ロ◯キーのエイドリアンは実は女性、これマメな 1
プラムさんが村に戻ると、薪を割っていた恰幅の良い中年男性が彼女を見て声を上げる。
「おお!おかえり、プラムちゃん」
「ただいま、オーブリーさん」
プラムさんが笑顔を浮かべて彼に挨拶を返すと、オーブリーと呼ばれた男性は斧を切り株に突き刺して、首に巻いた布切れで汗をぬぐった。さすがに中世的な異世界だけはあって、白くてふわふわなタオルなんかではなく、おそらくは着古した古着かなんかを裁断した代物だろう。
オーブリーさんは一見するとふくよかな体型ではあるものの、いかにも硬そうな腕と意外にも凛々しい眉の持ち主で、優し気な雰囲気の中に頼りがいを感じる男性だ。
「そちらの方は?」
彼はちらりと俺を見て尋ねた。
「こちらはイズルさん。ええと、その……」
それに対するプラムさんは少し詰まった様子で、オーブリーさんは首を傾げる。
プラムさんの詰まっている理由はなんとなく察せされる。そりゃ山賊に襲われたなんて心配させるようなことは言いたくないだろうし、うまい嘘を言えるような人でないことはこれまでの道中でなんとなく分かった。
やましいことをしたわけでもないし、嘘をつくのも気が引けるので、代わりに俺が事情を説明しようと口を開きかけたところで声が闖入する。
「あ、プラムお姉ちゃんだ!」
甲高い子供の声はよく響く。声を出した少年と一緒に遊んでいたであろう子供たちはもちろん、ほかに作業していた村人たちまで続々と村の入り口に集まってきて、俺たちは瞬く間に囲まれてしまった。
「今日の夕飯、よかったらうちでどうかしら?」
「いえ、昨夜もお世話になりましたし、お気持ちだけ頂きます」
「薬草はどのくらい採れた?」
「いっぱい採れましたよ!明日はずっと調剤することになりそうです」
「プラムお姉ちゃん、あそんでー!」
「ふふっ、もうそろそろ暗くなるから明日ね」
この村の住人はプラムと言う少女を愛しているようだ。だが、俺は空気か何かと思っているらしい。
某缶コーヒーのCM風に俺がアウェー感を味わっていると、プラムさんがそれに気づいたのか慌てた様子で一歩引いた。それでようやく村人たちの注意が俺に向き、彼らは好奇の視線で俺を射抜いてくる。基本、注目されることに慣れていないので、俺は思わず体を強張らせる。
「こちらの方は?」
プラムさんがしまったという風に両手で口を抑える。どうやら特に何も思いつかないまま、反射的に俺のことを優先してしまったらしい。
「イズルさん。実はさっき山賊に襲われて……」
「「「山賊に襲われたぁ!?」」」
観念したプラムさんがいきさつを話そうとした途端、村人たちが顔色を変えて一歩下がった彼女にずずいっと迫る。俺はその輪からはじき出されて、空を仰いだ。この空も故郷と繋がっているんだよなぁ、いや繋がってないか。異世界だもんな。くそ、涙が出そうだ。
そのまま上を向いて歩きだしたい気分だったが、涙を零さないようにするだけなら上を向くだけで十分だ。
やけに滲んだ青空を仰ぎながらも、俺は改めてプラムさんが護衛をつけずに出かけた理由を考える。この村の人たちをプラムさんが避けているようには見えない。それどころか過保護かと思うレベルでプラムさんを大事にしているようだ。プラムさんはそれを逆に心苦しく感じているのかも知れないが、それこそ苦笑いしながら話せそうな内容であるようにも思える。
他に何か理由がありそうなので、もう少し彼らのことを観察しようと思い、青空に向けていた視線を村人たちに戻す。
プラムさんを除く、全員が土下座していた。
「「「ありがとうございます!!!」」」
「何があったんだよ!!!」
現人神の降臨にでも立ち会ったような村人たちの反応に、俺は慌てて「頭を上げてください!」と説得するも、彼らは「勇者様じゃ……」とか「神の遣いがこの村に……」とか言っている。嫌な予感が胸をよぎる。
「えーと、プラムさん。この人たちにどういう説明を……?」
「ありのままをお伝えしましたよ!イズルさんが必殺技の数々を振るう勇者であり、その力で私を助けてくださったことを!」
「助けってくださったことだけ言ってえええええええええ!!!???」
もう駄目かもしれない、ミ・ア〇ーゴ。小さくガッツポーズを作って「力説しました!」と目を輝かせるプラムさんはとてもかわいらしいのだが、それどころじゃない。あの中二発症の件を盛りに盛ったのだろう。いや、プラムさんに盛ったという自覚はないのだろうが、俺に対する補正が強すぎる。
「皆さん、顔を上げてください!俺は人として当たり前のことをしただけですから!」
とにかく土下座されているだけでも俺の精神的苦痛は多大なものになる。誤解を解こうとそう声をかけた瞬間。
「ぐはあああああああ!!!」
例の呪いが発動した。激痛が血反吐の形を取って口から零れる。くそっ……そうだよな、こういう時やたら謙遜するもんなラノベ主人公の皆さん……!!
山賊に襲われているか弱い少女を助ける。そりゃ人として正しくて、善人の規範ともいえる行動だろう。だが、『人として当たり前』というのはいささか言い過ぎた。道理に沿っているからと言って、武器を持った複数人の男たちに立ち向かうなんてことを並の人間が出来るわけがない。義を見てせざるは勇無きなりとは言うが、自分のすべきことかどうか、手に負えることかどうかを判断することだって大事だ。俺だってチート能力を手に入れてなければあんな風に絡んではいけなかったに違いない。
うん、むやみに謙遜するのはやめよう。痛む腹部をさすりながら、俺は深く心に刻んだ。
「おお……おいたわしや……」
「邪神の呪いだそうじゃ」
「そんな身体でプラムを……なんて立派な人なんだ!」
チート能力を持ってる俺より詐欺師の方が無双できそうだなこの村!俺はうずくまりながら、村人たちの誤解を解きつつ、呪いを発動させない態度に出なければいけない。
……いや、待てよ?そもそもこの世界における『勇者』ってなんなんだ?ついドラ〇エのイメージで考えてしまうが、こうも『勇者』という肩書に対する認識が共通しているようだと少し気になってくる。
あのアフロの話を振り返ってみても、それこそ魔王を倒せとかそういった使命的なものは一切託されていないはずだ。俺はそのことを村人たちに聞こうとして……いや、それをするとまた例の呪いが発動する。主人公が世界の常識を知らずに尋ねて、その場にいる全員がズッコける展開とかもはや定番だろう。
ここはちょっと乗っかりつつ、様子を探っていくのが賢明だろう。
「……俺が勇ましき者かどうかは分かりません。ただとある邪神にこの力と呪いを受けたのは確かです」
あのクソアフロへの非難の意も込めて、俺はあながち間違いではない自己紹介を始める。村人たちから同情の視線が集まっており、掴みは悪くないようだ。
「俺はまだ自分の使命が何なのか、それすらも分かっていません。ですから俺を勇者と呼ぶのはやめて下さい。あと断じて必殺技とか使っていません。断じて」
俺の真摯な説得は村人たちに届いたのだろう。彼らは顔を見合わせて、そして俺へと再び視線を送る。
「「「「か~ら~の~!?」」」
「からの!?」
いや、何もわからないって言ってんだけど!?俺の引き出しまだなにも入ってないんですけど!?
プラムさんを育てた村だけあって、と言うよりもあのアフロの作った世界だ。どこか人々のユーモアセンスが大阪人並みに高い気がする。
「そんな!それほどの力がありながら、逆に魔王討伐に赴かれないのですか!?」
プラムさんがザキ〇マみたいなノリで畳み掛けてくる。まるで強い奴はみんな自主的に魔王討伐に行くみたいな言い草だ。昔の格ゲーかよ。
「いや、俺そもそも魔王がいるとか知らないからね!?……あっ」
時すでに遅し。村人たちは「魔王を知らない!?」とか「かなりの田舎からいらしたのでは」だとか口々に言っている。
「ゴボオオオオオ!!!」
凄まじい勢いで血液が逆流していく。なまら痛い。これ理不尽だよなぁ!?この展開、俺気付いてたもん!
「兄貴!アイツです!」
「ハッ!どんな奴かと思えば情けねぇ。伸びちまってるじゃねえか」
そんな声なき声も空しく、俺が地面に倒れ伏して痙攣していると、粗野な大声が耳を打ってきた。何事だろうとそちらに視線を向けると、人々の輪を蹴散らすようにして荒くれ物の集団が乱入してくる。剣や革鎧をそれぞれ身に着けてはいたが、どれも粗末な印象を受けた。この世界での冒険者がどういう存在なのかはまだ分からないが、少なくとも俺のイメージする冒険者と比較すると少しばかり貧相な印象だ。おおかた村の自警団みたいなところだろうか。
さぁ、この吐血二連続で弱ったところにこのラノベあるある展開である。正直、いかつい若者に囲まれている恐怖心よりも、いつこの体内爆弾が弾けるか気が気でない。
おそらくはリーダー格であろう大男が激痛に苛まれる俺を見て、「こいつなにやってんだ?」的な蔑みの視線を送ってくると、彼は屈みこんで俺に視線を合わしてきた。
「こんな奴が勇者だって?とてもそうは見えねぇな」
「うん、さっきから俺否定してるよね?」
「ケッ、何言ってやがる」
「ええ!?俺がおかしいの!?」
よく主人公が特別な肩書を持っていて、それに突っかかる奴はラノベを読んでいてもよく出てくるが、あの手の人って肩書そのものは割とすんなり認めていて、その肩書に対する実力に懐疑的なパターンが多い気がする。目の前の大男もそのタイプらしいが、それにしても少しくらいは俺の話を聞いてくれても良いんじゃないだろうか。
「エイドリアン!勇者様に無礼はよせ!」
「オーブリーさん!だから俺、勇者じゃないんですって!」
エイドリアーン!なんて茶化す余裕もない。あれだけ力説してもなぜ俺が勇者だという体でこの村の人たちは話を進めたがるのだろうか。プラムさんを助けたことのプラス補正が強すぎるのか。
「親父はすっこんでろよ。それにこいつが勇者かどうかなんてわからねえじゃねぇか!」
「いや、分かってるんだよ!勇者じゃないんだよ!なんで親子そろって無視するの!?」
「お前が勇者って言うなら、その力を見せてもらおうじゃねえか」
「だから、勇者だなんて言ってないんですけど!?」
「ハッ、逃げるのか!?」
「何から!?」
「お前らアレ持ってこい!」
「「「はい!」」」
「人の話を聞けよおおおおおおおおお!!!」
俺の叫びも意に介さないようで、舎弟と思わしき人たちが脱兎のごとく走り去ってしまい、大男ことエイドリアンもまた立ち上がって仁王立ちして勝負の時を待つ。よく見れば濃い眉毛なんかは父親のオーブリーさんと似通っているかも知れない。その眉を凛々しく吊り上げた真摯な表情に、アツアツおでんとか持ってこないよな、と一抹の不安を抱いた。この村における俺のポジションがなぜか上〇竜兵に近いものになっている気がする。
しかしながら、エイドリアンの真摯な表情は勝負そのものに対して向けられたというよりも、どちらかと言えばその背景に対するものだったらしい。彼の視線はプラムさんへと向けられていた。
「プラム、なんで俺を置いて出掛けた」
「エ、エイドリアンさんのお手を煩わせたくないなと思って……」
「水臭いこと言うなよ」
エイドリアンはプラムさんに近付いていくが、どうにも彼女はエイドリアンが苦手らしい。困ったように眉尻を下げながら、たじろくように後退していく。
プラムさんと出会ったからまだ数時間程度とは言え、彼女が優しくて、それだけに言いたいことをはっきりと言えない性格なのはなんとなく察せられる。最もそれは嘘をつくのが上手という訳ではなくて、今みたいに態度に少なからず出てしまうのだが、エイドリアンにはその察しがつかないのか、はたまた最初から意に介していないらしい。
プラムさんが護衛を連れずに採取に行った理由に納得がいった。
こうも強引に自分に迫ってくる男と数時間も他の人間がいない空間で過ごすというのはとんでもない苦痛だろう。エイドリアンに限らず、他の自警団の男たちもまぁ少なくとも長い時間一緒にいたくはないと俺なら思わされる連中だ。
どう出たものか俺は迷った。恩人であるプラムさんに助け船を出したいとは思いながらも、かと言って彼女とエイドリアンの人間関係に介入するほどの仲なのか。筋はあるのか。
そうこう考えているうちに、エイドリアンは彼女の肩に馴れ馴れしく手を回して、耳元で囁くように言う。囁くように、とは言ったが聞こえない距離でもない。いや、それどころか俺に聞こえるように話しているようにすら思えた。
「なぁ、あの話考えてくれたか?」
「え、えっと……そのまだ……」
「分かってるだろ?俺と一緒になることがお前にとっても幸せなんだよ」
「………」
プラムさんが俯いてしまい、エイドリアンはその耳にいやらしく息を吹きかけた。プラムさんがびくりとして、ぎゅっとドレスの裾を握りしめる。その反応が面白かったのか、エイドリアンはサディスティックに口角を吊り上げた。
人の幸せを制限するような言い方に加えて、俺の世界で言うセクハラをかますエイドリアンに、俺はカチンと来たものの、やはりこれも俺が出る幕じゃない。プラムさんと俺の関係なんて、それこそまだ知り合いとも言えない間柄だ。当然、彼女らを取り巻いている事情だってまだ知らない。ここはぐっと堪えて、俺はようやく地面から立ち上がると、エイドリアンの舎弟たちが木剣を抱えて戻ってきた。
「遅ぇんだよ!お前ら!!」
「「「す、すいやせん!」」」
エイドリアンの怒声に対して、舎弟たちが声をそろえて謝る。力ある者への服従。
なんとなく元の世界での自分を思い出して、目をそらしたくなった。俺はいわゆる取り巻きのようなことはしていなかったが、いわゆるジョック(陽キャって言った方が分かりやすいだろうか?)にカテゴライズされる人間に話しかけられれば、愛想笑いで答えるようなことはしていた。そうしてしばらく談笑しているうちはなんともないのに、家に帰ってふと思い返した時に軽い自己嫌悪に陥ったこともある。
無論、彼らは悪党なんかじゃない。むしろ集団の中心になるくらいだから気の良い人間だって多い印象すらある。俺の自己嫌悪なんて言ってみれば、勝手に感じている後ろめたさであり、ナルシズムの現れだ。
だが、今俺がエイドリアンに感じているのはそういうことじゃない。もちろん、エイドリアンの人間性全てを把握している訳ではないが、少なくともプラムさんの嫌がっている表情だったり、委縮している舎弟たち、そして手を焼いているであろう父親のオーブリーさん。そういった周囲の人たちに対する無神経さが、ある種の同族嫌悪を伴って浮かび上がってきた。
お察しの通り、俺はハッキリ言って肝の小さい人間だ。往来で人にぶつかることにすらビクビクしている。本来ならエイドリアンみたいな人間に対峙することなんて避けるだろう。
だけど。
「お?意外とやる気なんだな、勇者様」
木剣の片方をすぐに受け取ると、エイドリアンは皮肉っぽくそう笑った。かくいう彼自身もとっくに舎弟から木剣をひったくっており、好戦的な姿勢を示している。
この短時間でエイドリアンがどういう人間かは分からないし、プラムさんとの仲だって想像しているよりも複雑なものなのかもしれない。
それでも。
「ここでやらなきゃこの世界で何すんだって話だろ」
今の俺にはまごうことなき力がある。それが借り物だろうとなんだろうと、元の世界で見過ごしてしまっていたようなことに取り組むことだって出来るじゃないか。
俺のチキンハート自体はそう簡単に強くなるもんじゃないが、背中を押してくるものまで貰って、何もしないなんて情けないにも程がある。
恩人が嫌な思いをしている。それを止めたい。というか、止められない自分は嫌だ。
俺はエイドリアンとは正反対に、唇を堅く引き結ぶと彼の舎弟から受け取った木剣をゆっくりと構えた。
サブタイトルをナンバリングだけにしたくなってきた今日この頃




