第24話 地上へ
雪也はなおも頭を無茶苦茶に振り回しながら、咆哮を上げて苦しんでいる。彼自身の人格が目覚めようとしている兆候だろう。
梵は白いドラゴンに体当たりし、相手を仰向けに転ばせると、すぐさまマウントポジションを取った。
「さあ雪也、起きる時間だぞ!」
雪也の頭を鷲掴みにし、地面に何度も叩きつける。ドラゴンの外皮は頑丈で、傷ひとつ付いていない。だが脳には刺激が伝わっているはずだ。シェルター並みの硬度の地面が抉れる。ドラゴンとして持てるだけの最大のパワーを、両翼に込めていた。
――――これで……どうだ!?
効果を確かめるため、ほんの一瞬だけ力を緩める。
だが、それが仇となってしまった。雪也は梵の翼を振り払い、至近距離から火球を放った。
「ぐあっ!!」
青い巨体が弧を描いて宙を舞う。火球自体は大した威力ではなかったが、雪也はこの隙に体を起こし、態勢を整えてしまった。
「まだダメか……!」
歯ぎしりをしつつ、梵は後ずさる。正直、これ以上の手は思いつかなかった。説得も実力行使も失敗したとなっては、もう切り札が無い。口に炎を纏わせつつ、相手の出方を伺う。最早、雪也と本気で殺し合う他にないのだろうか。それだけ何としても避けたかったが……。
そう諦めかけた刹那、頭上から金属を引き裂くようなけたたましい破壊音が轟いた。
「何だ!?」
梵は思わず上を仰ぎ見る。
ほんの一瞬の出来事だった。何かが弾道ミサイルのブースターを突き抜けて、そのままドームの地面を突き破ったのだ。弾道ミサイルはその"何か"に真上から貫かれたらしく、筒状の本体にはぽっかりと風穴が空いている。
直後、地面から激しい振動が届いた。丸く空いた穴から黒煙が吹き出し、そこを中心としてドーム全体に亀裂が走る。さっき落ちてきた物体が、地中深くで爆発したらしい。
おそらく、今さっき落ちてきたのは爆弾だ。それも地中貫通爆弾。梵は以前、式条からその爆弾のことを聞かされていた。地面を掘り進み、地下に潜む敵を粉砕する爆弾なのだという。1年前に中見原町で、雪也を撃破したのもこの爆弾であった。
致命的なダメージを被った弾道ミサイルはたちまち形を失い、金属の雪崩となって落下してきた。梵は難を逃れたが、雪也はそのまま瓦礫の山に飲み込まれてしまった。
――――軍が空爆したんだな。
梵は即座に察する。ひとまず、これで弾道ミサイルの脅威は消えたわけだ。
しかし、決して安心できる状況ではなかった。突如として轟音が響き渡り、地震がドーム全体を揺らし始めたのだ。
「ったく、今度は何だよ……!」
梵は思わず辺りを見回す。何が非常にまずい事態になっていることは、容易に察しがついた。体感温度が急上昇する。まるでこのドームが、石鍋のように熱せられてるような……。先ほどのバンカーバスターが、この山に何らかの異常を引き起こしたらしい。
異常の全容は間もなくはっきりした。地面の亀裂から、ドロドロとしたオレンジ色の溶岩が漏れ出してきたのだ。湧き上がる溶岩は少しずつ地面を侵略し、別の亀裂から湧いた溶岩と一体化する。
「おいおいおい……冗談じゃないぞ!」
梵の足元にも溶岩が迫る。こんなものに触れたらタダでは済まない。ドラゴンの外皮といえど、限界はある。
梵は以前天人から聞いた話を思い出した。この島は元々火山島で、何度も噴火を起こしていると。’62年と’77年に噴火したということは、噴火の周期はかなり短いはずだ。それが地下施設の建造により何十年も噴火が抑制され、エネルギーを溜め込んでいたとしたら……。
背筋が冷たくなる。自分たちは今、火山噴火の真っ只中にいる!
――――まずい……本当に死んでしまう!
早く雪也を連れて、ここから脱出しなければ! 梵はパニックに近い焦燥に駆られながら、雪也が埋まっている瓦礫を夢中で掘り起こした。
島の上空には、複数のV-22オスプレイが滞空していた。オスプレイからは複数の兵士が降下し、次々に島に降り立っている。兵士はいずれも重装備だった。大口径ライフルや対戦車ロケットランチャーを所持しており、さながら機甲部隊相手に戦うかのようだ。
国防陸軍の井沢大尉も、島に降り立って陣頭指揮を取っていた。D-スレイヤー先遣隊壊滅の一報を受けて、この島へと緊急出動したのだ。敵の能力については、先遣隊が捉えた映像から大方判明している。
つい今しがた、空軍のF-3戦闘機により空爆が行われ、弾道ミサイルが破壊された。井沢大尉たちの任務は生存者の捜索と、残存するドラゴニュートの殲滅だ。
「大尉、建物の中からビーコンの反応があります」
隣の隊員が、井沢に報告をする。ビーコンは、隊員の位置情報を知らせるためのものだ。それが反応しているということは、生存者がいる可能性がある。
現在井沢たちがいるのは、メサイアのビルに備え付けられたヘリポートだ。先遣隊が最初に降り立ったのも、まさしくこのヘリポートだった。
「よし、建物に突入するぞ。山本、柴野、先導しろ」
「「了解」」
エントランスホールに入ると、隊員たちはすぐに陣形をとった。ドラゴニュートの死体が大量に転がり、血と肉の匂いが鼻をついたが、肝心の生きた個体は見当たらない。
「おい山本、ビーコンの反応はどこからだ?」
「多分……この真下です」
ホールの中央に空いた穴から、地下を覗いてみる。その途端、山本と井沢は同時に声をあげた。暗闇をライトで照らすとそこには、少年の姿があった。少年はこちらを見上げながら、眩しそうに顔をしかめている。
「反応はあの少年からで間違いありません。どうします?」
「どうするも何も、助ける以外ないだろう」
まず1人が穴の底に降り、少年を抱きかかえた上でロープで引き上げる、という方法がとられた。作業そのものは順調に進んだが、その間地震のような揺れが何度も彼らを襲っていた。
「さあ、もう大丈夫だよ」
引き上げ作業が終わると、柴野は優しく声をかけた。しかし少年の表情は硬い。ホール全体が小刻みにカタカタと揺れていては、無理もないだろう。
「なんでしょう……こんなに地震が起こるなんて」
兵士の1人が、不安げに井沢に尋ねる。
「これは……急いだ方が良さそうだな」
島の地殻が何らかの変動を起こしてることは明らかだった。井沢の額に、冷や汗が滲む。自然相手ではどうしようもない。一旦撤退する他なさそうだ。
だが直後、ホールの床を割って、怪物が目の前に飛び出してきた。兵士たちは瞬時に武器を構える。
その姿は、情報にあったドラゴニュートそのものだった。ドラゴニュートは獲物を探すように、兵士たちの顔を見回している。
「こいつ……目標です!」
銃を構えた山本が、井沢に叫ぶ。
「ならば情け無用だな」
圧倒的な脅威を前にしても、井沢の口角は上がっていた。
「どうした人間? お前には獲物の自覚がないのか?」
「そんな報告は受けていないな。我々はトカゲの化け物を狩るためにここへ来たんだが」
井沢が挑発的に言う。戦うことが楽しくて仕方ない、という様子だった。井沢は舌なめずりをしながら不敵な笑みを見せる。
「お前らが人間でなくて良かった……ケダモノ相手に躊躇いはないからな!」
梵は依然、鉄くずの山を掘り返していた。白い鱗はだいぶ見えているのだが、未だに雪也が眼を覚ます様子はない。溶岩はもう、ドラゴン達のすぐそばまで迫っている。
「雪也!! お前が冗談好きなのは知ってるけどな、今は冗談抜きでヤバい状況なんだ!」
強烈な硫黄の臭いが鼻孔をくすぐり、息を吸っただけで喉が焼けそうになる。それらが、さらなる焦燥を掻き立てていた。
すると梵の声が届いたかのように、突然鉄くずの山が持ち上がり、白いドラゴンの長い首が露わになった。ミサイルの残骸をボロボロと落としながら、ドラゴンは梵の方をじっと眺めている。
だが、雪也が暴走したままでは元の木阿弥だ。急いで彼を正気に戻さなければ。梵は白いドラゴンの頭を力一杯殴りつけた。
「いい加減元に戻れ雪也!!」
極限状態の最中で、梵の声が上ずる。
「痛い痛い! 待て待てちょっ……えっ!? おまっ何すんだよ!!?」
だが白いドラゴンから発せられたのは、聞き慣れた声だった。梵は思わず「え?」と漏らし、振り上げた翼をフリーズさせる。
「ソヨ? お前……何やってんの??」
雪也は眼を白黒させながら、梵に説明を求めている。今の今までの記憶は、完全に抜け落ちているようだ。
「雪也、お前なのか?」
「まぁ……このミヤビな純白のドラゴンは、世界中探しても俺だけだと思うぞ」
梵の口から、安堵のため息が漏れる。死の淵に立っていることには変わりないが、それでも雪也が戻ってきたことは喜ばしい限りだった。
「てかおい!! この状況って大丈夫なのか!!?」
雪也が悲鳴に似た声で聞いてくる。今や溶岩は亀裂という亀裂から溢れ出し、梵と雪也を包囲していた。
「簡単に説明するとだな……色々あって俺たちは今、噴火寸前の火山の中にいる」
「本当に色々あったみたいだなっ」
とは言っていたものの、雪也の飲み込みは早かった。焦りはすぐに消え、落ち着いて周囲を見回し始める。
「よし、とりあえず溶岩を止めるぞ!」
雪也は自信ありげに言った。こんな短時間で解決策を考えついたのかと、梵は素直に感心する。
だが、その感心は一瞬にして打ち砕かれた。雪也は何を思ったか、亀裂に向けて強烈な火炎を放ち、地面を吹き飛ばしてしまったのだ。無論のこと溶岩は噴水のごとく吹き出し、白いドラゴンは「うわぁ!」と容姿に似合わない間抜けな悲鳴をあげる。
「えぇっ!!? 何してんだ!!?」
頭に浮かんだ疑問が、そのまま口から飛び出る。この馬鹿は一体何を考えているのだ?
瞬く間に足場と呼べる場所は消え、ドームは灼熱の釜となってしまう。2体のドラゴンは翼を羽ばたかせ、どうにか溶岩を回避した。
「頭おかしいのかお前は!!!」
梵は容赦なく雪也を怒鳴りつける。だが当の雪也は、「何故こうなったのか分からない」とでも言いたげな顔で梵を見つめた。
「いや、前にテレビで見たんだよ。鉄と鉄を燃やしてくっつける……ヨーセツって方法」
「溶接は熱とか圧力を予め調整してからやるんだよ! ただ闇雲に燃やしてるわけじゃない!」
とにかく、もうこんな場所にはいられない。脱出経路はただ一つ、ミサイルサイロだけだったが、サイロの直径はドラゴンが羽ばたけるほど大きくはない。鉤爪でロッククライミングのようにサイロを登る他なかった。
「そうだソヨ! 聞いてくれ! 俺、変な奴らに襲われたんだ! なんて説明すればいいか分かんねーけど……とにかく、ドラゴンみたいな人間だった」
雪也が言っているのはおそらく、ドラゴニュートのことだろう。梵はサイロを這い上がりながら考えた。
「そいつらは何体もいて、俺が人間になって話しかけようとしたら、変な注射を打ってきやがった! あいつらのボスは多分……灰色のやつだったと思う。ソヨお前、なんか知らないか!?」
どこまで雪也に話すかは迷ったが、結局重要なことは大方教えることにした。
「あいつらはドラゴニュート。人間がドラゴンの血を飲むとああなるらしい。奴らは新種のウィルスをばら撒いて、人類を滅ぼそうとしてる。お前が言ってた灰色の奴は……お前の両親を殺した張本人だ」
それを聞いて、雪也は一瞬言葉に詰まる。
「え……殺されたって何だよ? 俺の父ちゃんと母ちゃんは事故で……」
「事故じゃなかったんだ。お前の両親は、ドラゴニュートに襲われて死んだ」
「どういうことだよ……! そのドラゴニュートって、一体何なんだよ! 俺の親を殺した奴は誰なんだ!!?」
悲痛に震える雪也の声を聞きながら、梵は僅かに歯を食いしばった。
「海成天人……俺の父親だ」




