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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
第2章 運命に呪われし少年
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第25話 地上戦

 地震が時を追うごとにその規模を増し、ビルやヘリポートが少しずつ裂け始めている。島の至る所から蒸気が高く吹き出し、火山噴火が間近に迫っていることは明らかだった。

 井沢たちはビルからヘリポートへと後退しながら、敵との戦闘を続ける。硫黄と硝煙が混じった奇妙な匂いが、一帯に立ち込めていた。国防軍はマシンガンやロケットランチャーなどの武器を駆使し、ドラゴニュートに対抗する。確かに、最初のうちはそれで善戦に持ち込めていた。しかしドラゴニュートは次々に現れ、今や20体近くにまで膨れ上がっている。それらが軍隊並みの連携で襲いかかってくるのだから、まさしく脅威だった。国防軍は徐々に防戦一方となってしまう。

 しかし危機を前にしても、井沢は至って冷静だった。


「アルファよりフォックストロット、航空支援を要請! 鉄の雨を降らせてやれ!」


 井沢が無線に叫んだ直後、オスプレイの影がドラゴニュートたちの頭上を覆った。


「浴びせろ!!」


 井沢が高揚した声で命令する。ドラゴニュートたちは、まさしく鉄の雨を浴びることとなった。数機のオスプレイから、ガトリングガンが一斉掃射される。装甲車をも蜂の巣にする弾丸を喰らい、ドラゴニュートたちは堪らずその場に跪いた。ドラゴンにはまるで効かなかったガトリングガンも、ドラゴニュートに対しては十分すぎる威力を発揮していた。


「ははっ! この機を逃すなお前ら! トカゲどもを挽肉にするぞ!」


 地上の兵士たちからも、一斉射撃が始まる。弾丸だけでなく、ロケット弾や手榴弾も次々に放たれた。

 地上部隊だけでは力不足なことは、計画の段階から織り込み済みだった。だからこそドラゴニュートたちをわざとビルから誘い出し、航空支援が届く範囲内まで誘導したのだ。結果的に作戦は大成功だった。もはや、ドラゴニュートどもに抵抗の術はない。国防軍の誰もが、勝利を確信していた。


 ――――ドォォォン……!!


 ところがその刹那、凄まじい轟音が天を衝き、大気を震わせた。轟音は地鳴りとして島全体に伝わり、同時に発生した振動は地震と見紛うほどだった。まるで地球が咆哮をあげたような、生物の本能的な恐怖を呼び起こす音……。

 兵士たちは戦闘中だということも忘れ、視線を初嘉山の方に向けていた。その山頂からは、モクモクとしたどす黒い噴煙が上がっている。衝撃波が周辺の雲を吹き飛ばし、一瞬だけ太陽が顔を覗かせる。だがその太陽も、たちまち黒煙に覆い隠されてしまった。空が黒以外の色を忘れたかのように、闇に染められていく。


「司令部へ緊急報告! 初嘉山が噴火! 繰り返す、初嘉山が噴火!!」


 衝撃波が木々をなぎ倒しながら山を駆け下り、ビルの窓ガラスが全て砕かれた。山からだいぶ離れた場所にいた兵士たちも、見えない猪に突き飛ばされたかのように宙を舞う。

 上空のオスプレイもまた、衝撃波の煽りを受けていた。


『こちらグリフォン1! 機体のバランスが保てない! 作戦展開地域を離脱する!』


 ただでさえ低空飛行であるため、強力な突風は墜落の原因となってしまう。オスプレイの一時離脱はやむを得なかった。しかしそれは、航空支援の喪失を意味する。

 突然の噴火により国防軍が怯んだことで、ドラゴニュートに態勢を立て直す隙を与えてしまった。彼らは憎悪に満ちた目で、国防軍の兵士たちを睨みつけている。


「射撃開始! もう一度奴らに地獄を見せてやれ!」


 井沢の命令で、再び弾丸の雨が放たれる。しかし作戦の要となるオスプレイの欠失は、あまりに大きな痛手だった。ドラゴニュート殲滅において、地上部隊はあくまで補助的な役割だ。作戦の礎が失われた現状では、任務遂行は不可能に近い。

 まもなく、国防軍は劣勢に転じることとなった。ドラゴニュートたちが一斉に飛び上がり、一気に距離を詰めてきたのだ。味方が近くにいては、強力な武器は使えない。敵への対抗手段を封じられた形だ。

 さらに悪いことに、国防軍にはタイムリミットも迫っていた。噴火により発生した火山灰の影響だ。火山灰の成分は極小のガラスであり、航空機のエンジンがこれを吸い込むと異常をきたしてしまう。降灰量が多くなれば空路が遮断され、島からの脱出が不可能になるのだ。島に取り残されれば、当然噴火に巻き込まれて死ぬことになる。


「チッ……時間がないってのによ!」


 井沢は悪態をつきながら軽機関銃を捨て、代わりにショットガンを手にする。敵が接近戦を望むなら、こちらも迎え撃つまでだ。

 ドラゴニュートはその鉤爪や火炎を使って、次々に隊員に襲い掛かっている。井沢は怒りを露わにしながら、敵に向けてショットガンを何発も放った。


「調子に乗るなよトカゲども!!」


 井沢の顔から笑みは消え、部下を殺された憎しみに歪む。薄汚いケダモノどもを始末すべく、再びトリガーを引こうとした……その時だった。

 目の前に、倒れ込んで顔を覆う少年の姿が見えた。さっき、地下から助け出した少年だ。その少年には、ドラゴニュートの鉤爪が今まさに振り下ろされようとしていた。

 非戦闘員……それも子供を狙うのかと、井沢は僅かに困惑する。だがよくよく考えれば、全く不思議なことではない。ミサイルを大都市に撃ち込み、ウィルス兵器をばら撒こうとしていた連中だ。子供だからと情けをかけるはずがない。

 井沢は少年の前に滑り込み、ゼロ至近距離から敵にショットガンを放つ。流石のドラゴニュートもこれには蹌踉(よろ)めき、顔から青紫の体液を吹き出した。これはチャンスだ。井沢は敵の顔面に狙いを定め、トドメの一撃を放った。


 ――――カチッ!


 しかし、銃口が火を吹くことはなかった。引き金を引いても、発せられるのは虚しい金属音のみ。ショットガンは弾切れを起こしていた。

 ドラゴニュートはすぐさま立ち直り、井沢と少年を恨めしそうに見つめる。


「グオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 無数の牙をむき出しにし、咆哮を放つ。続けて、その口に炎を纏わせ始めた。井沢と少年をまとめて焼き殺すつもりだ。


 ――――これまでか……!


 井沢は敵を見据えながら、最期を覚悟した。


「ぎゃあああああああああああ!!」


 そして、断末魔が響き渡った。

 だがその断末魔は、井沢のものではなかった。もちろん少年のものでもない。目の前にいたドラゴニュートから発せられたものだ。

 井沢は己の目を疑っていた。突如ドラゴニュートの上半身に、巨大な口がかぶりついたのだ。その形状はワニの口に似ていたが、それにしてはあまりに大きい。顎だけでも人間を丸呑みにできるサイズだ。哀れなドラゴニュートは、そのまま遠くへ投げ捨てられてしまった。


「なっ何だ!?」

「おい……冗談じゃないぞ!」


 他のドラゴニュートたちから、恐怖や戦慄が次々に漏れる。井沢はようやく眼前の状況が把握できた。

 彼らの前に鎮座していたのは、純白の鱗を持つ巨大なドラゴンであった。ドラゴンはグルルと喉を鳴らしながら、ドラゴニュートたちを睨み据える。


「こいつ……捕らえたはずじゃ!?」

「どうなってるんだ!!?」

「怯むな! こいつの息の根を止めろ!!」


 十数体のドラゴニュートが、白いドラゴンに総攻撃を仕掛ける。しかし、ドラゴンの鱗には傷一つない。多くの人間を葬った鉤爪や火炎も、ドラゴンの前では蚊の針やマッチの灯火(ともしび)と相違なかった。

 今度はドラゴンの方が反撃に出た。牙、鉤爪、尻尾……ドラゴンはまさしく全身が凶器だった。どこから放たれる攻撃も、ドラゴニュートを一撃で葬り去るほど強力だ。多くの兵士たちを狩ったドラゴニュートは、今や狩られる立場に追い込まれている。彼らは一体、また一体と、その数を徐々に減らしていた。

 まるで蝿かゴキブリのように潰されていくドラゴニュート。血飛沫の狂騒は、ある種の妖艶さすら感じさせる。敗北を察した数体がその場から飛び去ろうとしたが、彼らもすぐに火炎に焼かれ、煤塵に帰してしまった。

 井沢の目には、全てがスローモーションに映っていた。実際にはほんの数十秒の出来事だったが、体感では10分以上に思えた。ドラゴンを直接目の当たりにするのは初めてだったが、これほどの力とは……。


「ははは……横浜が吹っ飛ぶわけだ」


 肉塊となったドラゴニュートたちを一瞥し、どこか呆れたように笑う。


「大丈夫か、オッサン?」


 ドラゴンに普通に話しかけられ、井沢は僅かに戸惑った。


「あ、ああ。お陰様でな。お前が例の"アルビノ"か?」

「その呼ばれ方は好きじゃないな。雪也って名前がある」

「人間……なんだよな?」

「そう思いたいね」


 雪也は人間の姿に戻り、井沢に小さな笑みを向ける。そこでようやく、兵士たちの警戒心も解かれた。


「ああそれと、アンタらにプレゼントがあるんだ」

「プレゼントだと?」

「きっと気に入るぜ」


 雪也の背後に、青いドラゴンが舞い降りる。味方だと分かっていても恐ろしいのか、井沢の部下から僅かに悲鳴が漏れる。

 だが悲鳴はすぐに、驚愕の声へと変わった。青いドラゴンの口から、軍の戦闘服を着た人間が吐き出されたためだ。粘液にまみれて判別しにくいが、左肩には確かにD-スレイヤーの部隊章がある。


「……先遣隊でしょうか?」


 柴野の質問に、井沢は黙って頷く。


「あの山ン中を這い上がってる時にたまたま見つけたんだ。まだ生きてる」

「驚いたな……」


 衛生兵が駆け寄り、すぐさま容体を確認する。


「大丈夫……まだ息はある!」


 衛生兵がそう叫ぶと、周りの人間たちは安堵や歓喜の声をあげた。

 その間に、青いドラゴンも人の姿に戻っていた。梵は周囲の歓喜にも興味を示さず、ただその場に佇む。梵にとっては本当にどうでもいいことだった。助けた兵士が寺島という名前なことは知っていたが、それだけだ。それ以外は何も知らない。見知らぬ兵士と共に喜びを分かち合っている雪也に、違和感を抱いたほどだ。


「ソヨ……?」


 不意に名前を呼ばれ、梵は顔を上げる。小さく震え、どこか弱々しい声。その声には聞き覚えがあった。


「新汰?」


 梵は声の主である少年を見る。白い検査衣を身に纏った、細く小さな身体。その姿は確かに、梵が助け出した少年だった。


「ソヨ!!」


 新汰は梵に勢いよく抱きつき、服の裾をギュと握る。小さな瞳には涙が滲んでいた。


「あの時……死んじゃったかと……」


 梵は新汰の頭をそっと包む。


「あの青いドラゴン……あれってソヨなの?」

「怖かったか?」

「うん……少し」


 未だにどこか怯えている新汰に、梵は僅かに口元を緩める。どうにか新汰を安心させようとした。


「大丈夫だ。怖いことは全部終わった。あとは国防軍に保護してもらうだけだ。メサイアの奴らも全員……」


 そう言いかけて、梵は言葉を詰まらせた。

 そういえば、天人はどこへ行ったのだ? 雪也が全滅させたドラゴニュートの中にはいなかった。噴火に巻き込まれて死んだのか? いいや、奴に限ってそんなことはあり得ない。ならば……。


「これはこれは、随分と派手にやられたようだな、うちの戦士たちは。全く……20年近くかけた計画が台無しだ」


 安堵の雰囲気を破ったのは、おどけたような低い声だった。

 死体の群れを踏み越えながら、声の主がこちらに歩いてくる。国防軍の兵士たちが一斉に銃を向ける。梵も、その身体を強張らせた。

 不気味な笑みを浮かべるその男は、全ての元凶……梵にとっての、憎むべき最大の敵だ。


「天人……!!」


 梵は唸るように、父の名を呟いた。

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