ロ〇キーのエイドリアンは実は女性、これマメな 2
村の中心にある広場で、俺とエイドリアンは向かい合っていた。お互いまだ構えてはいないものの、視線だけは外さなかった。
中学時代の体育で何度かやった剣道でも経験したことだったが、不思議なものでこうしてスポーツ的な意味で相手に対峙すると、普段向かい合えば委縮してしまうような相手ですらそれほど怖くなくなる。無論、「負けるんだろうな」とかそんなことは考えたりはするものの、お互い同じ条件でルールを設けて競い合うのだから、少なくとも相手がその範疇を超えてくることはあるまい、という安心感をもたらすのかも知れない。
しかしながら、俺はまだそのルールとやらを聞いていない。決闘と聞くとどちらかの命が尽きるか、あるいはどちらかが降参するまで続きそうなイメージがあるが、それを決闘の作法を知悉しているというには無理があるだろう。まして、ここは異世界なので自分のイメージがどこまで正しいかも怪しいところだった。
エイドリアンにその旨を尋ねようとしたところ、幸いにも彼の方から口を開いた。
「ルールは簡単だ。まずその木剣にこれを巻いてもらう」
舎弟がそれぞれ、俺とエイドリアンに布切れを渡す。
受け取った時の感触が妙に粉っぽかったので、思わず布に触れた手を確認すると、掌が真っ白になっていた。粉っぽいのではなく、本当にチョークの粉にも似た粉末がついている。
「これで相手の身体に打突を与えれば、おのずとそこに色がつくって訳だ。勝負は三本先取だが、斬られてもそのまま勝負は続行する」
エイドリアンは手早く自分の木剣に布切れを巻きつけながら、簡潔にルールの説明を続けた。
確かにこれならいちいち衣服を脱いで痣を確認する必要はないだろう。なるほどと俺は頷きながら、自分も木剣に布切れを結び終える。
「ちなみに反則とかはないのか?」
「俺たちを囲むラインから超える以外には特に設けないぜ。それとも勇者様は山賊相手にルールありの戦いでも申し込んだのか?」
エイドリアンがククッとうめくように笑うと、彼の取り巻きからも似たような嘲笑が聞こえてきた。
皮肉っぽい言い方に神経は逆撫でされたものの、言っていることは理に適っている。こいつはあくまで俺の勇者としての力を推し量ろうとしているのだ。魔物や無法者を相手にするのだから、スポーツじみた試合の条件でははっきりとは分からないだろう。
「分かった。もう質問はない」
「物分かりが良くて助かる。もっと言うなら木剣を投げ出して、降参するとよりお利巧さんになれるぜ?」
「いや結構」
俺の袖ない反応に舌打ちしたエイドリアンだったが、さっきから煽ってくることに戦術的な意味合いは取れない。絶対的な自分のへの強さの自信。この小さな村の中でとは言え、こいつはこいつなりにその力で同年代の少年たちを従えるに至り、親であるオーブリーさんにすら手綱を握らせていないということがある種の誇りなのだろう。そして、村一番の美少女は最も強い自分にこそ相応しいと考えている。
子供っぽいと鼻で笑う気持ちはあるし、人に迷惑をかけて何を偉ぶっているんだという気持ちも多分にあったが、自分で積み重ねたものをこうも疑わずに強く出られるというのはある種羨ましくもある。
舎弟の一人がそれこそ剣道の試合のように「構え」と号令したので、俺とエイドリアンはお互いに剣を構えた。エイドリアンは大きく剣を振りかぶる上段の構えで、長身のあいつがそうしているだけで威圧感が生まれる。
「はじめ!」
開始の号令こそあったが、俺らはどちらも動かなかった。
エイドリアンはニヤニヤしながら、剣を振りかぶったままでいる。おおよそ俺が隙を見いだせず、速攻をしかけれないと最初から踏んでいたのだろう。
「どうした?来ないならこっちから行くぜ」
アニメだとかでさんざん聞いたセリフの後に、エイドリアンが飛んできた。木剣が唸りを上げて俺の脳天に振り下ろされる。三本先取と言っておきながら、一撃で俺の意識を奪い取るつもりらしい。
「がっ!!」
それでも地面にうずくまったのはエイドリアンだった。タチの悪い喉風邪でもかかったように、みぞおちを抑えて強く息を吐き出し続けている。
「い、いったい何が……」
取り巻きの中から困惑した声が聞こえてくる。ほかに観戦している村人たちも同様で、オーブリーさんに至っては息子の無法に手を焼かされていただけに、信じられないという風に口が開きっぱなしになっている。
「半身をひねってその動きと同時に鳩尾をついてやっただけです。あんな分かりやすい軌道なら読むのは造作もなかった」
まぁつい昨日までは絶対できなかったけどな!でも、村人の皆さんの視線が気持ちよすぎて、つい講釈を付け加えてしまった。いやー、普段の俺ならこんなイキったラノベ主人公みたいなことは絶対にしない……ん?イキったラノベ主人公……?
「ウボァーーーーー!!!」
「「「勇者様ーーー!!!」」」
勢いよく血反吐をまき散らした俺に群衆全員が叫んだ。明らかにエイドリアンより重傷なのでしょうがない。
プラムさんもショックを受けたようで
「あれほど代償を強いられる必殺技なら何かお名前が……!」
「ないですぅー!」
やけになって俺は叫び返す。胃がズタズタにされたような痛みに俺が七転八倒していると、エイドリアンが剣を杖のようにしてかろうじて起き上がる。
「ふ、ふざけてんのかてめえ……」
「ゴフッ、いやだからこれは呪い……」
「そういう問題じゃねえんだよ!!」
額に血管と脂汗を浮かべながら、エイドリアンは無茶苦茶に剣を振り回してきた。俺はかろうじて地面を転がりながら、その斬撃をかわす。エイドリアンの木剣が地面を叩くたびに土埃が舞った。
真剣ならとても骨まで達しないような、力任せの振り方ではあったものの、勝利条件はあくまで身体に打突を与えることだ。くそ、今思えば勇者の力量を測るには色んなズルの利くルールじゃないか。
俺の方もじくじくと痛む内臓を庇いながらどうにか起き上がり、それと同時に振り下ろされた一撃を辛くも受け止める。しかし片膝を立てての防勢なので、剣を受け流すことが出来ない。自爆とは言え入ったダメージが効いている上にデメリットである弱体化が『剣聖』や『身体能力強化』あたりにあたってしまったらしい。力任せに押し返すことも難しく、エイドリアンが剣を押し込んできた。
「昨日今日やってきたよそ者に喧嘩売って負けました、じゃ俺は済まねえんだよ……!」
鬼気迫る表情でエイドリアンは声を絞り出す。思った通りだった。案の定、こいつのこの村での立ち位置はまぎれもなく自分の力で掴んだものだ。だが、あくまで力だけで掴んだものでもある。こいつの玉座はその一柱だけに支えられていて、そこが崩れようものならこいつ自身も落ちていく。
こいつは心を蔑ろにした。自分たちを取り巻く舎弟、オーブリーさんをはじめとする大人たち、そしてプラムさん。ただ欲望のままに振舞ったから、そのしっぺ返しがここで来ている。
「何が勇者だクソッタレがよおおおおおお!!!」
それは半ば俺のセリフなんだが!と、ツッコむ間もない。激昂したエイドリアンは思考も忘れて、初手で打ち破られた手であるにも関わらず、上段に構えたまま吶喊してくる。
俺自身も弱体化が回っていることもあって、初撃の時よりもエイドリアンの動きは速く目に映ったが、それでも十分に対応できる剣速だ。初手と同じように半身を逸らすだけで対処しようとする。
「食らえ!」
「!」
そこでエイドリアンが思わぬ行動に出た。思わぬ、と言うよりは俺が相手を侮ったせいだ。あいつが左足で地面を蹴り上げたと思った時には、顔面が細かな砂粒に叩かれ、両目には異物感が襲い掛かってくる。思わず瞼を閉じると、エイドリアンの勝ち誇ったような笑い声が耳に響いた。
いくら能力が強化されているとはいえ、俺自身の判断能力が強化される訳ではないのだ。そう、あくまで判断材料が段違いに増えるというだけの話である。もっと注意深く観察していれば、エイドリアンが単に挑発に乗ったわけではないことにも気づけただろう。
「終わりだ!」
頭の上からエイドリアンの掛け声と、風を切る剣の音が聞こえてくる。
「がっ……!」
「………」
苦悶するエイドリアンの呟きが聞き取れた。
そんな小細工で埋まるような実力差ではないのだ。ふざけた身形でこそあったが、世界の創造主がチートと言うだけの能力である。たかだか視界を奪ったくらいで突破できるものではない。
目を潰したところで、上段に構えている時点で剣がどこから来るのかは絞れており、俺の右手はほぼ反射的にその打ち下ろしを予測して、あいつの右手を強かに打ったのだ。
押し殺すような悲鳴が聞こえ、続いて両膝をつく音が聞こえる。いうまでもなく、音の主はエイドリアンだろう。木剣とはいえ、力を込めて叩けば人の骨など容易に砕く。まして、剣士が威力の出る打突を与えれば、まず間違いなくしばらくは剣を握れないダメージを与えることだろう。
「こういう時はどうなるんだ?」
俺は目を瞑ったまま審判に呼び掛ける。「えっ」という呆けた声が返ってきたかと思うと、少しの間を置いて「ゆ、勇者の勝ち!」と宣言された。さすがに自分たちの親玉がこうも簡単にのされては、もうどうこうしようとは思わないらしい。すぐに野太い声が口々にエイドリアンの名を呼びかけだして、俺はそこから背を向けた。
俺がこいつに勝てたのは借り物の力があるからに過ぎない。だけど、どんな形であれ、こいつ自身の言葉や過去の責任はこいつ自身が取らなきゃいけない。そこに俺の事情なんてものは関係ないはずだ。
それでも、しこりのようなものは残る。ぶっちゃけエイドリアンみたいなタイプの人間は嫌いだ。そりゃあこいつの人間性のすべてなんて分かりはしないが、だけどこいつなりに汗を流して自分の身体と剣技は鍛え上げてきたはずだ。
俺が今やったことはこいつの努力を踏みにじるような真似なんだろうな、と思う。
遠くから小走りの足音と、水の軽くはねる音が近づいてきていた。
ストックが尽きました(白状)
失踪します(先制攻撃)




