第20話 友との戦い
「くっ……!!」
梵は失った右腕を庇いながら、どうにか立ち上がる。幸いにも、麻酔の効果は薄れ始めていた。雪也は、理性を感じさせない狂気的な目でこちらを見ている。先日のような暴走状態にあることは疑いようがない。こんな状況で、人間態のまま棒立ちしているなど自殺行為だ。梵は素早く"能力"を発動させ、ドラゴンに変身する。
「雪也、俺が分かるか?」
返事はない。やはり意識を封じられているようだ。梵は口に炎を纏わせ、戦いに備える。屋内戦は初めての経験なので、どれだけ戦えるかは未知数だった。
ふと、そばに落ちている小さな赤い物体が目に入った。それは、あのロストレッドのヒーロー人形であった。倒れていた時に、ポケットから落ちたのだろう。
この人形は、ずっと両親への手掛かりとして肌身離さず持っていた。物心ついてから10年以上もの間、心の支えとなっていた。いつか両親と再会し、共に暮らせる日が来る……そう信じていた。まだ見ぬ"家族"に、希望を見出していたのだ。
だがそんなものは、ありもしない希望だった。現実は常に理不尽で、恐ろしく残酷だ。ようやく見つけた父親は希望ではなく、絶望そのものであった。こんなことならば、生涯会えないままの方がずっとマシだっただろう。もう家族にも、夢にも、この人形にも……何の価値もない。
梵は自身の翼で、ヒーロー人形を叩き潰した。人形は粉々になり、もはや原型を留めていない。これは父への決別宣言だ。もう奴は父親などではない。奴は、この手で倒すべき仇だ。
「ギャオオオオオオオオオ!!」
雪也が狂ったような咆哮を上げ、こちらに襲いかかってくる。梵もほぼ全力で迎え撃った。そうしなければ、あっという間に殺されてしまうからだ。
首元に噛み付こうとする雪也をどうにか押さえ、翼で殴りつける。一度捕まれば終わりだ。どうにか火球などを駆使して、雪也の動きを封じようとする。
「雪也! いい加減に正気に戻れ!」
梵はそうやって何度も呼びかけ続けた。しかし、雪也が自我を取り戻すことはない。
天人の目的は、自分と雪也のどちらが優れた個体かを確かめることだろう。だから直前で母の死の真相を知らせ、憎しみのままに戦うよう仕向けた。だが勿論、父親の思惑に乗る気は更々ない。奴の弱みは、己の息子が15年の間に何を見、何を思ってきたのか知らないことだ。
「お前の両親を殺した奴が……すぐそこにいるんだぞ!!」
梵は何度も、白い怪物の中にいる友に訴えかける。
「14年前、車の事故でお前の親は死んだ。でもあれは事故じゃなかった……殺されたんだ! 俺の父親にな! 俺たちの敵は奴だ!!」
語りかけながら、辺りを見回して状況を確認する。このドームの中には何もなく、四方は頑丈そうな障壁に覆われている。唯一あるのは、天辺から覗くミサイルの排気ノズルだ。しかし、あのミサイルを破壊するのはどう考えても危険だ。何が搭載されているのかも分からないし、仮に燃料が注入されていた場合、大爆発を起こして施設全体が崩壊する可能性もある。そうなれば、自分も雪也も生き埋めだ。
一体どうすればいい……梵は思考をフル回転させるが、名案は一向に思いつかなかった。
天人は別室のモニターで、2体のドラゴンの死闘を眺めていた。
死闘といっても、アルビノの方が一方的に攻めているだけであり、梵は一貫して防戦のみだ。そのことが、天人にとっては意外だった。正直のところ、梵が憎悪に駆られてアルビノに全力で襲いかかるのを期待していた。決着がついてどちらかが死んだところで、生き残った方に事実を伝えて錯乱させ、憔悴しきった時を見計らって洗脳し手駒にする、というのが当初の予定だった。
結果的には、その目論見は失敗した。一方に戦意がなければ個体の優劣など図れるわけがないし、2体とも生き残ってしまう可能性もある。そうなれば当然、計画が危機に晒される。戦いで衰弱したところを2体まとめて殺してしまう手もあるが、あまり使いたくない手段だ。
すると突然、部屋のドアが開かれた。天人が振り返ると、そこには部下の長門がいた。
「天人様、ご報告が」
年齢は天人より一回り以上年下であるが、非常に優秀で忠誠心の強い男だった。オウルを殺した際にも、多くの部下が離反した中、彼は天人の元に残った。
「どうした?」
「国防軍に慌ただしい動きが。何か始める気のようです」
「嗅ぎつけられたか? まぁ概ね想定内だ。弾道ミサイルの準備はどうなってる?」
「燃料注入は完了。弾頭の搭載も間もなく終了します」
「よし、発射命令は私が下す。経過は随時報告しろ」
この島のミサイルサイロは、およそ半世紀前に建造されたものだ。当時のメサイアは、米ソ核戦争を引き起こそうと躍起になっていた。地球上で数万の核が炸裂すれば、人類文明は瞬く間に崩壊し、地上は大量の放射性降下物に覆われる。ドラゴニュートは放射性物質への耐性があるため、人類だけを効率よく滅ぼすことができる、というわけだ。
その核戦争の嚆矢となるのが、ここのミサイルサイロになるはずだった。アメリカの同盟国である日本からソ連領内に核ミサイルが発射されれば、ソビエト政府はアメリカの差し金だと判断する。ソ連は報復としてアメリカに核ミサイルを放ち、アメリカはその報復として核ミサイルを撃つ。そうなれば、晴れてメサイアの野望は達成だ。
だが、その計画は頓挫することとなった。’89年に冷戦の終結が宣言され、その2年後にソ連が崩壊したことにより、核戦争の危機が去ってしまったのだ。当然このミサイルサイロにも価値が無くなり、島は極秘研究所として転用される運びとなった。そして時が経ち、天人が研究所の責任者となったことで、現在の計画がスタートしたのだ。
「長門」
「何でしょう?」
「D.G.ウィルスのアンプルを一つ、持ってきてくれ」
「は……はい」
若干困惑しながら去る長門を見送ると、天人は再びモニターを凝視した。
伊豆諸島上空-2030年7月21日午前7時
水平線から昇った朝日が、東の空を照らしている。心地良い潮風が香る平和な朝を、けたたましいヘリの轟音が切り裂いた。
4機のUH-60JAヘリコプターが、エンジンをフルスロットルで吹かしながら編隊を組み、一直線に七潮島を目指している。明らかに訓練という雰囲気ではなく、何か切迫した事態が起こっていることは、誰の目にも明らかだった。
「全員よく聞け。今回の作戦目標は七潮島の威力偵察と、弾道ミサイルの調査及び破壊だ。ミサイルの破壊にはC-4爆弾を使用するが、不可能な場合は空軍に爆撃を要請する」
寺島少尉は、ヘリの中で部下たちに作戦概要を説明する。
本来この役目は、式条大佐のものだった。彼以上の適任者がいないことは、誰もが認める事実だ。誰よりも優秀で、状況を正しく見極める慧眼に長けている。軍人として理想的な人物。だがその彼はここにはいない。だから、誰かが代理を務めなければならない。
寺島が現場指揮官に選ばれたのは、式条大佐の副官だったからという理由だ。だが副官といっても、彼の思考をそっくり真似ることなどできない。自分には荷が重い、そのことは寺島自身が一番感じていた。
しかし、弱音を吐いてられるほど甘い状況ではない。この作戦が失敗すれば日本が……いや、全世界が危機に晒される。あの弾道ミサイルはMIRV(個別誘導複数目標弾頭)だ。弾頭が分割し、一度に複数のターゲットを攻撃できる。再突入後に全ての弾頭を破壊することは極めて困難だ。一つでも地上に着弾すれば、そこからアウトブレイクが始まってしまう。つまり発射前にミサイルを破壊しなければ、打つ手は無くなるのだ。
「式条大佐がいなかったから」など何の言い訳にもならない。軍人である以上、誰を欠いても任務を達成する必要がある。
「島へは懸垂下降で降りる。攻撃されたらすぐに応戦しろ。全員死ぬんじゃないぞ」
部下たちが「了解!」と答える。寺島は外の様子に目をやると、気を引き締めた。
七潮島はもう、目と鼻の先だ。




