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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
最終章 神竜黙示録
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第5話 イーラ

「俺と……話だと?」


 ますます黒竜の意図が分からなくなる。降伏勧告でもしようと言うのか?

 梵はなおも口元に炎を宿し、全身を強張らせた。


「案ずるな。何も脅そうというのではない。ただ、お前自身の話を聞きたいだけだ」


 黒いドラゴンの口角が、僅かに上がったように見えた。邪悪さは無く、むしろ親しみすら持ってしまう優しい笑み……おおよそ、世界の破壊者には似つかわしくない。梵は無意識に、炎を喉奥に引っ込めた。


「お前は何がしたい? 今あるこの世界を守りたいのか? この……"人間の"世界を」

「それは……」


 どう答えていいか分からず、梵は口ごもる。そんな様子を見て黒竜は、喉を鳴らして笑った。


「質問を変えよう。お前のこれまでの生涯は……どんなものだった?」

「お前……答えを知ってて聞いてるだろ?」

「お前自身の口から答えを聞きたいのだ」


 黒竜は梵のすぐ眼前に鎮座する。禍々しく威厳ある容姿ではあるものの、その姿には同時に親近感も覚えた。ドラゴンの王という異名は、あながち大袈裟でもないようだ。


「俺は……分からないんだ。自分が何をしたいのかも。前までは、両親に会うことが目標だった。だけど……」

「父親には随分と酷い目に遭わされたようだな」

「最初は良さそうな人だと思った。この父親となら、一緒に暮らせるかもとか思った。でも……あいつは悪魔だった。母の仇だった。……だから復讐を果たした」

「それで、お前はどう感じた?」

「何も。ただ空虚だけが残った。俺が見出そうとした希望は、最初からこの世には無かったんだ」


 梵は自分のこれまでの生涯を顧みてみた。いくら過去を辿ってみても、あるのは草木の枯れ果てた荒野のみ。昼が訪れることのない、永遠の極夜の世界。それが梵の全てだった。

 一体いつから、自分の人生は狂ったのだろう。……いいや、狂ったのではない。最初からこの道以外になかったのだ。天人の子に生まれた、その日から。


「結局、これが俺の運命だったんだよ」


 梵が自嘲気味に言うと、黒竜はさも可笑しそうに鼻を鳴らした。


「ククク……運命か」

「惨めだと思うか? なら好きなだけ笑えばいいさ」

「ああ、惨めだとも。お前の人生がじゃない。運命に甘んじている……お前自身がだ」


 黒竜の牙がすぐそばまで迫る。強い鼻息が梵の顔に吹きつけられた。


「俺には……どうしようもなかったんだよ」

「それは違うな。お前には力があったはずだ」

「このドラゴンの能力(ちから)のことか? こんなもので……一体何が出来るってんだ」

「何が出来ないと言うんだ?」


 黒いドラゴンが小馬鹿にしたように言う。


「我が思うに、人間を支配するのに最適なのは恐怖だ。人は恐怖故に独裁者を讃え、神に跪き、そして赦しを乞う。お前も知っているはずだ。恐怖には、決して抗えぬと。だがお前は今や、恐怖を自在に操る術を得た。」

「でも、俺にそんなことは……」

「フン……お前のその能力(ちから)は、鳥達と優雅に戯れるためのものか? それとも、人間どもの下らん駆け引きの駒か? どちらも間違いだ。ドラゴンの能力(ちから)は、お前の持つ矛だ。そしてその矛には……世界を支配するに相応しい力がある」


 黒竜の鉤爪が、梵の顔を撫でる。目元から鼻先へ、鼻先から口元へ、口元から顎へ……鉤爪は青いドラゴンの輪郭を丁寧になぞっていく。


「お前は何者だ……?」


 梵は声を震わせて尋ねた。


「我が名はイーラ。終焉と創世を司りし者。唯一絶対の王にして、この星の万物を統べる支配者。遥か昔、同胞たちの亡骸の上に立てた誓いを果たすべく、(いにしえ)の時代よりこの空に舞い戻った」

「イーラ……お前が……」


 梵は声を上ずらせる。それが畏れからなのか、それとも歓喜からなのかは彼自身にも分からなかった。


「さあどうする? 決めるのはお前だ。この空虚な世界のために命を散らすか、それとも……我らと共に新たな世界を迎えるか」

「俺は……」


 梵は背後の白いドラゴンを見る。先ほどのダメージは大きいようで、未だ気絶したままだ。

 雪也は共に戦った仲間だ。そして親友……彼を裏切ることなんてできない。

 だが……。


 ――――いいや違うな。雪也はただ大切な人を守るために、お前を利用していたに過ぎない。己の祖父母、そしてあの友人たちをな。


 梵の心に棲む悪魔がそう告げた。


 ――――お前は体よく雪也に使われたってだけだ。雪也はお前を親友だなんて思っていない。ただ、利用価値があったというだけの話だ。


「利用価値があっただけ……」


 ――――仮にイーラを倒せたとして、その後はどうなると思う? お前は不要になるんだ。ドラゴンの脅威さえなくなれば、お前は厄介者でしかないのだから。


「俺は不要になる……俺は……」


 梵は無意識に言葉を復唱する。

 心の悪魔が言ったことは正しい。何一つ間違いはない。考えれば至極当然のことだ。俺は不要になる……俺は不要になる……俺は不要になる……。


 ――――お前は雪也の親友なんかじゃない。使い捨ての手駒だよ。奴はいずれお前など忘れ去り、家族や真の友人たちと共に、幸せな未来を築く。お前はその様を、壁の外から眺めることしかできない。


「嫌だ……そんなの嫌だ……そんな未来なんて……」


 口から嗚咽が漏れる。目を瞑り、拳を握り締め、胸の奥から湧き出すドロドロとした恐怖心を必死で抑えようとした。

 そんな梵に対し、イーラは檄を飛ばす。


「違うソヨギ。恐怖と戦うな。恐怖は常に内なるものでしかない。外の世界には、お前を虐げられる者などいないのだ。己を支配しろ。心を支配しろ。恐怖を支配しろ! さすればお前は……無敵の存在となれる!!」


 ――――己を打ち破れ。己を打ち破れ。己を打ち破れ!


 その瞬間、心に巣食っていた悪魔が塵と化し、消え去った。嵐は終わり、胸の内は台風一過の空のように晴れ渡っている。嗚咽も止まり、怨嗟の情もいつの間にか砕け散っていた。

 ……これが、恐怖を支配するということか。


「我が何故この場所を選んだか分かるか、ソヨギ? この島……七潮島はお前にとって、恐怖と絶望の象徴だった。だが今は何を感じる? 体はまだ震えているか?」

「いいや、今はただ……力を感じるだけだ」

「それでいい」


 イーラの言葉は、息子を諭す父のようだった。


「……でも俺は、お前の仲間になるとは言ってないぞ?」


 梵は釘を刺すように言う。しかしイーラは一切の動揺を見せない。


「ソヨギ、よく考えてみろ。ドラゴンのみが支配する、ドラゴンだけの世界を創造できるのだぞ? 魅力的だとは思わないか?」

「それはお前の願いであって、俺の願いじゃない。そんなもの、俺には何の価値もない」

「そうだろうな。だが……」


 イーラは青竜の耳元に近づき、甘味な声で囁く。


「……望まぬ世界を消し去れるとしたら?」


 黒竜はおもむろに、自らの翼を噛む。硬い鱗がガラスのように砕かれ、そこから青紫色の血が溢れ始めた。


「我の血の力は知っているな? 摂取した生物の遺伝子を変異させ、ドラゴンへと進化させる。だがそれだけではないのだ。"王の資質を持つ者"の力を、極限まで解放することもできる」

「王の資質だと?」

「お前のことだよ、ソヨギ」


 イーラの翼が、梵の頭上を覆う。流れ出る血液が、喉奥へと零れ落ちた。

 血は人間のそれと同じくアルカリの味がする。しばし飲み続けていると、不意に体に変化が訪れた。

 全身が軽くなり、力がみなぎってくる。この、意思と肉体が完全に共鳴した感覚は……以前にも経験したことがある。天人を葬った時だ。きっとあの時も、何らかの方法でイーラが干渉していたのだろう。

 梵はなおもイーラの血を飲み続けた。無尽蔵のエネルギーが、血管を通って全身に広がっていく。その感覚が、何とも心地よかった。


「目醒めろ……お前は世界を焼き尽くす力を持った存在だ」


 梵の左目が、赤く濁り始める。まるでイーラの瞳だ。同時に全身からエネルギーが溢れ、やがてパチパチと青い稲妻を発生させるまでに至った。


 ――お前みたいな屑、親に捨てられて当然だよな。

 ――化け物だああああああああああ!!!

 ――そいつは人殺しだ!!

 ――あなたは存在するべきじゃなかったのよ。

 ――お前なんか、生きてる意味はない。

 ――もうこれ以上苦痛を味わうことはない。安心しろ。私が楽にしてやる。

 ――どうやら我々は決して……理解し合えないようだ。

 ――雪也にとって一番大切な仲間は……彼らだったんですね-ああ、その通りだとも。


 いつか聞いた言葉の数々が、脳内でこだまする。孤独感、絶望、怒り……その全てが、今や力の源だった。

 血を飲み終えた青竜は光り輝き、周囲にエネルギー波を起こすまでに至った。固まっていた火山灰が根こそぎ砕かれ、風に乗って煙幕を形成する。青竜の周囲には依然強力なエネルギーが荒れ狂い、火山灰が竜巻を起こしていた。

 イーラはその様子を見て、ニヤリと口元を綻ばせる。


「ギャァァオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 激しい咆哮が天を衝く。

 体に充満していた毒の霧を、全て吐き出したような気分だった。心地よい解放感が内臓から指先にまで染み渡る。

 梵は全身のエネルギーを口元に収束させると、それを一気に投射してやった。エネルギーは青く輝く槍となり、一瞬で初嘉山へと直撃する。

 初嘉山は数ヶ月前の噴火で原型を留めていなかったが、遂にその残骸までもが地に崩れた。レーザーにより山体は斬り裂かれ、数秒後には土砂の堆積と化した。


 ――――これが王の力……。これが……太古の空を支配した力なのか。


 その力が、今自分の手中にある。そう考えると、歓喜せずにはいられなかった。

 梵は再び口内にエネルギーを充填すると、それを天空に向け放ってやった。










防衛省 中央指揮所-同時刻


「七潮島にて強力なエネルギー反応!!」


 オペレーターの1人が叫ぶ。指揮所内には、異常事態を知らせる警報音がけたたましく鳴り響いていた。


「一体何だ? なんの騒ぎだ?」


 木原(きはら)中将が足早にオペレーターのもとに歩いてくる。


「見当もつきません……エネルギーの規模から自然現象の可能性もありますが」

「また噴火か?」

「そこまではまだ……」


 オペレーターは目に見えて狼狽えながら、キーボードやタッチパネルを叩いていた。

 木原は悪い予感を覚えた。すぐに手近な受話器を取り、D-スレイヤー基地に電話を入れる。


「式条か? 私だ。直ちに七潮島へ緊急出動しろ。念のためコード・レッドを発令。基地内にも臨戦態勢を取らせるんだ。いいな?」


 式条からの返答を確認すると、力のこもった手で受話器を戻した。

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