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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
第2章 運命に呪われし少年
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第16話 崩れ始めた幻想

アメリカ合衆国ネバダ州 グルーム・レイク空軍基地


 この場所は、公式にはごく一般的な軍事基地だとされている。だが何十年も前より、この基地には色々な噂があった。それらはUFOや宇宙人を研究しているだとか、超兵器を開発しているなどという、オカルトチックで突拍子も無いものばかりだ。大抵の者はそんな都市伝説を楽しみつつも、あり得ないと笑い飛ばしていた。

 だが噂とは奇妙なもので、荒唐無稽な話ほど真実に近かったりする。この基地の噂に関しては、まさしく典型例であった。基地内にはサーガ機関の研究施設があり、長らく米軍と共同で管理していたのだ。流石に超兵器の開発は行なっていなかったが、人智を超えた存在や現象に関する研究は数多く行われていた。


 朝霧葉月(あさぎり はづき)は、ここで世界のために尽くす研究者の1人であった。元々は日本支部に勤めていたのだが、昨年末の事件により支部が壊滅したため、この施設に異動になった形だ。

 朝霧は今、緊急会議に参加していた。議題は無論のこと、1時間前に日本で起こった襲撃事件についてだ。会議室内のモニターには、新種とみられるドラゴンが映っている。


「周知の通り1時間前、日本に新たなドラゴンが出現し、現地軍の基地を壊滅させた。ドラゴンの詳細は不明」


 スーツを着た黒人男性が、解説を始める。


「さらに国防軍からの情報では、あのメサイアが関与しているとのことだ」


 "メサイア"。その名前が出た途端、会議室がにわかにざわついた。しかし朝霧自身は、メサイアという単語に聞き覚えがなかった。周囲のメンバーは皆二回り以上も年上であるし、先程から知らない単語が何度も飛び出しているので、かなり心細い。


「すみません、メサイアとは……?」


 朝霧は遠慮がちに隣の老人に聞く。


「ああ、君は最近昇格したんだったな。簡単に言えば、数十年前から存在するテロ組織だ。奴らはドラゴンを信奉し、ドラゴンの力を利用している」

「ドラゴンの力を? ……というより、サーガ機関はドラゴンの存在を知っていたんですか?」


 初めてドラゴンの実在が証明されたのは、自分たちがシベリアで冬眠中の個体を発見した時……だと思っていた。


「メサイアのメンバーはドラゴニュートで、ドラゴンそのものじゃない。まあ、情報を秘匿していたかと聞かれれば、答えはイエスだが」


 やれやれ、と朝霧は思った。サーガ機関は隠し事が多い。組織内での情報は最低限しか共有されず、徹底的に分断されている。機密保持のためらしいが、どう考えても度が過ぎていた。

 朝霧自身も、昇進によってようやく多少のアクセス権が与えられた。それも極々最近、インフェルノ殲滅への尽力が認められてからだ。


「それで、メサイアの目的は何なんです?」

「詳しくは後で話すが、ドラゴンという種を復活させて、世界を統治することだ。冷戦時代は核戦争を引き起こすため暗躍していた」

「サーガ機関はそれを止めるために戦った?」

「ああ……だが時代が時代だ。東側も西側も、互いのことで精一杯。国連は機能不全、サーガ機関への援助は僅かだった。随分と苦戦を強いられたよ」

「結局、メサイアはどうなったんです?」

「’80年代に入ってからは、殆ど動きがなかった。壊滅したものと推測していたが……そうではなかったようだ」


 この老人や、他のメンバーの硬い表情から見ても、メサイアが大きな脅威であったことは理解できた。


「それにしても、世界を滅亡させようとしてる組織の名が救世主(メサイア)とは皮肉ですね」

「ははは……ビン・ラディンを未だに救世主と信じる者だって大勢いる」


 老人は苦笑いをしながら言った。


「とにかく、メサイアは何としても滅ぼさねばならない。奴らが目的を達成すれば、人類とドラゴンの大戦争が引き起こされるからな」


 もしも、ドラゴンが種族単位で復活したら……そう考えて、朝霧は背筋が凍った。

 何千何万というドラゴンが都市を襲撃し、人間を虐殺する。想像したくもない光景だ。アメジストドラゴン1体だけでも、中見原町の半分が焼け野原となった。あんなことが世界中で起これば、本当に人類文明は滅亡の危機に瀕するだろう。









東京都内 関東大学付属病院


 集中治療室の前に置かれた長椅子に、梵と美咲は並んで座っていた。美咲は先程から一言も発さず、両膝を抱えて顔をうずめている。式条は心拍こそ戻ったものの、未だ危険な状態なことに変わりはない。いつ容態が急変してもおかしくないのだ。現在は集中治療室の中で、24時間体制の監視下にある。

 美咲もショックを隠せないようだった。彼女は数年前に母を亡くしたため、家族は父親である式条だけだ。もし式条が死ねば、美咲は天涯孤独の身になる。

 何か話しかけなければ……そう梵は思っていたが、何と声をかければ良いか分からない。"大丈夫だ、心配いらない"などという言葉は、この場では単なる無責任だろう。安易な励ましは逆効果になってしまう。


「あの……美咲」


 恐る恐る、声をかけてみる。しかし、美咲は顔を上げなかった。


「ごめんソヨ……今は1人にして」


 そう冷たく言い放たれ、黙り込むしかなかった。

 ショックだった。美咲にこうやって突き放されたのは、初めてだったからだ。しかし美咲は今、実の父を喪おうかという瀬戸際にいる。自分のような家族でも何でもない人間に、何が出来ようか。そんな至極当然のことに気付けなかった己を恨みながら、梵は黙って下を向いた。

 コツコツという足音が、廊下の向こうから近づいてくる。梵と美咲は同時に顔を上げた。現れたのは、軍服を着た1人の青年だ。


「やあ。僕は寺島昇(てらしま のぼる)。式条大佐の部下だ」


 青年は、軍人らしからぬ柔和な笑顔で話しかけてくる。


「どうも……」


 美咲がそっけなく挨拶をする。

 梵も美咲も、この青年についてはなんとなく見覚えがあった。まともに話したことは無かったが。


「君が美咲ちゃんだね。覚えてるかな……横浜が襲われた日、大佐と一緒に君を助けに行ったんだけど」

「ええ、まあ……」

「良かった」


 寺島は長椅子の横に立ち、美咲に寄り添うようにする。


「君は、お父さんについてどう思ってる?」


 その質問に、美咲は篭った声で答えた。


「少し前までは嫌いでした。嫌いというか、失望してたというか……」

「お母さんが……亡くなった時のことで?」

「そのあとです。お父さんは、お母さんが死んですぐに海外の任務に行きました。私を殆ど会ったこともない親戚に預けて。私は、"お父さんはどうしてそばにいてくれないんだろう"って思いました。そして気付きました……お父さんは結局、自分のことしか見えてないんだって」

「それで、式条さんに幻滅したんだね」

「はい。……どうしてそんなこと聞くんですか?」

「僕は、軍人としての式条さんしか知らないんだ。だから、本当はどんな人なのかなと思ってね。今はどう思ってるの? お父さんのこと」

「正直、今も完全に許したわけじゃありません。でも、お父さんが私を大切に想ってくれてるのは分かります。だからどうか……死なないで欲しいんです」


 美咲は嗚咽を漏らしながら言った。


「大丈夫……大丈夫だ。あの人は誰よりも強く、勇敢な兵士だ。簡単に死んだりはしない」


 寺島は何度も美咲を励まし続けた。

 梵は横で会話を聞いていたが、途中でそっと席を立った。2人とは違い、梵は式条とそれほど深い間柄にはない。一応保護者という名目になっているが、式条本人については殆ど知らなかった。だから、思い出話に混ざることもできない。それに、自分には自分のすべきことがある。

 梵は足音を立てずに、暗い廊下の奥へと去っていった。


 病院の屋上からは、夜が更けても眠らない東京の街並みがよく見える。もうとっくに見慣れた景色だ。煌煌と輝くビル群の光も、梵の心を照らすことはなかった。

 あの、基地を襲ったドラゴンは……やはり天人なのだろうか。だとしたら何故あんなことを? 信じられなかったし、間違いであって欲しかった。せっかく会えた、心から信じられる父親なのに。

 だがふと気付いた。そもそも、天人を信じた理由は何だ? よくよく思い返せば、メサイアについても天人自身についても、一方的に天人の話を聞いただけだ。そこに嘘を混ぜようと思えば、いくらでも混ぜられる。生き別れの親子の再会……天人の演出した筋書きに、自分はまんまと乗せられただけじゃないのか。考えれば考えるほど、父と過ごした時間が演劇の一場面のように思えてくる。心の介在しない、単なる虚構。

 自分が会った父は、果たして単なる虚像だったのか。確かめる術は一つだ。

 青いドラゴンの姿になった少年は、瞬く間に星空へ向け飛び立った。

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