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35話

 葛が去ったあと、その場から立ち去る気がなかなか起きなかったアキラは、そのまま屋上のベンチに座っていた。


「……」


 先程の葛との会話を切っ掛けに落ち込んでいた気持ちを立て直し、残りの夏休みの計画を立てていたのである。


(バイトはしばらく休ませてもらうとして必要なのは──)


 アキラが考えるに四峰祭の敵はやはり、アルフレッドのみであった。

 そのアルフレッドとの差も明確である。

 即ち、火力差である。

 正直なところ現状(・・)アキラの魔法に関する技量は頭打ちである。

 であれば伸ばせるのは火力しかない。

 それに、火力が伸びたことによってできることも増えるため、伸ばさない手は無かった。

 今までそれに手を伸ばさなかった理由は、客観的に見て火力不足で誰かに負ける可能性は考えてはいても、それはそれとして、微塵も負ける気がしていなかったからである。


(気は進まないけど協力を頼むしかないか)


「ここにいたんだ」

「──遙」


 唐突にかかった声に振り返ると、白鷺遙がそこに立っていた。


「どうしてここに?」

「いや、皆がアキラがいなくなったって探してから私も探そうかなって思って」

「それでここに?」

「うん。アキラ屋上好きでしょう? だから、普通科棟だと思ったんだけど外しちゃった」


 恥ずかしそうに笑う遥を見ながら、アキラの内心には僅かに苦い思いが駆け巡っていた。


(葛なら兎も角、遙まで人避けの結界を越えてくるなんて……まいったわね)


 いくらアルフレッドとの戦いで負傷し、本調子ではないとはいえ、魔法はおろか、レプリカすら使用していない遥に結界を越えられたのはアキラにとって屈辱であった。

 本調子であれば勿論、誰も近づけさせないが、本調子でない今、来るのは葛や音羽、或いは学園にいる上位の人間くらいだと思っていたからである。

 それが、蓋を開けてみれば一般人である遙まで来ているのだ。

 反省すべき見積もり甘さである。

 決して遥が悪いわけではない。ただただ、アキラの実力不足である。

 葛と会う前のアキラであればアルフレッドに負けた事と合わせて更に落ち込んでいたに違いない。


「そう。わざわざ普通科の屋上からこっちまで探しに来たの?」

「結構歩いちゃった」

「お疲れさま」

「ほんとにね、お陰様でもうヘトヘト」


 だが、吹っ切れたアキラにとってはその事実も自身の伸びしろとして受け入れることができた。

 屋上まで来てくれた遥に軽口を返すくらいには。


「それはごめんなさい。でも、もうみんな探してないと思う。さっき夜鳥さんが来たから」

「そうなの?」

「そうなの。立ちっぱなしも辛いでしょ? 横座ったら?」

「ありがとう。それじゃお言葉に甘えさせてもらおうかな」


 そう言って遥はアキラの横まで移動しベンチに腰掛けた。


「とは言っても、治療中にいなくなった! って大騒ぎだったけど──」

「まぁ、見ての通り全快だからね。夜鳥さんも安心してたからそこも踏まえて伝えてくれてると思う」

「そういうもの?」

「そういうものよ」

「ふーん。ならいいのか」


 勿論、本心からすべてを納得している訳ではなかったが、相手が話す気のない事をわざわざ聞きに行く様な性格ではなかった遥は、それ以上その話題を続けるのを止めた。


「そう言えば、合宿はどうなったか知ってたりする?」

「聞いた話だと、スタジアムの復旧と全勝のアキラが居なくなったから延期するって言ってたわ」


 本来であれば、最終戦が終わったあと、そのままスタジアムで模擬戦の成績上位者の表彰と閉会式をやる予定であった。

 だが、スタジアムの全損し、全勝であるアキラまでいないとなれば延期もやむなしであると言える。


「そう。どうせなら中止でいいのに」

「あら、表彰されるんでしょう? 嬉しくないの?」

「別に。馴れてるしね」


 勿論それもあるが単純に人前に立つのが嫌なのである。フィンブルならいざしらず、そうでもないのにわざわざ人前に立つのはアキラには抵抗があった。

 今回の延期は狙ってたわけではないが願ったり叶ったりと言ったところであろう。


「流石ね〜」


 そんな彰の本心を知ってか知らずか、遥は感心したように言葉を返した。


「まぁ、そんなのはどうでも良いとして」

「えっ? どうでもいいの?」

「どうでも良いの。そんなことより遥、来週暇?」

「うーん。特に予定なかったと思うけど……」

「──そう……」


 勢いで話題を変えたもののアキラは僅かに戸惑う。

 勢いで話題を変えたのだから、勢いで続ければ良かったのに一度遥の返答を待つために止まってしまったのが原因である。

 とは言え、何時までも止まってるわけにはいかない。

 遙が不審がる前に言葉を続けなくてはと、辛うじて言葉を出す。


「もし、良ければだけど、良ければで良いのよ? 良かったら、来週、一緒に千葉に行かない?」


 人生で友達を遊びに誘うのは初めてであった。

 遥を、下で呼んだ時と同じ程の緊張があったことは想像にかたくない。


「千葉かぁ、海? ランド?」

「えっと……どっちでも無い」

「んー。じゃぁどこだろう?」

「あ、あと、泊まりになると思うだけど…」

「泊まり!? それはちょっと話が変わるかなぁ。お父さんに聞いてみないと、分からないや」

「う、うん。良かったらでいいんだけど」

「で、どこ行く予定なの?」

「えっと、レプリカ製造会社チャップリンの日本支部……」

「なんで?」


 当然の疑問であった。

 何故行くのかというのもそうであるが、アキラがいくら凄いとはいえ、一学生がいきなり行って大丈夫なのかという問題もある。

 厳密に言うといきなりではないが、一週間前などいきなりも良いところだろう。


「よく分からないのだけど、そういうのって企業秘密とかあるんじゃないの?」

「あー。企業秘密の方は、大丈夫。うん。大丈夫……のはず」


 後半はかなり小声であった。


「ほら、今回合宿で結構フィンブル見たじゃない? 遥もレプリカの事知りたいかなーって」


 照れ隠しなのか、苦笑しながらアキラは続ける。


「まぁ、興味があるのはそうだけど」

「でしょ? だから、どうかなって?」

「まぁ、行きたいのは行きたいけど、泊まりだとお父さんに聞いてからじゃないと分からないし。あと、なんで行くの?」

「だから、遥が知りたいかなーって」

「仮に、それもあるとして。それだけじゃないでしょう?」


 問い詰めるような遥の視線にアキラはたじろぐ。


「……特訓のために」

「素直に言いなさいよ。私のためもあるでしょうけど、そっちがメインでしょ?」

「はい……」

「分かったわ。お父さんに聞いてみる。結果は連絡するから待ってて」


 そんな様子に遥は悪戯がバレた子供を落ち着かせるような笑みを浮かべながら言葉を返した。 

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