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お前らは女の子を助けないと死ぬのか 2

 完全な八つ当たりとはいえ、怒りとは凄まじいものだ。先程の恐怖心などすっかり忘れて、俺は瞬く間に剣の腹で山賊たちを打ち据えた。何人かが武器も投げ出し、伸びている仲間を担いで森の方へと消えていったが、それは相手にせず腰を抜かしている女の子に手を差し伸べる。


「大丈夫?立てる?」

「は、はい……」


 女の子はおずおずと俺の手に触れた。繊細な指の感触に俺は思わずドキッとするも、ここで浮かれちゃ恰好がつかないので、なるべく冷静さを装って彼女を助け起こす。

 女の子は裾についた汚れを軽く払うと、大きく俺に頭を下げた。


「ありがとうございました!」


 なんていい子なんだ。頭を丁寧に下げる女の子を見て、俺はジーンと来てしまう。今の俺は山賊相手にビビっていたかと思えばいきなり血反吐を吐き、慌てて変な道具で誰かとしゃべり始め、次いで戦意に満ち溢れて相手をボコボコにする情緒不安定にも程がある危険人物だ。俺だったらそんなやつに助けられても引き笑いを浮かべて形ばかりの礼を言うくらいが精一杯だろう。


「やはりあなたは勇者様なのですね!」

「ええ、もちろ……え?」


 花の咲くような笑顔を浮かべた女の子に対し、俺は思わず聞き返す。まともな言語に戻っていた安心感から気が緩んでいた。

 確かに神に選ばれて力を授けられ、そして使命を背負っているという点ではドラ〇エの勇者チックではあるのだが、女の子が何を思ってそう判断したのかが分かりかねる。前述の通り、客観的に見て俺は山賊とは別ベクトルで危ない人だと思うのだが。


「え?だってあれだけ見事な剣舞を披露して、神様とお話しされてたのでしょう?」

「いやあああああああああ!!!!!」

「どうされました!?」


 ムンクの叫びみたいに両手に頬を寄せて絶叫する。女の子は目を丸くしているが、俺へのダメージは深刻だった。恥ずかしい、恥ずかしすぎる。

 女の子はおろおろしたのちに、フォローしようと思ったのか口を開く。


「カッコよかったですよ!超究武〇破斬にスターバー〇ト・ス〇リーム!」

「あああああああ!!!!!」


 弐撃決殺。俺は地面にゴロンゴロン転がりながら顔を覆う。もう異世界生活のエンジョイとかせずに、このまま延々と転がって海に落ちてしまいたい気分だった。しかし、そうもしていられない。女の子が「あ、もしかしてご謙遜なされてるのですか!?」と追撃の構えを見せてきたからだ。恐ろしい子……!


「う、うん、まぁそんなところかな……ところで、あの会話についてはなんで神様だと?」


 震え声で取り繕いながら、必死に話題をそらす。


「あ、実は私、村で巫女をやっている者なので……神様とやり取りすることもしばしばあるんですよ。それでもしかしたらそうじゃないかなと」

「え、あのゴスロリアフロと!?」

「なにを司ってるんですかその神様!?」


 ツッコまれてしまった。俺の中でこの世界の神=クソアフロという図式が出来ていたが、もしかしたら多神教世界なのかも知れない。良かった。俺は各地の神殿にゴスロリアフロが祭られている図を見ずに済みそうだ。

 女の子が神様とやり取りしていると思った理由は他にもあり、あの手の道具を使うという事は神や霊的な存在が遠い場所にいる場合が多いので、魔法使いなどであればわざわざあんな道具は使わないのだそうだ。


「申し遅れました。私はプラムと言います。先程申し上げた通り、レイテ村で巫女を務めています」

「プラムさんか、よろしく。俺はイズル。フリーの……」

「フリーの……?」


 某カメラマン風に自己紹介を始めたものの行き詰まる。異世界なんかで男子高生といったところで通じる気もしないし、学生というものがあるにしても、俺のいた世界とは大いに意味合いが違ってくるはずだ。

 そうなってくるとそれらしい肩書きは……


「邪神に呪われた勇者かな……」

「何がフリーなんでしょうか!?」


 そんなやり取りを交わしながらも、ひとまずは彼女の住むレイテ村に向かうことになった。

 レイテ村は小規模な村で、周辺には貴重な薬草が自生していることから、それを町まで売りに行って村の収入にしているらしい。

 信仰している神も農業神のほかに医学薬学を司る神がいるらしく、薬草が豊かに育つことを祈ったり、時には信託を得て薬草の生えている場所を教えてもらうのだそうだ。彼女はそうした神の言葉を受け取り、薬草を探しに行く巫女だそうで、今日は不幸にも山賊に襲われてしまったらしい。


「この辺りは街道もない片田舎なので、山賊が出ることもなかったのですが……」

「薬草がお金になることを悪い奴に知られちゃったってところかな」


 巫女である彼女を捕らえて、薬草を探させるなり、あるいは村にとってかけがえのない存在である彼女を人質にして身代金にしようとしたか。

 村にも自警団的な組織はあるそうだが、せいぜい狼に毛が生えた程度の魔物を追い返したことしかなく、山賊の討伐などとても出来ないらしい。

 軍にも要請はしたそうだが、街道も引かれていない村近くの、それも小規模な山賊団相手に討伐隊を差し向ける余裕はないそうで、かと言って冒険者たちに頼もうものなら決して多いとは言えない収益のほとんどが取っていかれる事になる。その決断に時間がかかっているようだ。


「でも、そんな時になんで一人で出掛けたの?」

「あ、それは……」


 彼女の顔に翳り(かげり)が差す。どうにも言いづらい事情があるようだった。

 踏み込むべきじゃなさそうなので、別の話題を振ることにした。


「あ、ああ、ごめん。プラムさんのご両親は何をされてるんだっけ?」

「えーと……両親は他界してまして……」

「………」


 やべぇ、変な汗が出てきた。地雷の後に地雷を踏んでしまったことで、とても二の句は継げなかった。

 俺の顔色の悪さを察したのか、プラムさんが慌てたように喋り出した。


「いや、でも、親代わりの人はいました!」

「お、おお!どんな人なんですか!?」


 地雷を二度も踏んだ上に、気を遣わせてしまった以上、ここはなんとしても盛り上げねばならない。会話相手の肉親という話題にここまで食いついてみたのは人生初ではなかろうか。


「両親を亡くした私にとても良くして下さって、巫女として、人として色んなことを教えてくれた方です」

「あ、じゃあ、その人も巫女さんなんですね」


 相手から提示された話題、というものは安心できる。触れて欲しくない要素の含まれる話題はまず振らないだろうし、あるにしてもきっと深い部分に位置するもののはずだ。まさかこれ以上の地雷を踏み抜くことはあるまい。


「はい!色んな魔法を知っていましたし、だからって偉そうにしたことなんか一度もありませんでした。いつだって魔法を皆さんの為に使ってくれて……」


 そう語る彼女の顔はとても穏やかだった。初対面時とは違い、彼女が優しげな微笑みを浮かべていると、なんとも言えない温かい気分になる。群を抜いた美人と言うのは、得てして他人を落ち着かせなくするところがあると俺は思うのだが、微笑んでいる彼女には見ている方も自然とほっとさせてしまうような不思議な魅力が感じられた。

 プラムさんの話を聞くに、親代わりであり、巫女の師匠はとても賢い人であったようだ。単に知識人だったという意味合いではなくて、それ以前に物事の道理を弁えている人だったんだなと思う。要はどのような魔法を使うか、ではなくて、魔法をどうして使うのかをプラムさんにきちんと教えた人なのだろう。

 薬草などで生計を立てているレイテ村にとって、その生息地や調合法を知悉(ちしつ)し、研究している巫女は村にとっての生命線だ。尊敬もされるし、良い生活も出来る一方で、その責任も重く伴うことになるのだ。話に出てきた「ただ力があるだけじゃ偉いとは言えないんだよ」という言葉に、少し後ろめたいものを感じてしまうところもあった。

 しかしながら、そうして実感と共に理解すると同時に最初の疑問が頭を過る。プラムさんが護衛も連れずにこうした薬草摘みに出るのは、その教えに反しているように思えてならない。たまたま俺と出くわしはしたが、もしあのまま一人でいたとしたら間違いなく攫われて、言い方は悪いかも知れないがレイテ村に迷惑をかけたことは想像に難くない。

 もっとも最初の地雷をわざわざ掘り返すほど俺はアホではないし、彼女との会話に水を差す気には到底なれなかったので、そのまま彼女の師匠の話を楽しく聞くことにした。


「パンケーキを作る時なんかうんと甘くしちゃうんです。私が大きくなってからも、小さい頃と味覚が変わってないと思ってて……」

「ははは、俺もそういう経験あったなぁ。でも、こっちが「甘過ぎるよ!」とか言うものなら、やけに悲しそうにするから、結局食べちゃうんですよね」

「そうそう!」


 プラムさんの口調も僅かにだけ砕け始めていて俺は安心していた。会話自体はもちろん楽しめていたが、またどこかで地雷を踏むんじゃないかとも内心ヒヤヒヤしていたのである。心の中でフラグっぽいの立てちゃってたしな!


「俺も食べたいなぁ、その人のパンケーキ」

「実は三年前に亡くなってるんです」

「……今すぐ死んででも食べたいなぁ」

「気の遣い方が命がけになってますよ!?ああ!剣を喉元に添えないでください!!」


 首を掻き切ろうとする俺をプラムさんは必死になって止めた。三度目の地雷を踏んだ絶望感から、危うく異世界転生から二時間もせずに死ぬところだった。ハイ〇ェイ・トゥ・ヘルもびっくりのスピード自殺に違いない。


「もう!冗談とは言え、自分を傷つけようとするなんて駄目ですよ!」

「はい……」


 ぷんぷんと怒るプラムさんに頭を垂れるものの、今度こそもう話なんか思いつかない。ここからさらに会話を展開させるのは黒〇徹子さんでも難しいだろう。


「……私が作ってあげますから」

「え?」


 ぽつりとつぶやいた彼女の言葉が聞き取れずに、俺は思わず聞き返す。


「私が作ってあげます……パンケーキ」


 ちょっと照れたように顔を赤らめながらプラムさんはそう言った。

 なんだか俺も気恥ずかしくなって、小さな声で「……オネガイシマス」とだけ返して、二人してまたさっきとは違った緊張感の中並んで歩きだす。やべぇ、なんだこれ!なんだこれ!ギャルゲやってる時にしか感じられなかった甘酸っぱさが何百倍に凝縮されてる!!

 例の吐血の呪いであのクソアフロは殺すと思っていたが、一転してあの「意味もなく女の子に好かれる」スキルを授けてくれたことを今は心から感謝したい。


「……ひとつでも多く、受け継ごうとしましたから」


 俺がジーンとしていると、ふとプラムさんがそう呟いた。端正な横顔が淋しげに、それでも大事なものを噛み締めているような、不思議な表情に思わず見惚れてしまう。

 そうだった。プラムさんの師匠は決して、巫女の師匠としてだけ尊敬されているのではない。人間として、母親として尊敬されていたのだ。そして、良い弟子であり娘だったであろうプラムさんはあらゆることを積極的に彼女から学ぼうとしたに違いない。

 甘すぎるパンケーキの作り方だって、大好きな母のものなのだから覚えようとしたのだ。

 この手の感動系エピソードは正直鼻で笑ってしまうことの多い俺だったが、こうして実感を伴ってくると胸に迫るものがある。

 ちなみにもっと言うと、俺の胃袋も(くだん)のパンケーキが食いたいのか、刃物でズタズタにされたような鋭くて、それでいて多面的な痛覚を訴えてきてる……

 どうやらプラムさんの最初のデレ台詞を聞き逃したのがトリガーになったらしい。

 かくして俺は血反吐をまき散らし、またしてもプラムさんのお世話になりました。

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