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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
最終章 神竜黙示録
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第4話 遭遇

太平洋 伊豆諸島上空


 梵は大海原の上を真っ直ぐに飛んでいた。

 この海の向こうに、奴がいる……。不思議とそんな確信が持てた。きっと自分は、奴に導かれているのだ。

 雲の隙間から覗く太陽が、海面をキラキラと輝かせている。遠くには伊豆諸島の島々がいくつか見え、心地よい風と潮の匂いが青い鱗を撫でていく。世界に迫る危機など、まるで存在しないかのような平和な雰囲気だ。

 ふと振り返ると、後ろの方にキラリと輝く何かが見えた。梵はスピードを落とし、その正体を確かめる。

 それは白いドラゴンであった。白いドラゴンの方も梵に気付いたらしく、一気に速度を上げてくる。


「おーいソヨ!」


 雪也は普段と変わらぬ声で叫びながら、梵の横に並んで飛ぶ。


「お前も……感じたんだな?」


 その質問に、梵は首を縦に振って答える。


「やっぱ、例のイーラって奴が来たってことか!?」

「そうだと思う……」

「でもそいつを倒せば、戦いは終わるんだよな!?」


 雪也の語気は強かった。何が何でも世界を守り抜いてやるという、強靭な意志が感じられた。


「俺さ、さっきまで拓巳たちと旅行してたんだよ。あいつら見てるとさ、なんだか自然と元気になれるんだ。どんな時でも一緒だった。俺にとっては兄弟みたいなもんだった。だから絶対に、何が何でも……死なせたくねぇ」

「そう……」


 やっぱりか、と梵は思った。

 拓巳という少年のことは、僅かに知っている。数ヶ月前、D-スレイヤー基地にいた少年達の1人だ。彼らと雪也が非常に懇意なことは、梵にすらよく分かった。

 しかし、彼らはあくまで"雪也にとっての"大切な人間だ。他の人間にとって必ずしもそうでないことを、雪也はまだ気付いていないようだった。


「おい、あそこじゃないか!?」


 雪也が前方の島を見て言う。

 確かに、その島に近づくにつれて胸騒ぎは強まっていた。イーラはあそこにいる……本能がそう告げていた。

 島はかなりの大きさであったが、生物の気配はまるでない。それどころか、草木の一本すら見当たらなかった。数ヶ月前に起こった大規模噴火のせいで、島全体が焼き尽くされてしまったのだ。今あるのは溶岩が冷え固まった黒い大地と、山体の大部分が吹き飛んだ火山の残骸だけだ。

 この島に、梵はよく見覚えがあった。七潮島(ななしおじま)……梵にとってはまさしく因縁の場所だった。実父である海成天人は、この島で自らの妻を殺し、長年に渡り狂気の研究を進めていたのだ。


「2度と来たくなかったんだけどな……」


 2体のドラゴンはゆっくりと島に降り立つ。地面は火山灰により深く覆い隠されていた。灰はさほど固まっていないらしく、1歩踏み出すたびに足が深く沈んでしまう。梵たちは時折足を取られながら、ゆっくりと島を探索し始める。


「ソヨ、あれ……」


 突然、雪也が警戒の表情を浮かべた。

 梵もただならぬ気配を感じて、とっさに身構える。


 彼らの視線の先に……"それ"はいた。


 大きく筋肉質な胴体、そこから生えた蝙蝠のような翼、太い尻尾……爬虫類を思わせるその姿は、まさしくドラゴンであった。全身は黒一色に染め上げられており、何をするでもなくその場に座り込んでいる。それはまるで、影が地面の上に鎮座しているような光景だった。

 体長は50m程度、梵や雪也の倍以上はある。黒いドラゴンは梵たちに背を向けたまま、真っ二つに裂けた初嘉山(はつかやま)の方をじっと見つめていた。


「果てしなく続く荒廃の跡……一切の命が消えた大地……この島は、我が種族を滅ぼした戦争を思い起こさせるな」


 黒いドラゴンは、大気を震わせるほど低い声で話し始める。


「全ての大陸が一つだった時代、我らはこの地上を去った。そして誓った……いつの日か必ず、この星の王に返り咲くと。無念のうちに散った同胞たちの魂……それらは今も、我の中で生き続けている」


 その口調には、どこか哀愁が漂っていた。


「我は運命というものを信じたことはない。が、こうしてお前たちと巡り会えたことを考えると……つい運命の存在を勘ぐってしまう」


 黒いドラゴンがゆっくりと振り返る。梵たちは初めて、この黒竜と真正面から相対することとなった。

 ドラゴンはやはり全身が漆黒に染まっていたが、唯一瞳だけは違っていて、鮮血のような真紅に染まっていた。まるで、お伽話に登場するヴァンパイアだ。


「お前が……ドラゴンの王とかいう奴か」


 雪也が敵意を剥き出しにして言う。


「いかにも」

「じゃあここでお前をぶっ倒せば、世界を守れるってことだな?」

「そういうことになるな」


 黒いドラゴンがグルルと喉を鳴らす。どうやら笑っているようだ。

 間髪入れずに、雪也が攻撃を仕掛けた。一瞬にして上空に舞い上がったかと思うと、急降下して黒いドラゴンに鼻先を向ける。白い翼で大気を切り裂きながら、雪也は全力の火炎攻撃を放った。

 黒いドラゴンに大量の炎が浴びせられる。周囲に紅蓮の嵐が吹き荒れ、離れた位置にいた梵にまで熱風と衝撃波が届いた。

 だが、この程度でドラゴンは死なない。それは雪也も重々理解していた。追い討ちをかけるべく、白竜は爆炎の中に急降下していく。

 その様子を地上から見守っていた梵は、おもむろに怪訝な表情を浮かべる。


 ――――あいつ、どうして何もしないんだ……?


 黒竜は反撃するどころか、火炎を避けようとさえしなかった。今は炎に包まれて姿が見えないが、おそらく一歩たりとも動いていないのだろう。それがとても不気味に思えた。

 その瞬間、炎の中から眩い閃光が放たれた。光は一瞬にして赤い筋へと収束し、そして虚空へと放たれる。白いドラゴンの片翼が真っ二つに切り裂かれたのは、その直後だった。


「な、何だ!?」


 まさしく刹那の間のことだった。赤いレーザーが空を切り裂き、雪也の翼を焼いたのだ。梵は事態を把握できず、墜落する白竜をただ見守ることしかできない。

 炎と黒煙が晴れ、中から漆黒の竜が現れる。その全身は淡い赤色の光を放っていた。それがオーラなのか、ある種のエネルギーバリアなのかは分からない。ただ、あのレーザーが黒竜から放たれたことは間違いないようだ。


 ――――まずい……殺される!


 梵の生存本能がそう叫んだ。

 黒竜はひとしきり梵の方を見遣ると、続いて地に伏した雪也の方を見た。そして喉奥を真紅に輝かせると、口から赤いレーザー光線を放った。


「ギャアアアアァァァ!!! グァァァァァァ!!!」


 レーザーが、白いドラゴンの身体をなぞり上げる。その度に、断末魔の如き悲鳴が周囲にこだました。レーザーが当たった部分は鱗が融解し、焼印のような痛々しい傷となっている。レーザーの威力自体はさほど強くない。だがそれが逆に、雪也を残虐にいたぶる結果へと繋がっていた。


「グギャァァァァ!! ガァ……うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 幾度目かの雪也の絶叫で、梵はようやく我に返った。


「おい待て!! やめろ!!!」


 梵が黒竜に向けて叫ぶ。

 そこでようやく、黒竜は攻撃をやめた。梵は敵の動向を伺いつつ、雪也の元へと飛ぶ。


「雪也……大丈夫か?」


 返事はない。だが息はある。

 雪也は苦悶の表情を浮かべて気絶していた。レーザーによって身体中がドロドロに溶け落ち、純白の鱗は見るも無残に焼け焦げている。こんな状態で尚生きているのは、やはりドラゴンの生命力の為せる業なのだろう。


「そいつはお前の友人なのか? ソヨギ……」


 黒竜がゆっくりと歩いてくる。梵は口に炎を纏わせて、雪也を守るように戦闘態勢をとった。


 ――――どうする……? 雪也を抱えた上で、どうやって奴から逃げ切る……?


 まともに戦って勝てる相手でないのは明らかだ。その気になれば、いつでもあのレーザーで、自分たちの首を刎ねてしまえるのだろう。梵は歯軋りをしながら、黒いドラゴンを睨んだ。


「安心しろ。お前を傷つけるつもりはない」


 ドラゴンはその禍々しい雰囲気に似合わぬ、柔和な声で語りかけてくる。


「どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ」

「俺たちを……殺すのが目的じゃないのか?」

「そんなつまらない目的のために、わざわざここへ来たと思うか?」


 黒竜の意図を計りかね、梵は訝しげな顔をする。それを察したかのように、黒竜はさらに続けた。


「我はお前に会いに来たのだ、ソヨギ。お前と話をするためにな」

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