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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
第2章 運命に呪われし少年
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第29話 死闘

 東京都 港区


 美咲はマンションの一室から、不安げに外を眺めていた。遠くから爆発音やサイレンが何度も聞こえる。今、美咲はこの家に一人きりだった。父の意識はまだ戻っておらず、病院での集中治療が続いている。おまけに梵とも全く連絡がつかない。


「もう……何がどうなってるのよ」


 SNSを見ても、恐怖とパニックの投稿ばかりで有用な情報は手に入らなかった。だが、"何か"が起こっているのは明らかだった。テレビをつけてみると、やはり緊急特番が放送されていた。テロップには「七潮島で大規模噴火」とあったが、キャスターの喋っている内容はやや食い違っている。


『えー……警察からの発表は何もありません。しかし都内各所から爆発・火災の報告が相次いでおり、かなりの混乱が起こっているようです。また今入った情報では、新宿駅付近に黒煙が確認されたとのことです。現在火山灰の影響でJR・私鉄が全線運休となっていますが……』


 嫌な予感がした。こういう出来事は、前にも起こったことがある。数ヶ月前……クリスマスイブの日、横浜は一夜にして死の街へと変わった。美咲もその光景を、マンションの窓から眺めていた。地獄の化身のような怪物がどこからか現れ、瞬く間にビルや人を焼き尽くしたのだ。国防軍がどれだけミサイルを撃ってもビクともせず、口から真っ赤な炎を吐き、たった数時間で何万もの命が奪われた。

 悪夢以外の何物でもなかった。孤独で心細くて……本当に死を覚悟していた。だが間一髪のところで父が現れ、自分を助け出してくれたのだ。ヘリで逃げる直前、最後に見たのは、見慣れぬ白いドラゴンと……見知った青いドラゴンが、怪物に立ち向かっていく光景だった。

 悪夢はもう終わったと思っていた……だが今、悪夢は目の前に立ち現れている。まるで、あの日のデジャヴのように。


「何で……またアレが……どうして……そんな……」


 心拍数が跳ね上がり、呼吸が苦しくなる。意識を保っているのがやっとだった。たまらず、その場にしゃがみこんでしまう。


 ギャアアアオオオオォォォォォォ…………


 金属板を擦り合わせたような咆哮が街に響く。美咲はそれに聞き覚えがあった。あの夜……怪物が発していた咆哮にそっくりだ。

 窓の外、遠くにある建物の向こうから、翼が現れた。巨大なコウモリか、翼竜を思わせる不気味な翼。翼の主は一度天を仰ぐと、灰色の空へと一気に飛び上がった。


「ドラゴン……」


 美咲は無意識に呟く。梵でも雪也でもない、全く見たことのないドラゴンだ。横浜を襲ったドラゴンよりもだいぶ小さいが、それでも恐ろしい怪物に変わりはない。


 ――――どうしよう……早く逃げないと……!!


 気持ちばかり先走るが、足がすくんで立ち上がることもできない。しばらくその場で膝を抱えていると、不意に虚空を閃光が覆った。それと同時に、これまでと比べ物にならなような爆音も轟く。


「きゃっ!!?」


 強烈な振動がマンション全体を揺らす。窓ガラスがガタガタと震え、今にも粉々になりそうだった。食器が砕け散る音も家中から聞こえる。


 ――――お願い、早く終わって……!


 美咲には、そう祈ることしかできなかった。










 F-3戦闘機のパイロットは、キャノピーの外で繰り広げられる戦いに目を奪われていた。3体のドラゴンが、東京の上空で死闘を演じている。正確には、2体のドラゴンが残る1体に挑んでいるという形だ。

 青い竜と白い竜……彼らは国防軍の中でもよく知られていた。サファイアとアルビノだ。だが3体目の竜……灰色の体色と、ナイフのように尖った鱗を持つドラゴンは、全く見覚えのない個体だった。状況から鑑みても、ターゲットと見てまず間違いない。


『アトラス1……FOX2!!』


 戦闘機からサイドワインダーミサイルが発射される。白煙の尾が曲線を描き、やがてミサイルは灰色のドラゴンに直撃した。


 ミサイルが炸裂しても、天人は僅かに怯んだだけだった。梵と雪也は同時に火炎を放ち、敵への攻撃を続ける。

 梵たちには既に息切れが見えている。しかし天人の方には、疲弊はほとんど見えない。必要最小限の動きで攻撃をかわし、的確な反撃のみを繰り出していたためだ。

 天人は火炎を軽くいなすと、仕返しとばかりにプラズマ砲を連射した。


「雪也、危ない!」


 梵たちはどうにか攻撃を回避する。しかしプラズマ弾の1発が流れ弾として地上へと降り、複数の建物を巻き込んで大爆発を起こしてしまった。


「あのクソ野郎……!!」


 雪也が苦々しげに悪態を吐く。どうにか街への被害を避けたかったが、天人は明らかに落下角度まで計算した上でプラズマ砲を放っていた。

 梵もまた、悔しそうに歯を食いしばる。


「梵……お前の気持ちはよく解るぞ」


 天人はその容姿に似合わない、柔和な声で語りかける。


「私が最初に殺めたのは、実の父親だった。お前の祖父にあたる人間だよ。奴はメサイアの狂気に取り憑かれ、世界を破滅させようとしていた。非常に優秀な男でな、組織の次世代を担うとも言われていたらしい。だが、実の息子がメサイアに与していないことには気付けなかった。私はこの手で……奴の寝首を掻いた。そして私は悲劇の英雄の息子として、メサイアでの地位を手に入れたのだ」

「ハァ……ハァ……聞きたくもない昔話だ……」

「因果は巡るということだよ。まぁ最も、お前に私を殺せるほどの力があるとは思えないが」


 梵は背後を振り返る。南の空から、どす黒い火山灰雲が迫っていた。七潮島から噴出したものだ。黒雲はまもなく、東京の空を覆い尽くしてしまう。そうなれば当然、視界が奪われますます戦いにくくなる。

 続いて目に入ったのは、梵たちの周囲を旋回するヘリコプターだった。白とオレンジというカラーからして、軍用ヘリではない。どこかのテレビ局の機体だろう。テレビカメラが街の様子を写しているのか、はたまた非現実的な戦いを繰り広げるドラゴン達を写しているのかは分からないが。いずれにしろ、危険なことに変わりはない。だが幸いにも天人は、民間のヘリになど興味を示してはいなかった。

 怒りに燃える雪也が、天人に襲いかかる。空中で格闘になり、もつれ合う2体。梵は少し離れて攻撃のチャンスを伺うことにしたが、その時はなかなか訪れない。

 反撃の糸口を掴めぬうちに、頭上は巨大な黒雲に覆われてしまった。降りしきる火山灰が、黒い銀河系のように辺り一面に渦巻く。


「雪也! 一旦退がれ!」


 白いドラゴンは戦闘を中断し、梵の近くまで退く。天人が追ってくる気配はない。飛行を著しく阻害する火山灰は、天人にとっても小さくない障害だった。


「それで、ここからどうすんだ?」


 雪也が梵に尋ねる。


「とにかく、あいつを火山灰の無いところまで誘き出すしかない。何も見えない場所で戦ったら、それこそ一方的に狩られるだけだ」

「いやでもよ、火山灰の雲の中ならあいつも俺たちのことが見えないわけだろ? ぶっちゃけこのまま戦っても厳しいし、少しでもあいつを不利にした方がいいんじゃね?」

「そんな馬鹿なこ……いや、確かにそうかも」


 雪也の提案に、梵は素直に感心した。互いに敵を認識できなければ、少なくとも膠着状態に持ち込める。さらに運が良ければ、天人への奇襲攻撃も行えるかもしれない。下手に移動するよりはよほど得策だろう。


「お前……極たまにすっごく頭回るよな」

「バスケ部だからな!」

「……それ関係あるのか?」


 2体はそのまま、頭上の暗雲の中に飛び込んだ。


 火山灰雲の中に消えた2体を、天人は当惑の目で見送っていた。てっきり、火山灰雲を回避しながら戦闘を続けるものと思っていたためだ。


 ――――あいつら、どういうつもりだ?


 雲の中では視界も利かないだろうし、面倒な戦いになることは自明だ。かと言って奴らを放置して、雲の中から奇襲されては敵わない。天人は煩わしさを感じながら、梵たちの後を追っていった。


 火山灰雲の内部は、さながら大時化(おおしけ)の海だった。稲妻がそこら中で迸り、無数の黒い粒子がパチパチと全身に跳ね返る。常に竜巻のような暴風が吹き荒れていて、その場に滞空することすら難しい。


「心なしかさっきより酷くなってねぇかこれ!? こんなとこ1秒でも早く出……うわっぷ! 灰が口に入った!!」


 騒ぐ雪也を横目に、梵は天人の位置を探す。実際のところ、天人が本当にこの作戦に乗ってくるかも不確定だった。戦いを放り出し、別の街へ飛ぶ可能性だってあり得る。いわばギャンブルのようなものだ。

 だが、その不安は杞憂に終わった。


「ソヨ、危ない!!」


 灰の波の合間に、紫の光が見えた。光は漆黒を切り裂きながら、弾丸よりも速いスピードで梵の横をすり抜けていった。


「うわっ!?」


 光が彼方に消えた頃、梵はようやく声を上げた。恐怖を感じる時間すらない。危険を察知することも出来ぬまま、あの世行きになってしまいそうだ。

 それにしても、今の光は間違いなく天人のプラズマ砲だ。雲の中に誘き寄せるまでは成功したようだが、一体どうやってこの黒雲の中で狙いを定めたのか……。


「まさか、もうこっちの場所がバレて……」


 嫌な考えがよぎり、梵は戦慄する。しかし2発目と3発目の光は、全く見当違いの方向に消えていった。どうやら、最初の一撃は全くの偶然だったらしい。


「ハハ! あの野郎、闇雲に撃ってるだけだぞ」


 雪也がバカにしたように言う。しかし、敵の位置が分からないのは梵たちも同じだった。プラズマ砲の発射点は不規則に移動していて、まるで予想がつかない。明かりが欲しいところだったが、無論そんなものがある筈もない。火山灰のせいで目を開けているのも辛いので、翼で顔をガードしながら周囲に視線を向けた。


 ――――下手に動いて、雪也とはぐれたらまずい。あいつが近くに来るのを大人しく待った方がいいか……。


 必死に頭をひねっていると、突如ヘリのローター音が耳に入ってきた。ローター音には時々ガス欠のような音が混じっており、エンジンに異常をきたしているのは明らかだ。

 まもなく、ヘリの機体が猛スピードで目の前を横切っていった。さっき見たマスコミのヘリだ。火山灰の影響で完全にコントロールを失っており、炎を上げながらただ暴風の激流に身を任せている。

 機体が爆発を起こす。赤とオレンジの強烈な閃光が何度か放たれ、黒雲の中を花火の如く照らした。


「あいつだ!!」


 不意に雪也が叫んだ。その視線の先には、ドラゴンのシルエットがはっきりと浮かんでいた。爆発による光が、偶然にも敵の姿を映し出したのだ。あの刺々しい鱗を持った、邪悪の化身のような竜……見間違えようがない。すかさず雪也が、シルエットに向けて火球を撃ち込む。

 火球は寸分の誤差もなく、ドラゴンの影に命中した。ケダモノの叫びを上げたドラゴンは、燃えながら真っ逆さまに墜落していく。


「ソヨ、追うぞ!!」


 梵と雪也は、地上へ向け落下する天人を全速力で追跡していった。

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