27話
試合を終え、スタジアム内の自動販売機でイチゴ牛乳を購入していたアキラの元に香織はあらわれた。
「どうしたんです?」
「何がですか?」
背後から掛けられた声にアキラは振り返る事なく答える。
「今の試合です」
いつもの間延びした口調とは違いしっかりと紡がれる言葉にアキラは香織が怒っていると認識した。
「今の試合何かありましたか?」
振り返りながらアキラは香織を見つめる。
案の定、認識の通り香織は怒っていた。いつもの朗らかな笑顔と違い口元はしっかりと閉められ、アキラを射抜く視線には強い怒気が感じられた。
「分かっていて言っていますよね? 最後のアレはなんです?」
「最後? 普通にレプリカ破壊による勝利ですよね? それ以外になにかあります?」
「その後です。なんで葛ちゃんを蹴ったんですか? もう勝負はついてましたよね?」
「正当防衛です。私も勝負がついたと思ってレプリカの魔法を解除していたのに殴りかかってきたので」
「正当防衛、ですか……本気で言ってます?」
「はい」
「……はぁ」
アキラの言葉に香織は溜息を一つ。
その様子をアキラは黙って見つめていた。
「アキラちゃん。あれが本当に葛ちゃんが殴り掛かってきたと思っているのなら、貴方は一度負けた方がいい」
その言葉にアキラは眉を顰めた。
「分かりませんね。私をこの学園に呼んだのは貴方じゃないですか」
「そうですね」
「それなのに……私に負けたほうがいい? なんですか、それ……香織さんは私がまだ負けてないから、負けないからこの学園に呼んだんでしょう?」
「確かにそれも理由の一つです」
「理由の一つ? 他にも理由があるんですか!? 私の負ける所が見たいとかそんな理由!? そうですよね! 貴方も私のせいで一番になれない人ですもんね! 私なんか負けてしまえって内心思ってるんでしょ!」
話しながらテンションが上がってきたのだろう徐々に叫び始めたアキラに今度は香織がたじろいだ。
アキラと香織は長い付き合いだが、アキラが怒っているのを初めて見たからだ。
(いや、でもこれは怒ってると言うより……)
アキラが怒っているのを見たことは無かったが、しかし、目の前で声を荒らげて喚き散らしているアキラを見て香織は怒っているとは感じなかった。
どちらかと言うとそれは怒りではなくヒステリーの様に感じられた。
「負けない。私は負けない……絶対負けない! 負けないのよ! 誰が負けてやるか! 私はアイザック・オースティンの二の舞いは演じない!」
その言葉を聞いて香織は思い至った。
中学時代に起きたちょっとした事件。いや、事件という言葉は正しくはないのだが。
ともかく、それは当時無名だったアルフレッド・ヨハン・フリッシュが欧州の絶対王者『炎竜帝』アイザック・オースティンに勝利したというものだ。
当時無敗のアイザックに勝利したアルフレッドはその戦いで一躍時の人となったわけだが、当然話はそれで終わらなかった。
アルフレッドを称える声よりアイザックを叩く声の方が大きかったのだ。
曰く、「遂に崩れた無敗神話」だとか「地に落ちた竜」など、当時のマスコミはこぞってアイザックの敗北を記事にしていた。
炎竜帝はマスコミのバッシングに耐えきれなかったのかその戦い以降フィンブルを引退し、アルフレッドも炎竜帝のファンから執拗に攻撃され、ファン以外からも炎竜帝を倒したの男と過度な期待を寄せられるようになり、それが原因で調子を崩し、逃げるようにヨーロッパから飛び出し知多学園に転入した。
そんなヨーロッパの事件は、当時中学生に上がったばかりのアキラにも影響を与えていた。
具体的に言うとマスコミが来たのだ。
同じフィンブル無敗の選手として炎竜帝の敗北はどう思いますか? 数年後プロになったアキラがアイザックを倒すと言われていますが現在の心境は? など当時から突出していたがゆえの弊害である。
アキラ自身はそんなもん知るか。と言った感想しかなかったが。忙しそうにマスコミに対応していた大人達を見て、「私が負けたら、もっと忙しくなるんだろうなと思った」と話していた記憶が香織の脳裏に蘇った。
当時の選抜メンバーが選抜合宿にて、「もし負けたら大変だね」とアキラに話し掛けていた記憶もある香織自身も既に記憶は定かではないが言っていたかもしれない。
そして、最後にはお約束のように「まぁ、アキラなら大丈夫だろうけど」と言葉は締められるのだ。
それは大人達ですらそうだった。
少し思考を巡らせれば簡単に思いつく、曲がりなりにも勝負への重責がある日本中学選抜メンバーですらそうなのだ選抜で集まってない時期、地元の中学でも友人達に散々嫌になるほど言われていたに違いないのだ。
恐らくそれはアキラにとって途轍もない重責となって伸し掛かっていたのだろう。
「アキラちゃん……落ち着いて。ね、少し落ち着きましょう?」
「落ち着く? 人に負けろなんて言っておいてよくそんな事言えますね!」
「それはそうなんだけどぉ……」
アキラの剣幕に香織は怒りをすっかり引っ込めていつもの口調に戻っていた。
長い付き合いになる香織にとっても初めて見るアキラの感情にビビったのである。
「でも誤解よぉ? 私はアキラちゃんの負けるところが見たくて同じ学校に呼んだわけじゃないのよ?」
「でも今負けて欲しいって言ったじゃないですか!? 普段から思ってないと出てくるわけない!」
「いや、違うのよ? アキラちゃんお願いだから話を聞いて?」
「充分聞いてます!」
聞いてないから言ってるんだけどぉ。とは言えなかった。更に話が面倒くさいことになることは目に見えたからだ。
おかしい。私が怒ってたはずなのになんで私が宥めているのか。など逆ギレされるとは思ってもいなかった香織。
「……分かりました」
色々考えを巡らせた末に、出した答えは諦めだった。言って聞かないのなら言う必要なんてない。ボルテージの上がった人に何かを言い聞かせて納得させるのは物凄く重労働なのである。
「何をよ! そうやっていつも自分は分かってる風な態度と言動で──」
「どちらにしろ、アルフレッドさんと戦えば苦戦は免れません。普通に負ける可能性すらあると思います。あの人は以前アキラちゃん自身が言っていた天敵になりうる人ですから」
アキラの言葉を遮るように話し始めた香織は諭すような口調で言葉を続ける。
「あまりこういう事は言いたくありませんが先輩として言わせてもらいますね。アキラちゃん、負けるなら今しかありません。今ならまだ、内々の練習試合です。外に漏れる前に情報を揉み消せます。私がいる内なら購買部の力で強引に闇に葬れますから」
普段とは違う優しい口調にしかし、アキラは納得がいかない様子であった。
以前の話であったアルフレッド対樹の対戦映像を生徒会権限でもみ消したと幸信が語っていましたが、実際には生徒会だけでなく購買部も動いています。




