表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
最終章 神竜黙示録
92/126

第8話 殉教

アメリカ合衆国ワシントンD.C. 国防総省


 国防長官は、足早に廊下を歩きながら報告書に目を通していた。廊下は既に多くの人でごった返し、職員達が慌ただしく駆け回っている。


「どういうことだ? 日本で戦術核級の爆発だと?」


 国防長官は側近の軍人に尋ねる。


「日本政府からつい先程入った情報なので、詳細は不明です。しかし日本がドラゴンの襲撃を受けたのは間違いないかと」

「大西洋に出現した群れは?」

北米防空宇宙司令部(NORAD)からの報告では、群れは3方向に分散。それぞれニューヨーク、フィラデルフィア、そしてここワシントンD.C.に向かっています」

「大統領はどちらに?」

「今しがたマリーンワンでホワイトハウスから退避されました」


 国防長官は苦々しげに親指を噛んだ。首都空襲という最悪事態を目前に、身体中の神経が張り詰める。


「統合参謀本部に通達。現時刻をもってデフコン1を発令。全軍に臨戦態勢を取らせろ」

「了解」

「緊急回線を通じて、サーガ機関とも情報を共有するんだ。急げ!」









ネバダ州 グルーム・レイク空軍基地 サーガ機関秘密研究施設


 施設内の会議室には、緊急招集された上級職員達が一堂に会していた。室内のいくつかのモニターには他支部の会議室も写されており、リアルタイムでの情報共有が行われている。


「何だこれは……」


 大型スクリーンに表示された画像に、組織のメンバー達は一様に息を飲む。

 それは、1体のドラゴンを捉えた画像だった。どこかのビルの定点カメラから撮影されたらしい。画質が粗く不鮮明だが、ドラゴンは全身が赤く発光しているように見える。詳細はサーガ機関も掴んでいなかったが、一つ確かなのは、これが撮られた直後に大都市が跡形もなく壊滅したということだ。


「竜だ……黙示録の……赤き竜……」


 誰かが畏怖を込めてそう呟く。このドラゴンが他の個体とは違う只ならぬ存在であることは、全員が本能的に感じ取っていた。

 不意に、会議室の自動扉が開かれる。入ってきたのは数人の戦闘員と、彼らに連行される1人の青年だった。


「グアンタナモから長門圭介(ながと けいすけ)を移送してまいりました!」


 戦闘員の1人がそう報告する。

 長門は覚束ない足取りのまま、戦闘員たちの前に蹴り出される。後ろ手に拘束されており、顔は20代とは思えぬほどに酷くやつれていた。長い間苛烈な尋問に晒されたことによる後遺症だ。

 戦闘員の手には、透明なタブレット端末が握られていた。長門の頚椎には極小の爆弾が埋め込まれており、タブレットからいつでも起爆できる仕組みだ。

 会議の議長を務める黒人の男……アーノルド・フィリップスは、長門の前に仁王立ちする。


「長門圭介……元メサイアの構成員にして海成天人の腹心だった男。間違いないな?」

「ははは……その程度のことも……質問しなきゃ分からないのか?」


 長門は精一杯の虚勢を張るが、その口調にすら疲弊がにじみ出ていた。対してフィリップスは眉ひとつ動かさず、ただ青年を見下ろしている。


「あれを見ろ……あいつは何だ? 奴がイーラなのか!?」


 フィリップスはスクリーンの方を指差す。しかし、長門が視線を移すことはなかった。


「イーラ……奴について知ってる者は、メサイア内でも殆どいなかった……。ただ、言い伝えがあっただけ……」

「どんな言い伝えだ?」

「世界を破壊し、創造する力を持った漆黒の王……。紅の光をもって……全ての命を焼き尽くす絶望の象徴……」

「フン……」


 その時、唐突にスクリーンの映像が切り替わった。

 会議室のあちこちから動揺の声が上がる。新たな映像には、灼熱地獄のように燃え上がる大都市の様子が映し出されていた。爆心地と思しき位置から数kmは残骸すら残っておらず、オレンジ色の湖のようになってしまっている。


「……これは何だ?」

「ドローンによる空撮映像です。たった今、日本の国防軍から提供されました」

「どうなってる? まるで隕石でも落ちたようだ」

「現在全力を挙げて調査していますが、いかんせん情報が錯綜していて……」

「ハハハハハハハハハハハ!!」


 突然、会議室に高笑いが響き渡った。その狂気を孕んだ声に、誰もが顔をひきつらせる。


「これが……これが王の力なのか!! オウルやウォレスが求めていたのは、これだったのか!!! 奴らが盲信するのも無理はない!!」


 声の主は長門だった。奇声と呼んで差し支えないほどの笑いは、先ほどまで憔悴していた青年のものとは思えない。

 周囲の戦闘員たちはライフルを突きつけ、長門を黙らせようとする。


「貴様! 脳みそを吹き飛ばされたいか!?」

「俺を殺すのか? フフフ……やればいいさ。どうせみんな死ぬんだからな」

「戯言を……!」

「俺は何度も教えたはずだ。何度も警告したはずだ! 人間の力ではイーラに勝てないと! 天人様もそれを解っていた……だから我々はD.G.ウィルスを作り、全人類に究極の力を与えようとしたのだ! この日が来るのを知っていたから!! お前らは世界を守ったつもりか? 悪しき征服者から人類を救ったつもりか!? めでたいなぁ……きっとお前らは、全てを失うその瞬間まで気付かないのだろう。見るがいいさ……下らない正義感が招いた、破滅の未来を。聞くがいい……幾千もの断末魔を。そして地獄で悔やみ続けろ。己の犯した数多の罪を、ナイフで全身に刻み込め!!」

「……これ以上は時間の無駄だな」


 フィリップス議長は戦闘員に向け、目で合図を出す。"こいつを処刑しろ"という指示だ。戦闘員はタブレットを操作し、爆弾を起爆しようとする。

 長門はその僅かな隙を突いた。周囲の人間がそれに気付く頃には、時すでに遅かった。青年の体が、一瞬のうちにドラゴニュートへと変貌したのだ。


「うわっ!?」


 衝撃波で戦闘員達が吹き飛ばされる。会議室は瞬く間にパニックに陥った。


「クソッ!!」


 隊員達はどうにか態勢を立て直し、茶色い怪物にライフルを向ける。

 だが彼らはそこで、恐ろしい事実に気がついた。起爆用のタブレットが、ドラゴニュートの手に握られていたのだ。


「し、しまった……」

「所詮お前らはこの程度なんだ。慢心しているうちに手遅れになる」


 長門は人間の姿に戻り、手に持っていた拳銃を構える。これも、タブレットと共に戦闘員から拝借したものだ。銃口の先には、フィリップス議長がいた。


「貴様! 今すぐ銃を捨てろ!!」


 隊員達はライフルの照準を向けるが、議長が人質状態のために引き金を引くことができない。互いに膠着状態となり、極限の緊張が会議室を支配する。


「私に構うな……このクソッタレを蜂の巣にしてやれ!」

「し、しかし……」


 フィリップスと戦闘員の悲痛なやりとりを見ながら、長門はケタケタと笑う。まるで喜劇でも楽しんでいるかのように。


「芝居じみた掛け合いは終わりか? お二人さん」


 長門はタブレットを床に落とすと、粉々になるまでそれを踏みつけた。液晶の破片や部品の一部が、床に飛び散る。


「馬鹿め……それを破壊したところで、施設の外へ出ればどの道爆弾は起爆するぞ。迂闊だったな」


 戦闘員が挑発的な口ぶりで言うが、長門の表情は崩れない。


「安心しろ。ここから出るつもりは毛頭ない」

「ならば何だ? 冷やかしのつもりか?」

「それもあるが……まぁ、地球上の生命は数週間のうちにイーラによって抹殺されるだろう。だから一足先に、この世からお暇するのも悪くないと思ってな」

「何……!?」


 長門はおもむろに拳銃を下ろす。そして、恍惚の如き笑みをその顔に浮かべた。


「讃えよ……漆黒の王を!」


 それだけ言い残し、銃口を自らの口に咥える。


「待て!!」


 乾いた破裂音が会議室に響く。鮮血と脳髄が、白い床を真紅に染めた。

 かつて長門だった体が、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちていく。壮絶な光景に、誰もが言葉を失ってしまう。


「……死亡を確認しろ」


 フィリップスが命じると、戦闘員達が遺体を仰向けに倒した。魂が失われた顔には、なおも邪悪な笑みが灯っている。それは己の死を……そして人類という種の終焉を、心から愉しんでいるかのようであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ