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続き。キスの続き。キスの続きって何? 噂の男女の営み? それは結婚式典の夜で……。
今、もうするの? 約束したから、というかユース様がそう決めたから、まだしないはず。
続きは無理かと尋ねられても、キスの次が何になるのか分かっていないので、答えられない。
まだ先のことだから、と調べていない。調べるのも、他人に聞くのも恥ずかしくて、後回しにしていた。
そもそも、2度目のキスをされなくて悶々としていたので、その先の事などまるで考えていなかった。
「まだ続けて良いかって意味」
ああ、キスの続き。私はドキドキしながら、小さく首を縦に振った。まだキスをされたかった。
再び似たようなキスが始まって、身を任せていたが、勇気を振り絞り、2回だけだが、自分からユース様の唇とほっぺたにキスしてみた。
その時の、ふにゃりと笑った顔が、見たことのないあどけなさで、格好良いではなくて可愛らしかった。
「そう言えば、今夜中に確認しないとならない書類があった」
その台詞と、よしよしと頭を撫でられたのが終わりの合図。
ユース様はベッドから降りて立ち上がり、書斎の方へ消えていった。
もう書きかけの手紙を仕上げるどころではない。布団に潜り込んで、きゃあきゃあ騒ぎたいのを堪えるために口元を両手で覆い、体を丸める。足が自然とばたつく。
何回も、何回も、キスを思い出しては、頭の中で繰り返される「可愛い」「好きだ」「愛してる」にも悶絶。
しばらくして、ユース様が戻ってくる足音がしたけれど、もう限界まで恥ずかしいので寝たフリ。
その後、しばらくて、布団越しでも部屋が暗くなったと感じた。隣室のランプが消されたようだ。
布団が動かされる気配に、冷えた空気が入り込んできて、ユース様も寝ると分かる。
「キョトンって顔をして、やはり何にも知らないな。そんなこと嫌って突き飛ばされるのは最悪だ……。半年でおこさまキス。ペースが遅いけど、アップアップなのが可愛いし、早く進むのは勿体ないし、どうするかな」
衝撃的な独り言。私は自分の耳を疑った。
おこさまキス⁈
おこさまキス⁈
他にキスがあるの? おこさま、なら大人のキス? 大人のキスって何?
「ユース様、キスしてって、明日もおねだり顔してくれないかな。いや、しばらくしないか? 今日頼んだ効果で、必死な顔で襲ってくれたりないかな。まあなんでも可愛い……やばっ」
その後、ユース様はベッドから慌てた様子で抜け出して、しばらくして戻ってきた。
何か忘れ事があったらしい。
☆★ レティア姫の回想終了 ☆★
「レティア様? 顔が真っ赤です」
「へっ? あっ、あの、余計なことまで思い出してしまいまして。その、ユース様は放置と決めているようです。しかも、同意していないのに、同意したような流れになってしまって……」
レティア姫は、言葉巧みに誘導されていたと気がついた。
(きっと、キスで私を乱心させたのも、ユース様の作戦のうちだわ……)
はあ、とため息をつくレティア姫を眺めながら、カール令嬢は頬に手を当てて、むーっと唸った。
「レティア様、エトワール様とユース様の板挟みになるかもしれませんね」
「はい……」
レティア姫は再び小さなため息を吐いた。
(楽しみだったアフタヌーンティーが、急に億劫になってきたわ)
ところが、いざエトワール妃とのアフタヌーンティーが始まると、レティア姫が全く予想していない展開が待っていた。
レティア姫の兄、フィラント王子一家の暮らす東塔の庭へ到着したレティア姫を待っていたのは、ニコニコ笑顔のエトワール妃。
エトワール妃は息子のクラウス王子と手を繋ぎながら、「素敵なお知らせがあるのよ」と歌うように告げた。
「あのね、レティアちゃん。レティアちゃんのお話しを歌劇にするそうなの。王家できちんと監修するそうよ」
(……歌劇? 私の話しを歌劇?)
「貴女とユース様が監修するので、噂の偽物語よりも、うんと素敵な作品が完成するわね。楽しみ。ねっ、クラウス。歌劇、楽しみよね?」
「ママ、かげきなに?」
「お歌の劇よ」
「うーん。あっ! へび! レティちゃ、へび!」
クラウス王子がレティア姫の手を取り、力強く走り出す。クラウス王子の目標は、庭にある花壇近くでトグロを巻く、鷲のような頭をした蛇。
レティア姫はクラウス王子に引っ張られながら、歌劇とは良い予感がしない、と心の中で大きなため息を吐いた。
☆★
彼女の予感は的中する。
ユース宰相監修、脚本協力、添削により、レティア姫の誕生日祝いとして発表された歌劇のタイトルは【青薔薇姫と伯爵】
貧しい田舎令嬢から華やかな王都での生活。伯爵との甘い初恋。田舎令嬢が実は王女様だった衝撃的な話。そして、身分差故に引き離されてしまう、二人の悲しい別れ。
貧しい田舎令嬢から伯爵の恋人、そして王女とあらゆる立場を知った彼女は、豪奢なドレスに絢爛な部屋の中で、自分ならばあらゆる民の気持ちが分かる。与えられた豊かさに見合う王女になろう、と決意する。
ユース宰相の登場は最後の最後。
国王に「我が右腕と共に、この国を栄えさせ、守護して欲しい」と告げられ「私はこの国の柱の1つになります」と返事をするシーンである。
ユース宰相は、自身がどっぷり関わったこの歌劇を嫌い、生涯に一度も観劇しなかった。
「一緒に観ましょう?」と妻に言われても断固拒否。監修者のユース宰相に、この歌劇への賛美を贈ると、彼は非常に不機嫌になる始末。
しかし、ユース宰相は【伯爵と青薔薇の冠姫】という、伯爵と青薔薇の冠姫が結ばれる、非公式なハッピーエンドバージョンが出来ると、ウキウキ観に行った。
妻の話なら喜劇、それが理由。
ユース宰相の機嫌を良くするこの歌劇は、非公式なのに当然のように保護された。
しかし、この非公式歌劇は一方で、結婚相手が違うとレティア姫の機嫌をすごぶる不機嫌にし、何も知らない者達の心を、度々凍らせる。
アルタイル王国のレティア姫とユース宰相は、おしどり夫婦で有名、となるが、その一方で、面倒ではた迷惑な夫婦、とあちこちで噂された。