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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
最終章 神竜黙示録
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第13話 かつての友

「待て!!」


 死を覚悟した時、聞き慣れた声が耳に届いた。

 空耳だろうか……? そう思って、うっすらと目を開けてみる。


「え……?」


 雪也は思わず驚愕する。

 黒竜の隣で滞空していたのは、よく見知った青いドラゴンだった。七潮島での戦い以来行方が知れなかった、友人の姿だ。


「ソヨ!!」


 雪也は自分の置かれた状況も忘れ、ただ歓喜した。決して事態が好転したわけではない。だが、これまで幾度もの苦難を共に乗り越えてきた相棒が、無事な姿で眼前にいる。それだけでも、だいぶ心が軽くなった。


「良かった……お前も生きてたんだな! 心配したんだぞ!!」


 梵さえいれば、どんな敵にだって……イーラにだって勝てる。不思議とそう確信できた。いつ何時も、1人よりも2人の方がいいに決まってるのだ。

 だが冷静になるにつれて、この状況の不可解さに気付いた。何故梵は無事だった? 何故今ああして、イーラの横にいる? 何故梵の声で、ドラゴン達は攻撃をやめた? あれではまるで……。

 さっきまで湧き上がっていた歓喜の情は、幻であったかのように霧となって消えていった。






「ナガシロ セツヤ……。お前が友だと信じた人間……」


 イーラの言葉に、梵は黙って頷く。

 雪也との記憶が、走馬灯のように蘇ってくる。初めて出会った日、共にアメジストやインフェルノと戦った時、そして数ヶ月前、共に父を討ったあの時……。

 確かに、雪也とは共に世界を守った。だがそれは結果論だ。もっと根本的な部分で、自分と雪也は違っているのだ。あいつは最初から、世界を守るために戦っていた。しかし自分は……。


 ――――世界を守りたいと思ったことなど一度もない。


 むしろ、世界のために命を投げ打とうとする雪也が理解し難かった。知らない人間がどうなろうと、どうでもいいじゃないか。たとえ命を賭して救ったところで、何も得られやしないのに。


「どうする気だ? お前には悪いが、奴をこのまま放置するわけにもいかないぞ?」


 イーラが判断を急かしてくる。

 雪也はドラゴン達にとっても危険な存在なのだ。単純な実力こそイーラに及ばないものの、その能力には多様な用途がある。人間側が、何らかの切り札として使ってくる可能性も捨てきれない。そういった点を警戒しているのだろう。


「あいつは俺が説得する」

「説得だと? 名案だとは思えんが」

「とにかく俺に任せてくれ。お前らは一切手を出すな」

「それは構わんが……お前の心に強い惧れを感じるぞ」

「いいや……きっと大丈夫だ。きっと……」


 梵の言葉はイーラへの返答というよりも、自らに言い聞かせているようであった。



 青いドラゴンが深雪の中に着地する。そして、すぐさま人間の姿へと変身した。

 梵は一歩ずつ、ゆっくりと白いドラゴンへと近づいていく。ドラゴンの状態ならばなんの障害でもなかった雪も、人間の状態では大きな脅威だった。膝まで積もった雪が足に絡まり、何度も滑落しそうになる。おまけに針のような寒さが、全身に絶え間なく突き刺さってきた。

 雪也の方もまた、人間の姿に戻っていた。雪や寒さに慣れているのか、はたまたそれらを忘れるほどに当惑しているのか、彼はその場にじっと立ち尽くしている。


「雪也……聞いてくれ」

「ソヨ、お前……なんでそいつらと一緒にいるんだ? そいつらが何なのか、解ってるのか!?」

「ああ」

「あの黒い奴……あいつはイーラなんだぞ! あいつは人間を滅ぼそうとしてるんだ! 世界中が今、ドラゴンに襲われてるんだぞ!!」

「知ってる。俺もこの目で見た。でも、俺たちにとってそれは重要か? 俺たちとは無関係の人間が、知らないうちに死んだってだけだ」

「は……?」

「人間はいつか死ぬ。誰にだって死は訪れる。ドラゴンに殺されたとしても、死ぬのが少し早まったってだけじゃないか」


 雪也の顔がみるみるうちに歪んでいく。そこに表れていたのは衝撃、そして嫌悪の念だ。

 しかし、梵は一切動揺しない。雪也の反応は予想通りだった。落ち着いた口調で、さらに説得を続ける。


「命を懸けて世界を救っても、人間はお前を守ってくれはしないぞ。人間がイーラに滅ぼされたところで、俺たちにはなんの影響もないんだ」

「馬鹿を言え!! そういうことじゃねぇだろ! 殺されていい人間なんかいないんだ!!」


 梵がクスクスと笑う。それは嘲笑ではなく、親しみを含んだ無邪気な笑いだった。


「お前なら……そう言うだろうと思ったよ」


 それだけ言うと、梵は顔から笑みを消す。そして、口調も極めて重々しいものに変わった。


「雪也、1つだけ頼みがある。俺と一緒に来てくれ。イーラの創る新しい世界で、共に暮らしてほしいんだ。お前と美咲さえいてくれれば、俺は……」

「それが無理だってことは、お前が一番よく解ってるだろ?」


 雪也の突き放すような言葉に、梵は僅かに顔をしかめた。


「ソヨ、悪いけど俺には大切な人がたくさんいる。じいちゃん、ばあちゃん、拓巳、翔悟、和俊(かずとし)(けい)秀二(しゅうじ)(わたる)……!」

「そうか……俺には誰もいない」


 梵は(まなこ)を細くする。泥のように濁った瞳には、果てしなき悲しみと怒りが荒れ狂っていた。


「雪也、お前とだけは戦いたくなかった。でも俺たちがそれぞれ歩んできた道は……あまりに違いすぎた」


 少年の姿が、青いドラゴンへと変わる。太陽の下では宝石のように輝く鱗も、雲翳(うんえい)(とばり)の中で一切の煌めきを失っていた。

 雪也もまた、白いドラゴンへと変身する。かつて友だった2体のドラゴンは今、氷雪の中で睨み合っていた。


「ソヨ、中見原はどうなった……!?」


 雪也が牽制するように尋ねる。

 その問いに対し、青いドラゴンは不気味な破顔を見せた。


「自分の目で確かめてみろよ」


 その一言が、戦いの嚆矢となった。

 雪也が火炎を放ちながら、梵の方に飛びかかる。炎により周囲の雪が一瞬にして融解し、蒸発した。白いドラゴンはそのままマウントポジションとなり、梵の顔を鉤爪で押さえつける。

 梵はしめたとばかりに、口内を青白く光らせ始める。白竜は今、目の前にいる。この距離でレーザーを放てば、一瞬で決着はつくはずだ。

 だが、戦いはそこで中断された。


「それまでだ」


 巨大な影が、突如として梵と雪也の頭上を覆い隠す。2人は同時に、影の主の方に意識を向けた。


「ナガシロセツヤ……貴様に会うのは二度目だな」


 雪也はすぐさま身体を起こすと、凄まじい形相で黒竜を睨みつけた。まるで天敵を前にした猫のようだ。数時間前完膚なきまでに叩きのめされたことが、少なからずトラウマになっていたのだ。


「くっ……テメェか!!」

「そう身構えるな。今ここで殺すつもりはない」

「じゃあ何の用だ……!?」


 イーラは両翼を羽ばたかせながら、ケタケタと笑い始める。


「ソヨギの母のことは知っているか?」

「……どういうことだ?」

「やはり聞いていないのだな」


 その瞬間、梵は全てを察した。イーラが何を言わんとしているのかも、解った気がした。


「待てイーラ、どういうつもりだ!?」

「真実というのは、遅かれ早かれ向き合わねばならぬもの……それがどんなに残酷でもな」

「おい、何の話だ!!? ソヨの母ちゃんは、親父に殺されたって……」


 イーラはゆっくりと、首を横に振る。


「違う。ソヨギの母を殺めたのは、暴走したお前自身だ。当時赤子であったソヨギの眼前で、その胴を食い千切った」

「は……? 嘘つけ! デタラメ言うな!!」

「デタラメかどうかは、お前自身の記憶に尋ねてみろ」


 白竜は信じられないという風に、2歩3歩と後ずさっていく。やがて苦痛の表情を浮かべながら、両翼で自らの頭を押さえ始めた。


「イーラ!! 一体何を考えてるんだ!!?」


 梵は激怒し、黒竜に吠え掛かる。


「交渉は決裂しただろう? 手間を省いてやっただけだ」

「そういう問題じゃない! 手を出すなと最初に言ったはずだ!!」

「出したのは手ではなく口だ」

「屁理屈を言うな!!」


 その間も雪也は歯軋りをし、幾度となく呻き声を上げている。そして30秒ほど経った頃、消え入りそうな声で呟き始めた。


「なぁソヨ……俺が……俺がお前の母ちゃんを……殺したのか……?」


 梵は何も答えることができなかった。たとえそれが事実であっても、決して知られたくない……知って欲しくないことだった。

 白いドラゴンが少年の姿へと戻っていく。いつも快活な笑みが浮かんでいた顔も、今は見る影もなく打ちのめされてしまっていた。

 

「ソヨ……ごめんな……本当にごめんな……」


 彼にどんな言葉をかけていいか分からない。梵はただ、沈黙を守ることしかできなかった。

 突如として山全体から、地鳴りに似た轟音が響き渡る。同時に山峰を覆っていた雪が、生き物の腹のように胎動し始めた。ブリードをはじめとしたドラゴン達も戸惑いを見せる。


「何だ? 地震か?」

「違う。雪崩だ」


 先程の戦闘で、氷雪が溶かされたことが要因だろう。深雪に無数の亀裂が入り、それらが一挙に滑り落ちていく。それはバッファローの大群が、斜面を駆け下りているようだった。

 梵を含むドラゴン達は、即座に上空へと退避する。しかし雪也だけは人間の姿のまま、白い津波の中に飲み込まれていった。

 ドラゴン達は、地上へと突進する自然の猛威をじっと眺める。


「……奴は死んだか?」


 イーラの問いにも、梵は沈黙を貫いた。

 雪崩は既に、雲海の底へと消え去っている。


「どうした?」

「何でもない」


 そう答えた梵の語気は、普段よりも強かった。


「地上へ降りて奴の生死を確認するか?」

「この始末は俺がつける。お前らは先に行け」

「しかしだな……」

「いいから早く行け!」


 イーラは渋々、雲の彼方へと去っていく。他のドラゴン達も、次々にそれに追随していった。

 やがて、梵は独りになった。嵐が過ぎ去った山脈には、寒々しい風だけが吹き抜けている。

 青竜はしばし眼下の雲海を見つめると、小さく舌打ちをした。


 ――――ああ、クソッ。


 無性に苛立ちが湧き上がってくる。それが誰に向けたものなのかは、梵自身にも判らなかった。

 青竜は翼を折り畳み、地上へと降下していく。


 ――――そうだ。俺は俺のしたいことをする。イーラの意思など汲んでやる必要はない。雪也との決着は……俺の望む形でつけてやる。

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