方もあったなぁー、って感心しちゃうんですよね」
今までとうって変わり恥ずかしそうに香織は笑った。
「まぁ、自分が普段狙わないことって忘れがちですもんね」
「そうなんですよぉ。遥ちゃん上手いフォローね。お礼にこれあげちゃいまーす」
そう言って手渡されたのは紙コップと、ストローであった。
「い、良いですよ。大丈夫です」
どうやら香織が試合観戦中に飲もうと購入した飲み物のようだった。
「? まだ口をつけないですよ?」
向こうが二つ飲み物を持っていたらお言葉に甘えようかなとも思ったが、見ると飲み物は今遥に渡されようとしている飲み物のみようである。
それは流石に受けとるのは悪いと思って断ったのだが、香織にその気持ちは届かなかったようだ。
「……それじゃ、お言葉に甘えていただきます」
「どうぞー」
香織から受け取った紙コップにストローを差し一口飲み込む。
「烏龍茶」
「お嫌いでした?」
「いえ。私もたまに飲みます」
「それは良かったです」
その時──会場内から歓声が沸き上がった。
遥が何事だと周りを見ると、モニターに変化点があった。
なにも映っていなかったアキラの横の左半分に黒井樹の名前と写真が映し出されていた。
「樹さんの登録が終ったみたいですねぇ」
「登録? 事前にしてあるものじゃないんですか?」
「そうなんですけど、試合直前に使用レプリカに不備や不正がないかの最終確認を行うんです。そこで問題がなければ耐久値の連動システムにレプリカの最終登録が行われるんです。登録してシステム連結に問題なければモニターに情報が映し出されるんです」
「大変なんですねぇ」
「そこで登録できなくて不戦敗なんて話も過去にはあったみたいですねー」
香織の説明が終わったすぐ後、アキラの視線の先、観客席下の選手入場口から黒井樹が歩いてきた。
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