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8話

 知多学園の敷地内にはフィンブルを行うためのスタジアムが三つある。

 一つは常日頃からフィンブルを学ぶ為に開放され、下位から中位の序列戦が行われている通常スタジアム。

 一つは主に始終業式や入学式、卒業式など式典で使用され、上位の序列戦に使用される特設スタジアム。

 一つは購買部が独自に建設した購買部専用スタジアムである。このスタジアムの設立には様々な悶着があったのだが、ここでは関係ないので割愛する。


 黒井樹から序列戦を申し込まれてから一週間後、アキラは特設スタジアム内の控え室にいた。

 備え付けられた椅子に座り、耳に着けたイヤホンから音楽を聴いているようだ。足と腕を組み、目を瞑るその姿は誰も近寄らせないオーラを放っていた。


「……」


 何かを感じ取ったのかアキラがイヤホンを外した直後、控え室の扉を叩く音が部屋に響いた。


「どうぞ」


 アキラの言葉の後、扉が開かれた。

 中に入ってきたのは毛先にパーマを掛けた肩まで掛かる栗毛色の髪を持つ女生徒であった。


「なにか用ですか?」

「いいえ~。用と言うほどじゃないんだけど様子を見に来ましたぁ」


 入ってきたのは知多学園生徒会副会長、楠香織だった。彼女は以前と変わらず顔に笑みを浮かべながらアキラに話しかける。

 相変わらず間の抜けた話し方をする彼女に視線を移しアキラは言葉を投げる。


「そうですか。なら様子見も終わったでしょうし帰ったらどうです?」

「もー。アキラちゃんのいけずぅ」


 わざとらしく頬を膨らませて言葉を返してきた香織にアキラは何を考えているのか冷たい視線を返す。


「で、実際のところ何のようです?」

「いやぁ、やっと序列戦ですね。もっと早くになると思ってました」

「私から動くつもりがない以上、遅くもなるでしょう。もっとも、私は何もないことを願ってましたけどね」

「もう少し遅くなるようなら私から序列戦を申し込もうかなぁ、なんて考えてたんですよー。そうならなくて良かった。ってホッと一安心です」

「とんだ八百長になるところでしたね」

「いえいえ。アキラちゃんなら誰と戦っても勝つじゃないですか。八百長以前に試合になりませんよ」

「……まぁ、戦う以上は負けるつもりなんて毛頭ないですけどね。でも、それは誰でもそうでしょう」

「それは……そうだけど」


 アキラの言葉に柔和な笑みを浮かべていた香織の表情が苦笑に変わった。


「ま、まぁ。それは置いておきましょう。実際のところ勝つつもりでいるんです?」

「勿論。やる以上は本気でやります。それが礼儀でしょう」

「ふふ。そうですね。相変わらず真面目ですね」

「真面目とかそういう問題じゃないと思います……あぁ、そう言えば、聞きたいことあったんですけど」

「なんでしょう?」

「もし、私が勝ったら序列の扱いはどうなるんです?」

「そうですねー。知多学園上での扱いは序列七位になりますね。ただ、前例に倣うと四峰祭では序列外での登録になりますね。アキラちゃんの序列が抜ける分、他の方の序列が繰り上がって登録されることになると思います。まぁ、前例がそう無いので今回どういう扱いにするのかは分かりませんが。まぁ、今言った登録になると思います」

「……そうですか。でも知多学園には前例がありませんでしたし、普通科の生徒は四峰祭に参加させないって話の運びになる可能性もありますよね?」

「そこは安心してくださーい。ちゃんと根回しオッケーでーす。抜かりなしです」


 アキラの問いかけに顔の横で左手の親指と人差し指をくっ付けてオッケーマークを作りながら答える。


「……そうですか」


 アキラは悟った。この二ヶ月香織に動きがなかったのは、学園の序列上位陣がアキラに戦いを挑み、尚且つアキラがその戦いに勝つ事を前提にその後四峰祭に参加できるように裏で動いてたのだと。もう、序列戦を受けた時点で四峰祭の参加は決まったのだと。

 自分が負ける事を微塵も考えていない辺りに彼女の自信が窺えた。


「まぁ、良いです」


 溜め息を一つつき。アキラは立ち上がる。

 香織と話してるうちに試合会場に向かう時間になっていたからだ。


「香織さん二つ言わせて下さい」

「どうぞー」

「今回の序列戦、話を大きくしたの割りとイラッと来てます」

「あら。呆れる以外の感情あったんですねー。呆れと無関心以外に人に向ける感情ないと思ってたから、嬉しいわぁ」

「……私をなんだと思ってるんですか」


 アキラの言葉に本当に嬉しそうに笑う香織に毒気を抜かれたのか、ため息混じりに返されたアキラの言葉に


「ふふっ。怒らないでアキラちゃん。でも、どっちにしろって話ですよ。うちの序列上位とあの『魔王』様が戦うとなれば嫌でも話は広がりますから」


 香織はやはり、笑いながら言葉を返した。


「……貴方がそう言うならそうなんでしょうね」


 実のところアキラは香織が苦手だった。

 中学時代の日本代表選抜の時からこちらの様子に構わず距離を詰めて来るところや、何が楽しいのか常に笑みを浮かべているところ。誰とでも仲良く話して距離が近そうなところなどとてもアキラの癪に障った。

 だが、香織はそんなアキラの事などお構い無しに他の誰かにするように距離を詰め話しかけ続けた。

 そのうち、アキラの中から苛つく事が無くなり、その代わり苦手意識が残ったのである。

 嫌いということはない。どちらかと言えば好意的な部類にすら入るだろう。

 ただ、何を言っても笑い続けているその表情の奥で自分をどう見ているのかが分からないのがアキラはどうしようもなく苦手なのだ。

 そして、これからそんな相手に頼み事をしなくてはいけないと言うのはとても気が引けた。


「それで、もう一つはなんでしょう?」


 そんな彼女の内心など露も知らない香織は二つ目の言葉を催促する。


「その、……あの、あまりですね。……頼みづらいん、ですけど」


 アキラにしては珍しい歯切れの悪い、ともすれば急に体調不良に襲われたのかと錯覚するほどのしどろもどろ感に香織は首を傾げ、僅かに聞こえた頼みづらいという単語を理解した瞬間──


「まぁ! 頼みごと! 私にですか! 嬉しいですぅ! 初めてじゃないですか!? どんなお願いなんでしょう?」


 香織のテンションは天井を突き破った。

 代表時代からの付き合いであるが頼み事をされる事など一度も無かったからである。

 もっとも、香織に限らずアキラが誰かに物事を頼んだ。と言う話すら聞いたことも見たこともなかったが。

 他人からの頼みや悩みを引き受けるくせに自分からは誰かに救援信号を送らない。そのくせなにも問題ないと言う無表情は崩さないアキラの様子に、つい心配になって良く話しかけに行っていた努力がついに報われたのだと。

 きっとアキラの中で香織の存在が頼りがいのある先輩の位置付けに格上げされたのだろう。と、そう思い嬉しくなったのである。


「えっと、その、今からやる試合の解説を良ければ、白鷺さんにして、欲しいんですけど」


 恐らく人生で人に何かを頼むと言うことをしたことが無いのであろう。凄く罪悪感を感じた話し方するアキラに香織はなんだそんな事かと笑いながら


「良いですよー。入学式の時に約束かなにかしたんですか? 確かにアキラちゃんの解説は外れないですからねぇ。お目が高い。でもアキラちゃんが試合じゃ解説は出来ませんもんねー」


 快く了承した。

 いつも通りの間の抜けた言葉にアキラはほっと安心した様子を返す。


「あ、ありがとうございます」

「いえいえー。このくらいどーってことないです。でも、一つだけ良いですか?」

「えっ?」


 了承にまさか条件をつけられると思ってなかったアキラは言葉を失った。

 そんなアキラの珍しい表情を見た香織は慌てて訂正に入る。


「あぁ、いえ、違います。そんな難しい事じゃないんです。ただ、勝ってくださいね。私が折角解説するのに負け試合なんて嫌ですよ?」


 香織の台詞にアキラは表情をスッ、といつも通りに戻して言葉を投げる。


「……それについては頼まれる程の事じゃ有りません。私を誰だと思ってるんですか?」

「そうですね。愚問でした」

「それじゃ。香織さん、お願いします」

「任されましたぁ」


 香織の横を通り抜け、アキラが試合会場に向かう。

 アキラが部屋から出た後、香織はポケットからスマホを取り出し何処かに電話をかけた。


「あっ、もしもし。私でーす。調べて欲しいことがあるんですけど。お願いできたりしますー? 白鷺 遥さんの座席確認して欲しいんですけどぉ。あっ、分かりました。じゃあ確認できたら折り返し、お願いしまーす」


 引き受けたのは良いものの肝心の遥が何処に席を取ってるかは把握していなかったのである。

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