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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
第2章 運命に呪われし少年
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第23話 世界を救うために

「これだ……間違いない」


 研究所を越えた先には、僅かに明かりの灯った制御室のような部屋があった。強化ガラスの向こうには、巨大な弾道ミサイルの一部が見える。

 モニターを確認すると、ミサイルは既に発射体制に入っていた。カウントダウンはもう15分しかない。寺島はどうにかミサイルを止めようと、操作盤を叩いた。しかし制御は厳重にロックされていて、突破することができない。一度発射シークエンスに入ってしまうと、もう中断はできないようだ。


本部(HQ)、応答せよ」


 寺島は無線を起動して呼びかける。


『こちらHQ、ミサイルは発見できたか?』

「発見した……だが発射はもう止められない。タイムリミットまで15分弱」

『C-4は使えそうか?』

「自分以外は全滅した……今から仕掛けても間に合いそうにない。バンカーバスターでの空爆を要請、位置はこちらのビーコンで知らせる……」

『了解した』


 なんとか間に合った……そう思って、一瞬気を抜いた時だった。


「油断するのは早いんじゃないか、兵士さんよ?」


 背後から挑発的な声が囁く。全身に悪寒が走り、慌てて後ろを振り返った。


「くっ!?」


 目の前には、茶色のドラゴニュートがいた。巨大な体躯で寺島を見下ろし、口元には薄気味悪い、嘲るような笑みを浮かべている。

 寺島はライフルを構え、即座に攻勢に転じようとする。しかしドラゴニュートの反応速度は、人間を遥かに凌駕していた。ライフルはいとも簡単に奪い取られ、目の前で真っ二つにされてしまう。

 さらにドラゴニュートは、寺島の胸に強烈な掌底を喰らわせる。寺島自身も軍で日々鍛えてはいたが、人ならざるこの生物の前では赤子も同然だった。体はいとも簡単に吹き飛ばされ、口からは大量の血液を吐いた。


「ゲハッ……!!」


 寺島は地に伏したまま、立ち上がることすらできない。肋骨が数本折れているのは確実だ。心臓が破裂しなかったのは奇跡と言えるだろう。それでもどうにか上半身だけを起こし、腰のホルスターから拳銃を抜く。


「ほほう、その意気だ兵士さん!」


 ドラゴニュートは煽るように言いつつ、ゆっくりと近づいてくる。寺島がどう抵抗する気なのか、愉しんでいるようだ。

 朦朧とする視界でどうにか狙いを定め、引き金を引く。弾丸は敵の頭部に命中したが、金属音に似た甲高い音とともに呆気なく弾かれてしまった。

 ドラゴニュートは熊のように太い足で、寺島の腹を踏みつける。折れた肋骨まで圧迫されて、喉から絶叫が漏れた。一瞬でトドメを刺すこともできるはずだが、この憎らしい怪物はそうはしなかった。じっくりと痛めつけて、極限の苦痛を与えた上で嬲り殺すつもりのようだ。


「己の最期を悟りながら尚も抗い、生に縋りつこうとするその姿……実に惨めだ」


 ドラゴニュートの手が寺島の首を鷲掴みにし、その体をゆっくりと持ち上げる。気管を塞がれたことで体に酸素を送れなくなり、目が真っ赤に充血した。


「ぐっ……がっ……」


 二本の足が力無く宙を蹴る。首の骨が折れるのが先か、窒息死するのが先か。ドラゴニュートは哀れな人間の最期をじっくりと堪能していた。

 鋭い鉤爪が、寺島の腹に突き立てられる。鮮血が鉤爪を伝い、ポタポタと床に滴った。


「天人様はこう仰っていた。"命とは消えゆく間際が最も輝く瞬間だ"と。お前の最後の輝きを、俺に見せてくれ……」


 ドラゴニュートは寺島のガスマスクを剥ぎ取ると、爬虫類のような舌でペロリと顔を舐めた。まるで獲物の味見でもするかのように。


「ほう……これが"最期の輝き"か。いいものだな」


 ケタケタと喉を鳴らし、鬱血した寺島の顔を歓喜の視線で眺める。

 しかし、寺島は抵抗の意思を失っていなかった。一瞬の隙を突いてベルトからコンバットナイフを取り出し、それを敵の左目に勢いよく振り下ろす。


「ギャアア!!」


 ドラゴニュートは金切り声を上げ、両腕で左目を庇う。その拍子に首を掴んでいた手も離れ、寺島は自由の身となった。

 痛む体を引きずりながら、どうにか拳銃を拾い上げる。ドラゴニュートは左目に刺さったナイフを抜こうと悪戦苦闘していたが、ナイフが小さすぎるのかなかなか上手くいかないようだ。

 だがこいつは、最も重大な事態に気付いていない。ドラゴニュートの頭には2対のツノが生えていたが、その一方には黒いミリタリーバッグが引っ掛かっていた。敵の手が離れる直前、寺島が故意に引っ掛けたのだ。中に詰まっている物は、強力なC-4爆弾の束だ。ドラゴニュートは片目の視界を奪われているのと、パニックに陥っているのとでバッグの存在に全く気づいていない。


「もう一度惨めだと言ってみな、化け物め……」


 寺島は黒いバッグに狙いを定め、拳銃のトリガーを引いた。刹那、乾いた破裂音が空間全体を切り裂いた。

 肉片がそこら中に飛び散る。硝煙と生き物の焼ける匂いが、部屋中に充満した。寺島は薄目を開けて、辺りの状況を確認する。


「グァア……ガ……」


 ドラゴニュートの上半身は大部分が失われ、顔も半分が吹き飛んでいた。苦しそうに呻き声を上げ、片方しかない腕を懸命に寺島の方へ向けている。しかし、抵抗もそれまでだった。膝から崩れ落ちて床に伏し、満身創痍のドラゴニュートはそのまま立ち上がることはなかった。


「お前の命は……あまり輝かなかったみたいだな……」


 血と汗で濡れた顔に笑みを浮かべると、寺島はHUDの内蔵されたヘルメットを確認した。幸いにも、大きな損傷は無いようだ。


「HQ、HQ、応答せよ」


 故障してないことを祈りつつ、無線に呼びかける。


『こちらHQ。寺島少尉、何があった?』

「良かった、通じたか……。少しトラブルに見舞われたが、大丈夫だ。直ちにビーコンを起動する」


 発信機はさっきの少年に渡してしまったので、ヘルメットに付属しているビーコンを使うことにした。


『ビーコンを受信した。7分以内に空軍のF-3が空爆を行う。直ちにそこから退避せよ』

「ハァ……ハァ……了解……」


 だがここから逃げようにも、寺島の体は動かなかった。肋骨は折れ、はらわたは裂けて今も大量の血を垂れ流している。体全体が鉛になったかのように重い。無理に脱出しようとしたところで、出口に辿り着く前に力尽きるのが関の山だろう。ならばいっそ、ここにとどまって任務の完了を見届けるのも良いかもしれない。

 寺島はさっきの少年が無事に脱出したことを祈りつつ、近くの壁にもたれて力を抜いた。









 一方島の最深部では、2体のドラゴンが尚も決死の攻防戦を演じていた。

 梵はどうにか雪也を無力化しようと悪戦苦闘していたが、終わりの見えない戦いの中で疲弊は色濃くなっている。だが雪也の方は、ドラッグの効果なのか全く疲れを見せていない。闘争本能に身を任せた戦い方は、戦闘の中でさらに研ぎ澄まされているようだ。

 梵はどうにか解決策を見つけようとしたが、名前を呼びかけても、殴り飛ばしても、火球で吹き飛ばしても効果はなかった。雪也はゾンビのように幾度も立ち上がり、襲いかかってくる。

 2体のドラゴンは互いに突進し、バッファローのようにツノをぶつけ合う。一度でも急所を突かれれば、死は免れない。

 おそらくもう時間はないだろう。天人は間もなく、計画を実行に移すはずだ。今すぐにでも雪也を正気に戻さなければ、奴に一矢報いることもできぬまま全てが終わってしまう。


「雪也……いつか言ってたよな? 今でも両親の夢を見るって。今でも1人で涙を流すって。お前は本当は、こんなことにも巻き込まれずに……両親と幸せに暮らすはずだった。天人さえいなければ……」


 ツノで鍔迫り合いをしながら、雪也に説得を試みる。


「なぁ、お前は悔しくないのか? お前をこんな目に遭わせた人間が、のうのうと生きてることが……! あいつは自分を世界の救世主だと信じて、また大勢の人間を殺そうとしてる。あのクソ野郎に良いようにされたまま、惨めな負け犬として腐る気か!? 永代雪也!!」


 雪也は一歩ずつ、じりじりと距離を詰めてくる。梵は完全に力負けしていた。なんとかその場に留まろうとしても、白いドラゴンの底知れぬパワーによりじわじわと追い詰められていく。どうにか鉤爪を地面に食い込ませて、再び雪也に語りかける。


「永代晴樹、永代舞……お前の両親の名だ。覚えてるだろ? 誰一人守れず、両親の仇すら討てないままなんて、お前はとんだ腰抜けだ!!」


 その時、梵に迫っていたツノが離れた。雪也は突如、そこら中に頭を打ちつけて暴れ始める。彼の中で何かがせめぎ合っているかのようだ。

 これは好機だ。梵は白いドラゴンの頭部を、全力で殴りつける。


「雪也、今引きずり出してやるからな……!」


 荒っぽいが、これ以上の方法は思いつかない。梵はなおも苦しむ白竜に、全力で飛びかかった。








『空爆まで30秒!』


 無線から聞こえる声に、ぼんやりと耳を傾ける。ドラゴニュートに辛勝した寺島は、ボロボロの身体で壁際に腰掛けていた。側から見れば死体だと思われてもおかしくはない。寺島の周りには血溜まりができて、まるで彼自身が血の池のど真ん中にいるようだ。不思議と痛みは感じず、代わりに感じるのは睡魔だけだった。もう、最期の刻は近いのかも知れない。


 ――――自分は……少しは貴方に近づけたでしょうか? 式条大佐。


 軍人として最も尊敬する人物に向けて、心の中で尋ねる。もし指揮官が自分でなく彼だったら、部下を全滅に追いやることはなかったかもしれない。


 ――――みんな、すまなかった……。僕も今からそっちに行くよ。


 寺島は最後の力を振り絞り、無線のスイッチをオンにする。


「HQ、聞こえるか……?」

『寺島少尉……』


 こちらの最期を察しているのか、向こうの声は震えている。


「一つ頼みたいことが……」

『何です?』

「両親と式条大佐に、ありがとうと伝えて欲しい」

『了解……!』


 寺島の目から流れた涙が、顔についた血を僅かに洗い流す。これで良かったんだ。あとは空軍がバンカーバスターでミサイルを破壊し、メサイアの陰謀を阻止してくれる。これできっと、数百万の命が救われたはずだ。

 寺島が瞼を閉じた直後、全てが白い閃光に包まれた。

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