お前らは女の子を助けないと死ぬのか 1
渦巻く風の音が収まり、恐る恐る瞼を持ち上げてみると、そこには青々とした草原が広がっていた。
地平線が見えるような場所ではなく、視線の果てにはなだらかな山が三つほど連なっており、髪を躍らせる程度の柔らかな風を運んでくる。吸い込む空気は都会で生活していた俺だからこそ、肺の先まで浄化されるようなうまさだった。
だが、一方で不安にも駆られる。確かに見事な自然ではあるのだが、実は千葉の一部でしたー!とかあのアフロならやりかねない。しばらく身構えておいて、結局何も起きなかったので、俺は安心して、遅れてやって来た高揚感と共に大きく息を吸い込む。
「異世界だーーーーーー!!!!!!!!」
残念ながら山彦は帰ってこなかったが、この草原一帯に俺の声が響き渡っていき、それがまたたまらなく爽快だった。こんな風に大声を張り上げたこと自体が久々のような気がする。
だが、それだけでこの開放感を手放すつもりは毛頭ない。今の俺であれば、よりこの喜びを表現することが出来るのだ。俺はさっそく、背嚢をおろして、ブレザーを脱ぎ、Yシャツを脱ぎ、Tシャツを……危ねぇ!あまりの開放感に全裸になるところだった。
Tシャツと制服のズボンという奇妙な出で立ちではあるが、この陽気で動くことを考えると程良い服装だろう。
俺は先程おろした背嚢にもたれている長剣を手に取ると、深く息を吸い込む。驚いたことにその呼吸と連動するように、俺の腰が自然と深く沈んでいった。
「はっ!」
短く気炎を上げて剣を振るってみると、斬撃が短い風切り音を発して空間を鋭く切り裂く。
まるで何千回、何万回としてきた動作をなぞるように、ごく自然に身体が動く感覚に俺は改めて呆然としてしまった。
言うまでもなく、俺の選んだチート能力のうち二つの影響がこれである。うち片方は例の「身体能力強化」という名の通り、純粋な肉体のスペックを上げる代物だ。鉄の塊と言っても過言ではない真剣を軽々と振り回せる膂力が今の俺には備わっている。神曰く、「この世界の人間の中で最高レベル」にまで引き上げられているそうなので、潜在能力はまだまだ底が知れない。なんならこの世界のウ〇イン・ボ〇トを目指すのも悪くない気がしてきた。
そして、今の見事な一刀は「剣聖」という称号のような能力が生み出したものだ。どうやら常時発動しているものには称号的な能力名もあるらしい。「剣豪」の上位互換能力で、あらゆる剣術を極めた剣豪に与えられる最強の称号。おかげでガンブレードや逆刃刀みたいな変わった武器でも、『剣』のくくりならほとんどが見事に使いこなせるらしい。
そうして身体を動かしているとどんどん楽しくなってきたので、超究武〇破斬!とかス〇ーバースト・ス〇リーム!とか叫んで剣を振り回してしまった。他人に見られたら、悶死は避けられぬだろうくらいには小学生への回帰を堪能すると、長剣を鞘に納める。
「そっかぁ……これで俺も剣で身を立てられるのかぁ……」
冗談のつもりで発した発言とは言え、こうも現実味を帯びてくると検討せざるを得なくなる。ヤバい魔物とかバッサバッサと斬り捨てて、荒稼ぎするって寸法よ。
鼻歌を歌いながらYシャツをもう一度着ると、しまっておいたスマートフォンを取り出した。神との連絡用ということで、皆さんお馴染みの魔力充電機能付きで渡されたのだが、せっかくなのでチート能力の枠を一つ消費して魔改造を施してみた。いろんな機能をつけさせたので、アフロは「これで枠一つはズルくない?」とか「この機能一つに人生費やす人もいるんだよ?」とかグチグチ言ってきたが、俺も負けじと色んな異世界転生ラノベを持ち出して言いくるめた。
まず一つはマップアプリだ。あのアフロ謹製のものらしいが、グー〇ルマップと瓜二つなので、使いやすいと思う反面こいつ怒られないかなとも思った。ともかく、これを頼りにまずは人里を探すことにする。さすがにダンジョン内だとか特殊な結界が発生している場所では、マッピング形式にシフトするらしいが、こういう何でもない場所であれば問題ないらしい。要は世〇樹の迷宮だよ!
そして第二に成長機能。このスマホ、時計やカメラと言った基本的な機能は搭載されているのだが、あくまで俺のいた世界にいたそれと大差はない。だがこれに魔法だとかによる改造を施せるようにいじっておいたのだ。神曰く「カメラに霊体が移るモードが出来たり、翻訳アプリには会話のログが表示されるようになったりと、色んな事が出来るようになるよ」とのことだった。マップアプリなんかも順次、そうやって改造していけば良いかとも思ったのだが、サバイバル知識なんかマ〇ターキートンを一回読んだ程度しかない俺には最初から正確な地図がないと詰む。
「げっ、さすがに結構歩くな」
最も近い人里だと思われる、レイテ村までの距離は俺の世界の距離にして、ざっと17km。男子高校生にとってはそう遠くもない距離ではあるが、別に運動部に入っていたという訳でもなければ、日常的に10㎞を超えて歩くこともそうなかった身からすると、翌日に響きかねない距離だった。
ともかく、方角を把握するとスマートフォンをポケットにしまって歩き始めようとした。
その時。
「きゃああああーーーっ!!!」
刺すような悲鳴が草原に響いた。俺は思わず向かおうとしていた方角を忘れて、あたりを見渡す。
膝ほどまでにしか草木が伸びていない平原だ。すぐに悲鳴の主と思わしき人影は目につき、俺は反射的にそちらへと飛んでいく。
近づくにつれて、状況がよく見えてくる。一人の女の子を囲むようにして、薄汚れたチョッキやバンダナを身に着けた男たちが、下卑た顔で彼女を囲んでいた。
囲まれている少女へと視線を向け、思わず息を呑んだ。
豊かな黒髪はゆるやかに波打ちながら背ほどにまで伸びており、肌は驚くほど白かった。透き通るような、雪のように、なんて陳腐な表現になってしまうが、実際にそこにあると溜め息が出そうになる。
粗末だが裾の長いゆったりとしたドレスは少女の楚々とした雰囲気とマッチしていて、むしろ彼女の白い肌や黒髪を際立たせているようにすら思える。美形は何を着ても様になるというが、まさにそれだった。服が合わせにいってるのかと錯覚してしまう。
顔立ちもそれらに劣らず整っており、高い鼻に潤った唇、小さな顔の輪郭。顔の部位もパーツにも非の打ちどころがなく、肉眼でこれほど美しい人間を見るのは初めてだった。
だが、その繊細な頬の筋肉は震えており、ターコイズブルーの瞳は恐怖に彩られている。
俺は激怒した。必ず、この邪知暴虐の
「あぁん?なんだテメェ!」
「ごめんなさい!」
怒りで熱くなっていたはずの頭を俺は90度に下げた。ゴメン、無理。怖い。怖すぎる。
人並みの正義感を持っている自負はあるのだが、胆力に関してはスズメ以下だ。四人くらいのザイル系が道の反対側から歩いてくるだけでビビるような俺が不良のお兄さんより危険な山賊たちにガン飛ばせるわけがなかった。
いくら達人級の剣技を身につけたと言っても、俺自身の精神性にさして変化はない。この世界の言語すべてを理解できる能力『マルチリンガル』をいきなり謝罪で使うとは思わなかった。
「え、えーと……」
「お?よく見たら結構良いもん持ってんじゃねぇか」
俺が完全に委縮してどもっていると、山賊のうちの一人が俺の左手にある長剣を目敏く認めた。
「へへっ、今日はついてるぜ。金目のものと女が一緒に手に入るたぁな。おい、てめぇら!」
山賊たちの何人かが示し合わせたように、女の子を捕縛すると俺に向けて得物を構える。
さすがにこの状況を茶化す余裕はなくなった。現代社会に生きていて、まず感じないだろうむき出しの殺意と悪意。陰湿な悪意とは質の違う、飢えた獣を前にしたような緊張感に俺は声が出なかった。
きっと今の俺にはこの山賊たちぐらい蹴散らす技量はあるのだろう。しかし、それはあくまで理屈の話だ。そもそも他人に刃物を向けるということ自体が俺にとっては異常な行為なのである。
やらなきゃやられる。腰が砕けようとするのを必死でこらえる中、囚われていた少女と目が合った。恐怖に揺れるターコイズブルーの瞳が救いを求めていた。
……困る。女の子に頼られたことなんて無かったし、そんな声も出せないくらいに怯えている所を見せられては。
「ちょっとカッコいいとこ見せたいじゃんか!」
俺は長剣を抜き放つ。不思議と震えは収まり始めていた。その動作に山賊たちは面食らったようだったが、やがてすぐに俺を侮ったようにニヤニヤと下卑た笑みを貼り付けた。
「バカかよ、お前。この人数相手に勝てると思ってんのか?」
「ケッ、青くせぇガキだ。抵抗しなきゃ命までは取らなかったのによ!」
中でも血の気の強いであろう男が斧を振りかぶって俺に接近する。さすが躊躇のない殺意を向けられて、背筋の凍る思いではあったが、動けないほどの恐怖はもうない。
自分でも驚くほど冷静に俺は相手を見ていた。振りかぶられた斧はもちろん、相手の視線、筋肉の動き。すべてが精密に把握でき、相手が脳天を狙ってくることを確信する。
「かはっ!?」
山賊が驚愕に目を見開き、肺から血の混じった空気を吐き出す。脳天をかち割るはずの頭が忽然と消え、地面に背中を叩きつけられ、痛みよりも状況の理解に男は苦しんでいるようだ。
一方で、俺は身体強化と剣術スキルの凄まじさを体感していた。優れた動体視力と熟練の剣士が持つ観察眼、そして剣を使う体捌きの要領を生かした結果、授業の柔道で軽く習っただけの護身術が高レベルな体術に昇華しているらしい。
山賊たちに動揺が走る。俺は人に暴力を振るった恐怖心と高揚感のないまぜになった独特の緊張に心臓が高鳴るのを敏感に感じ取っていた。
「なんだ今の動き!?」
「全然見えなかったぞ……」
「てめぇ、何者だ!」
よし、せっかくだ。女の子を安心させる為にも、ここは言ってみたかったセリフを言うぜ!
「名乗る程の者じゃないよ」
「こいつ!ふざけやがって!!」
彼らにとっては挑発に値する言葉だ。山賊のうちの一人がやはり侮辱に耐えかねて、片手剣をかかげて突進してくる。だが、剣技によって得られた歩法によって俺はそれをあっさりといなした。
どうよ!?このラノベ主人公の極みのようなセリフ!結局名乗るのにな!
すっかり調子に乗った俺は倒した相手を尻目に、彼らへと近づいていく。山賊たちが慌てて武器を構えなおしたところで、俺は息をゆっくりと吸い……
「ゴバアアアアアーーーー!!!」
「ええーーー!?」
吐血した。な、なにを言っているか分からねーと思うが(ry
めちゃくちゃ痛い。え?ナニコレ?マジでなんじゃこりゃなんだけど。山賊さんたちもあっけに取られている。
「なんとwhich。それ、あなたがそうであるか!むしろ、OK!あなたである!」
「何言ってんのお前!?」
あまりの急展開に山賊の言語がめちゃくちゃになっていた。日本に来て日の浅い外国人ですらもうちょいまともな言葉遣いをするはずだ。しかし、この聞き覚えのある独特の言葉は……
俺はハッと思い当たる。エキサイト翻訳。俺は『マルチリンガル』というチート能力を選んで、この異世界の言語ほぼすべてを理解できるようにしたのだが、それが何らかの理由で異常をきたしているのではないか?
臓器の弾けるような痛みが強烈過ぎて、むしろその痛み自体よりも肉体に起こっている異変そのものに多大な恐怖と不安を覚える。難病患者の気分だった。
精神の安定を保つために「やれやれ、とんだ厄日だな」と斜に構えて呟くと、ますます痛みが増してきた。ひい、ごめんなさい。
急に血を吐いて悶絶する俺を見て、少女はついに涙を流し始めてしまった。
「私は残念である、……!... あなたは巻き込まれた、…!」
痛みも忘れて思わず吹き出しかける。彼女が小刻みに震えながら、本当に申し訳なさそうに言うから余計に破壊力が高い。そこに畳み掛けるように山賊たちの中から「いいえ、私達はたぶん無関係であるか?」なんて声が聞こえてきたので、俺は全神経を口元の筋肉に込めてどうにか笑いをこらえる。恐らく少女は「巻き込んでごめんなさい」とか言って、山賊たちは「いや、俺たち関係ないよね?」みたいなことを言ってるんだろうか。
「……謝らなくていい」
これ以上は間違いなく笑うから!半笑いになってないか不安だ。
「それより」
エキサイト翻訳されているとはいえ、山賊の小さな主張には同感だったので、少女にそう呼び掛けながらもスマートフォンを取り出す。
「静かにしていてくれ」
もっとも俺の方から彼らに話しかけるにも、例の『マルチリンガル』が作用している為なのだ。山賊たちは顔を見合わせて、恐らく不自然な言葉になっているであろう俺の発言を解釈し始めたので、その隙にアフロへと通話をかけ始めた。
片方はスマホで通話を試み、もう片方は理解できない言語を解釈するという、謎の時間が経過する。なんだこれ。
「チャオ♪どうしたの?」
「おい、俺に何をした」
ドスを聞かせてアフロに凄む。アフロは「え、なんだろう」と困惑し、逡巡したのちに思い出したのか「あー!」と声を上げた。
「そうそう!君を送った直後なんだけどさ!神仲間から連絡が来て、『ただの異世界転生とかもう古いよねー』みたいな話になったんだよ」
「うん」
「それで君には『ラノベ主人公的な振る舞いをすると、吐血&いずれかの能力が弱体化する呪いをかけておいたよ」
「は?」
「あ、でもラノベ主人公らしからぬ振る舞いをすると戻るようになってるから。そこは安心して」
「いや、ちょ」
「ん?ああ、今行くー!」
「ちょっ、まって」
通話終了。スマートフォンの画面にはそうデカデカと表示されていた。
俺は山賊たちにゆっくりと向き直る。
「てめえらに明日を生きる資格はねぇ!」
「ええーーーーー!?」
俺の急変した態度に山賊たちは目を剥いたが、もはや俺は合理的な意味でも感情的な意味でも、北〇神拳伝承者にならざるを得なかった。
当作品ではラノベあるあるな糞展開を募集しております。
それと前話で誤字報告してくださった方、ありがとうございます!よし!これで推敲する必要はなくなったな!




