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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
第2章 運命に呪われし少年
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第15話 臨界点

 梵は空に舞う敵に対し身構える。

 今は人命救助よりも、奴を止める方が先決だろう。このままでは、ますます犠牲者が増えてしまう。

 灰色のドラゴンも、梵の存在には気付いているようだった。キョロキョロと見回すのをやめ、今は梵だけをじっと見下ろしている。

 それにしても、この灰色のドラゴンには既視感があった。つい数時間前にも見た姿……天人のドラゴニュートに酷似している。あの竜人がそのままドラゴンになったようだ。

 偶然の一致とはとても思えなかった。やはり、さっきの式条の話は……。

 梵は宙に飛び上がり、火球を2発放つ。灰色のドラゴンはそれを2対の翼でガードした。青とグレーの竜が、月光の下で対峙する。

 敵は、梵よりも少しばかり大きかった。体長は30m程度だ。表情は無機質で、黄色く濁った瞳からは感情は読み取れない。

 出方を伺っていると、突如として口内が紫色に発光し始めた。


 ――――火球か……!?


 梵はさらに意識を集中させる。

 しかしドラゴンから飛び出てきたのは、火球とは別の発光体だった。


「……くっ!!?」


 梵は慌てて身を翻し、発光体をかわす。火球とは比べ物にならないスピードだ。ドラゴンの驚異的な反射神経のおかげで回避できたが、2度目はないだろう。

 突然、地上がピカリと光った。

 何事かと思い、梵は視線を下に向ける。眼下が紅蓮に染まり、轟音と衝撃波が空中まで届いた。先ほどの発光体が基地に直撃し、燃料タンクが爆発したようだ。あちこちで誘爆を起こし、地上は阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。


 ――――こいつ、狙ってやったのか。


 発光体が燃料タンクに直撃したのは偶然ではない。梵に命中しても、地上への流れ弾となっても良い角度で撃たれたのだ。敵が恐ろしく冷酷で、残虐な存在であることは、容易に理解できた。






「大佐! どこにいるんですか!? 大佐!!」


 寺島は何度も無線に呼びかける。

 周囲は炎に包まれていた。車両や建物の残骸が散乱し、多くの兵士が地に伏している。

 突然のことだった。何の前触れもなく飛来したドラゴンが、瞬く間に基地を壊滅させたのだ。ちょうど七潮島への出撃準備を整えていた時、見計らったように奴は現れた。口からプラズマ砲のような発光体を吐き、その威力は従来の火球を遥かに上回る。反撃の隙すら無かった。


「誰か! 誰かいないか!?」


 そんな声が、近くから聞こえた。男勝りな女性の声だ。

 声の方を見ると、鞍馬少佐が鉄筋コンクリートの瓦礫の下敷きになった兵士を引きずり出そうとしていた。だが瓦礫はかなり重いようで、中々救出は叶わない。


「少佐! ご無事でしたか!」


 寺島は鞍馬のもとに駆け寄っていく。


「……式条大佐の部下か。よし、こいつを引っ張り出すぞ!」

「了解!」


 寺島は腕に力を込め、瓦礫を動かす。鉄筋コンクリートはかなり重く、ほんの僅かな時間、2cm程度しか持ち上がらなかった。それでも鞍馬は素早く兵士を引っ張り出し、どうにか救出に成功した。そのまま兵士を横たえて、容体を確認する。


「……まだ息はある。出血はしてるが無事だ」


 鞍馬が告げると、寺島は安堵した。もっとも、簡単に安堵して良い状況でもなかったが。


「寺島といったか。近くに衛生兵はいないか?」

「この惨状で簡単に見つかるとも思えません」

「なら式条大佐は?」

「さっきから無線で呼びかけてるんですが……応答がありません」

「まずいな」


 空中では、サファイアドラゴンと灰色の竜が死闘を繰り広げている。一見互角の戦いであったが、徐々にサファイアの側が押されているのが分かる。灰色の竜からは、明らかに知性が感じられた。鉤爪を器用に使い、相手の翼の付け根を狙う。これは明らかに、筋繊維を切断して相手の飛行能力を奪うための戦い方だ。

 そして間もなく、その狙いは達成された。鉤爪はサファイアの翼に突き刺さり、そのまま付け根の部分を切り裂いてしまった。敵はコントロールを失ったサファイアの首を鷲掴みにし、トドメとばかりにプラズマ砲を食らわせる。青竜はそのまま、隕石のように地上に墜落していった。


「クソッ……!!」


 鞍馬は歯ぎしりをして、灰色のドラゴンを睨みつける。

 サファイアドラゴンが敗北した今、敵を止める手段はない。そもそも、奴の目的は何なのか。基地を壊滅させること? サファイアを殺すこと? それとも他に目的が? 寺島と鞍馬は、畏怖と怒りを込めた視線でドラゴンを見上げる。

 ドラゴンはひとしきり基地を見渡すと、何かを思い立ったのか真っ直ぐ降下し始めた。その先にあったのは、インフェルノドラゴンの遺骸があるドームだ。


「何をする気だ……!?」


 グレーの竜はそのままドームに取り付き、屋根を引き剥がす。中にいた兵士達が竜に向けライフルを乱射するが、効果などあるはずもない。

 ドラゴンは人間など気にも留めずに、インフェルノの亡骸に飛び乗った。自身の倍以上の大きさの遺骸を這い回り、品定めをしたかと思うと、唐突にその屍肉に噛み付いた。鱗を噛み砕き、外皮を肉ごと喰い千切る。


「喰らえ!」


 ドームにいた兵士の一人が、ロケットランチャーを放つ。しかしドラゴンは難なくそれをガードし、屍肉を口に含んだまま空に飛び上がった。

 そのまま飛び去ろうとするドラゴンに、突如として火球が襲いかかった。(サファイア)だ。サファイアは次々に火球を放つが、もはや灰色のドラゴンは戦意を示さない。木の葉のような動きで火球を避けながら、ドラゴンは東京湾の方角に消えていった。






防衛省-同時刻


「そうか……分かった」


 木原はショックを抑えきれないまま、スマホの通話終了ボタンを押した。


 ――――D-スレイヤー基地が奇襲攻撃を受けた。


 そんな緊急連絡が入ったのは、つい今しがたのことだ。襲ったのはどうやら未知のドラゴンらしい。被害の程度は分かっていないが、ドラゴンの襲撃となれば大方の想像はつく。きっと、現場はとてつもない惨状であろう。それにしても、このタイミングでの襲撃は……。つい先日アルビノが暴走し、今度は新たなドラゴンの出現。やはり、メサイアが関わってるとしか思えない。

 木原のいる廊下を、数人の職員が走り抜けていく。緊急時にはよく見る光景だ。

 ポケットのスマホが再び振動する。木原は間髪入れずに通話ボタンを押した。


「私だ」

『中将、今どちらにいらっしゃいますか?』

「防衛省だ」

『良かった……直ちに緊急会議が行われます。中央指揮所へお越しください』

「わかった」


 事務的に電話を処理したが、内心では感情が荒れ狂っていた。あの基地には間違いなく式条もいたはずだ。今の木原には、彼の無事を祈ることしかできなかった。








 (サファイア)は、ひたすらに瓦礫を掘り返していた。式条をはじめ、大勢の人間が生き埋めになっているであろう瓦礫の山だ。無論梵だけでなく、多くの兵士たちも協力している。梵が大きな瓦礫を避け、そこを人間の兵士たちが捜索する。訓練など一度も行なっていないが、互いの連携はしっかり取れていた。


「見つけた! 大佐を見つけたぞ!」


 兵士の1人、寺島が大声で叫ぶ。周りにいた数人が手伝い、彼らはどうにか式条を引っ張り出した。


「大佐、しっかりしてください! 大佐!!」


 地面に寝かされた式条の横に、すぐさま衛生兵2人が飛んでくる。呼吸や脈拍を確認すると、衛生兵たちの表情は一層強張った。


心肺停止(CPA)心肺蘇生(CPR)開始!」

心室細動(Vf)です! 直ちに電気ショックを!」


 衛生兵は式条の上着を破ると、除細動器を胸に当てた。電気ショックを与え、人間を蘇生させるための装置だ。


「3、2、1……クリア!」


 電気が流され、式条の体が跳ね上がる。しかし、意識は戻った様子はない。衛生兵は懸命に心臓マッサージを続ける。

 寺島たちは、唇を噛み締めながらその光景を眺めていた。


「式条さん! 死なないでください! 娘さんを独りにするつもりですか!?」


 思わず駆け寄ろうとした寺島を、別の兵士たちが制止する。

 蘇生処置を続ける衛生兵の額には、冷たい汗が滲んでいた。


「ダメです! 依然アレスト!」

「クソッもう一度だ!」


 除細動器が当てられ、式条の上半身が再び跳ねた。これでダメならば、式条は死ぬ。現場にいた者たちは、薄々そう感じていた。


「心拍、戻りました!」


 衛生兵が、上擦った声で叫ぶ。それを聞いた寺島たちは歓喜した。だがその歓喜もすぐに過ぎ去り、再び思い沈黙が訪れる。


「どうして意識が戻らない……?」


 蘇生が成功したはずだが、式条の目が開くことはなかった。


「蘇生に時間がかかり過ぎました……現在は昏睡状態(コーマ)です。出血も酷く、ショック状態に陥る可能性もあります……すぐに病院へ運ばないと」


 寺島は感情を抑えるように歯を食いしばった。


「早くヘリを用意しろ! 大佐を病院へ運ぶんだ! 急げ!!」

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