7話
勝負はものの数分で終わった。
14人も居た男子生徒達がコンクリートの上に横たわっていた。ある一人を除いて──
「上手く立ち回りましたね」
唯一無傷で立ち続ける男子生徒にアキラは言葉を投げる。
「まぁ、この面子じゃどうやったって勝てないからね」
「……」
男子の言葉にアキラはなんと言葉を返したものか考えていると
「後輩だからって気を使わなくて良いよ。この学園は序列なんてものがあるから実力が高い方が偉い風潮がある。君なら誰も文句は言わないだろう」
男子がフォローの言葉を投げる。
「言えないの間違いだと思いますけど」
「間違いない」
それを聞いたアキラの言葉に男子は苦笑して答える。
「まぁ、と言うか勝てる勝てないはどうでも良いんだ。問題は人数だよ。フィンブルは一対一だからね。君と戦うならサシでやりたい。中途半端に周りにいると邪魔になりそうだしね」
「それも加味して戦うのが実力だと思いますけど」
「ごもっとも。本当はそうなんだろうけど。フィンブルを中心に授業カリキュラムを組まれてる関係で一対一以外の動きを出来る人間が少なくてね。恥ずかしながら俺もその一人なんだけど」
「まぁ、実技科に来る人はフィンブルのプロ選手を目指してる人が多いですし、そこはしょうがないと思いますけど」
「そう、しょうがないんだ。俺はサシしか出来ない。それしかやってこなかったね。だから、君と戦うときは一対一で正式に戦いと思ってた。こんな形じゃなくてね」
彼の発言を聞いたアキラに嫌な予感が襲いかかった。
「だから、序列七位『迫る壁』黒井 樹が『魔王』塚川 アキラに序列戦を申し込む」
そして、その予感が的中した。
(なるほど。いずれ序列上位の誰かが私に戦いを申し込むから香織さんがわざわざ動く必要が無かったわけか)
アキラは考える。どうすれば角が立たずにこの場を乗りきれるか。
「……分かりました」
考えた末、選んだ選択肢は諦めだった。
「ただ、試合の日は明後日以降にしてください。戦う日はそちらの指定で構いませんが前日の放課後までに連絡を下さい」
「ありがとう。あとで連絡するよ」
そう言い残し樹は屋上を出ていった。
「……」
それを見てアキラは溜め息をつく。
(せめて、仲間くらいは連れていきなさいよ)
そんな彼女の心情など露知らず遥が言葉を投げ掛ける。
「やっぱり、聞いた噂はほんとだったのね。魔王さん」
「……出来ればそれで呼ぶのはやめて欲しいのだけど」
フィンブルには、実力のある選手に二つ名が送られる風習があった。今しがた屋上を去った黒井樹が名乗った『迫る壁』のように。
そして、アキラに送られた二つ名が『魔王』であった。公式戦連勝不敗の彼女に憧れと畏怖込めて送られた二つ名である。
尤も、アキラはその二つ名が嫌いであったが
「あらどうして? かっこいいじゃない」
「でも可愛くないわ」
遥からの問いかけにアキラは切って捨てる。
「さて、私たちも行きましょうか」
入り口の方に振り返りながらアキラは遥に言葉を投げる。もう二つ名に関する話はしたくないという意思表示である。
「えっ、いいの? そこに倒れてる人たちはどうするの?」
「放っておくわ。仮にこのまま起きなくて単位が足りなくなっても学校が補習してくれるわよ」
「いいのかしら……」
言いながらもその場から離れる準備を終えて立ち上がる遥を尻目にアキラは歩き始めた。
「良いのよ。起きたらどうせまた絡まれて面倒になるわ。それに起こしたりするのは私たちじゃなくてあの人の仕事でしょう」
遥の呟きに屋上を去った黒井樹に対する苦言を混ぜながら返したアキラは、床に倒れている男子生徒達を避けながら屋上から出ていった。
時間は過ぎて午後8時。アキラはバイト先のゴミを纏めていた。スラックスにワイシャツ。その上からエプロンを掛けたいわゆるバリスタ姿と言うやつである。
纏めたゴミを持ち店の裏口から外に出て直ぐ近くにあるゴミ出し場にゴミを置いたあと店内に入り一息つく。
アキラがこの喫茶店でバイトを始め早一月半が経とうとしていた。
他の生徒に見られたくないという理由からわざわざ学園から離れた──と言ってもアパートと学園の中間位の──立地の店を選んだ甲斐も有り学園の生徒にバレてないのは居心地が良かった。
バレて困ると言うことはないが、もしバレたら冷やかしに来るとかそういう運びになるだろう事は容易に想像できたからである。
そういう時にどういう反応をすれば良いのかわからないアキラとしては出来ればバイトを辞める時までバレないで居て欲しかった。
尤も学園におけるアキラの親交状況を考えるとバイトをしているとバレたところでわざわざ店まで、冷やかしに来てくれる友人などいないのだがそんなことに気づくほどアキラは人と話をしていなかった。
「……」
休憩室に備え付けられている冷蔵庫に入れていたイチゴ牛乳を一口飲んで、再びフロアに戻る。
とは言え、ゴミを纏めて出したアキラに残った仕事はほぼほぼ無かったが。
「店長。お願いがあるんですけど」
カウンター席の向こう側に座りながら一日の帳簿をまとめている男性に話しかける。
頭が大分寂しくなった中老の男性である。日本人であるはずだが顔の彫りがやけに深く、寂しくなった頭もやけに似合っていた。話しかけられた男性は丸眼鏡の向こうで目を丸くしながらアキラを見つめ返していた。
「珍しいね。なんだい?」
優しく微笑む男性にアキラは気まずそうに話し始めた。
「申し訳ないんですけど、明後日以降の平日のどこかで休みを一日頂きたいんですけど」
「どこかって、まだ日にちは決まってないのかい?」
「はい。突然の話なので今日明日は断ったんですけど」
「あぁ、ファンブルの試合かなにかかな?」
目の前に座る男性はフィンブルに対する理解が深かった。アキラが中学生日本代表で有ることも知っていたし、そんな彼女が知多学園に通っていると言うことから、いずれフィンブルの試合で休みをとるであろうこともバイトの採用をした段階で既に予想もしていた。
「……はい」
申し訳なさそうに頷くアキラに微笑みながら
「分かった。前日にはもう一度連絡してくれればいいよ。うちは基本的に暇だしねぇ。一日くらい問題ないだろう」
「有難うございます」
「そうなるとしばらく大変だね」
「はい。恐らくこれを皮切りに他の人達からも試合を申し込まれるかもしれません。お店に迷惑をかけ──」
「いや、店は良いんだけど、君がね。折角フィンブルから距離置いたんだろう? それなのに巻き込まれちゃってね。フィンブルの試合終わった後に予定がなかったらお店においで、珈琲くらいなら入れてあげるよ」
今度は店長からの言葉に目を丸くしたアキラは──
「ありがとうございます。勝ってきますね」
ほんの少し、笑って返した。
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