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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
第2章 運命に呪われし少年
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第18話 本性

 弾道ミサイルだけでなく、発射に必要な設備までしっかりと整えられている。どうやら初嘉山をくり抜いて、その中にミサイルサイロを作っているようだ。

 弾道ミサイルなど、一体何に使うつもりなのか。戦争でも始めるつもりか。

 梵はしばらく呆気にとられていたが、新汰に名前を呼ばれてようやく我に帰った。


「ねぇソヨ、これ何だろう……?」


 新汰は、操作盤のモニターを指差している。画面には、東アジアの立体地図が表示されていた。

 そして地図には、弾道ミサイルの軌道と思しき曲線も書かれている。七潮島から打ち上がったミサイルが一旦大気圏外まで上昇し、再突入と同時に弾頭が分割、東アジアの主要都市に降り注ぐ。主なターゲットは東京、大阪、名古屋、中国の東海岸だ。

 これを、天人が計画したというのか……。

 梵はもう一度、モニターをじっくりと見てみる。


「何だこれ……? D.G.ウィルス……?」


 ミサイルの弾頭とされていたのは、聞いたこともない物だった。

 "D.G.ウィルス"……画面には確かにそう書かれている。梵自身、ウィルスや疫病に関する知識は乏しかったので、これがどういうウィルスなのか見当もつかない。だが奴らが大都市にばら撒こうとしている辺り、相当強力なウィルス兵器であることは想像できる。メサイアの目的は、大量殺戮なのか。背筋に嫌な汗が流れる。

 その時、けたたましい電子音が鳴り響いた。


「えっ!?」

「な、何!!?」


 梵と新汰は体を跳ね上がらせる。

 何かの警報音か? そう思ったが、梵は電子音に聞き覚えがあった。


「なんだ……これか」


 梵はポケットからスマホを取り出す。電子音は警報などではなく、単なる着信音だった。新汰から、深いため息が漏れる。


「もう、何してるのさ」


 怪訝な顔をする新汰に、梵は「ゴメン」と謝罪する。

 着信は美咲からだった。新汰が「早く切ってよ」と言いたげな目で見てくるが、梵は電話に出た。ここで起こっていることを、誰かに知らせなければと思ったからだ。


「美咲」

『もしもしソヨ、あの……さっきはごめんね。せっかく心配してくれたのに』

「いや、それはいいんだ。それより今、冗談じゃなく本当にマズい事態なんだ」

『えっ何? どうしたの?』

「説明は後でする。近くに軍人か誰かいないか?」

『寺島さんがいるけど』

「良かった。今すぐ替わってくれ」

『ねぇ……今どこにいるの?』

「それも後で話す」


 しばらくすると、電話の相手は青年に替わった。


『もしもし、梵くん? どうしたんだ?』

「寺島さん、要点だけ話します。俺は今、七潮島にいます」

『え!?』

「ここでは多分ずっと前から、人体実験が行われていました。目的は分かりません。そして、弾道ミサイルも見つけました。今からテレビ電話に切り替えて、証拠を見せます」


 梵はテレビ電話のボタンを押すと、弾道ミサイルやモニターを次々に写した。


『梵くん、これは一体……』

「俺にもよく分かりません。どうやらミサイルを使って、ウィルスを人口密集地にばら撒く気のようです」

『君は安全なのか!?』

「島にいた人間は、殆ど殺されていました。父に会うためにここへ来たんですが、まだ見つけられません」

『分かった……軍には僕が報告する。君は早く戻ってくるんだ』

「分かりました」


 梵はこともなげに電話を切る。

 口では「分かりました」などと言ったが、戻る気などさらさら無かった。天人を見つけ、事の真相を聞き出すまでは、帰るわけにはいかない。

 不意に入り口の方から、何者かの影が差した。


「梵……? 梵なのか?」


 低い声で名を呼ばれ、梵は背後を振り返る。

 入り口に立っていたのは、黒いローブに身を包んだ壮年の男……今しがた探そうと思っていた父、天人であった。


「やぁ……父さん」


 なるべく平静を装う。


「ここで何をしてるんだ?」


 天人の表情は以前と変わらない、温和で柔らかいものだった。

 すると突然、新汰が「うわぁ!」と悲鳴をあげた。


「ど、どうした? 新汰」


 新汰は梵にしがみつき、体を震わせている。まるで幽霊でも見たかのように。新汰の視線の先にあったのは、天人の姿だった。


「こいつだ……こいつが、みんなを殺したんだ……!!」


 プルプルと震える指先で、天人を指差す。

 それを見た梵は、咄嗟に持っていた銃を天人に向け構えた。


「父さん、質問を返すけど……ここで何をしてたんだ?」


 トリガーに指を置き、いつでも撃てる態勢をとる。

 天人はさして恐怖する素振りもなく、気まずそうに後頭部を掻いていた。


「あ~……何から話せばいいかな。まずは良いニュースだ。エドワード・オウルは死んだ。私が殺したんだ。地上(うえ)の死体の山は、オウルの死に怒った連中だ。"オウルは殺した、新たな指導者は私だ"と言ったら私を殺そうとしてきたんで、返り討ちにしてやった。愚かな奴らだよ。変化に柔軟に対応できなかった連中の末路と言える」


 天人はどこか自慢げに語る。自らの偉業を誇るように。


「じゃあ、あの研究所は何だ? 知らなかったとは言わせないぞ」

「それは……だな。う~~ん……」


 首を何度も傾げながら、慎重に言葉を並べ始める。しかし、その中に罪悪感のようなものは感じ取れない。


「人類のためなんだ。イーラが復活すれば、人類は滅ぼされる。それを防ぎたかったんだよ」


 梵自身、慧眼にはかなり自信があったが、天人が詭弁を述べているようには思えなかった。大勢の子供を殺しておいて、罪の意識がまるで無い。それどころか、自分の所業が絶対的正義だと信じ込んでいる。そんな風に見えた。


「人類はドラゴンに敵わない。それはお前も理解してるだろう?」

「ミサイルでウィルスをばら撒くことが、人類を守ることなのか?」

「ウィルスの威力を知れば、お前も考えを改めるさ」


 梵は、体にしがみつく新汰を一瞥した。そして天人を睨むと、改めて引き金に力を込めた。


「お前は異常者だ」

「世界を救うには、世界を滅ぼすのと同等の狂気が必要なんだ。神に逆らうとはそういうことなんだよ」

「雪也の両親も……お前が殺したのか?」

「ああ。心苦しかったが……研究にはどうしても雪也くんが必要だった」

「必要だった?」

「永代家の血筋は元々、海成家と同じルーツを持っていた。いわば両家は遠戚だ。そして我らのDNAは、ドラゴンへの完全な適性があったのだ。私は雪也くんの夫婦を説得しようとした。だが、彼らは聞き入れなかった」

「だから殺した?」

「事故に見せかけてな。不本意だったが、世界のためには仕方ない。ドラゴンの能力を持つ人間は、なるべく多く必要だからな。私の血縁において適性な年齢の者は、調べた限りお前と雪也くんだけだった」


 梵は、父の冷酷さに慄いていた。

 正気の沙汰ではない。こいつは、目的のためなら誰であろうと殺す。自分が正しいと思っているから、当然罪悪感などまるで無い。むしろ、自分を悲劇のヒーローだとでも思っているように見えた。


「じゃあ、母さんもお前が殺したのか……?」


 そう聞くと、天人の目に悲しみのような感情が浮かんだ。


「私が彼女を死に追いやった」


 はっきりと、父の口から言葉が紡がれる。

 心に宿っていた「家族」という偶像が、粉々に叩き壊された気がした。十数年に渡って心の支えとなっていた希望の光が、消えていく。光を失い、胸の内は凍てつく真冬の夜のようになった。


「クズ野郎……!!」


 失望、怒り、憎悪……あらゆる感情を込めてそう罵る。


「私の人生で最も辛かったのは、彼女の死を目の当たりにした時だった」


 物思いに耽るように天人は言う。

 こいつはここで殺さなければ……それ以外には何も考えられなかった。


「私を撃つのか、梵?」


 挑発的に両手を広げる父に、梵は拳銃の狙いを定めた。


 パン!


 刹那、部屋に乾いた音が響き渡った。

 天人の腹に赤黒い液体が滲み、ローブを湿らせる。やがて液体はポタポタと滴り始め、足元に真紅の水たまりを作った。


「撃てないとでも思ったか?」


 梵が挑発的に言い放つ。細い煙を上げる銃口は、なおも天人の方を向いていた。

 天人はふらつきながら、傷口を両手で抑えている。


「は……ははは……意外と……薄情なんだな」

「お前みたいなクズに、情なんてあるか」

「だが……少し甘い」


 そう言って、天人が歪んだ笑みをこぼす。

 瞬間、梵の背筋に悪寒が走った。


 ――――まずい!


 そう悟って、慌てて拳銃のトリガーを引こうとする。しかしそれより早く、右腕を焼けるような激痛が襲った。何が起こったのか、全く把握できない。少し気を緩めれば、痛みですぐに気絶してしまいそうだった。

 朦朧とする意識の中で、何とか顔を上げる。だが、そこにいたはずの父の姿は消え去っていた。狼狽しながら左右を確認すると、ようやく痛みの原因に気付いた。


 ――――右腕が無い……!?


 関節から下の部分が綺麗に引き千切られ、鮮血が滝の如くこぼれ落ちている。そしてすぐ横には、灰色のドラゴニュートの姿もあった。その手に握られていたのは、千切れた梵の右腕だ。


「惜しかったな息子よ。銃を撃つ時は、頭か心臓を狙わねばならない」


 拳銃は、奪われた右腕の先に握られていた。天人は拳銃から右手を丁寧に取り払うと、マガジンを抜いて残弾数を確認し始めた。


「こんな風にな」


 再びマガジンをはめると、手慣れた様子で銃を構えた。銃口の先にいたのは……新汰だ。


「やめろ!!」


 梵は眼前のドラゴニュートに全力でタックルをする。それが功を奏し、銃弾は新汰からわずかに逸れた。そのまま天人の腕に掴みかかり、2発目を撃たせんとする。


「新汰! 逃げろ!!」

「でもソヨ……」

「早く!!」


 新汰は一瞬躊躇ったが、すぐに出口に向かって走り去った。

 天人に蹴り飛ばされ、梵の体が床を転がる。すぐに立ち上がろうとしたが、失血が酷い上に隻腕であるため思うように動けない。

 こうなったら、最大の武器を使う他ない。梵の全身に、青い粒子が現れ始める。

 だがその直後、梵の首元に何かが刺さった。反射的に首を触ると、極小の注射器のようなものがポロリと落ちた。


 ――――これは……?


 まさかと思い天人を見ると、拳銃とは別の銃をこちらに向けていた。その形状には、少しだけ見覚えがある。暴走した雪也を昏倒させた、あの麻酔銃だ。

 効果はすぐに現れた。意識が急激に霞み始め、梵はその場に崩れてしまう。本来ドラゴンに使用される麻酔のため、通常のものよりも遥かに強力であった。


「残念だよ梵。本当に残念だ。せっかくドラッグを使って、雪也くんを暴走させる芝居まで打ったのに。どうにかして、お前と親子のままでいたかった」


 消えゆく意識の中で、そんな声が聞こえた。


「な……何だっ……て……!?」


 梵はどうにか、天人に食らいつこうとする。だがそれは、激流に逆らって泳ぐようなものだった。


「少し眠ってろ梵。お前が目覚める頃には、オジマンディアス計画により世界は救済されているだろう」


 決死の抵抗も虚しく、ついに梵は意識を手放してしまう。息子が眠るのを確認した天人は、口角をわずかに上げた。


「人類は……生き続けるのだ」

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