第6話 至高の種族
『現在七潮島上空。これより懸垂降下を開始する』
その無線を合図に、兵士たちはロープを使って島へと降り始めた。
この島で謎のエネルギー波が観測されたのが十数分前。式条率いるD-スレイヤーの部隊は、調査のためにこの地へ出動していた。
滞空する4機のブラックホーク・ヘリコプターから、大勢の兵士が降りていく。全員の着地を確認した後で、指揮官である式条もロープを滑り降りた。
『大佐……これは一体……?』
兵士の1人が辺りを見回しながら、抑えた声で訊く。
「さぁな……だが悪い予感は的中のようだ」
どういうわけか、島は濃い灰色の霧に覆い隠されていた。そのせいで、兵士たちは数m先を視認することもできない。防毒マスクと赤外線スコープがなければ、島に降り立つことすらままならなかっただろう。
式条はHUDを使い、空気中の成分を確認した。防毒マスクのフィルターには検知機能が備わっており、HUDと同期することで毒素等を検出できるのだ。
結果としては、霧の正体は大量の火山ガラスだった。つまるところ火山灰だ。しかしながら二酸化硫黄やメタンガス等、噴火で発生する有害物質は確認されなかった。
「式条より本部」
『こちらHQ』
「島に火山ガスは無かった。これは自然現象ではない。別の何かだ」
『……ならばドラゴンか?』
「そこまでは不明だ」
式条は部下に、分散して調査を始めるよう命じた。
依然として数m先の視界すらなく、文字通り手探りでの探索が続く。赤外線スコープといえど、やはり視野の確保には限界があった。一歩踏み出すのすら憚られるような、極限の状態だ。
暫く経った頃、不意に無線にノイズが走った。
『……大佐、ターゲットを視認しました』
その一言で、兵士たちの雰囲気が凍りついた。式条自身も背中に嫌な汗をかいていたが、部下の手前あくまで平静を装う。
「了解だ高平、直ちにそちらへ急行する」
式条は全員に集合をかけつつ、部下である高平の元へ向かった。
程なくして現場に到着すると、高平はアサルトライフルを構えたまま立ち尽くしていた。その指先は、微かに震えている。
「高平、何を見た?」
高平はおもむろに前方を指差す。
スコープをサーマルモードに切り替えると、そこには確かに巨大な熱源があった。体長20mほどの、ツノや翼の生えた巨大な生物……それがドラゴンであることは、疑いの余地がなかった。
式条は呼吸を荒くしながら、ドラゴンへと近づいていく。火炎でも吐かれれば一巻の終わりだ。何度経験しても、この恐怖に慣れることはなかった。
だが徐々に、ドラゴンが異様な状態にあると気付いた。ドラゴンは地に伏したまま、ピクリとも動かない。加えて、外皮には曲線状に抉られたような傷跡が多数あった。明らかに、何者かに襲われた痕跡だ。
違和感を覚えた式条は、一気にドラゴンの元に走り寄る。このドラゴンは敵なんかじゃない。自分もよく見知った個体だ。こいつは……。
「雪也!」
それは確かにアルビノドラゴンだった。だが式条の叫びにも反応はなく、未だ地面に倒れ込んでいる。死んでいるのだろうか……そんな嫌な考えが、式条の頭をよぎった。
「おい、雪也! 返事をしろ! 雪也!!」
何度となく名前を呼び続ける。
すると突然、白いドラゴンは意識を取り戻し、無茶苦茶に暴れ始めた。
「グガァァァ!! クソ野郎め!! お前は俺が……」
明らかに錯乱した様子で、翼や頭部を振り乱す白竜。遂には口に火炎を纏わせ、式条の方に放とうとする。
『あ、危ない!!』
兵士たちもすぐさま危険を察知し、各々のライフルを構える。だが式条だけは銃を持たず、どうにか白竜を制止しようとしていた。
「雪也! 落ち着け!! 俺だ! 国防軍だ!!」
式条はドラゴンに負けないほどに叫び続ける。
その声が届いたのか、白いドラゴンは暴れるのをやめ、火炎を喉に引っ込めた。今はグリーンの瞳を当惑に染めながら、式条の率いる部隊をただ見下ろしている。
「雪也、落ち着いたか?」
「あれ? 式条のおっさん……?」
「ああ。ここで何があった? 何かに襲われたのか?」
「何か……そうだ、俺たちは……」
一旦は冷静さを取り戻していた雪也が、再び息を荒くする。ここでただならぬ事態が起きたことは、式条にも容易に察しがついた。
「雪也、大丈夫だ。深呼吸をしろ」
「おっさん、聞いてくれ……。あいつが……あいつが来た!!」
「おい、何を言ってる? 順序立ててしっかり話せ」
「ソヨが……連れて行かれちまった……!」
式条は鬼気迫ったような表情になる。
「ちょっと待て……梵もここにいたのか?」
「いたけど……多分あいつが連れて行った」
「雪也、あいつとは誰だ? お前たちは何と戦っていた!?」
「……イーラ」
「…………!!」
その名を聞いた部下たちが、一様にざわつく。式条もまた、他者に悟られぬように歯軋りをした。
「雪也……」
式条はゆっくりと、白いドラゴンの鱗に触れる。どうにか雪也を落ち着かせようとしているのだ。もっとも式条自身、心中穏やかではなかったのだが。
「イーラは今どこにいるんだ?」
西太平洋上空-同時刻
水平線の彼方に至るまで、大陸や島は全く見えない。ここから見えるのは、どこまでも続くダークブルーの大海原だけだった。
梵には、こんな場所に来た意味が全く分からなかった。イーラについて来たはいいものの、目的すら分からなくては流石に不安になってしまう。今更殺されるなどということは、よもや無いとは思うが。
「わざわざ海を眺める為に復活したわけじゃないよな?」
梵の質問に、イーラはさも可笑しそうに笑う。
「ククッ……まぁ、そう慌てるな」
自分をからかっている……ということは無いだろう。
だがいくら待ってみても、異変が起こりそうな気配はない。怪訝な思いを抱きながら、梵はその場に滞空し続けた。
ふと、海面に何かの影が見えた。梵は慌てて空を見上げるが、白い雲が浮かんでいる以外には何もない。そこで気付いた。影は空から差しているのではない。海底から迫っているのだ。
影は間もなく高い波飛沫を上げ、海面にその姿を現した。体長は40m弱、イーラにこそ見劣りするが、梵の倍近くある大きさだ。鱗は金属を思わせる銀色の光沢に覆われ、全身から海水が滴っている。
「久しいな、ブリード」
イーラは親しげに銀色のドラゴンに話しかける。この2体が旧知の仲であることは、間違いないようだ。
「我が王よ……ようやくこの日が来た」
ブリード……そう呼ばれたドラゴンも、イーラに向け破顔を浮かべた。
「ブリードは我が地球を訪れて最初に生み出したドラゴンだ。こいつは、我に次ぐ実力を有している」
梵にはブリードに関する話よりも、"地球を訪れて"という部分の方が引っかかった。
「じゃあ、お前は宇宙から来たってことか?」
「いいや、宇宙ではない。もっと別の場所だ。この世の物理法則が通用しない……高次元とでも言うべきか」
「そんなところから……どうしてわざわざ地球に?」
「我を生み出した高次元生命体による意思だ。我はその命に従い、地球にドラゴンを繁栄させた。だが……」
「だが?」
「創造主は我らを滅ぼそうとした! ドラゴンという種が、己の意思にそぐわなかったが為にな!! 奴は我らにとっての神だが、決して全能の存在などではなかった!!」
イーラの語気からは凄まじい怒りが感じ取れた。ドラゴンが滅んだのは、恐竜が繁栄するより遥か以前らしい。ならばこの黒竜は数億年もの間ずっと、創造主に対する憎悪を醸成し続けてきたのだろう。
ひとしきり声を荒げた後、イーラはようやく平静を取り戻した。
「フッ……まぁいい。もう奴に我を止める力はない。今は、この世界の浄化に専念するとしよう」
「アンタら2体だけでやるのか?」
「まさか」
イーラが下を見るよう促してくる。
視線を落とすと、海面から再び何かの影が迫っていた。それも1つや2つではない。少し見渡すだけでも数十は確認できる。梵がその光景に圧倒されていると、ブリードが昂ぶった声で言った。
「面白いものが見られるぞ、新入り」
紺碧の海から、ドラゴン達が勢いよく飛び出してくる。初めは10体程度かと思われたが、ドラゴンの湧き出す勢いは止まらない。50体、100体、500体……その数はやがて1000体規模にまで膨れ上がった。体色も大きさも様々な巨竜の群れが、瞬く間に空を覆い尽くす。一体、この海の底にどれだけのドラゴンが潜んでいたのだろうか。
「どうだ? これが……本来のドラゴンという種族だ」
まるで黙示録か何かの一場面だった。無数の悪魔が地上に君臨し、人類を最後の一人まで喰らい尽くし、世界は終末を迎える……そんな筋書きが頭に浮かぶ。
もしかすると世間一般に知られている「悪魔」という存在は、ドラゴンをモチーフにしているのかもしれない。特にこの黒竜……イーラの容姿は、悪魔のそれとしか思えなかった。
ドラゴン達が一斉に咆哮を発する。それは平和や安寧というものをズタズタに切り裂く、冷酷で残虐な歌声だった。平穏を象徴するかのような大海原は、今や破滅の爆心地へと変貌していた。
イーラは同族達の勇姿を一通り見渡すと、吠えるような怒声を上げ、そして宣言した。
「ついにこの時が来た! ドラゴンが再び、この星の支配者として君臨する時が!! 我らを滅ぼすことは、何者にもできはしない……この星で生き、繁栄する権利を持つのは……ドラゴンだけだ!!!」
再びドラゴン達から、燃え上がるような咆哮が放たれた。




