6話
無言の時間がしばらく経ち、既に惣菜パンを食べ終えていたアキラは特に何をするでもなく遠くを流れる雲を眺め続けていた。
今日は家に帰ったら何をしようかと考えていると、横から声が届く。
「そういえばクラス委員長になったんだって?」
「……まぁ、流れでね」
「流れ? あぁ、日本代表のキャプテンって言ってものね。貧乏くじ引かされたのね」
「まぁ、クラス委員長の仕事自体はそんな多くないし、中学の時とやることも変わらないから、そこまで貧乏くじでもないわよ」
「あら、中学の時も委員長だったの?」
「えぇ。その時も同じ理由で押し付けられただけど」
「それはまた難儀ねぇ」
「本当よ。人に押し付けておいて言う事聞かないから大変だったわ」
「なんとなくだけど、初対面でこんな事言うのも失礼だと思うんだけど、自己主張がちょっと弱かったんじゃない? まだあまり話した事ないからイメージでしかないんだけど……気を悪くしたらごめんなさいね」
遥のその一言にアキラはやや考え込んだ素振りを見せるがそれも束の間すぐに言葉を返した。
「そうね。そうかもしれないわ。だから貴方が謝る必要は無いわ」
やや含むところを感じる返しに遥は首を傾げる。
「本当に気にしなくていいわよ。貴女がそう思ったのならきっとそれは正しいんでしょう」
「……」
「……」
アキラの言葉の後、二人の間に気まずい沈黙が流れる。
「そういえば聞いたわよ? 実技科の先輩達をちぎっては投げちぎっては投げしたんだって?」
そんな沈黙を破るように遥が新しい話題を投入する。
「……頼まれたからね」
「頼まれたからなんだ」
アキラの答えに遥は苦笑しながら返す。
「ちなみになんて頼まれたの?」
「食堂で騒ぎがあるから止めてくれってね。あなた強いんでしょう? って。別に私に頼まなくても風紀委員が止めに来るのに。私が近くに居たからでしょう。強い人なら誰でも良かったんじゃないかしら」
「そんなことないわよ。頼むからには理由があるはずだもの。あなたの強さを見たかったとかじゃない? 普通科は私みたいにレプリカに興味なかった人もいるだろうし」
「そうかしらね。都合良く利用されてるだけな気もするけどね」
「あら? おかしな事を言うのね」
「……どこがかしら?」
「いや、都合よく利用されてるだけって想ってるのならなんで断らないの? おかしい気がするのだけど?」
「私は基本的に余程のデメリットが無ければ誰であれ頼み事は引き受けることにしてるのよ」
「メリットがなくても?」
「どんな頼みであれメリットなら有るのよ」
「……どんな? ちょっと思い付かないんだけど」
「少なくとも頼みを受ければ嫌われなくて済むわ」
「……」
思わず遥は言葉を無くした。
頼みを断って嫌われるより、ある程度の労力を要する方がマシだと言う。アキラの言葉に──
世の中には、自分の事より他人の事が優先できてしまう。そういう人間も当然いるだろう。
だが、アキラの言い方はそういう感じでは無かった。自分より他人を優先した結果、頼み事を引き受けるのではなく。嫌われてしまうという強迫観念に駆られて頼み事を引き受けているように感じられる。
勿論、遥にも、他の誰にだって似たような思考は存在する。
しかし、普通は断った際に生じる様々な労力と頼み事を引き受けた際に掛かる労力を考えどちらの方が都合が良いか天秤にかけ、傾いた方の行動をとるものだ。
だが、彼女にはその天秤がないように感じられた。引き受けたら命が危ないとかそんな、あまりにも極端な事態でもなければ彼女が頼み事を断ることはないのだろう。と遥は感じ取れた。
「あなた……」
「? なにかおかしな事言った?」
遥の言葉にアキラはやや不安げな声で言葉を返した。
「いえ、なんでもないわ」
恐らくは高校に入学するまでの間になにかしらあったのだろう。
あるいは、元々そういう性格だっただけかも知れないが、兎も角、まだ知り合って間もない自分が口を出す事ではないと遥は噤んだ。
「そう?」
「えぇ。本当に何でもないわ」
「まぁ、なら良いけど」
そう言ってアキラは視線を遠くに移し、遥も残り僅かになった弁当に箸を伸ばす。
「あっ、聞いたわよ? あなた、ま──」
唐突に何かを思い出した遥がアキラに言葉を投げてる最中だった。
二人の背後から勢い良く扉の開く音が響いた。
「見つけたぞ! 魔王!!」
遥が振り返るとそこには十数人の男子生徒が屋上に入ってきているところだった。
「良くわからないけど、見つけられたみたいよ?」
ぞろぞろと、徒党を組んで歩いてくる男子生徒を尻目に遥は食べ終えた四段の重箱をいそいそと片付けながらアキラに言葉を投げた。
「……みたいね」
ため息を吐きながらアキラは立ち上がる。
「先輩方、一体何の用ですか?」
振り返り、男子生徒達の首元に結ばれたネクタイの差し色を見て──もっとも、結んでいない生徒の方が多かったが──自分より学年が上だと判断したアキラは事を荒立てない様に下手に出て話しかける。
「あー? オレらの事まさか忘れたなんて言わねぇよなぁ?」
「この前は急に来たからやられただけなんだわ」
「一週間の病院食は辛かったぜぇ!」
などなど、アキラの言葉も虚しく目の前で徒党を組む男子生徒たちは敵意をむき出しに言葉を投げ掛けてきた。
「何かしたの?」
「……まぁ、そうなんでしょうね」
アキラには心当たりが有りすぎて逆に分からなかった。
「アニキぃ! こいつ忘れてますぜ?!」
小柄な体格の如何にも舎弟ですと言った風貌の男子生徒がアキラを指差しながら隣にいる男子生徒に話しかける。
(あの人がトップね)
男子生徒の一群の中でやや後ろの方に立っていた生徒を見てアキラは思う。
「すみません。人の顔を覚えるのは苦手なので」
目の前で好戦的な態度を取り続ける生徒達が自分より学年が上であると、その内履きの差し色を見て判断したアキラは最初と変わらず下手に出て対応を続ける。
「それで、先輩方は一体どういった用件でここに来られたんです?」
「知れたこと! この前のリベンジよ! やられてはい。そうですかと素直に引き下がっては我ら黒翼会の沽券に関わる!」
「だから、おれ達の君に復讐に付き合ってもらうぜ!」
テンションが無駄に高いな。と内心肩を落としながらアキラは表向き表情や態度を変えずに言葉を返す。
「分かりました」
「えっ、いいの?」
アキラの返事に驚愕の言葉を返したの状況を見守っていた遥であった。
「いいのよ」
遥を横目に見ながら答える。
「この人数相手に良い度胸だ。せめてやられる場所くらいは選ばせてやる」
そんなアキラの様子を見て戦闘に立っていた男が言葉を投げる。恐らくは男子生徒達の中の代表なのだろう。
「別にここで良いです。お昼休みも残り少ないしわざわざ場所を変えるのもお互い面倒でしょう」
アキラはブレザーのポケットから黒い革手袋を取り出し手にはめ始める。
「大した自信だな」
それを見た男たちも各々武器を出現させる。
突如なにもない空間から剣や槍、盾を出し始めた男たちを見て遥は驚愕した。
(あれがレプリカ……映像で何度か見たけど本物は初めて見たわ)
実際には待機形態であるアクセサリーに個人が持つ魔力を込めることで戦闘形態である武器や槍に変換しているのだがレプリカに今まで触れてこなかった遥が分かるはずもなかった。
「……」
アキラも構え始める男子達を見てなにもない空間から楕円形の眼鏡を出現させる。
恐らくはそれがアキラのレプリカなのだろう。それを掛けてアキラは男子生徒達に言葉を投げた。
「いつでもどうぞ」
その一言を受けて男子生徒達が一斉にアキラに走り始めた。
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