20話
知多学園が保有する特設スタジアム中央に設置されたステージ中央に2つの人影があった。
一人は学園序列十四位 鈴谷 珠
一人は学園序列五位 『魔王』塚川 アキラ
知多学園は絶賛四峰祭に向けて参加者に特訓を行っていたが、二日目から午後のスケジュールに特訓参加者による総当たりの練習試合が組み込まれていた。
二人はこれから試合をするのである。
「お手柔らかによろしくねっ」
指し伸ばされた珠の右手をアキラは一瞥して──
「私は勝負事で手を抜かない性格です。勿論、鈴谷さんも本気で来て下さいね」
握り返すことなく踵を返した。所定のスタート位置に戻るためである。
それを見た珠は手持ち無沙汰になった右手を下ろして同じようにスタート位置に歩き始める。
(よし! 頑張るぞ!)
スタート地点に戻った珠は両手で頬を叩いて気を引き締める。
『それでは、これより試合を始めます。両者良いですね?』
会場内に備え付けられたスピーカーから特訓責任者、九条音羽の声が響く。
それと同時に会場内のモニターに数字が表示されカウントダウンが始まる。
それに応えて珠は自身のレプリカを出現させた。
モニターに表示された数字が降りきりスタートの文字が表示されるのと同時に電子音が鳴り響く。
その音を聴くと同時に右腕に巻かれた腕輪型のレプリカ『ヴォーロス』、黒井樹曰くインパクト一番と言われるそのレプリカの魔法を発動した。
「……」
アキラは珠の姿を見上げていた。
実に大きかった。全長3メートルはあるだろうか、全身を覆う毛に短い四肢、手の先に見える長く歪曲した鋭い鉤爪。
その姿はまごうことなき──
「熊……」
熊であった。
「これが私のヴォーロスの能力! 凄いでしょ!」
確かに凄い能力である。
もともとライフル弾を数発受けても耐え切り反撃をしてくる高い耐久力、人間など一撃で致命傷を負わせる攻撃力を有している熊に変身できる上にレプリカの共通魔法によりそれらの能力は更に向上している。
並のレプリカ使いでは相手にすらないだろう。
「そうですね。ビックリしました」
タマなのにクマなのか。とか、熊ったわね。とか下らない言葉が頭を過りそうになったがアキラはぐっと堪えた。
そんなことよりも今はどう戦うかが重要なのである。
(漫画で読んだことがある、熊は眉間が弱いとかなんとか。まぁ、狙うしかないわね)
珠は体を前屈みにさせ、両腕を置く。
「それじゃ、行くね? アキラちゃん」
「どうぞ」
アキラの言葉を受けて珠が疾走する。その巨体をアキラは大きく左側に跳躍して躱す。
着地したと同時に後方に向きを変える。
(速い……)
突進を止めた珠が既に右腕を振り上げ追撃の構えを取っていた。
「とぉーうっ!」
気の抜ける声と共に振り下ろされた右腕を後ろに跳びのきその右腕を躱したアキラはそのまま前面に跳び、今まさに振り下ろされた右腕を踏み台に更に跳躍し珠の眉間を蹴り飛ばした。
前述した通り、熊の耐久力はとても高い。ライフル銃の弾丸を四、五発受けてもなお戦闘を続行する耐久力を有している。
熊に変身した珠も当然、同等の耐久力を有していた。
いや、レプリカに共通する身体強化の魔法を加味すると野生の熊より耐久力含む戦闘能力が高いと言って良い。
だが、耐久力があるからと言って耐えられるかはどうかはまた別の話である。
「あぁあああぁぁぁ!!!??」
蹴り飛ばされ背中から地面に倒れた珠は蹴られた箇所を両手で抑えながら右に左に転がっていた。
(なるほど。漫画で読んだけど熊は眉間が弱点ってのは本当だったのね)
耐久力だけで見れば耐えきれるはずだが、眉間から響く痛みに精神が耐えられないのだろう。
のたうち回りながら痛みにより魔法を維持できなくなった珠の姿が元の人形に戻っていく。
その様子を見ながら珠に近づいたアキラは、眉間を覆う珠の右手を掴み、その腕に装着された革製の腕輪を強引に引き抜く。
引き抜いた際に僅かに珠の右手の皮が捲れたがそんなことをアキラはいちいち気にしなかった。
奪った珠のレプリカを右手で弄びながらアキラは珠に問いかける。
「鈴谷さん降参します?」
「し、しない! レ、プリカ……返、して!」
自分に右腕に伸ばしながら抗戦の意思を示す珠を見て
アキラは考える。
今から黒井樹と戦った時のように意識を奪うのは些か難しいかもしれない。
レプリカを奪ってしまった為に身体能力強化魔法が無い珠を下手に攻撃するのは躊躇われた。下手を打てばなにがしかの後遺症が残る可能性が出てくるからだ。
(仕方ない。降参するまで指を一本ずつ折っていくか)
アキラは伸ばされた珠の右腕に左手を被せその白く小さい指に力を入れようとして──
「……分かりました。降参しなくて良いです」
やめた。
前日、自分から頼んだ訳でないとはいえ実技科棟を案内して貰った恩がある。そんな彼女に必要以上にダメージを負わせるのは気が引けた。
アキラは右手で弄んでいた珠のレプリカの持ち直す。革の腕輪に埋め込まれた唯一の飾りである赤い宝石を挟むように、
そして、そのまま宝石を挟んだ親指と人差し指で潰した。
同時にスタジアム内に設置されたモニターにアキラの勝利が表示される。
その横に小さく薄く表示された珠のレプリカの耐久値が0%を示している事を見るに黒井樹の時と違い今回はレプリカ破壊による勝利を選んだようだ。
アキラは珠のレプリカを左手に持ち替え、空いた右手で伸ばされていた右手を掴み強引に立たせる。
「お疲れ様でした」
アキラは握った右手を放し、珠の空いた右手に彼女のレプリカを握らせてその場を後にした。
ステージを降りて観客席下にあるスタジアム内の通路を歩いて控室に戻るアキラの視界にある人物が入ってくる。
「お疲れ様でーす。レプリカ破壊の勝利は珍しいですね」
「昨日実技科棟を案内して貰ったのでそのお返しですね。香織さんはこの次ですか?」
「はい。久々に頑張りますよー」
笑顔で返す香織にアキラは内心苦笑して返す。
「そうですか。相手はどなたなんです?」
「毒島先輩でぇす。相性は良いですからね。アキラちゃんみたいに決めてきますから見ててくださいねー」
「そうですか。まぁ、香織さんなら大抵の相手に負けないと思いますけどね」
「素直に応援してくれても良いんですよぉ?」
「……頑張ってくださいね」
「はぁい! 頑張りまーす!」
「それじゃ私戻りますね」
「あっ、一つ良いですか?」
「何ですか?」
「どうして変身しないで身体能力強化だけで戦ったんです?」
「変身すると体のサイズや手足の長さが変わりますから。変身後の体に慣れるまでの間に負ける可能性が出てくるので身体強化だけで戦いました」
「あぁー。なるほど」
「私の弱点ですね」
実のところ、アキラのレプリカは相手のレプリカの魔法を真似する特性上あまり強くない。
相手の魔法を真似する為には相手の魔法を見る必要がある為、必ず先手を取られてしまう。
対戦相手はずっとレプリカを使い続け研鑽を重ね、自分なりの戦い方を確立させているのに対して、アキラのレプリカは基本的にその場で真似した魔法による戦い方をその場その場で構築しなくてはならない。
その段階で既に大きな差が開いている。
そして、何よりも相手がレプリカ依存の魔法を使っている場合、真似できないという大きな弱点があった。
レプリカにより魔法を使用する以上レプリカ依存の魔法というのは変な表現だが、例えば世の中には人形のレプリカが存在する。
内包する魔法は使用者と同じ容姿、身体能力になるといったものであるが、そういったレプリカ自体に影響を及ぼす魔法は真似したところで仕様が無い。
これらの事からアキラの使用しているレプリカはアキラ以外に使用者がいなかった。
数あるレプリカの中でもトップクラスに使えない。使い辛い。と言うのが世間での評判であった。
「使い勝手は良くないですよねー」
「こればっかりはどうしようも無いですね」
「ふふっ。それじゃぁ行ってきます。応援よろしくねー」
香織はアキラの横を手を振りながら通り過ぎる。
アキラもそれに、小さく手を振りながら見送るのだった。
珠ちゃんはオチ或いは出オチ担当




