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妹の命と引き換えに異世界転生

作者: 新雪 ふみ

「お風呂くらい入ってよ。」


 声の方を向くと、開け放した部屋の入り口に妹が立っていた。


「そんな暇ねぇよ。」

 ドアを閉める暇すらない。

 なぜなら、俺は伝説になるから。

 再び手元に集中する。これはただのプラモデルではない。


「いいから早く入ってよ!」

「うるせぇ!暇なら夜遊びにでも行けよ!」

 振り向かず、声を張る。髪を金色に染めたあいつには援助交際とヤリサーがお似合いだ。




 不登校になってから半年、俺はこの作品に心血を注いでいる。

 きっかけは、ただの復讐。何の取り柄も無い普通の学生の、小さな革命。


「待ってろよ、5300人の視聴者よ!今、お前達を感動させてやる!」


 当然、顔も分からない視聴者の為にやっているわけではない。

 能力を世界に誇示するのが目的だ。

 評価されなくとも、自分という存在はかけがえのないものであるが、社会的動物に分類される以上はやるしかないのだ。





 ふと遮光カーテンを見る。まだ、日は昇らず。

 引きこもっているのに太らないのは、文字通り寝食を忘れているから。


「その力、我が世界で活かしてみないか?」

 幻聴が聞こえる。俺の不養生もとうとう若さという防御壁を突破し、精神を侵食し始めたらしい。

 とりあえず、無視で。


「その力、我が世界で活かしてみないか?」

 無視で。


「その力、我が世界で活かしてみないか?」

 ああ、めんどくさい。

「いいよ。」

 水分の足りてない、かすれた声を発する。


「代償はいただくぞ。」

「高くつきそうだね。で、何?」

 とうとう幻聴と話し始めた俺は、本格的に狂人としての人生を始めるのだろうか。


「お前の血をいただく。」

「痛そうだからパスで。」

 こんなのと本気で会話したら、本当におかしくなる。適当に、テンポ良く回答だ。


「では、お前の血縁の命をいただこう。」

 ふーん。こういう時、両親を犠牲にする奴ってヒトデナシだよな。祖父、祖母も同様。

 俺にいとこは居ない。

 ああ、じゃあ、あいつだけか。


「妹で。」

「契約は完了した。これより起こるは不可逆の事象。」

「でしょうね。」


 しかし、眠いな。少しベッドで寝よう。

 立ち上がろうと机に手をついた瞬間、眩しさに視界を奪われ、まぶたが落ちる。

 むにゅむにゅ、柔らかい机。

 いや、机のわけがない。目を開ける。


「あ・・・ああ・・・。」


 美しい呻き声をアラームに目を開けると、顔を真っ赤にした黒髪ロングの美少女。

 なんといっても素晴らしいのは大きな胸の触り心地。


「幸せだなぁ。」

 

 呟く。呟いて、気づく。

 そうなんだ、俺ってこれまで幸せじゃなかったのか。

 本当は、女の豊満を五感で味わいたかったのか。


「やめて・・・ください。」

 涙目。

「ああ、ごめんね。」

 素直に離す。


「おい、貴様何をやっている!」

 なぜか怒られる。背後からの雷のような怒号は、俺に向けられたものなのだろう。

 振り向くと、剣を構えた中世風の騎士が鋭い目つきでにらみつけてきた。


「いざ、尋常に!てやぁ!」

 突進、そして剣を振りかぶる。

 ああ、殺されるな。だが、生存本能というのは確実に存在するわけで。


 ミステリーを好む方はご存じだと思うが、刃物で襲われれば防御創ができる。

 簡単に言うと、腕で刃物を防ごうとしたりしてできる傷だ。これが無い場合、無意識のうちに殺されたか、あるいは別の凶器が考えられる。銃殺か、毒殺後に刃物で切られた、とかね。

 俺という人間は、腕を切られた痛みに耐えられそうに無いので、ただ目を逸らし、座して死を待つタイプだと思う。


 でも現実は違った。腕はもちろん、脚まで丸めて自分を守ろうとした。


 キィン!金属がぶつかる音。

 ご都合主義の異世界モノよろしく、すんでの所で助けが来たのか?

 首を上げて高速できょろきょろ。状況確認。


「貴様・・・魔術師か!」

 助けは無いのに、事態が好転。

 恐らく、俺の能力が目覚めたのだろう。あの幻聴もそんなような事を言っていたし。

 とりあえず、生存の為にハッタリかます。


「ふっふっふ。ようやく気づいたのか、人の子よ。我は傀儡の創造者」

 プラモデル製作者を、全力で中二病的に言い換える。


「く、貴様・・・名はなんという!?」

「我は・・・・我は・・・・。」

 まずい。思いつかない。えーと、工作好きだから・・・。

「クラフターだ。いや、”破滅の偶像を創造せし者”(クラフター)だ!」


 そうだ、名前に気をとられ、自分の能力を確認していなかった。

 確かに奴の剣が俺を弾いた感覚はあった。ん?“弾いた”ということは、俺、いや俺の服が堅くなったのか。

 つまり、俺の能力は、モノを創り換える能力・クラフター!

 まさに嘘から出た真だな。


「覚えていやがれ!」

 あっさりと退散する彼を見て、これがチュートリアルだと気づく。


「ありがとうございます!」

 黒髪美少女の感謝。

「なぜ感謝する?のですか?」

 中二病の尊大な語尾で思わず話してしまう。


「忘れたのですか、クラフター様!あなたは私の胸をこんなにも大きくしてくれました!」

 くっだらねぇ!でも、異世界モノっぽくて好みの展開だ。

 せっかくだから、この雰囲気に合わせて楽しんじゃおう!


「では、お礼に俺の嫁になってもらおうか。」

 顔が真っ赤になる。わかりやすい。ちょろい。だからかわいい。

「はい、一生あなたに尽します!ご主人様!」



 それからというもの、俺は成功し続けた。彼女と性交し続けた。

 そして、飽きて結局、俺は俺の屋敷に籠もることにした。











 いつものように手元に集中。

「ふう、やっと半分ってとこか。」

 かつて現実世界で作っていたものを、異世界でも再現しようと躍起になる。

 ノスタルジーではない。別に帰りたいわけじゃない。

 自分でも気づいていなかった、いや忘れていただけなのだが、そもそも俺は物作り自体が好きなのだ。

 

「ご主人様、お昼ができました。」

 邪魔しないよう、小さい声で知らせてくれる黒髪美少女。


「食わないって。」

「そうですよね。では、これから晩ご飯の支度をします。」

「だから食わねえって言ってるじゃん!」

 声を荒げてしまう。俺は何を怒っているのか。


「かしこまりました。では、夜伽の準備をして参ります。」

 笑顔の彼女。

 ああ、そうか。俺がして欲しいのは性行為じゃない。


「いや、“かしこまりました“じゃないだろ。飯食わなかったら不健康だろ。心配しろよ!」

 自分なりの正論。

「申し訳ございません。では、あの時のように、私をもっと素敵にしてください。」

 ああ、豊胸の事か。

 よし、性格も良くしてやろう。俺は立ち上がり、彼女の手を握った。

「じゃあ、俺を心配するくらい優しくなーれっと。」

 彼女に魔力が流れる。

「明日からもよろしくな、ハニー・・・むにゃむにゃ。」











 目が覚める。ああ、久しぶりにクラフターの力を使ったせいで、気を失ったのか。


「ご主人様!朝ご飯ができました!早く起きてください!」

 ああ、うるさい。

「まってよ、まだ起きたばっかり。」

「このまま食べなければ、筋肉量が落ちて、若くして寝たきりになりますよ!」

 まあ、正論だな。従い、起きて食卓につく。


「お風呂、沸いてますよ。」

 ここで、昨日の事を思い出した。そうか、だから口うるさいのか。


「いや、風呂なんて健康と関係無いだろ。」

「もちろんです。ただ、ご主人様は半年間入浴されていないので、社会通念上、大衆に不快感を与えるかと。」

 むかつく。なんだよ。

 この異世界を支配しているこの俺に向かって何が「社会」だ。


「うるせえ。」

「私が洗わせていただきます。お手数はおかけいたしません。」

「うるせえよ!」

「はっ、申し訳ございません。」

 駄目だ、こいつをもっとオブラートに包んだ優しい物言いに変えないと。

「では、手を出せ!」

「はい!」

「もっと、優しい言い方をしてくれるようになーれ!」











 また気を失っていたのか。

「おはようございます。その、寝起きで大変申し訳ないのですが、朝食をとっていただきたいのです。」

 これはむかつく!心の火山が噴火する。


「ふざけんな!朝食が困難みたいに言うな!てめぇらに出来る事は俺だって出来る!出来ねぇ事だって出来るんだ!てめぇの何百倍も俺は強いんだ!」

 飛び起き、その勢いで女の頬を殴る。

 床に倒れ、涙目の女。こいつをどう改善してやろう。

「俺を馬鹿にしないようになれ!」












 目を開けると、黒髪美少女が立っていた。

「ご飯出来てるよ、食べたらお風呂沸かしてね。」

「え?」

 なんで俺に仕事あるの?

 言われるがままに食卓につき、朝食を摂る。

 そして、俺はかつて住んで居た部屋の10倍の床面積がある風呂に、お湯を張ろうとした。


「うーん。蛇口も無いのに、どうやってやるんだ。」

 絶望した。

「おい、おい!呼んでるんだから来いよ!」

 女を呼んだ。

「はいはい、何?」

 何か生意気だな。まあいいや。


「どうやってお湯を入れる?」

「魔術。はい。」

 彼女の手から水蒸気と共に温水が出た。

 俺、それ出来ないんだけど。というより。


「風呂入らないから、用意しても意味無いだろ。」

「いや、私が入るから。」

 むかつく。


「さっきから何でタメ口なんだ?ふざけんなよ。」

「怒る暇があるなら、”お風呂くらい入ってよ“。」

「話逸らしてんじゃねぇ!」

「いいから早く入ってよ!」

 押されて、湯船に突き落とされる

 じゃぶじゃぶ。


「何するんだよ。」

 不思議と怒りは収まった。キリスト教徒でも無いのに、水に濡れる事に特別な意味を感じたのだろうか。


 ・・・ああ、そうか。


「しかし暖かいな。あ、ちょっとこっちに来いよ。」

 素直に従って近づく彼女。その手を体重をかけて引き、湯船に突き落とす。

 ざぶん、と大きな水しぶき。

「ぶくぶく、何するの!」

「あはは!ざまあみろ!」

 久しぶりに声を上げて笑った。


・・・ああ、そうか。


「喰らえ!」

 彼女は小さな手いっぱいにすくい上げたお湯を、俺の顔面に向かって投げる。

「撃って良いのは、撃たれる覚悟のある奴だ!喰らえ!」

 負けじとやり返す。

 そんな、子供の頃、妹とやったような遊び。




 湯船でいっぱい遊んだ俺たちは、一緒に昼飯を作ることにした。


「なんだ、これ。ちっちゃいカニだな。」

 脚が10本ある甲殻類を指差す。


「いや、それエビだから。」

「この世界だと、これがエビなのか。」

「毎日食べてるのに知らないの?」

 彼女がにやける。彼女がフラッシュバックする。だから、そんな表情をしてはいけないんだ。

 むかつくし、何より悲しいじゃないか。


「じゃあ、シェフのお手並み拝見といきますか。」

 気取られないように、気丈に振る舞おうと、余裕げな一言を放つ。

 

 だけど、頬は濡れてしまう。


「どうしたの?ごめん、何かあるんなら言って。」

 心配そうに寄り添うんじゃない。苦しいんだ。

「俺、お前と出会えて良かったよ。」

「今更何言ってるの。」

 そうだよ。しかも、これは不可逆の事象なんだ。


「お前に似た、もっとお前らしいお前が、いたんだ。」


「ここじゃない所の話?」

「ああ、俺は、その娘を殺した。」

 痛みに敏感で。

「へぇ、残酷。」

「だよな。きっと、俺なんて呪い殺されて当然だな。」

「いやいや、呪われはしないでしょ。」

 意外な言葉に、喉を詰まらせてしまう。

 どういう、ことだ?



「だって、その娘も、あなたの事が好きなんでしょ?」



 その一言に、とうとう俺は壊れた。

 エビを捌くためのものを、左手のそれを、俺は迷いもせず、ためらい傷も作らず、自らの喉に突き刺した。


 倒れ込む。


 ああ、どうか泣かないでくれ、俺の罪の象徴よ。

 痛みが、罪悪感を溶かす快感へと変わる。

 ああ、本当の俺は、こんなにも勇敢で、愛に生きていたのか。

 だから、君にもう一度会えるなら、この言葉を捧げる。











 目を醒ます。血の赤が床にこびりついている。

 頭が痛い。痛みの方へ手を当てると、ぬるっとした表面とさらなる痛み。

 ふと下半身が膝をついている事に気が付いた。血だらけなのは床じゃなくて、机か。

 ああ、机に手をついた瞬間、寝てしまったのか。

 棚の四角いデジタル時計は4:00。遮光カーテン越しの光は無い。




 全てを理解した俺は、彼女の部屋へこっそり入る。

 夜遊びなんてしないので、当然、ベッドに寝ていた。

 その端に座り、彼女の顔を見つめる。


「ごめんな。」

 我ながら何の謝罪なのだろうか。今日の夢の内容の事か、早い時間だというのに起こすからか。

 俺の人差し指は、頬を伝い唇へ。こっちの方が柔らかい。


「んぅ・・・ううん、あ、お兄ちゃん?」

 とろんとした目で俺を見つめる少女は、間違い無く俺の妹。

 髪は金髪で、日中とは異なるすっぴんは、初恋の顔をしていた。


「お風呂入った?」

 目が覚めて、いきなり俺の心配か。

「デートと引き換えなら、入る。」

「じゃあ、ご飯は?」

「君が作ってくれたものなら。」


 口を堅く結んで、黙ったと思ったら、再び話し始めた。

「ねえ、私の事、また好きになったの?」

「うん。」

 迷いは無い、即答する。

「・・・そうなんだぁ。まあ、これからの頑張り次第だね。」

 にやりと笑う。幼少から今までの記憶がフラッシュバックする。


 しばらくすると、日光が部屋を照らし、悪夢が完全に覚めた事を実感する。

 そして、間違い無く、理想の女性が目の前にいることを確認した。


「ふふ、どうしたの?」

 立ち上がった二人。彼女は小悪魔のような表情で胸へもたれかかる。思わず肩に右腕を回してしまう。


「俺の事好き?」

「お兄ちゃんが思っているよりも。」

 堪えきれず、彼女の頭を引き寄せ、口を塞ぐ。

「んん・・・。」

 美しい呻き。


「・・・ふふ、初めてだから、責任取ってね。」

「引き換えに、俺の全部を捧げるよ。」


 彼女の瞳に映る男が、本当の俺。

 最愛の君に会うために、血を流す兄だ。


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