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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
最終章 神竜黙示録
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第12話 鉢合わせ

長野県 木曽山脈上空


 日本アルプスと呼ばれる巨大な山々が、地平の向こうにまで連なっている。山峰は既に雪が積もり始めており、白い結晶が上空まで舞い散っていた。見ているだけで、体の芯が凍えてしまいそうな光景だ。

 山脈の頂のさらに上を、数百ものドラゴンの群れが飛び抜けていく。その先頭には、3体のドラゴンが並んで飛行していた。


「で、何だってイーラにあんなこと頼んだんだ?」


 銀色の外皮を持つドラゴン……ブリードが、おどけた調子で梵に尋ねる。


「そ、それは……」


 梵はそれに答えることなく、こうべを垂れて口ごもった。


「そういう詮索はするなと言ったろ、ブリード」


 漆黒の鱗を持った、最も巨大なドラゴン……イーラが、すかさず窘める。ブリードは心底不服そうに顔をしかめた。


「何だよ。ただの話のきっかけだろ」

「過去や特殊な事情に繋がるような質問は無闇にするな」

「そんなに複雑な事情があるのか? ソヨギ」

「貴様……我の話を聞いていたのか?」


 これ以上黙っていても、余計にややこしいことになってしまう。梵はそう思った。


「いや、別に大したことじゃないよ」


 そう言って、適当にはぐらかそうとする。だがそれが、逆にブリードの好奇心を刺激してしまったようだった。


「あ、もしかして故郷とか!?」


 どこか子供っぽさを感じさせる朗らかな口調で、ブリードが聞いてくる。

 梵はすっかり戸惑ってしまった。ドラゴンというのは、もっと超然とした生物であると想像していたからだ。イーラといいブリードといい、明確な感情を持っていることに驚きを隠せない。


「いいや……故郷はもう無い。1年前に焼き尽くされた」

「そ、そっか……」


 今度は気まずそうに視線を落とすブリード。全身で豊かに喜怒哀楽を表現する姿は、ある種のユーモアさえ孕んでいた。


「だから忠告したのだ。愚か者め」

「あぁ……」


 追い討ちの如くイーラに咎められ、ブリードはすっかり消沈してしまう。

 イーラとブリードの関係性も奇妙なものだった。王と従者などといった間柄には全く当てはまらない。親子、もしくは兄弟といった雰囲気に見えた。もっともドラゴンは全てイーラの血によって生み出されたので、あながち間違いでもないのだろうが。


「ソヨギ……ごめんな」

「気に病むなよ。元々あの街に思い入れなんて無かったし」


 それを聞いた途端、ブリードの表情はみるみるうちに晴れていった。まるで百面相だなと、梵は内心笑う。


「そうだ、俺の能力見せてやるよ! 面白いぞ!」


 楽しげにそう言って加速し、ブリードは梵たちの前に躍り出る。イーラは半ば呆れたような視線を送っていた。


「見てろよ」


 梵は瞬きをするのも忘れ、ブリードの一挙一動に注目する。その"能力"は、すぐに披露された。

 ブリードの身体が、一瞬にして消滅したのだ。


「えっ!?」


 梵は当惑のままに、辺りをキョロキョロと見回す。しかし、さっきまで側を飛んでいたはずの銀竜はどこにもいなかった。あたかも幽霊のように、気配が完全に消え去ってしまっている。


「どうだ? 気に入ってくれたか?」


 どこからか子供っぽい朗らかな声がする。だが依然として、声の主はどこにも見えない。

 不意に、梵の頭上を巨大な影が覆った。一体何事かと思い、梵は反射的に天を仰ぐ。


「なっ……?」


 思わず言葉を失ってしまう。

 頭上にあったのは、先程消えたはずの銀竜の姿だった。接近してくる気配などまるでなく、虚無から突然現れたように見えた。ブリードはちょうど梵と重なるように飛行しながら、いたずらっぽい笑みを浮かべている。


「どうだ? 凄いだろう?」

「ど……どういうことなんだ?」

「擬態能力ってやつだ。周りの景色と自由に同化できるの」

「へ、へぇ……」


 要するに、ブリードはカメレオンのような能力の持ち主らしい。


「こっそり相手の背後に回ってさ、この鉤爪で突き刺してやるんだ」


 両翼の鉤爪を自慢げに動かしながら、雄弁にそう語る。確かに、ブリードの爪は他のドラゴンよりも長く、鋭利だった。まるで鎌を思わせる形状だ。

 梵は深夜に放送されていた古い映画を思い出す。タイトルこそ忘れたが、熱帯の密林で、軍隊が光学迷彩を持った宇宙人に襲われるという内容だった。兵士たちが1人ずつ、姿の見えない敵に残虐に狩られていく様は、よく印象に残っている。

 おそらくブリードも、その宇宙人の如く獲物に忍び寄り、鋭い鉤爪で体を串刺しにするのだろう。


「だがその能力……役に立った試しあるか?」


 そこで、黒竜が意地悪く茶々を入れた。ブリードは途端にムッとした顔つきになる。


「何言ってる。色々立ってるだろ」

「そうだな。せいぜい宴の催しで喜ばれる程度だが」

「馬鹿言いやがれ。それ以外にも……」

「天敵もいなければ、獲物を取り逃がすこともない。ドラゴンに擬態能力など必要ないだろう」

「てめェ……」


 銀竜はすっかり不貞腐れて黙り込んでしまう。イーラはそれを気にするでもなく、梵の方に興味を向けた。


「ところでソヨギ、あの片割れの白いドラゴン……奴とは知り合って長いのか?」

「雪也か? いいや、長くはないな。せいぜい1年半程度だ」

「友人だったのか?」

「……わからない。最初はそうだと思ってたけど、あっちはどう思ってたのやら」


 梵はどこか物悲しげに話す。


「ほう、何故信じられなくなった?」

「本当の友達がいたんだ。昔から付き合ってるらしい仲間たちが。俺といる時より……ずっと楽しそうだった」

「人間などそんなものさ。大切な誰かを守るためなら、平然と他者を切り捨てる。切り捨てられた者の苦悩など、まるで御構い無しにな」

「ドラゴンは違うとでも?」

「ああ、当然だ」


 イーラの声は自信に満ちていた。自分が長を務める種族が、人間ごとき愚物と比較できるわけないだろう……とでも言いたげだ。

 ふと、イーラの意識が前方に向いた。梵もつられて前を見るが、暗灰色の雲が立ち込めている以外は何もない。それでもイーラはただ、虚空を睨み続けている。


「イーラ、どうしたんだ? 何も見えないぞ」

「我には見える」


 ブリードをはじめとした他のドラゴンたちも、見えない何かに対して次々に身構える。周囲の空気が一瞬にして張りつめていくような気がした。


「一体何がいるんだ?」

「我らと同じ存在だ……だが仲間じゃない」









同県 赤石山脈上空


 雪也は持てる限りのスピードで、中見原町へと向かっていた。あそこには家族がいて、大勢の友人がいて、仲間たちと刻んだ思い出がある。雪也にとって掛け替えのない故郷だ。

 だがそれが今、ドラゴン達によって根こそぎ焼き尽くされそうとしている。いいや、もう焼き尽くされてしまったかもしれない。もしかしたら、祖父や祖母も既に……。


 ――――そんなはずない。そんなことあるもんか!!


 町はまだ無事だ。祖父母もまだ、生きて助けを待ってる。雪也は自分にそう言い聞かせ続けた。そうでもしなければ、自分を失ってしまいそうだった。

 空は分厚い雲に覆われているため、地上の様子は見えない。しかし、雲のあちこちがオレンジ色に輝いているのは分かった。地上で燃え盛る炎が、その紅蓮の輝きを上空まで届けているのだ。風に混じって、魚の焼けるような匂いも鼻を突く。


「じいちゃん……ばあちゃん……頼むから生きててくれよ……!」


 喉を強張らせながら、誰に対してでもなく懇願し続ける。

 ふと、嫌な感覚が電撃の如く全身を駆け巡った。雪也は咄嗟に、白い巨体を山脈に着地させる。


 ――――何だ? 何かが近くにいる。


 白いドラゴンは這いつくばって、降り積もった雪の中に身を隠した。いつでも戦えるように、呼吸を整える。寒さで吐息が白く濁った。

 黒い影が、灰色の雲の中を泳いでいる。それと1つや2つではない。数十、数百……それ以上かもしれない。影は徐々に、雪也のいる山脈の方へと迫ってくる。

 一対の巨大な翼が暗雲を切り裂く。真っ先に現れたのは、漆黒を纏った巨大なドラゴンだった。恐怖の権化のようなその姿に、無意識に体が震えてしまう。


 ――――こ、こいつは……!?


 雪也は黒竜に見覚えがあった。七潮島で戦った、あのドラゴンだ。その圧倒的な強さも、戦慄の記憶として脳裏に焼き付いている。

 随伴するドラゴン達も、次々に雲から飛び出してくる。上空はあっという間に、数百のドラゴンにより支配されてしまった。

 黒竜がその視線をこちらに向けてくる。気付かれている……そう察するのに時間は要さなかった。


 ――――まずい……逃げないと!


 意思が体に命令する。しかし体は凍りついたように動かない。

 黒竜の口が赤く輝き始める。他のドラゴン達も、口内に炎を纏わせる。射線の先にいるのは、無論雪也だ。

 全てがスローモーションに見えた。雪也はきつく目を閉じ、歯を食いしばり、来たるべき最期の瞬間に備えて身を縮こませた。

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