表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
最終章 神竜黙示録
94/126

第10話 創造主

旧横浜市 D-スレイヤー基地


 美咲への電話を終え、ブリーフィングルームへと戻った式条は、腕を組みながら大型モニターを睨んでいた。

 モニターには世界地図が表示されており、そのところどころが赤く点滅している。ドラゴンによる攻撃に見舞われた地点を表すマークだ。


「状況はどうなってる?」


 式条が抑えた声で尋ねると、軍人の1人が答えた。


「まさしく悪夢です。アメリカ東海岸に加えて、今度は地中海沿岸の複数の国が侵攻されました。また南シナ海上空でも、多数の飛翔生物が目撃されたとの報告が……」

「敵も手当たり次第に攻撃を仕掛けてるわけではなさそうだな」

「はい……どうやら奴らは大国を同時に侵攻し、こちら側の防衛体制を崩壊させるつもりのようです」


 室内には他にも数人の軍人がいたが、いずれも言葉を失っていた。想像を遥かに超える規模の事態に、誰もが推移を見守ることしか出来ない。

 すると突然、地図上の赤い点滅が一気に増えた。警報音が何重にも鳴り響き、聞く者に本能的な恐怖を抱かせる。


「これは何だ……?」

「また、別の地点で襲撃があったようです……」


 点滅箇所はそれぞれインド洋沿岸の国々、南米各地、そして北極海に近いロシア北部だった。

 思わず目を背けたくなる現状だった。式条は険しい顔をしながら、黙ってモニターを見つめる。美咲を基地に呼んでおいたのは、どうやら正解だったようだ。


「政府はなんて言ってる?」

「現在対応を協議しているそうです」

「何を今更……」

「攻撃の規模が想定外だったために、既存の対応マニュアルがまるで役に立たないらしく……」

「全く……いつもこれだ」


 式条は悪態を吐く。

 指揮命令系統が機能していなくては、出動することもできない。こういう時こそ的確な統率が要求されるというのに、これでは国民を見捨てるも同然ではないか。行動の遅れがどれだけの犠牲を生むかを、政府の連中は理解していないのか。

 なにせ、相手はドラゴンなのだ。想定外も想定の内だったはずだ。どうやら連中は、過去の襲撃の経験から何も学んでいないらしい。


「大佐、報道機関が速報を伝えました!」


 式条が指示を出さぬうちに、モニターにニュース映像が映される。画面ではキャスターが、目を泳がせながら原稿を読み上げていた。


『えー……国民保護情報をお伝えします。たった今、Em-Net(エムネット )を通じて政府より、Jアラート・大規模攻撃情報が発表されました。対象地域は、愛知県・静岡県・三重県・和歌山県・奈良県です。既に攻撃があったと思われる地域も……』


 何人かの軍人が、携帯を手に足早に部屋を後にする。おそらく、家族や友人に連絡を取ろうとしているのだろう。式条もそれを咎めることはせず、黙って彼らを見送った。

 再びモニターを凝視する。これからどれほど被害が拡大するのか、どれだけの犠牲が出るのか、想像もつかない。そしてその犠牲の中には、自分も含まれるかもしれない……式条は薄々そんなことを感じ取っていた。








愛知県名古屋市


 地平の彼方に至るまで、何百という黒煙が上がっている。さっきまで絶え間なく聞こえていた悲鳴も、徐々にその数を減らしていた。

 イーラの一撃で市街地が炎の湖と化した後、通常のドラゴン達が郊外の家々を襲った。通常といっても、その破壊力は侮れるものではない。閑静な住宅街は、住民の生活もろとも瞬く間に灰と化してしまった。

 無論、都市の1つや2つでドラゴンの破壊衝動が満たされるはずがない。新たな獲物を求め、街の外へ去った個体も少なくなかった。


「じゃあ、分からないことがあったら何でも俺に聞けよ」


 ブリードはそれだけ告げると、数体のドラゴンとともにどこかの空へ飛んでいった。その影を見送った後、梵もまた黒竜のもとへと向かう。

 イーラはビルの屋上に鎮座し、何やら物思いに耽っていた。おおよそ、破壊の神には似つかわしくない恰好だ。王というからにはもっと傲慢な態度を想像していたので、梵にはそこが意外だった。


「イーラ」

「……ん? ああ、お前か」


 イーラはやや気だるそうに、その首を持ち上げる。


「ちょっと聞きたいことがあって」

「なんだ?」


 梵は翼を折りたたんで、手近な建物に着地する。この辺りは街の中心部からは外れていたので、無事な建物も比較的多かった。


「結局、ドラゴンって地球の生物じゃないのか?」

「ノーでありイエスだ。我以外のドラゴンは、地球の生物が変異して誕生したものだ。我が血の力を使ってな」


 梵はかつて天人から聞いた話を思い出す。

 イーラの血に適合した人間は、ドラゴンの力を手に入れられる……それはきっと、他の生物にも当てはまるのだろう。

 だが、適性は数千万分の1の確率だ。人間以外の生物については分からないが。きっとイーラは数億年の歳月をかけて、自らの血に適合する遺伝子を見つけ出し、少しずつ同族の数を増やしていったのだ。


「我が種族は栄華を極めた。全盛期には数億体ものドラゴンが、この星の空を支配していた。我らは究極にして永遠の存在……そのはずだった」

「でも、ドラゴンは絶滅した」

「ああ……」


 イーラは僅かに目を細める。

 ドラゴンが歴史から消えた時期については、梵にもいくらか知識があった。

 2億5000万年前、ペルム紀と呼ばれた時代の末期の出来事だ。この時代、地球史上最大の大量絶滅が起こった。当時生息していた生物のうち実に95%が、一気に死に絶えたのだ。

 だがその原因については、今日に至るまで判明していなかった。一説には火山噴火とも温室効果ガスとも言われているが、いずれも仮説の域を出ていない。ドラゴンとの関連が取り沙汰されるようになったのも、ごくごく最近のことだった。

 この黒竜は、過去に起こった惨劇の全てを記憶に刻んでいるのだろう。それならば、その全てを聞いておきたかった。


「まずは、我の出自から話さねばな。我は元々、この世界の存在ではない。別の次元からやって来たのだ」

「さっき言ってた、高次元がどうのって話か?」

「そうだ」


 高次元生命体……ドラゴンを創造し、絶滅させようとした謎の神……。


「お前らの創造主って、どんな奴だったんだ?」


 そう質問した途端、イーラの顔に激しい憎悪が浮かんだ。


「奴の名は"レイロス"。生命をも創造する力を持った、神の如き存在。奴は己こそが自然秩序の守護者であると信じ、自らの複製体をこの世界に放った。宇宙において、生命体を有する星の1つ……地球へとな」

「その複製体っていうのがお前なのか?」

「そうだ。レイロスは我に地球の統治を命じた。我はその命に従い、地球の生物たちに我が血を与え続けた。結果多くの生物が、知性と永遠の命を有するに至ったのだ。だが、レイロスは我らを滅ぼしにかかった……!!」


 イーラは語気を強める。尻尾を激しく振り乱したせいで、そばにあった貯水タンクが吹き飛ばされてしまう。


「落ち着けよ。レイロスは何故そんなことを?」

「奴の狂った思考など知るか。……だが、"自然の摂理を保つため"などとほざいていたかな。ともかく、そのせいで我は同胞の大半を喪った」

「大量絶滅もそれが原因か?」

「長きにわたる戦いで大地は焼き尽くされ、撒き散らされたドラゴンの血により海洋も汚染された。通常の生物にとって、我らの血は毒でしかないからな。当然海洋生物も壊滅し、地球は瞬く間に死の星となった。これが全ての真相だ」


 イーラは先ほどとは打って変わり、淡々と語った。

 一応、これで長年の謎は解決したわけだ。と言っても、また新しい謎が生まれただけであるが。

 レイロス……高次元生命体。ドラゴンにとっての神。そんなものが、世界のどこかには存在しているのだ。ドラゴンの人智を超えた力も、源流はレイロスなのだろう。


「それで、レイロスはどうなったんだ?」

「さあな。奴も深傷を負ったはずだから、とっくに死んでいるかも知れん。それに越したことは無いのだがな」

「もし生きてたら?」

「次こそ息の根を止めてやるさ。そして再びドラゴンを繁栄させ、新たな帝国を築き上げる。それが散った同胞への弔いであり、レイロスへの復讐となるのだ」


 赤い瞳の中には、なおも怒りの炎が燃え盛っていた。

 そこまで話してみて、ようやくイーラの内面が垣間見えた気がした。生みの親であるレイロスに裏切られたことで、イーラは深く傷ついたのだ。その痛みは憎悪へと変わり、やがて世界を焼き尽くすまでに至った。

 梵にも、イーラの心情はよく理解できた。イーラにとってのレイロスは、自分にとっての天人なのだろう。実親に殺されかけるというのは、自らの存在意義を否定されるも同然だ。その絶望と怒りは、生涯決して癒えることはない。


「ロクでもない親を持つと苦労するな」


 梵が共感を込めて言うと、イーラも微かに笑った。


「ああ、お互いにな」


 悪魔や漆黒の王と呼ばれていようと、その深層は人間と同じなのだ。大きな苦痛に直面し続ければ、いつか心は闇に染まってしまう。何かを憎まずにはいられなくなるのだ。

 イーラは自分とよく似ている……そう分かると、なんだか安心できた。


「お前、何か望みはないか? 聞いてやるぞ」


 去り際、イーラにそう尋ねられた。

 望み……と言われても、すぐには思いつかなかった。何せこの状況になってから2時間足らずしか経っていないし、今後のことについても全くの白紙だ。そもそも、自分がどうしたいのかすらも分からない。

 だが、1つだけ望みがあるとすれば……。


「じゃあ……」


 梵は静かに言葉を紡いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ