3
彼の性格と、私の性格を加味した、適切な喧嘩の終わらせ方を考える。
地雷は何だったのか、一生懸命考える。
「ユースさ……」
「お互いを想っているのに喧嘩とはバカらしいな。レティア、大人気なくて悪かった。すまない。確かに、試すという気持ちもあったかもしれない。もう嘘は広めない。約束する」
ユース様は私と目を合わせると、困り笑いを浮かべ、もう一度「すまなかった」と謝罪した。
もう嘘は広めないもなにも、もう本にされている。と反撃しそうになったが、言葉を飲み込む。
ユース様の言う通り、この喧嘩の原因はお互いを想っているから、である。
きっとずっと平行線。上辺だけでも、ユース様は先に折れてくれた。いつもそう。私を優先してくれる。
それにユース様が約束する、と口にした時は、その約束は破られない。
この半年、幾つか交わされた約束に関しては、破られていない。
「私もすみません。あの、後悔はしています。ずっとします。だから今度は、今度の方とは……」
「ん? 私にもう好かれてないって思っても、追いかける勇気を出すって? それはとても嬉しい。ありがとう」
伝えようとした言葉を先に口にされ、微笑みかけられた。しかし、目はまだ怒っている。
「それでレティア。私は君に構って欲しいのだけど、手紙は書き終わったのか?」
ユース様は横坐りをやめて、ソファから足を下ろし、体を私の方に向けて、私の脇の下に手を入れた。
ユース王子は立ち上がりながら、よっ、と私の体を持ち上げた。
お互い立った状態。腰を掴まれて、コツンとおでこをくっつけられた。目と目が合う。
今の台詞で、あっと気がつく。というより、ユース様は不機嫌な理由を教えてくれた。
「そ、そ、そんなに構って、欲し……」
「いや、嫉妬。小説のレティアは偽物だけど、ユース様、ユース様、ユース様って口にしているのに、実物は背を向けて無言だったから。同じ名前の空想人物にイラついた」
右頬にキスされて、左頬にキスされ、ギュッと抱きしめられる。
「あとさ。可愛い顔でチラチラ、チラチラ私を見るくらいなら、一旦手を止めて、甘えに来ないかなって思っていた。だから呼んだのに、嫌がられるし、喧嘩に発展。そりゃあ少々ヘソも曲げる」
「あの、すみません。嫌がったのではなく、恥ずかしくて、つい可愛げのないことを申しました」
君は可愛いと囁かれ、またほっぺたにキスをされる。今日も口にはされない。
2度目のキスは、結婚式典の日なのだろうか?
「レティア。話を戻すけど、私達の本、規制するべきか?」
「ユース様、放置するともう決めていますよね。先程、私に質問する際に、目を見ませんでした」
「へえ、私にそんな癖があったのか。教えてくれてありがとう」
ユース様は私から少し体を離し、再び私の腰に手を当てた。上半身を少々のけぞらせて、私を観察するような目つきになる。
「あの。規制しないということは、それ程面白いのですか? 熱心に読んでいましたし」
「読んでいた2巻から、丁度エロい話が始まっててさ。実物を毎日眺めている私は、君の姿でありありと想像出来るので、丁度良いなと思った」
一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
「君の妄想痴態が晒されているのは非常に遺憾なんだけど、読者はどうせ私達の顔や性格を知らない。知人は読むのを避けるだろう。それにこのジャンルの本のターゲットも年頃の女性。ユースとレティアが結婚して、愛し合ってるっていうのに、規制するなんて別れさせるみたいで嫌だなって思って」
問いかけられた内容よりも、エロい話。君の姿で、ありありと想像出来るから、丁度良いな。妄想痴態が晒されている。という台詞が脳内をグルグルと回る。
私とユース様の痴態⁈ エロい話⁈ 丁度良いって、何が⁉︎
「レティア? そう思わないか? 規制は私達の破局みたい。私と破局したい? 私達は別れるべきか?」
「へっ? 破局? 別れるなんて、そんな悲しい……。嫌……」
切なそうな表情のユース様に、私はイヤイヤと首を横に振った。
嬉しそうに笑うと「そうだよな。良かった」と、穏やかな声で告げた。
「紙の中のユースとレティアは、イチャイチャしている。一方の私達は負けている。約半年、キスして欲しいって可愛い可愛いおねだり顔を堪能してきて楽しかったけど、そろそろ限界。君はいつ私にキスしてくれるんだ?」
ジーッと見つめられて、羞恥で目が泳ぐ。
「わ、わたくし……が……」
「まあ、物足りなそうな愛くるしい顔を見るのも幸せだから、良いけどさ」
そう口にすると、ユース様は私の体から手を離し、3歩後ろに離れた。哀愁を帯びた、なんとも言えない微笑。
ユース様はくるりと私に背を向けて、寝室へ向かって歩き始める。
「今夜は先に寝るよ」
ふふふーん、と鼻歌混じりでひらひら手を振りながら、ユース様は隣の寝室へ行ってしまった。
キスして欲しい。私がそう思っている間、ユース様も同じことを考えていた。
して欲しいって要求ばかりで、甘えさせてもらったばかりだったと反省。
慌てて追いかけたら、仄暗い寝室の中、ユース様はベッドに座ってニコニコ笑っていた。暗いけど、隣の部屋からの明かりで表情が見える。
彼は私と目が合うと、目を瞑り、右手でちょいちょいと私を手招きした。
この意味は、分かる。先程の会話に、この状況となると答えは1つ。
爆発しそうな心臓の喧しい音に、恥ずかしくて堪らなくて小さく震える体。
そろそろとユース様の前まで移動して深呼吸。彼の肩に手を置き、ゆっくりと顔を近づける。
「レティア」
視界がぐるりんと回ったと思ったら、ベッドに寝かされていて、ユース王子に覆い被さられていた。
「好きだ。愛してる」
冷たい髪の毛が頬に触れ、唇に柔らかくて温かな感触。優しい、触れるだけみたいな強さ。自然と目を閉じる。
「騙されたな。慌てて追いかけてきて、可愛い」
耳元で囁かれた甘ったるい小さな声。耳にもキスされたので、ゾクゾクして身を捩る。
「す、好き……です……か……」
絞り出すように声を出していたら、再びキスされた。今度は触れるだけというよりも、少々押しつけるような強めのキス。そして初めてのキスや、先程の2度目のキスよりも長い。
やがてキスはついばむようなものに変わり、頬や首筋、耳へのキスを間に挟みつつ、何回か続いた。
ずっとキスされていたい。甘くて幸せで溶けそう、とぼんやりしていたので、キスが止まった時はなんだか少し悲しくて、胸がキュッと締め付けられた。
「どう? この続きは無理そう?」
「続き?」
問いかけられて、私は首を傾げた。