表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
第2章 運命に呪われし少年
65/126

第17話 闇の奥

小笠原諸島 七潮島


 数時間前までこの島には豊かな森林や、イルミネーションの如く輝くビルがあったはずだった。だが今は、島のあちこちから焦げた匂いが漂い、研究施設は光を失って黒煙を上げている。まるで、戦争の後に残った廃墟だ。

 梵が上空から軽く見渡しただけでも、何か異常な出来事があったのは明らかだった。最大限に警戒しつつ、昨日も訪れたビルの前に降り立つ。

 地上からだと、異常性はさらに明瞭となった。一帯に、大量の死体が転がっていたのだ。目を覆いたくなるほど残虐に殺された、ドラゴニュートの死体。ある者は上半身と下半身が分かれ、またある者は全身が炭化し、骸骨のようになっていた。死体の数は、視界に入るだけでも30はある。おそらく、島中がこのような状況なのだろう。

 周囲には戦った痕跡もある。彼らがメサイアのメンバーであることは間違いないが、一体何と戦ったのか。これだけのドラゴニュートを皆殺しにできる存在とは、一体何だ。


 施設の中に入っても、状況は同じだった。博物館のように整理されていたエントランスホールは、見るも無残に破壊されている。展示物はあちこちに散乱し、ドラゴンの化石も粉々にされている有様だ。さらに、ところどころに青紫色の液体も飛び散っている。ドラゴニュート達の血だろう。

 そして何より目を引いたのは、床に空いた巨大な穴だった。叩き割られたように陥没し、穴の中は闇に包まれている。深さがどの程度なのか、見当もつかない。


 ――――照らすものがいるな。


 ライトの類いを探してみると、足元に拳銃を見つけた。ちょうどフラッシュライト付きだ。すぐ横には千切れたドラゴニュートの腕が転がっている。おそらく、この腕の主が使っていたのだろう。

 穴の中を照らすと、底が見えた。どうやらこの下にも、フロアがあるらしい。天人が言っていた地下の研究施設だろうか。階段を探そうかとも思ったが、底まではあまり高さもなさそうだ。それに今は時間もない。

 梵は一気に穴の中に飛び降りる。だが、すぐに後悔する羽目になった。


「痛っ!!?」


 着地に失敗し、全身を打ちつけてしまった。目測より高さがあったらしい。梵は呻き声をあげつつも、何とか立ち上がる。幸い、拳銃もフラッシュライトも壊れてはいなかった。

 気を取り直して、研究所の奥へと進んでいく。ライトがなければまるで何も見えず、地獄の入り口にでもいる気分になる。研究所内は物音一つせず、ここにいるのは梵だけのようだ。

 さらに歩みを進めると、等身大のカプセルがいくつも並んでいる場所に辿り着いた。カプセルの中は液体で満たされており、ブクブクと泡を立てている。梵はライトをカプセルに当ててみた。


「何だこれ……」


 思わず言葉が漏れる。

 カプセルの中には、人間が入れられていた。体格からして、きっと子供だ。それ自体も異様な光景だが、最も異様だったのは、体の一部がゴツゴツとした鱗に変異していたことだ。よく見ると、顔の半分もワニのように変わってしまっている。これはまるで……ドラゴニュートだ。

 他のカプセルも同じだった。10歳程度の幼い少年少女が、体が変異しかけた状態で浮いている。いずれも死んでいるようだ。


 ――――ここは一体何なんだ……?


 探索を続けると、淡い光を放つパソコンを発見した。起動した状態のまま放置されている。

 画面には、"オジマンディアス計画 part68"と題されたファイルが開かれていた。その中身は、この研究所で行われていた実験の記録だった。


"2030年5月30日 被験体N-56b 9歳 男

ウィルス投与から35時間後、被験体の皮膚組織に硬化を確認。血圧が異常に上昇し、激痛による絶叫を続けている。

ウィルス投与から42時間後、全身から出血が始まる。瞳孔の散大を確認、被験者死亡。"


"2030年4月2日 被験体M-32d 8歳 女

ウィルス投与直後に嘔吐。そのまま痙攣を起こす。1時間後、全身から出血。上記結果から、実験失敗と認める。死亡後速やかに焼却処分されたし。"


 凄惨な内容が、事務的に淡々と書かれている。間違いない。この研究所で、人体実験が行われていたのだ。

 似たような内容の文章が延々と連なり、それが複数のファイルに及んでいる。一体どれだけの人間が実験の犠牲になったのだろうか。

 そして実験に利用されていたのは、全てが10歳以下の子供だった。天人は、ドラゴニュートに適合できる年齢は10歳までだと言っていた。それと何か関係があるのかもしれない。

 別の通路には、ガラス張りの個室がいくつも並んでいた。中にはトイレと、簡素なベッドだけが置かれている。被験者を閉じ込めておくための部屋だろうか。だとすれば、ここは牢獄に近い場所だ。

 しかしどの部屋を見ても、中には誰もいなかった。梵はライトを当てて、全ての部屋をくまなく確認していく。生存者がいないとも限らない。

 ふと、個室の1つに影が浮かんだ気がした。驚いて、もう一度ライトを当ててみる。誰もいない。気のせいだろうか……そう思った時だった。


「助けて!!」


 突如眼前に、少年の顔が現れた。


「うわぁっ!!?」


 梵は思わず仰け反ってしまう。少年は鬼気迫る表情で、何度も強化ガラスを叩いている。


「お願いここから出して! あいつらに殺される!!」


 梵はしばらく固まっていたが、ハッと思い出したように少年の前に駆け寄った。

 かなり頑丈な強化ガラスのようだったが、幸い自分には"能力(ちから)"がある。


「ちょっと下がってろ」


 少年にそう告げると、梵は右手に青い粒子を纏わせた。そのまま、強化ガラスを勢いよく殴りつける。

 ガラスは一瞬にして砕け散った。ドラゴンの能力を少しだけ発現させ、破壊力を飛躍的に高める小技だ。梵の能力など知る由もない少年は、ただポカンと口を開けている。


「さあ、早く逃げるぞ」


 梵が手を差し伸べると、少年はその手を掴んだ。

 少年は梵より歳下で、やはり10歳程度だ。ヨレヨレの検査衣一枚の格好だったが、目立った外傷はない。


「早くしないと……あいつらが来ちゃう」

「あいつら?」

「化け物がいるんだ。そいつらが……みんなを殺してる。見つかったら、きっと僕らも殺される」


 少年は怯えていた。それも尋常でない怯え方だ。


「ここには誰もいない。ここの連中は全員死んでた」

「え? 死んでたって……」

「何があったのかは分からない。それより、ここで何を見たのか教えてくれ」

「無理やり連れてこられて、みんな殺された。変な注射を打たれた子が、怪物になって死んだ……!」


 少年は涙を流し、震える腕で梵にしがみついた。


「ここには誘拐されて来たのか?」

「ううん。お父さんとお母さんが、"お前を良い子にする施設があるから、そこに入りなさい"って。嫌だったけど、お母さん達が喜ぶと思って……」

「そうか……」


 大方親は金でも受け取って、この子を売ったのだろう。梵はそう悟った。息子を売った親が捜索願を出すはずもないので、警察も知りようがない。


「ロクでもない親を持つと苦労するな。名前は?」

一ノ瀬新汰(いちのせ しんた)。あなたは?」

「海成梵だ。いつからここにいるんだ?」

「もう何週間も。僕を助けてくれるの?」

「ああ。ただその前に、ここで誰か人を見なかったか? 生きてる人間を」


 新汰と名乗る少年は、研究所のさらに奥を指差した。


「あっちに行ったと思う」

「案内してくれるか?」

「わかった」


 新汰の案内を受けて、梵はさらに進んでいく。途中、恐ろしい実験記録や、解剖されたらしい吐き気を催すほど凄惨な死体はいくつも見つけた。しかし、肝心の生存者は全く見つからなかった。耳をすませても、聞こえるのは自分たちの足音だけだ。


「梵さんはその……一体誰なの?」

「誰って?」

「普通の人間ではないよね?」


 梵は返答に困った。まあ、能力の片鱗を見せてしまったのだから、聞かれるのは当然だろう。


「まあえっと……色々あってな。って言うより、俺もあまり分かってないんだけど。とにかく、今は説明できない。あと、"さん"は付けなくていいぞ」

「じゃあ、どう呼べばいいの?」

「ソヨとでも」


 研究所内を歩くにつれ、ここが物凄い広さであることが分かった。きっと島の地下全体が研究所になっているのだろう。地上の施設は、カムフラージュに過ぎなかったようだ。

 足が疲れるほどに歩いた頃、ようやく研究所を抜け、別の部屋に辿り着いた。そこは僅かながら明かりもあり、真っ暗だった研究所と比べると幾分かマシだ。

 部屋にはいくつかの操作盤が並び、明らかに研究とは別の目的で作られている。


「新汰は、ここに来たことがあるのか?」

「ううん。でも、近くまでは来たことある。前連れてこられた時は、ここの扉は閉まってたと思う」


 確かに入り口には、シェルターのような分厚い開閉扉があった。というより、この部屋全体が分厚い壁に覆われているようだ。一体何を守るための部屋なのだ?


「ソヨ、あれ……」


 新汰が、奥の壁を指差す。よく見るとそこは壁ではなかった。ガラス窓だ。部屋の一角が、一面強化ガラスで出来ている。そしてガラスの向こうには、全長数十mはあろうかという巨大な筒状の物体があった。


「あれは……」


 梵は思わず驚愕する。ガラスの向こうの物体……それは見るからに、弾道ミサイルであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ