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(あの男は権力に屈し、君を捨てた⁈ もう2度と会わせない⁈ 逃げ出したのは私よ! ユース様はずっと私達2人の背中を、それぞれの背中を押してくれていたわよ! 何よこの小説。王室恋愛小説なのに、私の話しなのに、嘘ばっかりね)
1巻と同様に、プンプン怒りながら、レティア姫は小説を読み進めた。
腹が立つのに読む理由は、物語の世界観に引き込まれているから。
この小説の作者の前作はベストセラー。年頃の乙女がこぞって読む人気作。
その作者が、次の作品は是非今話題の王室恋愛を取り扱ったものを、と依頼されて生み出した小説。
素直で割と単純なレティア姫が感情移入するのは当然である。
(ユース様は私に対して、とっても優しくて、穏やかよ。ごくたまに変で少し酷いけど。なのに何よ、この高圧的で自分勝手な男性。俺を見ろ。俺を見るしかないって、ユース様は私にこんな事を言わなかったわ! 人の心は縛れない。君はいつでも自由。ユース様はそう言うのよ!)
怒りながら、レティア姫は読書を続ける。
(このように惹かれたのは初めてで……。夜を閉じ込めたような髪……。何もかもが俺を誘うって、誘ってないわよ。でも、ここは素敵ね。実際は、色気のない青臭い小娘……。色気のない……青臭い……)
レティア姫は以前ユース宰相が、彼女のいないところで、他者へそう話していたことを思い出し、深いため息をついた。
偶然聞いたユース宰相の自身への評価に追い討ちをかけるように、彼女に対してこう口した男性までいて、それも思い出し、更に深く深く息を吐く。
『いや、まあ、ほら、清楚可憐な乙女とは真逆の魅力ですから、気にしなくて良いと思います』
レティア姫は「色気のない青臭い小娘は正当評価」と認識し、心の中でネチネチ、ウジウジ気にしている。
そのせいで、誘惑的だ、魅力に逆らえないなどと口説かれる小説内のレティア姫に、羨望の念まで抱く。
(そんな。溢れる想いを胸にしまっておけないだなん……むり、無理矢理キス⁈ 手首を強く掴んで……。これが、世間で噂されている、レティア姫のファーストキス……)
小説の展開に茫然とすると、レティア姫はページをめくる手を止めた。
顔を上げて、周りを眺める。誰も知らない、美しい海洞窟がレティア姫とユース宰相の、思い出のファーストキスの場所。
(私は誰にも話しをしていない。ユース様も喋っていないってことよね。この小説のキス、全くのデタラメだもの)
ぼんやりしながら、自分の唇をそっと指でなぞり、レティア姫は「はあ」と甘ったるい息を吐いた。
(一生忘れないようなキスをしようと思っている……。それで、そうしてくれたっていう話しをしないとならないわ。恥ずかしくてならないけれど、ユース様の優しさを広めたいし、彼の名誉を守らないと)
よし、今度どこぞの貴族に何かの会に招かれたら、断らずに出席しよう、とレティア姫は決意した。
自分の夫が、女好きで、寄ってくる女性とすぐ関係を持っていたというので、どこの誰がその相手の女性か分からない。嫉妬でイライラしそう。そういう理由で、レティア姫は基本的に社交場への出席を拒否している。
他にも、自分に与えられた仕事に励むことや王女としてのレッスンを優先し、息抜きは知らない人ばかりの中社交場ではなく、家族やセルペンスとの交流が良い。そのような理由もある。
聖女に擦り寄りたい貴族の相手なんてしなくて良い、とレティア姫の兄達も、文句を言わないどころか、レティア姫が社交場へ出ず、何かの会を主催しないことに賛成している。
(続き……)
決意を胸に秘め、再び小説を読み始めたレティア姫。再び物語に夢中になる。
(俺を愛する努力をするから、あの男に栄華を。そう言ったな。努力すると言うのなら、俺のすることを拒むな……。やめて下さい……。……。唇を押し開いて、入ってきた舌が……)
その文章で、レティア姫は固まった。バクバクする心臓に、急上昇する体温。
小説を閉じて声にならない悲鳴を上げる。
「っ——……」
小説を膝の上に置くと、レティア姫は両手で頬を包んだ。
(しっ、舌⁈ キスの続きって舌が入ってくるの⁈)
先週のキスを思い浮かべ、レティア姫は赤くなった。
しかし、ユース宰相が他の女性と、この「大人のキス」をしたことがあると言う事実に、今度は青くなる。
(し、舌が入って……どうなるの? よ、読んだら分かるけど……)
頭を抱え、しばらく自問自答した後、レティア姫は読書の続きはせず、岩陰に紙袋にしまった小説を隠した。
ここへ来られる人物は、今のところ、レティア姫とその家族のみである。しかも、レティア姫が同伴しないと無理。
羞恥に混乱、そして嫉妬で悶々としながら、レティア姫は城へ戻った。
その日の晩、レティア姫は自室の勉強机に向かって、今月届いた招待状を眺めながら、出欠について苦悩。
その後ろ姿を、ソファに腰掛けて、会議資料に目を通すユース宰相は、時折確認していた。
(レティア、今日はずっと上の空だな)
夕食からレティア姫と共に過ごしているユース宰相は、会議資料を目の前のローテーブルへ置いた。
「レティア、何かあったか?」
「ふ、ふぁぅえ⁈ にゃにもありません!」
勢い良く振り返ったレティア姫の顔は真っ赤。
(この過剰な照れ反応、こないだのキスを思い出していたのか? 可愛いな。それに面白い。慣れないように、またしばらくキスしないようにしよう。揶揄いたいけど、薮蛇になるのは困るから我慢だな)
「ふーん。そっ。確かに何もなさそうだな」
ユース宰相は再び会議資料を手に取り、レティア姫から視線を外した。
「ユー、ユース、ユース様……あの……」
レティア姫が席を立ち、いくつかの招待状を手に持って、ユース宰相の方へ移動。彼女の頬はまだ赤らんでいる。
「た、たまには、たまには社交場へ顔を出したいなと。ユー、ユース様と、お、夫のユース様と……」
「ん? ああ、分かった」
(夫って甘美な響きだな。しかし、どうした急に。わざわざ夫なんてつけて、どこかで嫉妬心を煽られたとか?)
「その、選んで下さい。読書をして寝るので、先にベッドへ入りますね」
はいっ! とレティア姫にいくつかの封筒を押し付けられたユース宰相は、そのまま彼女を抱き寄せようと腕を動かした。
(はっ! ここは今夜は私から。彼だって、私にそれを望んでいるって言っていたもの)
レティア姫の両手がユース宰相の上に乗る。彼女は勢い良くユース宰相の頬にキスをして、脱兎の如く寝室へと逃亡。
レティア姫には、まだ唇に唇をつける勇気は出せなかった。ほっぺたが彼女の精一杯。
部屋に残されたユース宰相。彼の手から、会議資料がバラバラと床へ飛散した。
(……なっ)
ユース宰相は大きく目を丸め、激しくなる動悸を抑えようと、右手で胸を抑えた。
声にならない声を出すと、ユース宰相は慌てて立ち上がり、会議資料を拾い集めた。
渡された招待状を寝巻きのポケットに突っ込む。
その次は、レティア姫の勉強机の上にあるメモ帳に走り書き。
【愛しの月の華へ。 資料を読んで、ディオクと仕事の打ち合わせの必要あり。泊まるかも。素敵なキスをありがとう。君からなんて初めてで嬉しい。 ユース】
伝言を残すと、ユース宰相は部屋を後にした。向かったのは、レティア姫の兄ディオクの政務室。
ディオク王子は、ユース宰相と兄弟同然に育った、ユース宰相と同じ国王宰相。
ディオク王子の政務室の扉をノック後に開き、中に彼しか居ないと確認すると、ユース宰相は扉を閉めて叫んだ。
「無理無理無理。何あれ、何なのあの生き物! 可愛いいいいい! ディオク! 死ぬ! お兄様死にそう! 私に死なれたら困るよな? 助けろ!」
駆け寄って来る兄、ユース宰相から逃げようと、ディオク王子は素早く立ち上がり、隠し扉に向かって駆け出した。
(うげっ。このユース兄上は仕事じゃない)
ディオク王子が隠し扉を開く壁の石に手を伸ばす。ユース宰相はもう彼のすぐ間近。
「くっ、来るなっ!」
「今夜は泊めてディオク! 清楚可憐な純情天使に手を出さなくて、泣かれたら死ぬ! でも手を出しても悶え死だ! 心破裂する! 死んだらレティアが泣く! 死にたくない!」
「だから、そのくらいじゃ死なない! 来るなこのバカ兄!」
ユース宰相に背後から抱きつかれ、逃亡に失敗したディオク王子の宝石のような瞳から、生気が失われていく。
これぞまさに、死んだ魚のような目。
(また寝られない……)
その頃、兄ディオク王子の憂鬱なんて、何にも知らないレティア姫は、ベッドの上にうつ伏せになり、手足をバタバタさせていた。
(今日こそ自分からさりげなくキス出来たわ。次は唇ね。私の羞恥心に寄り添ってくれているユース様の為にも、色々と慣れていかないと。今夜は頑張った。私、良くやったわ)
と、自分を褒めながら。
短期集中連載。3人称の執筆練習、おバカ夫婦のイチャラブ作品。
この作品に、オチというオチはなく、今思いついているエピソードが終わったら終わりです。
次回、近日中に「不埒で純情な男心」
追記:間違って完結表示にしてました。次回と上記にあるように、何エピソードか続きます。