11話
樹が倒れてから既にカウントは半分以上が経過していた。
(き、気持ち悪い……な、なんだ……顎か?)
樹は揺れる視界、込み上げてくる吐き気を堪えながら自身のレプリカを杖代わりにしてなんとか立ち上がろうとする。
その間にも刻一刻と敗北を告げる10カウントが迫っていた。
(10カウントは、初めてか……いや、まだだ。まだ、負けてない!)
立ち上がりながら眼前に座するアキラを睨む。
その様子をアキラは試合開始時と変わらない感情の籠らない目で見続けていた。
(俺との試合はそんな詰まらなかったか)
カウントは既に2まで下がっている。
「まだ、負けては……いない」
構えをとれば戦闘続行可能と判断されカウントダウンは解除される。
樹は杖代わりにしていた大剣を地面から放し、構えを取ろうとする。震える体に鞭を打ち、視線も定まらないまま気合いのみで体勢を整えようとするが──
「くっ」
気合いだけでは解決できないダメージを負っていたようだ。樹はバランスを崩し再びステージに倒れ込む。
「──?」
体を迎える入れるステージの感触がいつまで経っても無かった。
その代わりにあったのは腕を引かれる一瞬の感覚とそのあとは脇に掛かる独特の感触だった。
不思議に思いその方向を見るとアキラが樹に肩を貸していたようだった。
「これは?」
「私の勝ちが決まりました。折角立ち上がったのにもう一度膝を突くこともないでしょう」
アキラの言葉にモニターを見るとカウントが既に終わったようで、アキラの写真がモニター中央に大きく表示されている。
樹の敗北だった。
「そうか……まぁ、そうだね。気を使わせたね」
「いえ」
「ありがとう。でも、これは要らないお世話だ」
樹はアキラから離れる。レプリカを杖代わりにしてだがちゃんと自分の足でその場に立つ。
「覚えておいてほしい。情けは人を傷つける事もあるんだよ」
樹は自身が入場してきた出入り口に向かいその足で歩き始めた。
(そう。難しいのね)
アキラはその背中を無言で見送り続けた。
フィンブルの決着がついた後、アキラは自身のバイト先たる喫茶店にいた。
「高校での初勝利おめでとうございまーす!」
「おめでとう。塚川さん」
何故か、遥と香織も居た。
「……ありがとう」
色々と疑問があるが、アキラは口には出さなかった。
(尾行とかは無かったはずなのになんで、後から合流されたのかしら)
「購買部の情報網でーす! お祝い事は人数いた方が楽しいですよ!」
アキラは突っ込むことを止めた。
同じ席についてしまった以上、今さら文句を言ってもしょうがないだろう。
「……はぁ」
深い溜め息を隠すこともせず額を押さえたアキラの元に頼んでいた珈琲が届いた。
「どうかした? そんな悩んで勝ったんじゃなかったのかい?」
「あぁ、いえ、何でもないです。ありがとうございます。頂きますね」
珈琲を運んでくれた店長にお礼を言いながら受けとるアキラ。
「ありがとうございますー」
「おりがとうございます」
それに続いて遥達も店長から渡される珈琲を受けとる。
そんな二人の様子を見てアキラが珈琲を飲もうとした時だった。
「それでは、アキラちゃんの知多学園代表入りをお祝いしてかんぱーい!」
「……」
突如音頭を取り始めた香織に呆気取られて二人は動きを止めた。
「かんぱーい!」
「か、かんぱーい」
遥が恐る恐る香織に合わせて音頭に乗る。だが、香織は満足していないようで更に乾杯の音頭を取ろうとしているのを見て、アキラは諦めた。
(私もやるまで続ける気ね……)
「かんぱーい!!」
「かんぱーい!」
「乾杯」
アキラ達がちゃんと音頭に乗ったことに満足したのか香織は珈琲を口に運ぶ。それを見て二人も安心して飲み始めた。
(珈琲で乾杯もおかしい気がするけど、香織さんはやりたい事をする人だものね。気にするだけ負けね)
「ん……おいしい」
珈琲の感想を呟いたアキラに香織が言葉を投げる。
「という訳で、アキラちゃん今さら言うまでもないですけど、今学期が終わるまで序列14位以内に留まってくださいねー」
「あれ? 四峰祭に参加できるの12位以内の人なんじゃなかったんでしたっけ?」
だが、アキラへの言葉に返事を返したのは遥だった。以前アキラがした四峰祭の説明を覚えていたのだろう。あるいはあの後、クラスメートなりが話しているのを聞いたのかも知れない。
遥の質問に香織が答える。
「本来はそうなんですけど、生徒会長と私がシードなのでその分、2枠空くので序列14位までなんですよー」
「シード! それじゃ良いところまで行ったんですか?」
「生徒会長は準優勝で、私は頑張ったんですけどベスト8でした」
「あれ? すごいことなんですよね?」
話の後半部分を不服そうに話す香織に遥は首を傾げながら言葉を返す。
「もちろんです! ね、アキラちゃん!」
「……そうですね」
何故自分に振るのか、そこは自信を持って答えても良いのではないかと思ったが、それを言ったら話が長くなる予感がしたのでアキラは回答を同意だけに留めた。
「でも、準優勝って去年の生徒会長さんは強かったんですね」
「え? あぁ、私の言い方が悪かったですね。今年の生徒会長の話です。去年の四峰祭の時期でいうなら副会長でしたよ」
「凄く強いんですね」
「そうですねー。去年の優勝者が違う人なら生徒会長が優勝してたと言われるくらいには強いですよー。まぁ、その去年の優勝者も2年生だったので今年もいますけどね」
「……」
香織から飛び出た情報に遥は思わず言葉を失った。
「まぁ、二年生で優勝と言うのはそれなりにありますよ。優勝者と準優勝者が両方二年生は史上初ですけどねー。まぁ、今年はアキラちゃんが優勝して史上初の一年生優勝者になるんですけどね」
「そうなの?」
「……どうかしら。やる以上は負けるつもりはないけど実際に勝つかどうかはまた別の話だからね」
「まぁ、それはそうかもしれないけど身も蓋もないわね」
「……そうかしら」
「まぁ、アキラちゃんの勝負観についてはともかくどうでした? 高校初フィンブルは?」
「そうですね……やっぱり中学と高校だとレベルが大きく変わりますね。今までよりは手応えが有りましたね」
「あら。それは樹さんが聞いたら喜びますねー」
「初めてフィンブルを見たんだけど、樹さんって塚川さんが戦ってきた中でも強いほうなの?」
「そうね。こと防御力に関して言えば一番ね。今年はわからないけど去年の四峰祭参加者と比べても一番でしょうね」
「防御と言えば、アキラちゃんなんで今日は樹さんの攻撃を躱してたんです? いつもなら、躱さないで、攻撃をわざと受けてますよね?」
「そうですね。黒井さんの防御力が並程度ならなら魔法を真似して攻撃を受けようと思ってましたけど、黒井さんは防御力が飛び抜けて高いですから。それなのに攻撃力も学園で上位陣に入るであろう程には高いので、多分ですけど、避けないで攻撃を受けたら、私の防御力と黒井さんの攻撃力にレプリカが耐えきれず壊れると判断しました」
「そういう壊れかたある?」
「……木の棒で壁を思いっきり叩いた事ない?」
「いや、理屈は分かるけど……いや、レプリカ壊したら勝ちなのよね? それなら問題ないんじゃ?」
「あるわ。文句を言う人がいるのよ。レプリカを壊されてなければ、あのまま続けてたら自分が勝ってたって言う人」
「いやー、樹さんはそういうこと言わないと思いますけどぉ」
「私もそう思います。でも、その時になるまでは分からないじゃないですか」
「……」
「……」
アキラの言葉に遥と香織は返す言葉を見つけられなかった。
「黒井さんは間違いなく努力してきてる人です。あれだけレプリカを使いこなせる人は同年代では香織さんくらいだと思ってましたから。尊敬できる人だと思います。だから、そんな下らないことで私が感じた人物観にケチをつけたく有りません」
「まぁ、それもそうですね。でも、ビックリしましたよ。樹さんにレプリカを壊す以外で勝ち筋があるなんて」
やや強引かと思ったが香織は話を変えた。これ以上話を続けても場の空気が重くなると判断したのである。
アキラがどの口がそれを言うのかと訝しげな目で香織を見ると横から遥が話しかけてきた。
「疑問に思ってたんだけど聞いて良いかしら?」
「えぇ」
「樹さんのレプリカが防御力を上げる魔法を使えるって言うのは聞いたんだけどなんで、塚川さんの攻撃が通じたの?」
「あぁ、それはね……デュランダルの魔法って弱点があるのよ。人間が鍛えられないところは魔法が効きにくいの……そうね、例えば闘うために体を鍛えてる格闘家も克服できない弱点があってね」
「関節とかですねー」
「そうですね。なので黒井さんに勝つ手段として関節を極めてギブアップを誘う方法もありますね。私は面倒だったので顎を狙いましたけど。顎を上手いこと叩くと脳が揺れるのよ。それは人間には克服できないわ。首を鍛えればある程度は防げるみたいだけどね。まぁ、本当は立ち上がらせるつもりなんて無かったんだけど……まぁ、そこは黒井さんの防御力を褒めるべきね。多分次に戦う時には克服してきてるでしょうね」
「鍛えようがないのに?」
「肉体的にはね。でも、レプリカに限界はない。努力する限りレプリカは応えてくれるわ。諦めなければね」
「……」
言い終えてアキラは珈琲を一口啜る。その様子をまじまじと見つめる遥にアキラは眉を顰める。
「何かしら?」
「塚川さんってレプリカ好きなのね」
「……そんな事ないわ。ただ、詳しいだけよ」
やや、言い淀んだ返しをしてきたアキラになんと返したものか遥は悩んだが、結局何も言わずに苦笑するに留めた。
香織からの信頼や、前回や今回の話でアキラのレプリカに対する知識が人並外れている事は今までそれに触れてこなかった自分でも理解できたし、そこまでの領域に至るには興味や好意といったものがなければ辿り着けないであろうことも想像できたからだ。
その上で、否定してくるということはあまり踏み込まれたくない話題なのだろう。と遥は考えたのである。
わざわざ地雷を踏み込む趣味は遥に無かった。
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