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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
最終章 神竜黙示録
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第7話 漆黒の王

防衛省 中央指揮所


『どういうことでしょう!? 小笠原諸島より南西93km地点の海域に、巨大な機影が出現!』

『我が国へ向かっているようです!』

『アンノウンの正体は不明。敵性勢力の可能性もあり』


 指揮所内に怒号が飛び交う。わずか数十分の間に異常事態が立て続けに起こり、職員はパニックに陥っている。

 木原もオペレーター達の背後を駆け回り、どうにか状況を把握しようとしていた。


「これは何だ? 直径数kmはあるぞ」


 木原がレーダーに表示された機影を指して、オペレーターに聞く。


「おそらく、何かが編隊を組んでいるものと推測されます」

「まさか、ドラゴンの群れか……?」

「可能性は否定できません」


 オペレーターの口調は平坦だったが、その奥には隠し切れぬ緊張が見て取れた。

 七潮島で謎のエネルギー波が観測された直後、2つの小さな機影が島から太平洋へ飛び立った。機影は間もなくレーダーから消失したが、その十数分後には件の巨大な影が現れた。

 島を調査したD-スレイヤー部隊の報告から、イーラが出現したことはほぼ確実だ。巨大な影はドラゴンの群れであり、イーラは太平洋上で同族の群れと合流した……そう考えるのが自然だろう。

 それはつまり、最悪の事態の発生を意味している。

 木原は焦燥のままに受話器を取ると、上官である吉村(よしむら)陸軍幕僚長に連絡を入れた。


『もしもし、木原か?』

「陸幕長、コード・ブラックです」

『……遂に来たか。お前はそこに留まって指揮を取れ。統合幕僚長に報告した後、私も急行する』

「了解」


 コード・ブラックとは、国防軍内で現在使用されている暗号である。ドラゴンによる重大な危機が迫った場合にのみ発せられる、緊急メッセージだ。

 木原は思い詰めた表情で受話器を戻す。


「日本領空に侵入するまでの時間は?」

「およそ20分です」

「全ての基地及び駐屯地に臨戦態勢を取らせろ。海軍の艦艇を直ちに太平洋側へ集結。これは……戦争だ」








愛知県名古屋市上空


 人々が空を見上げている。道行くサラリーマンも、主婦も観光客も、全ての人間が頭上の異様な光景に釘付けになっていた。

 大空を埋め尽くす、悪魔のような生物達。天より射す太陽の光により、シルエットが黒く象られている。その数は優に1000を超えていた。

 人々はそれに本能的な恐怖を感じた。だが、逃げ出す者はごく少数だった。誰もが眼前の光景に圧倒され、動くことができなかったのだ。或いは、逃げても無駄であることを悟っていたか。


「人間よ、お前達に恨みはない。だが、我が種族の永遠(とわ)なる繁華の為……お前達には犠牲となってもらう」


 イーラはそう呟くと、口元を赤く発光させ始めた。

 これが何なのか、梵は既に知っている。雪也を一撃で行動不能に追い込んだ、あのレーザーのような技だ。挨拶がてら、ビルの一つでも爆破するつもりなのだろう……そう思っていた。

 だが、イーラはいつまで経ってもレーザーを放たない。その間もエネルギーは充填され続け、遂には両目や、鱗の間からも光が漏れ始める。元の体色が判別できなくなる程に発光すると、やがて小さな稲妻まで起こり始めた。


 ――――こいつ、マジか。


 冗談ではない。何をする気かは知らないが、近くにいたら確実に巻き込まれてしまう。梵は慌てて、イーラから距離をとった。

 黒竜の体は眩しいほどの光に包まれ、元のシルエットすら分からなくなっている。そして充填から数十秒が経った時、それは起こった。

 赤いエネルギーは全身からイーラの口内に収束し、一気に握りこぶし大にまで圧縮される。1拍子置いて、エネルギーは槍へと変わった。

 光が極太のレーザーとなり、名古屋市のビル街に発射されたのだ。あまりに絶大なパワーのためか、横にいただけの梵にも高熱が届く。直後に凄まじい閃光と、火山が噴火したような轟音が起こった。


「うわぁっ!!?」


 衝撃波により思うように滞空できず、梵はバランスを崩してしまう。他のドラゴン達も突風に流され、次々にコントロールを失っていった。

 その場に留まることすら危うい状況の中で、梵はどうにか街の様子を見る。


 ――――な、何だこれは……?


 思わず自分の目を疑う。

 ビル群が……都市が、数kmに渡って真一文字に切り裂かれていた。光線が直撃した場所は溶岩のような灼熱地獄と化し、瓦礫すらも残されていない。

 だが、本当に恐ろしいのはその後だった。直撃地点から周囲に向かって、強烈な衝撃波と熱風が津波のように押し寄せたのだ。まず道路という道路が炎の川へと変わり、次に周りの建物が熱風で吹き飛んだ。それが市街地全域まで広がっていく。

 さっきまで地上にいた大勢の人々の姿は、もう見えなくなっていた。きっと、骨の髄まで焼け焦げてしまったのだろう。

 上空数千mまで、キノコ雲が立ち上る。この数秒の間に何万人の人間が犠牲になったのか、見当もつかなかった。


「お前達を弔おう、人間よ。苦痛は与えない。この天へと続く炎の階段を登り……光に還るがいい」


 焼き尽くされた街を見下ろし、ドラゴン達が勝利の咆哮を上げる。

 だが梵だけは、廃墟を覆う紅蓮を真剣な眼差しで見つめていた。


「どうしたソヨギ? 流石に刺激が強すぎたか?」


 銀色のドラゴン……ブリードがそう話しかけてくる。


「いいや……」


 青竜は小さく首を横に振る。

 頭の中では、今さっき見た光景がリフレインしていた。あの、大都市を一撃で吹き飛ばした力。あれこそが、ドラゴンの真の力なのだろうか。雪也と戦った時はきっと、全力の数%程度しか出していなかったのだろう。

 何の比喩でもなく、本当に人類を滅ぼしてしまえそうだった。そして王の力は、自分の中にも流れている。その事実に、梵は高揚せずにはいられなかった。


「……最高だ」


 青いドラゴンの顔には、数日前の彼からは想像もできない、狂気的で邪悪な笑みが宿っていた。








東京都千代田区 首相官邸地下 危機管理センター会議室


「総理、入室されました!」


 誰かが声を上げると、着席していた大臣達が一斉に起立した。

 重松首相は手でそれを制し、"座ってくれ"という合図を出す。切迫した事態においては、形式じみたことはなるべく排除したかった。


「早速だが武藤(むとう)防衛大臣、状況を説明してくれるか?」


 重松は椅子に腰掛けつつ、威厳ある声で尋ねる。


「はい。つい15分ほど前のことです。レーダーが、太平洋上を飛行する複数のアンノウンを捉えました。数は少なく見積もっても1000以上。いずれも我が国へ接近しているとのことです」

「ドラゴンである可能性は?」

「かなり高い確率かと……。軍も既に、コード・ブラックを発令しています」


 重松首相は眉一つ動かさぬまま、小さく深呼吸をする。


「よし、では……」


 と、言いかけた瞬間だった。

 会議室のドアが乱暴に開け放たれ、軍服を着た男が勢いよく飛び込んでくる。その顔は見るからに鬼気迫っており、その場にいた大臣達が気圧されるほどであった。

 軍服の男は、廣瀬(ひろせ)統合幕僚長に何かの報告書を手渡す。直後、廣瀬の顔にも激しい当惑が浮かんだ。


「おい……一体何事だ?」


 武藤防衛相が堪らず質問をする。重松はじめ他の大臣達の視線も、廣瀬の方に注がれていた。


「えー……たった今入った報告では……」


 廣瀬はしきりに眼鏡を調節し、目を泳がせる。

 その狼狽ぶりに、他の閣僚たちも動揺を見せ始めた。


「つい数分前、名古屋市からの通信が全て途絶えました。市内にある守山駐屯地から入った最後の情報では、ドラゴンとみられる複数の飛翔生物が上空に押し寄せていた、とのことです」


 廣瀬が報告している間にも、職員たちが次々に会議室内になだれ込んでいた。彼らはそれぞれ所属する省の大臣に、何かを耳打ちする。


「……今気象庁より、名古屋市内で地震が発生したとの情報が入りました。マグニチュードは5.7」


 国土交通大臣が、たどたどしい口調で言う。


「何だ? 地震だと?」


 重松がそう尋ねると、国交相は額の汗を拭いながら続けた。


「はい……しかし、ただの地震ではありません。震源の深さが0kmなのです」

「つまりどういうことだ?」

「地震を発生させるほどの破壊エネルギーが、地表で起こったということです。さらに地震波の波形も、自然地震とは明らかに異なっています」


 重松は嫌な汗をかいた。

 自然発生以外の地震については、歴史上にもいくつか記録がある。その1つが核実験によるものだ。気象庁による報告は、核爆発で起こった人工地震のデータと酷似していた。名古屋で核爆発に類する何かが起こったと考えれば、震源が地上だったという点にも説明がつく。

 この国は今、未曾有の危機にある……そう察するのに時間は要さなかった。


「よし、直ちに各国に軍事支援を要請。国防軍の全力をもってして、これを叩く!」

「総理……それに関してなのですが、たった今NATO軍及びホワイトハウスから緊急の入電がありまして……」


 重松の言葉を遮ったのは外務大臣だった。


「数分前、大西洋上に複数の飛行物体が出現したとのことです。数は判明しているだけでも数万以上。飛行物体は分散し、現在アメリカ東海岸とヨーロッパに向かっています」

「何だと!?」

「また中国政府からの情報では、チベット高原にも複数の飛翔生物が現れたと……」

「ば、馬鹿な……」


 会議室にいた全員の顔が、一瞬のうちに青ざめていった。

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