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ラッキースケベなんか必要ねぇんだよ! 2

『いただきます!』


 俺たちは一つのテーブルを囲み、夕飯を始めるところだった。

 この世界にも食事、ひいては生命や神の恵みに感謝する習慣はあるようで、キリスト教徒が十字を切ったりするのと同じく、ここでは食事の前に両手を組んで祈りを捧げるのがマナーらしい。郷に入りては郷に従えともいうので、俺はおとなしくその習慣に従うことにしたのだが、冷静に考えればあのアフロに祈りを捧げていることにならないだろうか。どうせなら盛大なファッ○ユーを送ってやりたいのが本音である。

 食卓には切り分けた田舎パンに、じゃがいもや人参が具だくさんに入れられたポトフがそれぞれの席に並べられている。夕飯と言うよりは朝食に近い印象を受けるが、食後にパンケーキを食べることもオーブリーさんは考慮してくれたのだろう。腹六分目ほどで収まりそうな献立(こんだて)だった。

 ものすごい空腹ということもあり、すぐにでも口に入れたかったのだが、異世界では食事のマナーが違う可能性もある。ぐっとこらえて、プラムさんのテーブルマナーを模倣していくことにした。なんで、オーブリーさんじゃないかって?逆に聞くけど、君たちおじさんの食事風景が見たいかい?あるいはそれをチラ見しながら夕飯をご馳走される男子高校生を見たいのかい?

 プラムさんはただパンを食べるだけでも様になった。美術の教科書に載っていたルノワールの絵画がそのまま動き出したような、日常的でいて近寄りがたい美しさに俺はまたしても見とれてしまう。


「あの、どうかしましたか?」


 プラムさんが小首をかしげて、どこか不安げに俺に尋ねてくる。ああ、かわいい。ルノワール?ああ、あの喫茶店ね。

 語彙力が脳内でぐずぐずで溶けていることなどおくびにも出さず、「かわいいですね」と答える。うん、おくびどころか言の葉に乗せてしまいましたね。

 想像してみてほしい。食事中に自分を凝視してきた相手が「かわいいですね」とか言い始めてくる様を。キモいとか通り過ぎて、某探検家と対面した時のような恐怖心すら相手に植え付けかねない。

 同年代の女子から発せられる「キモ」の一言だけでも十分死ねるが、オーブリーさんの後ろに隠れられたりとかされたらもう立ち直れないだろう。

 俺は恐る恐るプラムさんの顔色をうかがってみた。


「え、え、え……」


 そこには顔を真っ赤にして狼狽するプラムさんの姿があった。俺にかわいいと言われるとは思っておらず、予想外の嬉しさと恥ずかしさを処理しきれていない。そんな感じだ。プラムはかわいいですね。

 そして、俺は確信する。この子は俺のことが好きに違いない。今の発言を冗談として受け取ってる風でもなく、そういう反応が返ってくるなんてもう答えはそれしかないだろう。あれ、大丈夫だよね?俺ストーカーみたいなこと言ってないよね?

 プラムさんは何か言い返そうとしていたが、うまい返しが思いつかなかったらしく、ふるっと俺から顔をそむけてしまった。せめて紅潮した顔を見られまいとするための行動なのだろうが、もうがっつり俺の脳内HDDに保存されている。フヒヒ。

 オーブリーさんはそんな俺らの様子をニコニコと眺めていた。あなたはそれでいいんですかね。俺、あなたの息子の恋敵なんですがそれは。

 かわいいプラムさんを一通り堪能したところで、そろそろ夕飯も味わわせてもらおうかと思い、そして気付いた。結局、プラムさんばっか見ていて、食事マナー云々の観察はすっかり忘れていたことを。

 プラムさんはちょっと拗ねているのか、体ごと俺からそむけてしまっているので、まぁそうなると取れる行動は限られてくるよね。

 はい、僕は夕飯をご馳走してくれるおじさんをチラ見しながら、舌鼓(したづつみ)を打ちました。


~~~


「おいしかったです、オーブリーさん。ちょっと鉄の風味は加わりましたけど」

「ははは、良かったよ。しかし、難儀な呪いだね。食事時ですら発作が来るなんて……」


 不用意に女の子にかわいいなんて言うもんじゃない。十中八九、キモがられるし、俺の場合は好意的に受け止められても、血反吐を吐く羽目になるからだ。オーブリーさんも俺の冗談に乗っかりつつ、それでいて同情してくれた。

 ラノベ主人公が思ったことをそのまま口に出し、そして女の子を照れさせるなんて腐るほど見てきた光景だ。俺のさっきの行動は完全にそれだったなぁと自戒しつつ、言いたいことも言えないこんな世の中じゃと内心で毒づくのだった。ポイズン。


「いやぁ、驚いたよ。勇者様がこっち見てると思ったら、血を滴らせながらパンをかじってるんだから」

「本当すみません……」


 オーブリーさんは笑ってくれているが、俺がこの人の立場だったら叫んで逃げると思う。ホラー映画か柄〇明さんのコントでしか見ない光景だろう。

 ともかく吐血も今は収まり、食事のマナーについてはおとなしく尋ねてみたところ、特に俺の住む世界とは変わらないようだった。上流階級の会食ともなれば、細かいマナーが定められているのだろうが、普段の食事に関しては特に元いた世界とは別の気を遣う必要はなさそうである。

 一応、これからもカルチャーギャップには警戒していくが、今のところそれらしいものはないのでもう少し気は抜いてもいいのかも知れない。

 主菜ともいえるオーブリーさんの料理を食べ終えたので、今はプラムさんが台所に立っていた。熱したフライパンに生地が流し込まれると、じゅう、という生地の焼ける音が控えめに聞こえてくる。俺の時代のパンケーキと作り方は大差ないようで、弱火で火を通していくらしい。もっともプラムさんが使っているのはキッチンコンロなんかじゃなく、(かまど)だ。火加減の調整はずっと難しいはずだが、プラムさんは慣れた様子でときどきフライパンを火から離したりして、焦げ付かないようにしていた。俺も冷凍パスタの解凍やカップ麺のお湯注ぎに関してはプロ並みの腕の持ち主だが、ああいう料理のタイミングだとかを感覚で計れる人は凄いと思う。それともやっているうちに身につくものなのだろうか。そう考えると、失敗を繰り返しながらも真剣に料理に取り組むロリプラムさんの健気な姿が想像されて、思わず口元が緩んでいく。


「イズルさん、どうしました?昼間に出た盗賊さんのものまねですか?」


 振り返ったプラムさんが天然か、それともまともな軽蔑からかそんな毒を吐いてきた。最近、毒が強くなってない?

 そんなこんなでプラムさんが全員分のパンケーキを焼き上げるまで、十分もかからなかった気がする。プラムさんが最後の一枚を皿に盛りつけた。その十分間、俺が昼間に出た盗賊さんのものまねをしていたことは言うまでもない。


「お待たせしましたー♪」

「「おお……」」


 俺とオーブリーさんは思わず感動から声を漏らす。

 食卓には分厚いパンケーキが盛り付けられ、表面に塗られたバターは光沢をたたえて、食欲を刺激する。ふんわりと香るような甘い匂いも上品で、もしかしたら生地に直接ハチミツでも混ぜているのかもしれない。別腹というにはボリューミーな甘味の代表格であるパンケーキだが、これならぺろりと平らげられそうだった。

 フォークとナイフで一口大に切ると、断面からほかほかと白い湯気が(くゆ)り、中まできちんと火が通っていることが証明される。どうでもいいけど、ステーキをはじめこういう食べ物って最初に全部切り分ける派と一口ずつ切り分けていく派に大別されるよね。ちなみに俺は後者で、プラムさんは前者らしい。オーブリーさん?だからおじさんの食事風景は君たちは見たいのかと。

 どうでもいい派閥分けは置いておいて、俺はパンケーキを口に運んだ。


「ふふっ、うまいよこれ」

「ああ、よかったです!」


 反射的に笑ってしまうほど、プラムさんのパンケーキは幸福感を呼び覚まされるものだった。

 口の中に入れた途端に小麦粉の香りと砂糖の甘みが温かさとともに広がり、それに少し遅れてやはりハチミツの風味が混ざって、それぞれが味蕾(みらい)を優しく包んでいく。もともとスイーツ専門店に行くようなキャラじゃないのもあるが、ここまで美味しいパンケーキを食べたのは初めてだった。

 まして、目の前には調理者たるエプロン姿の美少女が微笑んでいるのである。美少女の作った料理はたとえゲキマズでも完食できてしまうというのが世間の常識だが、美少女の作ったおいしい料理となると光と闇が両方そなわり最強に見える。


「おばあちゃん……あ、私のお師匠様はこれでもかと砂糖を入れてましたけど、お口に合うように控えめにしました」

「ははは、老師様のパンケーキは確かに甘かったからね」


 そういや村に向かう道中で確かにプラムさんはそんなことを言っていた。おかしいな、なんでか一カ月以上前に聞いた話のような気がするぞ?


「オーブリーさんも食べたことがあるんですか?」


 俺はふと気になり尋ねてみる。巫女であるプラムさんとオーブリーさんたち村人はかなり近い距離間ではあるようだったが、それも先代のころから引き継がれている関係なのだろうか。


「ええ、老師様は口こそ悪かったですが、とてもお優しい方でした。自分が子供のころも良くお世話になりましたし、例のパンケーキも何度も振舞っていただきましたよ」

「へぇ……ってなると、結構ご高齢だったんですか?」


 オーブリーさんは体型こそややふくよかではあるが、髪や眉に白いものはあまり混じっていないようだし、年齢的には三十~四十代ほどに見える。俺の世界では晩婚化が進んでいるけど、こういう中世的な世界ではやはり若いうちに結婚して子供が生まれるのだろう。

 だが、それを勘定(かんじょう)に入れてもそのオーブリーさんの少年時代にすでに一端(いっぱし)の巫女だったとすれば、生きていれば七十とか八十の老齢のはずだ。


「ええ、ちょうど八十の時に亡くなられました。最期まで結構ピンピンしてた気がするなぁ」

「お師匠様はよく『巫女が不摂生じゃ格好つかないからね』って言ってましたからね」


 俺の世界でも八十歳なんて結構な高齢だが、オーブリーさんやプラムさんから見たら老衰の兆しは見えなかったらしい。脳の血管がぷっつり切れてしまったとか、そんな死因だろうか。もしそうだとしたら不謹慎だがちょっと羨ましい死に方だと思う。俺なんかあんまり良い死に方はしなかったし、周囲の人に悼まれながらも、きちんと受け止めてもらえるというのは幸せなことのように感じる。

 まぁそれはそれとして、お弟子さんはおいしくいただくがな!ゲヘヘ!!


「ああ、イズルさんがまた昼間の盗賊さんのものまねしてます!」

「おお、経緯はわからんが見事な一発芸ですな!やつらの腐った魂すべてが顔面というキャンバスを使って余さず表現されているようです!」


 かくして俺はプラムさんのパンケーキを美味しくいただき、一発芸を一つ手に入れたのだった。

 思えば、これが俺が初めてチート能力に頼らずに得た一つのスキルかも知れない。うん、やっぱり俺は死んだ方がいい人間だったのかな?

賢者の孫の6話見てたので、初投稿です。

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