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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
第2章 運命に呪われし少年
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第14話 黒く染められた過去

「フフ……フハハハハハハハ……」


 ドラゴニュート達に拘束されながら、天人は狂ったように笑い始めた。その様子に、オウルやその仲間達は互いに顔を見合わせる。


「どうした? 死への恐怖でおかしくなったか?」


 オウルが挑発的に尋ねても、天人は歪んだ笑みを崩さない。むしろ、オウルの方が天人に遊ばれているかのようだった。


「神、ドラゴン、イーラ……。貴様らはそればかりだ。盲従するしか能のない家畜共め。貴様らなど、金魚の糞以外の何者でもない」

「何だと?」


 オウルが天人の首を鷲掴みにする。いつの間にか天人の顔からは笑みが消え、汚物を蔑むような表情に変わっていた。


「何が救世主(メサイア)だ。何が選ばれし者だ。優秀な遺伝子だと? 笑わせるな。ただ運が良かっただけだ。それを貴様らは、神の力を得たなどと錯覚し、己を人類の上位者と宣った……」

「どこに間違いがある? これから訪れるのは神の時代だ。ドラゴニュートの力を持つ者だけが、神の時代に生きることを許される」

「そう思い込んでるだけだろう? 力に溺れた傲慢な愚者、自分は特別だと信じたいだけ……」

「稚拙な思考だな、海成」

「稚拙なのはどっちだ? オウル、貴様はただの……虎の威を借る狐だ。生きているだけで見苦しい」

「そうか。だが死ぬのは貴様だ。(ドラゴン)の名の下に……その首を捧げるがいい」


 オウルの姿が、みるみるドラゴニュートに変わっていく。血のような赤い鱗を持った、禍々しい風貌だ。鋭く尖った鉤爪が、天人の胸に突き立てられる。

 しかし天人は眉ひとつ動かさず、ゴキブリを見るような目で赤いドラゴニュートをただ見上げていた。


「ドラゴンは神か。笑えるな」


 その刹那、突如として天人から凄まじい衝撃波が起こった。オウルを含めたドラゴニュート達は、なす術もなく吹き飛ばされてしまう。状況をまるで理解できず、再び顔を見合わせるオウル達。地面は抉れ、周囲には土埃が舞っている。まるで、天人の体が大爆発を起こしたかのようだった。


「くっ……今のは何だ?」

 

 オウルは爆心地……天人のいた場所を睨みつける。クレーターの中に立っていたのは、灰色の体色を持った刺々しいドラゴニュートだった。

 その竜人は、オウルも見たことがある。むしろ見慣れた姿だ。だが、"何か"が違うことはオウルもはっきりと感じ取っていた。ただのドラゴニュートに、これほどの力があるはずがない。天人から発せられる規格外のエネルギー、これはまるで……ドラゴンだ。


「貴様、何をしたんだ……?」


 灰色のドラゴニュートは、倒れたオウルの元にゆっくりと迫ってくる。


「我が名はオジマンディアス、王の中の王……」


 天人はオウルを見下ろしながら、びっしりと生えた牙を晒して不気味に笑った。


「オウル卿、私は……神にたどり着いたのだ」










 梵は、式条と共にD-スレイヤー基地の司令官室にいた。ここは名前の通り、この基地の司令官である式条専用の部屋だ。一見すると普通のオフィスルームと変わらないが、国旗や軍旗、勲章などが飾られていることが決定的な違いだろう。

 気付かぬうちに外は日没を迎えたようで、ブラインドの隙間からは夜闇と月明かりが見えていた。

 梵が来客用のソファーに座っていると、目の前のテーブルに数枚の用紙が置かれた。タイトルには、「長野県警察 交通事故と幼児失踪に関する捜査報告書」とある。


「これは?」

「長野県で起こった、とある交通事故に関連した捜査資料だ。さっき部下に取り寄せさせた」


 梵は資料を読んでいく。


"交通事故発生日時

平成28年5月2日午後7時30分ごろ"


 平成28年……西暦でいえば2016年に当たる。梵が生まれた1年後だ。

 日時の下には、事故の発生場所や見分日時が詳細に記されていた。そのまま2枚目に目を通してみる。


「えっ……?」


 書かれていた内容に、梵は思わず二度見する。


"人的被害

永代晴樹ナガシロハルキ 死亡

永代舞ナガシロマイ 死亡

永代雪也ナガシロセツヤ 行方不明"


「ねぇ、これ……」

「そうだ。この事故で、雪也の両親は死んだ。永代晴樹が運転中にスリップを起こして車が横転、晴樹と舞は命を落とした」

「でも、雪也が行方不明って」

「ああ。そこが問題なんだ。警察がいくら探しても見つからず、半年ほど後なって長野市の施設に預けられていると分かった」

「つまり……どういうこと?」

「誰かが雪也の両親を事故に見せかけて殺し、その上で雪也を誘拐したんだ」


 冷静に淡々と語る式条に対して、梵はただ当惑していた。


「それを……父さんがやったって言うの?」

「雪也がドラゴンの力を植え付けられたとすれば、この時だ。世界でイーラの血液を持っているのは、おそらくメサイアだけ。だがメサイアの目的はドラゴンの創造じゃない」

「だから、俺の父さんがやったって? そんなの憶測じゃないか。おじさんの話が本当だとすれば、俺の父さんは……」


 ――――雪也の両親を殺したことになる。


 到底信じられなかったし、信じたくなかった。そんなの、絶対にあり得ないことだ。


「本当に、馬鹿げてるよ」


 梵は鼻で笑う。


「父さんは雪也のことなんて何も言ってなかった。知らなかったんだよ」


 しかし、式条は一歩も引かない。


「梵、思い出せ。2日前、何の前触れもなく突然雪也が暴走し、その後都合よく天人が現れた」

「いやいや、それは父さんがテレビのニュースを見て、助けに来てくれたってことでしょ」

「天人達が雪也を知らなかったのなら、どうして麻酔銃なんて使った? お前と雪也の関係は、政府でも極一部しか知らないのに」

「きっと……研究のために生け捕りにする気だったんだ」

「ドラゴニュートになれる連中がか? 今更?」


 梵とて、天人を完全に信用しているわけではない。だが、式条の話は度を超えている。天人と一緒にいたのはほんの1日程度だったが、自分や母を心から愛していることは疑いようが無かった。


「おじさんは、雪也や俺の親を殺したのも、一昨日の事件を引き起こしたのも、全部父さんだって言うの?」

「そこまでは言ってない。ただ、可能性の話だ」

「でも俺に話すってことは、ある程度確信を持ってるってことでしょ? 悪いけど、どうかしてるよ」

「冷静になれ梵。たとえ奴がお前の父親でも、お前は奴について何も知らない。メサイアについても、天人から伝えられた情報しか無いんだ」


 その通りだ。確かに何も知らない。しかしそれでも、父の言葉が……父の涙が偽物だったのは、どうしても思えなかった。


「奴に何を吹き込まれたか知らないが、他人を簡単に信用するな。特に突然現れて、甘言を弄してくるような人間はな」

「そんな言い方無いじゃないか……」


 もし式条の仮説が正しければ、天人は……悪魔そのものだ。長年再会を夢見てきた人が、血の繋がった父親が、そんな悪魔であるはずがない。あってはならない……!!


「世の中にはな、他人の弱みや善意、絆に平気でつけ込む奴も大勢いる。それが恋人でも、親友でも、親子でもな」


 式条が次々と言葉を浴びせてくる。その一つ一つが、梵を無性に苛立たせた。


「俺の父親を……侮辱するなよ!!」


 思わず、そんな言葉が口から飛び出る。

 その時だった。天井から、ミシミシという軋むような音が聞こえた。


「え……?」


 式条と梵が見上げた瞬間、天井は一気に崩落し、濁流となって2人に襲いかかってきた。思わず腕で遮るが、コンクリートの津波の前には意味を成さない。濁流はそのまま、デスクもソファーも、部屋全体を飲み込んで、地面へと吸い込まれていく。

 ほんの一瞬のことだった。全身に鈍器で滅多打ちにされたような感覚が走り、状況を理解する間も無く足場が崩れた。そして今、梵は大量の瓦礫の下に埋められている。体がズキズキと痛み、意識が朦朧とした。一体何が起こったのか。おそらく、何かの原因で建物全体が倒壊したのだ。


『攻撃……けた! 火災が……生している!』

『負傷者多数! 直ちに援軍……』

『今のは……だ!!? 誰か報……』


 どこかの無線から、切迫した通信が聞こえてくる。きっと、梵と同じく生き埋めになった兵士の無線だろう。瓦礫の外から爆音が轟き、その振動が地面から伝わってきた。

 人間のままではまず脱出は不可能だろう。梵は迷うことなく、自身の体を青いドラゴンに変えた。周囲の瓦礫を弾き飛ばし、翼を広げる。

 状況確認のため周囲を見回すと、壮絶な光景が目に飛び込んできた。

 基地内のあらゆる施設は炎と黒煙を吹き上げ、漆黒の空をオレンジ色に染めている。車両が横転し、ヘリコプターが爆発し、その合間を兵士たちが右往左往していた。


――――一体何がどうなってるんだ……!?


 梵が困惑しつつ空を見上げた時、"それ"はいた。

 灰色の体色で、全身の鱗が棘のような突起状になった、今の梵の姿に似た生物。翼を羽ばたかせながら、何かを探すように基地を見下ろしている。その生物は間違いなく、ドラゴンであった。

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