表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
第2章 運命に呪われし少年
60/126

第12話 涙

 梵は夢を見ていた。

 いいや、夢というよりは記憶だ。雪也と共に、サーガ機関に囚われていた時の記憶。白い壁に四方を囲まれ、ベッドが2つ並んでいるだけの殺風景な空間で、数ヶ月間を過ごしていた。無論娯楽などあるはずもないので、互いと話すことだけが唯一の暇つぶしであった。

 他愛もない会話の中で、雪也の過去の一端を聞いたことがあった。


「雪也は、両親が生きてれば良かったって思ったことある?」


 梵がそう尋ねると、雪也は


「ん〜……まぁな」


と軽い調子で答えた。


「突然寂しくなることとかは?」

「あー、昔は結構あったな。てか、そのせいで時々荒れてたし」

「雪也が? なんか意外」

「小学生の頃とか、クラスメイトとしょっちゅう喧嘩してたんだぜ。まー、所謂問題児ってやつ? あん時は後先考えないことばっかやってた」

「後先考えないのは今もだと思うけど」

「おい」


 話の腰を折るなよ、とでも言いたげに雪也が抗議の目線を向けてくる。それを適当に受け流して、続きを話すよう促した。


「それで?」

「ああ。そんなこんなあって、9歳の頃ドラゴンの力が目覚めた」

「怖かった?」

「怖いっつーか……ショックだったな。俺は人間じゃないんだ、俺は一生独りなんだって。でも、爺ちゃんと婆ちゃんはずっと側にいてくれた。俺が化け物だって分かってからもな。"絶対にお前に寂しい思いはさせない"って言ってくれたんだ。それで俺も、ぐっすり眠れるようになった」


 雪也は仰向けに寝転がり、懐かしそうに語る。口元も綻んでいて、どこか嬉しそうだった。


「じゃあ、今はもう寂しくないんだ」


 半ば確信を持って聞いてみる。

 おう! と満面の笑みで返してくれると思った。梵自身も、そんな返事を期待していた。だが、雪也の表情はロウソクが消えるように暗くなっていく。


「なあソヨ」


 体を梵の方に向け、暗雲立ち込める眼差しで何かを訴えかけてくる。普段からは考えられないほどトーンの落ちた声に、梵は困惑することしかできない。


「俺、時々夢を見るんだ」

「夢……?」

「俺が父ちゃんと母ちゃんの葬式に出てる夢。夢の中で、俺はずっと泣いてた。おかしいよな……親が死んだのは俺が赤ん坊の頃で、葬式の記憶なんかあるはずないのに」


 梵はただ驚いていた。雪也が、こんなことを言う奴だとは思わなかったからだ。悲しみを乗り越えて、ただひたすら前向きに生きている奴だと思っていた。夢というのは、その人の深層心理の表れだというが、それならば……。


「なぁ……親の温もりなんか知らないはずなのに、悲しくなるのは何でだろうな」


 雪也の瞳から雫がこぼれる。それは梵が見た、雪也の最初で最後の涙だった。

 初めから無かったものを、失うことなどできない。だから悲しみも存在しないはずだ。

 だが、雪也は泣いていた。悲しんでいた。まるで両親の死の瞬間を、はっきりと覚えているかのように。人は最初から失っていたものを、惜しみ嘆くことができるのだろうか。生まれた時から手や足が無かった人間は、喪失の痛みを感じるのだろうか。

 梵には、雪也にかけてやる言葉が見つからなかった。








 梵が起床した頃には、時刻は正午近くになっていた。知らない場所、知らないベッドでは眠れない体質だったはずだが、今回ばかりは時間を忘れて眠ってしまった。きっと、昨日色々と大変だったせいだろう。

 起きるや否や、天人がいきなり朝食に誘ってきたので、とりあえず誘いに乗ることにした。

 そうして案内されたのは、広々としたダイニングルームだった。窓からは日光が差し込み、部屋全体を照らしている。長いテーブルの周りには、椅子が14脚も置かれていた。

 あの寝室といい此処といい、本当に研究施設なのだろうか。どちらかというと洋館を思わせる内装だ。


「さぁ、掛けてくれ」


 促されるままに、梵は椅子に座る。

 これほど大きなテーブルに、父親と自分の2人だけというのは、いささか寂しかった。目の前には、朝食にもブランチにも相応しくないような分厚いステーキが置かれている。


「どうした? 食べないのか?」

「あ、いや……」


 どう考えても、この料理は寝起きで食べるような物ではない。もっと軽い食べ物を用意してほしかったが、流石に悪いと思って何も言えなかった。


「そうか。あーんしてほしいのか」

「……はぁ!!?」


 何を勘違いしたのか、突然とんでもないことを口走った父親に、梵は素っ頓狂な声を上げてしまう。


「違ったか?」

「違うに決まってんだろ! 何歳だと思ってんだ!」

「いやすまんすまん。最後に見たのは1歳の時だったからこう……連続性が無さすぎて」


 何が連続性だ、と心の中で悪態をつく。


「とにかく、冷めないうちに食べろ」

「う……うん」


 気が進まないながらも、梵は渋々食べることにした。

 そこからはしばらく沈黙が続いたが、不意に天人が話を切り出してきた。


「インフェルノドラゴンは、お前が倒したんだろう?」


 梵は黙って首を縦に振る。


「我々も奴の情報をあまり持ってなくてな……良ければ教えてくれないか?」


 面倒だな……とは思ったが、父の頼みを断る理由もない。インフェルノドラゴン……あいつに関することについては、脳に直接焼き付けられたように鮮明に覚えている。


「あいつは元々、人間の科学者だった。名前は富士田承之介。サーガ機関でドラゴンを研究してたらしい。ドラゴンの力を使って色々実験をやってたみたいだけど……」

「失敗してああなった?」

「いや、違う。最初からあれが目的だったんだ。自分を怪物(ドラゴン)に変えて、人類を滅ぼそうとしてた。頭の狂った奴だったよ」

「そうして横浜を襲った富士田に、お前と雪也くんが挑んだんだな」

「そういうこと。だからサーガ機関は嫌いだ。あいつらロクなことしない」

「全くだな」


 天人は共感したように苦笑いする。つられて梵も少しだけ笑った。父と共通の話題を持てたことが、なんだか嬉しく思えた。

 その後も、過去を辿るように今までのことを語った。アメジストドラゴンと戦ったことや、雪也や美咲と出会ったことも。梵に女の子の友達がいると知ると、天人は少し嬉しそうにしていた。

 だが、絶対に触れてほしくない過去もあった。


「それで、いつどうやってドラゴンの力が目覚めたんだ?」


 天人にそう聞かれた途端、梵の顔は一気に曇った。


「え……どうしたんだ?」


 当惑する天人を、梵は鋭い眼差しで見つめる。まるで警告するように。


「聞かない方がいいと思うけど」

「どういう意味だ?」


 このまま適当にはぐらかして、場を切り抜けることもできる。だが仮にも親子である以上、いずれは話しておかねばならない。話してしまえば、この親子の関係も終わってしまうかもしれない。しかし、時間が経ってからではますます複雑になる。梵は深くため息をついた。


「最初に力が覚醒した時、俺は人を殺したんだ」


 天人は眉毛を吊り上げ、目を白黒させる。相当な衝撃を受けている様子だ。そんな父を何ら気にするでもなく、梵は淡々と続ける。


「中学の同級生だった。あいつらは、ずっと俺のことを傷つけて楽しんでた。人の痛みが分からない奴らに、痛みを教えてやったんだ」


 天人は額に冷や汗をかき、頰を震わせている。彼の中にあるのが悲しみか、怒りかは判別できない。


「あいつらはロストレッドの人形も壊そうとした。だから復讐した。力が暴走したわけじゃない。全部自分の意思でやった」


 父を挑発的な目で見る。

 さあどうする? 俺を人殺しって罵るのか? 一丁前に正義や倫理を振りかざすのか?


「後悔なんか微塵もない……あいつらを生きたまま灰にした時は、最高の気分だったよ」


 さらに追い討ちをかけてやる。もうヤケクソに近かった。


 ――――どうだ。これがお前の息子だ。こんな人の命を何とも思えない、骨の髄から腐ったガキがお前の息子なんだ。


 思わず歪んだ笑みをこぼす。父は今、自分にどれだけ失望しているだろうか。父は自分を、世界を救った心優しいヒーローだとでも思っているようだった。だから真実を教えた。裏切られたと感じているだろうが、勝手に期待する方が悪い。

 そうやって、誰に対してでもなく言い訳を並べた。


 ――――全てを曝け出した俺を、まだ息子と呼べるか?


「どうだ? 聞くべきじゃなかっただろう?」


 自分を愛してくれた父や、死んだ母に唾を吐きかけるようなことをしている、それはよく理解していた。それでも、このままずっと自分を偽ってはいられない。それがせめてもの、父への贖罪だ。

 たとえ自分の前から父が去っていったとしても、また孤独に戻るだけだ。孤独にはとうに慣れている。


「さあ、何か言えよ……言えよ!!」


 俺を軽蔑しろ。罵倒してみろ。ぶん殴ってみろ。"お前になんか再会するんじゃなかった"と言ってみろ。さっさと終わらせてくれ。

 だがどんなに訴えても、天人は沈黙を守っていた。ただ悲しげな目で、梵の方を見つめていた。

 窒息しそうな雰囲気に耐えられなくなり、梵は席を立とうとした。だがそれは、男性らしい逞しい腕に阻まれてしまう。2本の腕はそのまま、梵の体を優しく包み込んだ。


「え……?」


 一瞬、何をされたのか分からなかった。全身を温かさが覆っている。自分が父に抱かれていると気付くまでには、しばらく時間がかかった。


「何、してんだよ……放せ!」

「梵、本当にごめんな」

「はぁ……!?」


 どうして謝られたのか分からない。間近にいる父親が、何を考えてるのか分からなかった。

 俺は、父が思っていたような輝ける宝石じゃない。あちこち亀裂が入り、泥に汚れたただの石ころだ。しかし父はその石ころを、さも大事そうに抱き締めている。


「気付いてやれなくて、済まなかった。今まで辛かったんだろう? 怖かったんだろう?」


 天人は上擦った声で梵に語りかける。


「私に話してくれてありがとう。大丈夫だ、お前はもう……孤独じゃない。もう寂しい思いはさせない」


 父の声は力強く、頼もしかった。


「お前1人が十字架を背負うことはない。ごめんな……何もかも私のせいだ。これからは、私がずっと側にいるから」


 怒りのままに人を殺してしまったこと……それは、美咲にも雪也にも話せなかったことだ。恐れられ、嫌われ、軽蔑されるのが怖かったから。それを天人にだけ話せたのは、彼が本当の父親だからだろう。この父親は「蔑み」という概念を最初から知らないかのように、本性を曝け出した息子を温かく包み込んでいた。

 梵の心を何年も覆っていた霧が、徐々に晴れていくようだった。初めて本当の意味で、この男を父親だと思えた。自分がどんなに歪んでも、決して見捨てないでいてくれる人。心に巣食っていた分厚い氷が、少しずつ溶けていく。温かい涙が、梵の両目から溢れ出た。


「泣いていいんだ、息子よ。感情を殺す必要なんてない。好きなだけ泣いて、怒って、そして笑え」


 涙を我慢しようとしても、できない。胸が締め付けられ、その度に嗚咽が漏れた。天人はそれを、わずかな量も逃さず受け止めている。


「お前に会えてよかった、梵」


 天人は梵の頭をそっと撫でる。

 窓から差す淡い日光が、父と子をそっと照らし出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ