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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
第2章 運命に呪われし少年
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第10話 悪の中枢

 梵が父親に連れてこられたのは、「通信会議室」と書かれた一室だった。その中は薄暗く……というよりは殆ど真っ暗で、通信用と思しき機材が鈍く光っている以外は何もない。天人は手慣れた様子で、操作盤を弄っている。

 視線をあげると、人間の背丈よりも高い位置に大型モニターが数個、並んでいるのがわかった。モニターはいずれも天人を見下ろす位置にある。通信会議室というからには、モニター群を使ってテレビ電話でもするのだろう。


「お前はそこに立ってなさい。絶対に動いちゃダメだぞ」


 天人はそう言って、梵を部屋の隅に押し込む。今立ってるこの場所が、モニターの向こうからは死角になるらしい。

 梵が観察していると、操作盤のスイッチを押す手が止まった。どうやら、通信の準備が終わったようだ。刹那、モニターの一つに淡い光が灯る。


『やあ、海成。こうして話すのは1ヶ月ぶりだな』


 画面に現れたのは、胸まであろうかという白い顎髭を生やした、70代~80代くらいの老人であった。その顔立ちから日本人ではなく、欧米辺りの白人であることがわかる。老人はその無機質な冷たい瞳で、天人を見下ろしている。


「お目にかかれて光栄です、オウル卿」


 天人は恭しく跪く。

 オウル卿……そう呼ばれたこの老人こそが、メサイアのトップなのだろう。梵は息を殺しながら、2人のやりとりに意識を集中する。


『イーラの再臨は近いぞ。我らの悲願の成就も間もなくだ』

「喜ばしきことです、閣下」

『偽りの時代は終焉を迎え、神による統治が始まるのだ。人類はこの地球(ほし)の支配者となるには、あまりに不完全すぎた』


 天人は何も語らず、じっとオウルの顔を見上げている。


『身分も貧富も、イデオロギーによる対立も存在しない楽園。かつてドラゴン達は、確かにそんな世界を築いた。人間は自らを知的生命体などと(のたま)っているが、同族の犠牲の上にしか成り立てぬ種族など、何の価値があろうか』

「仰る通りです」

『ドラゴンは数億年もの間、平和と繁栄を守り抜いた。地上の支配者となるに足る、気高き種族だ。今こそ彼らを蘇らせ、人類の贖罪を果たし、世界を再び創世しようではないか!』


 このオウルとかいう男は、どうやら相当なドラゴン狂らしい。話の節々に、ドラゴンに対する異常なまでの執着と信仰心が感じられる。こんな耄碌老人の相手をしている父親を見ると、流石に気の毒になった。


「もはや我らの使命は、イーラの復活を見届けることのみです」

『その通りだな。アメジストドラゴンの出現は福音だ。新世界の到来を告げる笛だよ』


 オウルはシワが深く刻まれた顔に、爬虫類めいた笑みを浮かべる。梵には、それがとても気色悪く思えた。


『ところで海成』

「はい?」

『今日はなんだか随分と上機嫌だな。生き別れの息子にでも会えたという感じだ』


 その瞬間梵の全身から、冷や汗が溢れた。

 まさか……自分の存在がバレてしまったのか? いいや、自分はこの場所から一歩も動いていない。ここは死角になっていて、相手からは見えないはずだ。

 動揺しているのは天人も同じのようで、体を硬直させ、言葉を失っている。

 オウルはそんな天人の様子を、さも愉快そうに見つめた。


『どうした海成? 何か心当たりでも?』

「あっいえ……」

『……フッ。まあいい』


 このまま追及されるかと思ったが、どうやらオウルにその気は無いようだった。


『堕落した文明に終止符を打ち、我らの理想郷を創り上げる。その時我々は、真の救世主(メサイア)となるだろう』

「ええ、オウル卿」


 モニターが暗転し、通信が終了する。天人は緊張の糸が途切れたのか、大きくため息をついた。


「ねぇ、あいつって……」


 梵はさっきの老人について尋ねてみる。


「ああ。奴はエドワード・オウル。メサイアの最高指導者にして、我々の最大の敵だ。ドラゴンを本気で神だと思い込んでる、ただの異常者さ」


 天人は嘲るように言う。


「この話はまた後ででいい。それより、お前にベッドを用意してる。寝てないんだろう? 少し休むといい」

「あ……ありがとう」









「な……何これ?」


 用意された寝室の豪華さに、梵はまたも驚かされてしまう。部屋の真ん中に置かれたベッドは、ダークレッドとゴールドに彩られた大きなもので、3人くらいは同時に寝られそうだ。さらには天蓋までついている。


「VIPルームだよ。今日はお前の部屋だ」


 梵は部屋の中を歩き回ってみる。

 壁紙はどこも暖色系で、ところどころに数世紀前の絵画が飾られている。さらには頭の欠けたツタンカーメンのような彫像や、バイロンだかシェリーだかという聞いたこともない作者の詩集も置かれていた。おおよそ、男子中学生に向けた物とは思えない。


「……お堅い趣味持ってるんだね」

「ここには娯楽が少なくてな。こんな物しかなくて申し訳ない」


 天人が、ベッドの縁に座るよう促してくる。梵は黙ってそれに従った。


「梵、少しだけ採血させてくれないか? 研究にお前の血が要るんだ」

「別に構わないよ」


 天人は梵の横に座り、医療キットから針のついたシリンジを取り出す。梵は自分の片腕を差し出した。


「これで、雪也くんの暴走の原因が分かるといいが……」


 手首のあたりにチクっとした痛みが走ると、一気にシリンジの中が赤く染まった。針を刺された瞬間以外に痛みはなく、天人は手慣れているようだ。


「それで、最初のドラゴンはどうやって生まれたの? 炎を吐いたり、人間をドラゴニュートにしたり……普通の生き物とは思えないけど」

「正直、我々もよく分かっていない。ただ、純粋にこの星の生態系から生まれた生き物でないことは確かだ。もしかしたら、本当に外宇宙からやってきたのかもな」


 そんな会話をしているうちに採血は終わり、血液はシリンジから採血管に移された。天人はそれを厳重に医療キットに仕舞い込む。


「ところで梵、さっき何か言いかけてなかったか?」

「え?」

「ほら、電話が来る直前に……」


 梵はハッと思い出した。そうだ、また忘れるところだった。この父親に、どうしても見せたかった物があったのだ。


「あの……これ、知ってる?」


 恐る恐る、ポケットから"それ"を取り出す。

 赤いコスチュームを着た、ヒーローのフィギュア。長年持ち歩いていたせいか、ところどころ塗装が剥げ、汚れが付着している。両親が残してくれた唯一の手がかりとして、どんな苦難の中でも、肌身離さず持ち歩いていた物。梵にとっての、たった一つの心の拠り所だ。


「梵、これってまさか……」

「これ、アンタがくれた物なの?」


 天人は何度も首を縦に振り、信じられないという顔でヒーロー人形をまじまじと見る。


「お前が産声を上げた日にプレゼントしたんだ。これを渡した途端、お前は泣き止んで……そして初めて笑った。よく覚えてるよ。あれは私の人生で、最も幸せな瞬間だった」

「やっぱりそうだったんだ。それは嬉しいけどさ、このヒーローのことは調べてなかったみたいだね」

「えっどういう意味だ?」


 天人は口を半開きにし、きょとんとする。

 やはり、このヒーローがどういうキャラクターなのかは、一切調べずに買ってしまったようだ。


「このキャラはロストレッド。こいつが主人公の特撮番組があって、それは家族や友達を全員殺された主人公が、悪役に復讐するって話なんだ。色々あって主人公は復讐を果たしたけど、その時には完全に頭がおかしくなってて、最後は自分の仲間に殺されて終わり」

「ええっ!!? そんな暗いヒーローなのか!?」

「ちなみに終盤の部分は実際には放送されてなくて、不人気で打ち切りになってる」

「なっ……」


 天人は目を泳がせ、金魚の如く口をパクパクとさせている。過失とはいえ、息子にそんな不吉なヒーローをプレゼントしてしまったのが、かなりショックだったらしい。


「いやその……本当に申し訳なかった。私はそんなつもりじゃあ……」


 自分の過ちに15年越しに気付き、あたふたとする父親を、梵はさも可笑しそうに見つめた。どうやらこの父親は、少し天然な部分があるようだ。


「ははっ……別に怒ってないよ。実のところ、俺がロストレッドを知ったのもつい去年だし。それにこの人形のお陰で、どんなに辛いことでも耐えられた」

「辛いこと? まさか、酷い目に遭ったりしたのか!?」


 そう聞かれて、梵は今までのことを回想してみた。ほんの少し思い出しただけでも、辛い出来事が芋づる式に掘り起こされる。

 何年も里親に虐待され、ずっと恐怖と孤独の中で生きてきた。人とまともに会話もできず、それが原因で学校でいじめも受けた。そしてある日突然ドラゴンの力が覚醒して、そのせいで何度も命の危機に瀕したのだ。

 だが、今更そんなことを話しても仕方ないだろう。


「まあ……帰り道で通り雨に当たったって程度かな」


 梵は適当にはぐらかす。正直これ以上、父が悩み苦しむ姿も見たくなかった。


「それなら良いんだが……」


 天人は立ち上がり、ふうっと深呼吸をする。彼は40代半ばらしかったが、その横顔は実年齢より幾分か老けて見える。


「もう行くの?」

「ああ。仕事が山積みなんだ。それに、雪也くんを助けなきゃな」


 天人は口元に笑みを浮かべた。父親らしい、頼り甲斐のある笑みだ。

 梵も少しだけ笑みを返す。父親にこうして笑った顔を見せたのは、これが初めてだった。


「じゃあおやすみ、梵」

「おやすみ、父さん」

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