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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
第2章 運命に呪われし少年
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第22話 それぞれの決意

 モニターの光景は、14年前のあの日と重なって見えた。香織が死に、梵がドラゴンとして生まれ変わった日……。

 梵のとった行動は、まるで母の最期をなぞっているかのようだった。これが親子というものなのかと、天人は思わず感心する。梵と対峙した時は、本当に香織と対面しているような感覚に陥った。

 2体のドラゴンはなおも攻防戦を続けている。天人はおもむろに立ち上がると、モニターに背を向けて歩き出した。


 ――――機は熟した。今こそ進化の扉を開く時だ。


 ここまで途方もない時間と、数え切れない犠牲を払ってしまった。だが今日、ようやくそれらが結実する。代償に見合うだけの……いや、この偉業に比べれば、今までの代償など微々たるものだ。全てが達成された時、人類は私を神と崇めるだろう。

 天人が部屋を出ようとすると、ちょうど長門がいた。その手には、D.G.ウィルスのアンプルが握られている。


「お持ちしましたが……これをどうするんです?」

「万が一のためさ」


 天人は微笑むと、アンプルを懐にしまった。


「あぁそれと、重要な報告が」

「どうした?」

「国防軍のヘリが、この島に向かっています」

「やはり来たか……迎撃体制はとれてるのか?」

「この島の職員は、あなたが殆ど殺してしまいましたからね……」

「私のせいみたいに言うな。他にどうしようもなかったんだよ」

「それは理解してますが、結果的に防衛体制が崩壊したのは事実なので」

「嫌味を言ってる暇があったら、さっさと迎え撃つ用意をしろ」

「はいはい喜んで」


 皮肉っぽく吐き捨てた長門は、再び暗い通路へと消えていった。

 天人は大きく深呼吸をすると、灰色のドラゴニュートに変身した。その手で、そばに飾られていた赤い肉塊を手に取る。人間の胴ほどもあるその物体は、ドラゴニュートの頭部であった。引き千切られたように斬首されており、本来胴体と繋がるべき部分からは青紫色の液体が滴っている。この頭部が、かつてメサイアの指導者であったエドワード・オウルの成れの果てだとは、誰も信じないだろう。

 天人は、しばしオウルの首と見つめ合う。"神に選ばれた男"とやらの末路にしては、あまりに哀れだ。


「オウル卿……本当は貴方を殺したくはなかった。私のもたらす新世界に迎えたかったのです。貴方のような、驕れる者共を。貴方自身の目で私の偉勲を見て、そして絶望してほしかった」


 そう言って、オウルの首を元あった位置へ戻す。


「貴方ともお別れだ、オウル卿。古の神が滅ぶ様を、地獄の底から仰ぎ見ているといい」


 灰色のドラゴニュートは部屋を後にし、明かりのない通路をゆっくりと歩いていく。新世界への最後の旅路を、一歩一歩踏みしめるように。この日のために、人生の全てを捧げてきた。愛する妻や息子さえも。だがこの"目的"には、それだけの価値があるのだ。この……オジマンディアス計画には。


 ――――香織、見ていてくれ。私が追い求めた、夢の果てを。君の死は決して無駄ではない。数時間後、世界は奇跡を知ることになるだろう。









七潮島上空-同時刻


 滞空するブラックホークヘリコプターから、数人の兵士がロープで降下していく。眼下には、メサイアの研究施設ビルがある。全員が地上に降り立ったのを確認してから、寺島もロープに手をかけた。

 施設の様子は、梵の報告の通りだった。ビルは煙を吹き上げ、周辺には大量のドラゴニュートの死体が転がっている。凄惨な光景に、寺島は僅かに顔をしかめる。この先に恐ろしい"何か"が待ち受けていることは、間違いないようだ。


「全員防毒マスクの着用を忘れるな」


 部下にそう命令し、自身もマスクも着用する。D.G.ウィルスたる未知のウィルスが使用される可能性があるため、その対策だ。もっとも、防毒マスク程度で防げるのかは甚だ疑問だったが。


「ゴーゴーゴー」


 ビルの中も血と死体だらけで、廃墟同然だった。荒れ放題のエントランスホールの中央には、巨大な穴が空いている。


「少尉、この下が例の研究所のようです」


 部下の1人が、穴をフラッシュライトで照らしながら報告する。


「よし、ラペリング降下で突入するぞ」


 適当な場所に器具を引っ掛け、ロープを使って滑り降りていく。全員が地下研究所に降り立つと、最大限に警戒をしながら奥へと進み始めた。研究所内は電力が途切れているのか真っ暗で、ライフルのフラッシュライトだけが頼りだった。


「少尉、これって……」


 部下の1人が、幽霊でも見たように尋ねてくる。

 ライトに照らし出されたのは、人体実験の跡だった。年端もいかない子供が金属台の上で解剖され、放置されている。それだけでも恐ろしい光景だったが、そんな死体がこの地下にはいくつも置かれていた。どんな実験をしていたのかは分からないが、一つ確かなのは、何の罪もない何百人もの子供が非道な実験の犠牲になったということだ。


「それにしても、こんなに大勢の子供を……一体どこから」

「きっとこれでしょう」


 寺島の疑問に、資料一式を持った兵士が答える。その資料は、研究所のデスクに置かれていたものだ。


「日本だけじゃありません。中国や東南アジアの貧困層からも、高値で子供を買い取っていたようです。中には、子供を作っては積極的に売り払っていた親もいたとか」

「惨い話だな……」


 さらに奥へ進むと、ドラゴニュートになりかけた子供の死体も見つかった。その殆どが、液体に満たされたカプセルの中に入っている。腕だけが変異した死体、下半身が変異した死体……。そしてただ一体だけ、カプセルに入っていないドラゴニュートもいた。その個体は直立し、生きているかのように寺島たちを見据えている。


「ん?」


 寺島は違和感を覚え、もう一度そのドラゴニュートを照らしてみる。

 刹那、ドラゴニュートは目にも留まらぬ速さで飛びかかってきた。兵士たちは避けることも叶わず、気付いた時には1人が鋭利な鉤爪に貫かれていた。


会敵(コンタクト)!!」


 すぐさま、ドラゴニュートに弾丸の雨が浴びせられる。しかし、このモンスターにとっては銃弾など小石も同然だった。怯むことすらなく、目に付いた兵士に次々と襲いかかっていく。


「もう一体いるぞ!」


 ドラゴニュートは2体目、3体目、4体目……と、次々に現れる。兵士は懸命に抵抗し続けるが、火力が圧倒的に足りない。全滅は時間の問題だった。

 ドラゴニュートの口から、火球が放たれる。ドラゴンの火球に比べると威力は大きく劣るが、それでも人間2~3人程度なら容易に吹き飛ばせる。火球は研究所の設備を焦げた残骸に変え、近くにいた兵士が宙を舞った。

 寺島は敵にグレネードランチャーを放つ。しかし、敵は僅かに仰け反った程度で、やはり有効打にはならない。


「少尉、これを!」


 寺島に向かって、黒いバッグが投げ渡される。中身は確認しなくても分かる。弾道ミサイルを破壊するためのC-4爆弾だ。


「俺たちがここで囮になります! 少尉はミサイルを止めてください!」

「馬鹿言え! ここにいたら死ぬんだぞ!?」

「ここで全滅すれば弾道ミサイルが発射され、何百万もの命が失われます! 任務を果たすためには、犠牲が必要です!」

「ダメだ、絶対に生きて帰還するんだ! 命令だ!」

「寺島少尉……共に戦えて光栄でした」


 その兵士は寺島に敬礼をすると、手榴弾のピンを引き抜いた。


「フラッシュバン!!」


 敵に向かって投げられた手榴弾は、直後に網膜を焼くほどの閃光を発した。ドラゴニュートたちは堪らず目を覆い、動きが大きく鈍っている。これはまたとないチャンスだった。


「すまない……!」


 寺島はそう呟くと、姿勢を低くしながら研究所の最深部へと走り出した。部下が命懸けで作った好機を、無駄にするわけにはいかない。

 背後では視力を取り戻したドラゴニュートたちが、戦闘を再開している。いや、戦闘というよりは虐殺に近いかもしれない。そう言って差し支えないだけの一方的な戦いだった。

 だが幸いにも、1人抜け出した寺島の存在には気付かれていなかった。この不気味な暗闇が、今だけは味方をしてくれたらしい。銃声や爆音が遠くなり、辺りが静寂に包まれていく。


「すまない……許してくれ……すまない……」


 もうこの世にいないであろう自分の部下たちに、何度も謝罪する。そうしなければ押し潰されそうだった。やはり自分には、式条大佐の代わりなど務まるはずがなかった。ガスマスクの下の瞳から、涙が溢れそうになる。

 その時、目の前で何かの影が動いた。


「何だ!?」


 まさか、見つかったのか……!?

 ライフルのトリガーに指を置き、暗闇を凝視する。

 現れたのはドラゴニュートではなく、小さな少年だった。少年は怯えながら、寺島の方を見て立ちつくしている。


「君は……ここに捕まっていたのか?」


 少年は小さく頷く。


「僕を助けてくれた人がいたんだ。その人は、よく分からないけど凄い力を持ってた」

「その人の名前は、海成梵か?」

「う……うん。あなたは軍隊の人?」

「そうだよ」

「助けに来てくれたの?」

「ああ。でも、その前に任務を遂行しなきゃならない。君、大きなミサイルとか見てないかい?」

「うん……あっちだよ。ソヨもきっとそこにいると思う」


 少年は、自分が来た道を指差す。


「ありがとう。じゃあ、君はこれを持ってて」


 寺島は、少年に手のひらサイズの小さな機械を渡した。


「これは……?」

「発信機だ。これがあれば、軍の仲間が君を見つけてくれる。それまではどこかに身を隠してるんだ」

「わかった」


 寺島は少年の頭を優しく撫でる。少年は発信機を大切そうに握りしめると、寺島が来た道を足早に去っていった。

 少年の背中を見送った後、ライフルのマガジンを素早く装填する。瞳を閉じ、瞼の裏に部下たちの顔を思い浮かべた。


「お前たちの犠牲を……無駄にはしないぞ。この命に代えても、必ずミサイルを止める」

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