表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
最終章 神竜黙示録
86/126

第2話 報告

旧横浜市 D-スレイヤー基地-2030年12月4日


 式条憲一(しきじょう けんいち)は基地司令室の椅子に腰掛け、手元の資料に目を落としていた。デスクにも大量の書類が乱雑に積まれており、ペットボトルを置く隙間すらない。決して整頓されていないわけではなく、日々増えていく資料に整理が追いつかないのだ。


「エベニア共和国……? 聞かない名だな」


 式条はデスクの前に立つ、鞍馬智沙(くらま ちさ)少佐の顔を見る。


「つい数年前に誕生した新興国です。数十年に渡る内戦の末に独立を果たし、現在では所謂鎖国状態となっています。国連にも加盟しておらず、当然日本との外交的パイプも一切ありません」

「鎖国なんて言葉を現代で聞くとはな……」


 式条は鞍馬から渡された、エベニアに関する資料を眺める。ページ数は異様に少なく、情報が不足していることは一目で分かった。


「ちょっと待て……この国は最近まで紛争をやってたんだよな?」


 式条は不審そうに尋ねる。資料に印刷された画像には、アスファルトで完璧に舗装された車道や、小綺麗なオフィス街が写されていた。それはもう、欧米の煌びやかな大都会と見違うほどだ。おおよそ、数十年間戦火に見舞われていた国とは思えない。


「他国の支援も得ずに……ここまで国を発展させたのか」

「はい……でもそれは先週までの話です」


 その言葉の意図が分からず、式条は再び顔を上げる。


「どういう意味だ?」

「資料にあるキルノマ市は、2日前に壊滅しました」


 式条は言葉を詰まらせた。衝撃的な事実に、思わず息をするのも忘れてしまいそうになる。


「壊滅だと……?」

「それもたった一夜でです」


 鞍馬から新たな資料が手渡される。表紙部分には、国際連合のシンボルマークが描かれていた。


「これは国連平和維持軍(PKF)により行われた、キルノマ市調査に関する報告書です」

「国連? また随分と仕事が早いな」


 数ヶ月前の安保理決議により、PKFの招集・出動は以前よりずっと簡易になっていた。それだけではない。今やほぼ全ての国家が手を結び、共通の脅威に立ち向かおうとしているのだ。人類滅亡の危機を前に世界平和が実現してしまうとは、なんとも皮肉なものだ。


「当初は、核兵器の誤爆等が原因として疑われていました。しかし現地の放射線量は極めて微量で、核爆発の痕跡など一切ありませんでした」

「ならば……」


 考えられる原因は一つ、ドラゴンの襲撃だ。"アメジスト"のようなドラゴンが、再び出現したのだ。


「ついに来たか……。敵の捜索は進んでいるのか?」


 無論、ドラゴンの出現は想定の範囲内だ。各国の軍は数ヶ月にわたって協議に協議を重ね、強力な防空網を築き上げている。世界中どこにドラゴンが現れようと、即応できるだけの態勢は整えてあるのだ。

 しかし、鞍馬が首を縦に振ることはなかった。


「大佐、まずは資料をご覧になっていただけますか……?」


 鞍馬の口調はやけに重苦しかった。

 言われるままに、式条は資料のページをめくる。その中身は、想像を絶するものだった。


「何なんだ、これは……」


 無意識に声が震えてしまう。

 資料にはまず、キルノマ市全体の航空写真が載せられていた。建物が根こそぎ吹き飛んでいるのは勿論のこと、地面には数kmに渡り一直線に抉られた痕もある。それは廃墟の街に無数に刻み込まれており、さながら巨大な鉤爪に引っ掻かれたかのようだ。

 2枚目以降の画像には、斜めに斬り裂かれているビル群がいくつも写っていた。単なる火炎や火球ではこうはならないだろう。鉄とコンクリートの構造物をチーズのように真っ二つにするなど、一体どうやって……。


「この未知のドラゴンは、今までの個体とは比較にならないほどの破壊力を有しています。キルノマ市を、ものの数分のうちに壊滅させるほどの……」


 式条はさらにページをめくる。指に力が入っているせいで、紙はしわくちゃになっていた。


 "切断面には高熱による融解が見られる。確認された破壊痕から考えるに、新種の個体は重イオンを亜光速で投射する、いわば荷電粒子砲のような攻撃手段を持っていると推測される。"


 画像の解説文にはそう記載されていた。

 海成天人の個体、通称"オジマンディアス"ドラゴンは、攻撃にプラズマ弾を使用していた。だが荷電粒子砲など……そんなもの、殆どSFの世界だ。

 式条は資料をデスクに放ると、深くため息をついた。


「……こいつが例の"イーラ"である可能性は?」

「それは何とも言えませんが、エベニア共和国がメサイアと関わっていたのは確実かと」

「エベニアはメサイアに利用された、というわけか」


 国連非加盟国であれば、サーガ機関であろうと手の出しようがない。奴らはそこを突き、エベニアの地でイーラを復活させたのだ。そう考えれば、色々と合点が行く。


「ありがとう鞍馬、下がっていいぞ」

「はい、失礼致します」


 鞍馬は丁寧に敬礼をすると、姿勢を崩さぬまま部屋を後にした。彼女が感情を表に出さないのはいつものことだ。まぁ、軍人としてはそれが正しいのだろうが。

 式条は書類の山を漁り、その中からタブレットを引っ張り出した。30分ほど前、サーガ機関からメッセージが届いていたことを思い出したからだ。

 メッセージには動画が添付されていた。式条はすぐさま再生ボタンを押す。まず人間の目を模したサーガ機関のシンボルマークが表示され、続いて動画の説明文に切り替わった。


 "この映像は、七潮島(ななしおじま)で拘束されたメサイアの構成員ナガト ケイスケの尋問記録である。

 キューバ グアンタナモ米軍基地 11-29-2030"


 テロップが消えると同時に、本編と思しき映像が始まった。監視カメラから取調室の様子を捉えた映像であり、部屋には米兵らしき数人の男と、スーツを着た尋問官らしき男がいた。彼らの視線の先には、手錠で椅子に拘束された青年の姿がある。

 尋問官の男は青年の背後に回ると、ゆっくりとその肩に手を置いた。


『お前は全てを話したのか? 本当に?』


 尋問官の口調は穏やかだった。しかし、それが逆に不気味さを増幅させている。


『ハァ……隠し事をする理由があるか……? この世界はもう……終わるってのに……』


 苛烈な尋問を受け続けたせいか、青年は憔悴し、息も絶え絶えになっていた。


『世紀の悪党の部下が随分と弱気なもんだな』

『悪党か……ハァ……ハァ……天人様は世界を救おうとしたってのに』

『人間を化け物に変えてか?』

『フッ……お前たちはいつもそうだ……現体制を守ることしか頭にない……。何の代償も払わずに……生存を享受しようとする……』

『エリック・ウォレスについては? 何も情報を持っていないのか?』

『ハァ……ウォレスを殺したところで……もうどうしようもない。最早……イーラを止めることはできない。お前たちが……お前たちが……!』


 突如として青年は怒りを露わにし、拘束された身体を無茶苦茶にバタつかせ始めた。手錠部分からは、ガチャガチャという激しい金属音が響く。

 尋問官は脱兎の如くその場を離れ、米兵たちが一斉にライフルを構える。


『お前たちが邪魔をしたせいだ! D.G.ウィルスだけが、破滅を回避する唯一の鍵だったのに!! お前たちが!!!』


 そこまで見て、式条は停止ボタンを押した。

 もうたくさんだった。イーラ、ドラゴン、世界の破滅……これ以上聞いていたら頭がおかしくなってしまう。

 最近は仕事詰めで、ロクに睡眠も取れない毎日が続いている。意識もぼやけ始めており、限界が近いことは明らかだ。もう1週間以上も、娘の顔すら見れていない。

 式条は過酷な現実をシャットアウトするように、ゆっくりと瞼を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ