第11話 疑念
長野県 中見原町
「このような結果を招いてしまい、誠に申し訳ございませんでした……!」
式条と木原は、目の前の老夫婦に向かって深々と土下座をする。彼らは雪也の保護者である、永代和彦と妻の智子だ。
式条たちは今、雪也の実家である永代家を訪れていた。監督者・責任者として、昨夜の事件を謝罪するためだ。国防軍に直接の非はないとしても、事態を防げなかったことは事実として真摯に受け止めねばならない。
「それで、雪也は今どこにいるんですか?」
和彦が語気を強めて聞く。苛立ちを隠せないという様子だ。
「現在は専門の機関に預けています」
「専門の機関? まさかサーガ機関じゃないだろうな!?」
「いいえ、違います!」
式条は即座に否定する。
和彦がサーガ機関を毛嫌いするのも無理はなかった。何せ、雪也を5ヶ月間も拘束していた組織だ。その間、この老夫婦は一切の事情を知らされなかった。大切な孫の行方も、生死すらも伝えられなかったのだ。怒りはもっともだろう。
そして当然、その不信は日本政府や国防軍にも向けられている。
「今すぐ俺の孫に会わせろ」
「申し訳ありませんが、今はできません」
「アンタら……本当は雪也に何が起こったのか知ってるんじゃないのか!? えぇ!?」
「いいえ……」
「あぁそうかい! 前回も同じ台詞を聞いたな!!」
和彦はバンッとテーブルを叩き、声を荒げる。
式条たちはただ頭を下げ、嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。
「アンタ達は嘘ばかりだ! いつもいつも! 馬鹿にしやがって! 分からないとでも思ってるのか!!?」
和彦が政府や軍を疑うのは当然だし、よく理解できた。だが前回と決定的に違うのは、軍は本当に何の情報も掴んでいないということだ。真実を知る者がいるのかすら分からない。
そんなことを知る由もない和彦の怒りは収まらず、その場で勢いよく腰を上げる。
「話にならない……もういい、さっさと帰ってくれ」
「永代さん、どうか落ち着いて……」
「そうよ貴方……」
「雪也を連れてくるまで、二度と顔を見せるな!!」
木原や智子が宥めるのも聞かず、和彦はそのままリビングから出て行ってしまった。残された3人の間に、気まずい沈黙が流れる。
「すみません……うちの夫、すぐ頭に血が上ってしまって」
「いいえ。全ては我々の責任、糾弾されて然るべきです」
木原達は頭を上げて、座布団の上に姿勢を正す。智子は普段通りの温和な口調で、2人に尋ねた。
「よろしければ、昨夜の出来事を教えていただけませんか?」
式条は視線で木原に確認をとる。イエスと取れるサインが返ってきたので、事のあらましを話した。
何の前触れもなく雪也が暴れ出したこと、それを梵が止めたこと……そこまでは説明したが、流石にメサイアの詳細については触れなかった。
「そうですか、梵くんが……」
「はい。彼がいなければ、最悪の事態になっていたかもしれない」
「雪也は、生きてるんですか?」
「それは確かです」
「あぁ、よかった……」
智子は胸を撫で下ろし、体の力を抜いた。
目に涙を浮かべる智子を見て、式条はいたたまれない気持ちになる。もし雪也にドラゴンの力が宿っていなければ、この家族が不幸に見舞われることもなかっただろう。そう考えると、自分の息子をドラゴンに変えた天人はやはり異常だ。
「私たちの息子……名前を晴樹と言いましたが、あの子は15年前、車の事故で死にました。当時妻だった舞共々です。2人は雪也の両親でした」
智子はリビングの隅をじっと見つめる。そこには小さな仏壇と、遺影が1つ丁寧に置かれていた。
木原はそっと立ち上がり、遺影を覗いてみる。写っていたのは、幸せそうに微笑む1組の男女だった。おそらくデートか、新婚旅行の時の写真だろう。
「2人ともお若いのに……お悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます」
智子がほうれい線を歪める。きっと今でも、息子の死を完全には乗り越えられていないのだろう。早くに妻を亡くした式条にはよく理解できた。
「でも、雪也だけでも生き残ったのは奇跡でした……。とても酷い事故だったのに」
智子は声を震わせる。
「あの子、事故の日以来ずっと見つからなくて……もうダメかと思った時に、突然警察から"雪也が見つかった"っていう電話が入ったんです。本当に……神様が助けてくれたとしか思えません」
その話に、式条は引っ掛かるものを覚えた。
「永代さん……雪也は交通事故の後、行方不明になってたんですか?」
「え、まぁはい。数ヶ月ほど……」
智子は本当に、神の奇跡だと信じているようだった。だが式条は、神とか運命などというものを信じてはいない。運命を決めるのは常に神の意思ではなく、人間の行動だ。奇跡も人の行動の累積であり、決して神が与えるものではない。だからこそ、この事故を訝しまずにはいられなかった。
時系列から考えて、事故当時雪也は1歳にも満たなかったはずだ。自分からどこかに行くなどまずあり得ない。だとすれば……。
「もし良ければ、雪也が発見された時のことを教えていただけませんか?」
式条がそれとなく聞く。
「えっと確か……行方不明になってから半年以上経った頃でしょうか。警察から、雪也が長野市の施設に預けられてたという連絡が来たんです」
「預けたのは誰です?」
「さぁ……施設の前に放置されていたとしか」
「事件性は無かったんですか?」
「警察の方もお手上げ状態だったようで……皆さん首を傾げてました。でも正直私は、雪也が生きてたということだけで十分でした」
「なるほど」
やはり、直感は正しかったようだ。この事故は、不審な点が多すぎる。雪也の家族は何らかの事件……もしくは陰謀に巻き込まれたとしか思えない。探偵ごっこは専門外だが、この謎は解き明かさねばなるまい。
「すみません、ちょっと」
式条はおもむろに立ち上がり、玄関へ足を運ぶ。そしてポケットからスマートフォンを取り出した。
外へ出て、周りに誰もいないのを確認すると、手早く電話をかけた。
「もしもし、寺島か?」
『はい、どうしました?』
「至急調べてほしいことがある」
嫌な予感がしていた。今は"予感"でしかないし、それが杞憂であることを祈ってる。だが、悪い予感は往々にして的中してしまうものだ。的中してからでは、もう取り返しがつかない。だからこそ、今すぐに真実を確かめなければ。
『何ですか?』
「法務省に問い合わせて、ある女性の死亡年月日を調べてくれ。名前は海成香織」
『海成って……』
「ああ。梵の母親だ」
式条の中にはある「仮説」があった。それは推測を多く含むし、単なる思い過ごしかもしれない。その可能性の方が高い。しかし、もしこの「仮説」が正しかったなら……もう既に、手遅れかもしれない。




